第157話:土蜘蛛奮闘記後編
「それでは、ベントレー……構えて」
「あっ……ああ!」
マルコ様が手渡した木剣を構えて、スライムのライムが扮するスレイズ様と対峙するベントレー。
その目は真剣だ。
そして次の瞬間。
「あっ!」
ベントレーの頭から肩にかけて、スライムまみれに。
真面目に剣の特訓をしていたようですね。
「ふふふ、おじいさまの攻撃は早すぎて見えないよね?」
「マルコは受けられるのか?」
「このくらいなら! 見てて」
スライムはすぐにベントレーから離れて、元の姿に。
ベントレーがマルコ様に、対処できるかと聞かれてますが。
まあ、マルコ様はいつもスレイズ様を想定して、訓練されてますしね。
「っ! ここだ!」
先のベントレーに放たれた攻撃と違い、今回は上段に構えての逆袈裟でしたが。
半身をそらして躱したマルコ様が、素早くスライムの手を打ち据えてます。
成長したわね。
思わず目から涙……は出ませんね。
蜘蛛ですし。
「なるほど……流石だな。だったら、俺も」
どうやらマルコ様に、触発された様子。
とはいえ、年季が違いますからね。
「速度は変えられるから、まずはギリギリで受けられる速度から始めて行ったら?」
「そうしよう」
マルコ様の助言を受けて、ライムにお願いするベントレー。
素直なのは良い事です。
少しは、マサキ様も見習ってもらいたいですね。
手持無沙汰になったマルコ様が、ラダマンティスと乱取りを始めましたね。
乱取り?
ひたすらラダマンティスが放つ、半月状の空気の塊を避ける訓練ですか。
真空波では無いと。
素晴らしい動きで次々と躱すマルコ様。
身を屈め、地を蹴り、身体を捻り、少しずつラダマンティスとの距離を詰めて行ってますね。
「へへっ! 土蜘蛛! 見てるー?」
こっちに向かって手を振る余裕まで。
あっ。
「あっ!」
次の瞬間に爪先が風の塊に触れてしまい、バランスを崩したところに次の風の塊が直撃。
そこから、数発喰らって遥か後方に弾き飛ばされてしまいましたね。
油断するから……
「てへへ、失敗、失敗」
「もう、真面目にやってください」
ラダマンティスが軽く球体の風の塊を飛ばして、マルコ様を受け止める。
それから暫く乱取りをしたあと、カブト監修のもと筋トレ。
角懸垂に、角逆さづり腹筋、角スクワットと角を使ったものばかりですが。
時折、ベントレーが角の直撃を受けて、吹き飛んでいますね。
その先には蜂と蝶がスタンバイ。
蜂が優しくキャッチして、蝶が怪我がないか確認と。
なかなか、豪華なトレーニングです。
「土蜘蛛! お腹空いたー!」
ベントレーよりも一足先に、筋トレを終えたマルコ様がこっちに駆け寄ってきます。
おっと……
私の頭の上に飛び込んでくると、そのまま背中にうつぶせにしがみついて上から覗き込んできます。
フサフサの毛が気持ち良いと。
「すぐに朝食を用意するので降りてください」
「はーい!」
マルコ様はそのまま、私のお尻を滑り台のようにして降りると私の肩越しに、ひょこっと顔を覗かせてにんまり。
全く……いつまでも、このまま小さなままで居てくれたらいいのに。
マサキ様のようには、なってほしくないですね。
ベントレーもようやく筋トレを終えて、肩で息をしながら向かってきます。
あまり重たいものは、食べられそうに無いですね。
「お弁当作って! 今日は、魚たちが湖に招待してくれたんだ!」
「子供達だけで行くのですか?」
「カブトの背中に乗っていくから、大丈夫」
なるほど、本当は私が連れて行ってあげたかったのですが。
まあ、良いでしょう。
神殿の方に居る間は、私と大顎が主にお世話をさせて頂いてますしね。
――――――
「……早く温泉に入ってきなさい」
「はーい!」
「分かりました」
帰って来た彼等は、何故かびしょ濡れ。
というか、乾かしてくるくらいすれば良かったのに。
今夜は管理者の空間内に作った、保養所で一泊。
温泉のある、あの場所だ。
なので、私もそこで調理を行う。
料理を作り終わって、マルコ様達を待っていたのだけれども。
遠くから丸い水球がプカプカとこちらに向かっているのを見て、嫌な予感。
聞けば暑かったので、水の球体に入って魚と一緒に帰って来たと。
……
空気の塊を口の周りに作ってもらって、泳ぎの練習をしながら。
途中でベントレーが水球の端を突き抜けて落下……
すぐに、カブトがキャッチ。
それを見ていたマルコ様が、凄い速さで泳いで水球から飛び出す。
慌てて蜂がキャッチ。
まだまだ、子供ですね。
「水の中を歩くというのは、とても不思議なものだったな」
「でも、綺麗だったよね? あれ、魚たちに手伝って貰って水族館を開いてもらったら、きっと流行ると思う」
「水族館?」
聞きなれない言葉に、ベントレーがマルコ様に聞き返す。
簡単に説明。
「それは、生簀か? それとも市場か?」
「違うよ! 魚を飼育してその生態を観察したり、研究するところだよ。でもって、一般の人にも生の魚の生活を見て貰う施設」
「それは、楽しそうだな」
そう言えば、ガラスの水槽なんてものは、殆どで回ってませんものね。
「クラゲって連れて来てたっけ?」
「マサキ様が、海を広範囲にわたって水ごと吸い上げてましたので。うっかり、津波が発生しそうになって慌ててましたよ」
「へえ……」
マサキ様の考えなしの行動に、マルコ様が少し呆れてます。
気付いてないかもしれませんが、マルコ様の方がマサキ様よりも短絡的な行動は多いですからね?
言いませんが。
「で、クラゲがどうされたのですか?」
「いや、薄暗い水中で光を当てられたクラゲって、とっても綺麗なんだよ! 知ってた?」
「へえ、それは知らなかったですね。私も見たかったですよ」
「そうでしょう? そう思って、水球の中にクラゲを入れてきたから、今夜一緒に見ようよ! 蛍達に照らしてもらうから!」
「はい!」
マルコ様のお誘いに、思わず嬉しくなって元気よく返事はしましたが。
マサキ様に、ブラックライトを当てたクラゲの水槽を見せられたことは内緒にしておきましょう。
「これ、おいしいです」
「それは、天婦羅ですね! マサキ様の居た世界の帰化した異国の料理ですよ」
「帰化した異国の料理て……」
日本には帰化した異国の料理が、たくさんあると教えてもらいました。
天婦羅もだが、ラーメンに、カレーも日本のものは1つのジャンルとして、世界でも浸透しているとおっしゃってましたね。
意外なもので言えば、ポン酢や豆腐も日本生まれでは無かったりすると。
私はどれも異国の物という認識なので、どうでも良いですが。
「マサキも適当な事を……あながち、間違いでも無いけど」
「適当なのに、間違いでも無いのか? 良く分からんな」
「逆にあまり知られていない日本生まれのもので、アイスコーヒーやドリアなんてものもおっしゃってましたね」
「土蜘蛛の口から日本という言葉を聞くと、なんかピッタリすぎて……」
それから、色々と今日あった出来事をお話されるお二人にほっこり。
ああ、こうやって子供達が一生懸命話をしてくれる姿って、どうしてこんなに愛おしいのでしょうね。
ベントレーはマルコ様に少し遠慮をされてるみたいですが、気にしなくていいのですよ。
マルコ様の大事なご友人ですし、お客様ですし……今日はうちの子ですからね。
それから子供達にせがまれて、一緒に寝室に。
どうやら話足りなかった様子。
一生懸命学校の事や、他のご友人の方のお話も聞けて良かったです。
明日にはマサキ様が戻って来られるので、また暫くマルコ様はこちらにゆっくりと出来ませんが。
少し寂しいですが、今度は3人の子供達も戻ってきますしね。
クコや、トト、マコも楽しんでいるみたいでしたし。
ふふ、たったの3日間ですが、こうやってみると久しぶりのような気がしますね。
「土蜘蛛聞いてる?」
「はいはい、聞いてますよ」
「本当? でね、ヘンリーったら、昼休みに突然貴族科の教室に来てさ! 皆食堂に向かってるに決まってるのに……」
「はい……はい……そうですか……それは素敵ですね……」
こうやって、子供達が寝入るまでずっと相槌を……別に寝なくても平気な世界でした。
キリが無いので、安眠要因のダニーさん……はマサキ様に付いて行ってるので、彼の従弟達に寝かしつけをお願いする。
「でさあ、エマが……ふぁっ……ふぅ……スースー……」
ようやく眠りにつかれたお2人に布団を掛けなおして、目を閉じ……瞼は無いのですけどね。
目を開けたまま、眠りますし。
――――――
「きいてるのつちぐもー!」
「はいっ、聞いてますとも」
「土蜘蛛聞いてる?」
「勿論ですとも」
次の日は、クコとマコの話をずっと聞くことに。
何やら、観光旅行とは関係の無いイベントにも遭遇されてましたしね。
大体のことは、ちょいちょい見てましたし。
「でね、ちゃちゃっていうおともだちもできたの」
「良かったですね。私もお会いしたいですね」
「めっちゃ美味しかった!」
「良かったですね。私も食べてみたいですね」
左右に挟まれて、それぞれが別々のお話をしてくるので大変でしたが、とても嬉しい忙しさですね。
ここに、連れて来てもらって本当に良かったと感じる瞬間です。
「聞いてるのか? 土蜘蛛! 俺の部屋にあったパズルが完成してるんだが、本当に知らないのか?」
「知りませんよ! 蜂達が気を遣って、勝手に完成させたなんて知りませんからね!」
「知ってるじゃないか! ああいうのは、自分でやり……自分の槍をそろそろ合成して作ってみようかなと」
「そうですね。勝手になされてはいかがでしょうか?」
たかがパズルくらいで騒々しい。
だったら、もう一度バラバラにして、やり直せばいいじゃないですか。
蜂が話題に出たからか、そっと近づいて来た瞬間に黙って話題を逸らす気遣いは、感心しますが。
その気遣いを少しでも、私に向けてもらいたいものです。
最近のマサキ様も、子供達同様に少し私に甘え過ぎかと……





