閑話:それぞれの評価
閑話です
「今日は大変楽しまれておられましたな」
「うーん……」
「どうかされましたか?」
セリシオのすぐそばに控えていた騎士が、訓練用の鎧と兜を脱がしながら問いかけると予想と異なる反応が返ってきたためその手を止めて尋ねる。
途中で手を止めた騎士を咎めることもせず、続きを自分で脱ぎ始めたセリシオが振り返る。
その視線の先には、ついいましがた祖父に手を引かれてマルコが出ていった扉がある。
「結構、いいのが何回も決まってたよな?」
「はっ! お見事でございました」
セリシオが漏らした言葉に、間髪容れず返事する騎士。
その騎士の方をジッと見る。
「あいつ……来たときと変わらず普通に帰ってったな」
「はっ?」
騎士は主の言葉の真意が分からず、思わず聞き返す。
セリシオ自身4つの頃から剣と槍、騎乗術に関しては英才教育を受けてきたのだ。
ましてや、6歳になってからはスレイブ・フォン・ベルモントという様々な二つ名を持ち、剣鬼の字をもって呼ばれる自国最強の剣士に師事している。
さらには王族の優秀な血も相まって、同世代の子供と比べるどころか下手な新人騎士相手になら勝ちすらもぎ取るかもしれない。
そんな彼のもとに、師である剣鬼スレイズが孫を連れてきたのだ。
自分の組手の相手として。
勿論同世代で、これから同じ学校に通うのだ。
顔つなぎという面もあったかもしれない。
事実セリシオ自身、同じ師を持つマルコにまだ会わぬうちから親近感を抱いていた。
そして現れたのはいかにも貴族の坊っちゃんといった、お坊ちゃま。
とはいえ、よく鍛え込まれた身体つきはしていた。
ゆえに期待もしていた。
全力で打ち込んでも問題無いだろうと思える、同世代の子供などセリシオの周りには1人しか居ない。
その1人は、絶対にセリシオとは剣を交えてくれないが。
そしていざ対峙してみると、弱くはなかったが目を見張るほどのものでもなかった。
10戦9勝1敗。
そのうちの1敗は、あえてこちらから勝ちを譲った。
わざと見せた隙に一瞬だけ逡巡したかと思うと、すぐに覚悟を決めて剣を振ってきた。
気の抜けた剣に、思わず反撃しそうになる自分をグッと堪えてその剣を受ける。
触れたかどうかもさだかではない感触。
「やるじゃないか」
「はは、ありがとうございます」
「ふふ」
すかさず褒めてやったのに返ってきたあまり感情の籠ってない言葉に、思わずセリシオは誤魔化すように苦笑いしてしまった。
手を抜いたのがバレてしまったという、後ろめたさを隠すように。
しかしそれを理解してなおこちらの意を酌むとは、人間としてはできている。
とてもスレイズの孫とは思えない。
総評として、はっきり言って期待外れ。
剣鬼の孫ということで、限界まで上がったハードルの遥か下を潜ってくる程度の力しか見られずガッカリした。
とはいえ、全力の剣を受けられるだけの才はあったようだから、これからも手合わせはしたいと思える程度には優秀だ。
そんなセリシオであったが、帰り際のマルコの姿に違和感を覚える。
防具を付けていたとはいえ、結構な回数本気で木刀で叩きつけたのだ。
それなのにやっと終わったと安堵の表情を浮かべ、身体のどこかをさするでもなく祖父に手を引かれて普通に歩いていく後ろ姿に引っかかるものを感じる。
思い起こせば連戦にも拘わらず、マルコは息一つ乱す事は無かった。
途中連続で攻撃を防がれ、どうにか下したときも。
「お見事です」
と普通に起き上がって言ってのけた。
こちらが、肩で息をしているのにもかかわらずだ。
「あいつ、木刀で殴られたのにどこも痛くないのかな?」
スレイズと訓練をしていると、何度も木刀で打ち据えられる事がある。
手加減されているとはいえ打たれたところは赤く腫れあがり、下手をすれば翌日には痛みが増し、朝起きた際にベッドの上で泣きそうになることもある。
子供とはいえ鍛えたセリシオが本気で打ち込んだのに、全くといって良いほど痛がる様子を見せないマルコに疑問を抱かずにはいられない。
「それは殿下がマルコ様をお怪我させないように、配慮なされたからでは?」
「ん?」
返ってきた騎士の言葉に、今度はセリシオが疑問をぶつける番だ。
「ほらっ、胴や胸当ての固いところにばかり当てられていたじゃないですか?」
「!」
そして、返ってきた騎士の答えに思わず言葉に詰まる。
連続で攻撃が防がれた時の事を思い出す。
そうだ……防がれた攻撃は全て防具を付けていない場所、もしくは頭への攻撃。
自分のなかで引っ掛かっていたものが、綺麗に流れだすのを感じる。
打たせられた?
ということは、手加減されていたのか?
俺に気付かれる事無く?
「クックック……嘗めやがって」
「殿下?」
そのことに気付いた瞬間に、セリシオは笑う。
師によく似た獰猛な笑みを浮かべて、その目に獲物を映し出す。
プライドを大きく傷つけられた憤りと同時に、絶対に壊れないおもちゃを手に入れた喜びも湧き上がってくる。
さすがは剣鬼の孫か……
可愛い顔して、とんだ食わせものだ。
絶対に本気を引きずり出してやる。
そう心に誓って、傍にいた騎士とは違うものを呼ぶ。
「マスターに使いを送れ。明日向かうと」
傍にいた騎士の事などすでに頭には無い。
既に、新しくできた友とどうやって遊ぶかに思考を巡らせることに集中していた。
そんなセリシオを騎士がジッと見つめる。
不安そうに返事も返さずに怪しい笑みを浮かべているセリシオを見ると、すぐにその表情は諦めに変わった。
そしてどこか遠くに行ってしまった殿下に、騎士が溜息を吐く。
だが、騎士の顔もどこか笑っているようだった。
――――――
「来たかビスマルク」
「はっ」
城にある、国王の私室に呼ばれた騎士が恭しく頭を下げる。
ビスマルクと呼ばれたのは昼前に訓練所で、セリシオの世話をしていた騎士だ。
近衛の副隊長にあたる男だ。
「失礼します」
それから王の前に用意された椅子に、ゆっくりと腰かける。
「来たのだろう?」
「ええ」
「で、どうだった?」
入ってきたビスマルクに、視線だけで座るように促したこの部屋の主がすぐに本題に入る。
部屋の主はエヴァン・マスケル・フォン・シビリア。
シビリア王国の現国王だ。
そして彼が呼ばれたのは、剣鬼スレイズ・フォン・ベルモントの孫に関しての率直な意見を聞くためでもある。
「将来楽しみな……いえ、末恐ろしいとでも言いましょうか」
「ほうっ?」
「とはいえ正直、正確な力までは見られませんでしたが」
ビスマルクの言葉に、エヴァンが首を傾げる。
「息子と手合わせしたのではないのか?」
「はっ」
「比べてどうだった?」
「それはですね……なんと言いますか」
主君から言葉少なめに矢継ぎ早に投げかけられる質問に、思わず口を紡ぐ。
その表情から、答える事にためらいを感じているのが見て取れる。
そんなビスマルクに対して、エヴァンが表情を緩める。
「飾る言葉が見つからぬか。良い……息子に対する無礼な発言になるのなら目を瞑ろう。わしにとって気持ちの良い話ではないかもしれんが、罰することは無い。むしろ、下手な誤魔化しを入れられる方が困る。正直に申せ」
そしてビスマルクの憂いを取り除くかのように、言葉を掛ける。
言いにくいことを聞いている自覚はある。
下手すれば王族を乏しめるような発言になるかもしれない。
というかなるのだろう。
でなければ、この男がここまで困ったような表情になるはずもない。
そう思ったからこその、国王なりの配慮であった。
しばらく考え込んだのちに、ようやく話だす。
「前提として、殿下は同世代では規格外の武の才をお持ちで、幼くしてブラッド・フォン・ビーチェ前騎士団長に剣を習い、一昨年より剣鬼スレイズ様にも師事しております。その実力は国内外問わず、同世代ではトップクラス。大人顔負けの実力の持ち主です」
「ふむ……親ばかと言われるかも知れんが、あやつの武の才はわしを遥かに超えておるからな」
エヴァンは息子を褒めるビスマルクの言葉に対して、嬉しそうにするでもなく神妙に頷く。
現に彼も、前置きとしてこの事実を客観的に述べているに過ぎない事はエヴァンも理解している。
故に、続きを聞く事に若干の戸惑いを感じつつも表面には出さない。
「その殿下が、文字通り子供扱いされる程には実力がかけ離れております」
「……」
ビスマルクの言葉に、エヴァンが片眉をピクリと上げる。
ただそれは機嫌を害したというわけではなく、単純に驚きを押し隠した結果だ。
国王とも長い付き合いのあるビスマルクも、エヴァンのその癖は知っており安堵の表情を浮かべる。
エヴァンが続きを促すように顎をしゃくる。
「殿下の剣を、純粋に剣の振りだけで全て捌いたあげくに、狙ったところに打たせた上で体捌きのみで衝撃を全て受け流すなど、騎士団はもとより、近衛の中でも一握りの人間だけでしょう」
「お前の見立てだ、間違いないだろうな……だが、その話を聞くとマルコは8歳にして、すでに近衛……もしくは騎士団の中隊長クラスの実力を持っているという事になるが?」
間違い無いだろうなと言いつつも、疑問を向ける辺りにわかには信じがたい内容だった。
8才の子供が20年近く剣を振ってきた騎士の中でも、特に才あるものが就ける近衛や中隊長クラスの実力を持っていると言われたのだ。
信じろという方が無理だろう。
「まあ、あくまで技術の話ですので……筋力や経験等を加味すれば、一般の騎士でも勝負はできるでしょう」
「まあ、それでも驚くべきことなのだがな……いや、剣鬼の孫ならさもありなんか」
付け加えられた一言に、エヴァンがあからさまに安どの表情を浮かべる。
「ただ……」
「まだあるのか?」
話がこれで終わりではないという部下の言葉に、エヴァンが初めてげんなりした表情を浮かべる。
技術だけでも冗談のような話だ。
これ以上なにがあるというのか。
「途中でスレイズ様に邪魔をされながら、それができるのは私を含め隊長と、騎士団長……大隊長8人のうち上位2名くらいですかね?」
「どういうことだ?」
「ふふ……マルコ様が手を抜かれていることに気付いたスレイズ様が、合間を縫って殺気を飛ばしておりましたので」
思い出したかのように笑いをこぼしたビスマルクの無礼を咎めることもせず、エヴァンが大げさに溜息を吐く。
鬼の子は化け物かという言葉を飲み込み、何かを言いかけて……何を言っても否定の言葉しか出てこないだろうと諦める。
「ハハハ……そうか」
そして、ビスマルクに合わせて乾いた笑い声をこぼすだけで精一杯だった。
「もし、殿下がこのまま成人まで弛まぬ努力を続けられたら、たとえ100人の敵兵に囲まれても、剣の腕で退路を切り開き戻ってこられるでしょう……ただ、あの子は将来300人の敵兵に囲まれても、全てを切り伏せて凱旋する。そう思わせるだけのポテンシャルを感じさせられました」
「一度この目で実際に見ておく必要がある……か」
「是非」
嬉しそうなビスマルクの表情に、エヴァンが再び溜息を吐きかけて何かを思い出したかのように、視線を送る。
「そういえば、セリシオが明日スレイズの所に行くと言っておったが、何故かお主が噛んでるように思えるのは気のせいか?」
「そんな滅相も無い。ただ私は、殿下が敢えてマルコ様の防具の固いところばかりを狙われたことを褒めただけですよ。ところがそれを聞いた殿下が、何故か急に対抗心を燃やし始めまして……私にも何がなんだか」
「そうか……お主のせいか」
「ちょっ、酷い」
「近衛の副長になって少しは落ち着いたかと思ったが、相変わらずでガッカリだ」
「文脈的に、そこは安心したというところでしょう?」
自身の側付きとして共に学生生活を過ごし、15の時に何故か急に冒険者になると言って栄えある側近見習いを早々にリタイアしたくせに、それから10年後にのこのこと騎士団の入団試験を受けに来ていまに至った幼馴染に頭を抱える。
そして、こいつが側近の1人じゃなくて良かったと、つくづく思うエヴァン。
「まあ、マルコとの会合の場はお主の方から根回しをしとけよ」
「えっ?」
「明日セリシオと一緒に、マスターの所に行って話を付けてこい」
「私がですか?」
「なっ?」
「明日は大事な用事が「なっ?」
「はい……」
エヴァンもビスマルクもスレイズに師事したことがある。
ビスマルクはいい加減な性格もあって、かなり手酷くスレイズに指導されたため大きなトラウマを抱えていた。
そのことを知っていたエヴァンからの、息子を焚き付けたことに対するせめてもの意趣返しであった。
「もう行って良いぞ」
「はあ……」
話は終わったとばかりにしっしと手を振るエヴァンに、とても主君に聞かせられるようなものではない溜息に近い返事を返してガックリと項垂れて部屋を後にするビスマルク。
自業自得だ。





