第151話:管理者の空間で一息
完全意味無し日常回
「ああ、疲れたー……」
「本当に……でも、楽しかったですね」
管理者の空間にも戻って、久しぶりに大人の姿に戻る。
背伸びをして声のする方に目をやると、トトがお茶を持って来てくれていた。
この3日間は見上げるばかりで、こうやってトトを見下ろす事は無かったからな。
思わず、頭を撫でる。
「どうされたのですか、突然?」
「ん? いや、トトも大分ここでの世話係が板について来たなと思ってね」
敬語も見違えるほど達者になったし見た目も常に清潔にしていて、どこに出しても恥ずかしくない良いとこのお嬢さんみたいだ。
「マサキおにい! きょうはおにいとねる!」
「オレもオレも!」
久しぶりの大人の俺に、クコとマコが大はしゃぎで抱き着いて来る。
まあ、マルコの身体じゃ抱き止めることは出来ても、包み込むことは出来なかったからな。
子供達もなんだかんだで、遠慮していたのだろう。
いつもよりちょっと、甘えん坊さんだ。
マルコとベントレーにはしっかりとお土産を渡して、ガネレーの宿に返した。
ガネレーは俺達の旅行の隠れ蓑として利用した、表向きの旅の目的地だ。
これから彼等は、ガネレーの街で特産品をいくつか見繕って帰るのだろう。
今回手渡した品は、海外からの行商がたまたまという事にするらしい。
クコが買っていた木の実や花の種は早速蜂達が運んでいって、森の開けた場所に撒いていた。
彼等の事だから、栽培に失敗することも無いだろう。
どんな植物かは育ってみてのお楽しみらしい。
ドロセラの一種のモンタナさんが混じっていたが、うちの子達なら問題無いだろうと放置。
しかけたけど、ここは異世界……実際にどれほどのものか分からないので、それは自分の部屋で育てるように伝えておいた。
強化合成したら面白いことになりそうだ。
「トトも疲れているだろう? 今日はもう良いから、ゆっくりしていいぞ」
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
久しぶりに土蜘蛛の手料理が食えるかとウキウキで戻ってきたが、見ると土蜘蛛もかなりお疲れの様子。
大人びているとはいえ、なんだかんだで子供2人の世話に疲れたのだろう。
「子供達の体力は無尽蔵ですね……ふぁっ……あ、すいません」
そんな事を呟きながら、蜘蛛が欠伸をするという珍しい姿を見せて貰った。
土蜘蛛にも、今日は適当にタブレットで食事は呼び出すからゆっくりするように伝える。
それにしても……
南の大陸も中々に素敵な風景だったが、管理者の空間も負けちゃいない。
神殿の周りは神話の時代を彷彿させるような、街並みが……というにはしょぼいけど。
それなりに建物も増えて来た。
遠くには綺麗な山や丘もあり、壮大な森も広がっている。
うーん……
タブレットで管理者の空間の全体図を広げる。
手つかずの部分もまだまだあるが、急いでおかないといけないものも無い。
いや、モンロードの運河とか良かったよな。
あと、大きな交易路。
これは凄く良いヒントを貰った。
やっぱり、この空間にも広く長く大きな道は必要だろう。
居住区から出たら、土や芝生、または草原を歩いて移動するようにしていたが。
一応、道は作っておこう。
まずは、メインの道だけで良いかな?
素材は石畳で、うーん……街灯か。
等間隔で設置するにしても、種類が何種類かあるのか。
ヨーロッパ風のランタンのような形をしたものから、いかにもな街灯、はては灯篭まで。
そうだな九份を見て、和の景色にも……出たよ、この日本人の心をくすぐる物に対するボッタくり価格。
他の街灯の6倍のポイントを要求してきやがった。
でも、前提条件がおかしいからね。
ログボなんてシステムを作った上に住人が虫だけだから、ポイントがどんどん増えていく一方だからね。
今日はゆっくりとしようと思ったけど、イメージが出来上がっているうちに色々とこの空間を弄りたくなってしまった。
最悪、この空間内なら寝ないでも平気だし。
とはいえ、夜はクコとマコと一緒に寝る約束もしてしまったし。
ジャッカス達もマルコの護衛で、ガネレーの街に行っているし。
夜まで久しぶりに、シムシテ……じゃなくてシティーズスカ……
まあ、冗談はともかく箱庭ゲーム的感覚で空間内を整備しよう。
家々の灯りなどは、光の魔石を使っているが……
よくよく考えたら雷の魔石を集めて、送電線を作れば?
あれ?
これって、もしかして画期的?
この空間内どころか、これはあっちの世界でも流用出来るんじゃ。
現状、魔石は割と高価な品が多い。
それに消耗品だし。
ともすれば、本当に富裕層くらいしか満足に揃える事も出来ない。
逆に領主主導で発電施設を作り出して、そこから町全体に送電線を使って電気を送り込めば。
街灯もそれで灯りをともせば、光の魔石の交換なんかも必要なくなるし。
絶縁体として優秀なゴムの開発も、すでにオセロ村では始まっているし。
うん……これは、ベルモントの街の近代化計画が一気に捗る予感。
と言いたいところだが、電線の知識がまずない。
それに、電柱の知識も。
うーん、そういった事を実験する施設を作る事が必要かもしれない。
アイデアは出せるしヒントも出せるけど、専門知識は無いからね。
鉄塔に電線を這わせただけだと、地面に電気が流れるだろうし。
電柱は木やコンクリが多いから、鉄じゃなくても良いんだっけ?
まあ、いいや。
必要なものは、いずれ分かるだろうし。
加えて上水道、下水道の整備も急がれるところだ。
これは、俺でもなんとかなりそうだ。
あー……でも、何年掛かるんだろう。
あっちのことは取りあえず置いておいて、まずはこっちからだな。
とはいえ、鉄塔や発電所がある訳じゃ無いから当面は、こっちの生活は魔石頼みだ。
現状家電製品なんかは、直接雷の魔石から電気を流して使っている。
が一応それなりに考えられているのだろう。
魔石が埋め込まれた箱からケーブルが伸びていて、その先がコンセントに繋がっている。
これを分解すれば、あっちでも使えるんじゃないかなと。
電圧に関しては魔石の大きさで調整しているのか、魔力量で調整しているのか。
良く分からない。
ここら辺は邪神様のなんらかの介入が施されているのだろう。
この空間内だからこそ、使えるのかもしれない。
あちらに流用するには、知識不足だ。
しょうがない、俺は文系だし。
こういった事が得意な人材をいつかスカウ……何故か一部の蟻と蜂が目を輝かせて、こちらを見ている。
許可さえ頂ければ、分解して仕組みを解明してますよと言わんばかりに。
うん……別に急いでないから、ゆくゆくね。
家電をバラしてコンデンサーの仕組みとかも、解明してくれそうだ。
実に心強い。
というか……なんだろう。
観光に出て原始的な生活に触れたからだろうか。
こっちの快適空間から、あちらに使える技術をついつい探すようになった気がする。
いきなり大それたものを持ち込む訳にもいかないし。
なんだろう……
あまり作業が進まないうちに、外がすっかり赤く染まっている。
気が付いたら夕方だった。
モンロードを夕方に出て、こっちに転移したら朝だったはずなのに。
ちなみに、子供達は昼寝をばっちりしていた。
彼女たちは、時間静止を解除する水を飲んでいるし。
身体の時間が進むので、疲労や眠気も普通に来るからね。
俺は……そういった事は、殆ど感じないけど。
ただ、一定時間活動をすると、いつでも寝られるようになる。
起きるのも、何時に起きたいと思って寝れば、その時間に起きられる。
この身体に、この空間は本当に便利だ。
これこそが、チートじゃないだろうか。
いつかチャチャもこの空間に招待したいな。
いや、ここに住ませるとかじゃなくて。
遊びに来てもらう的な意味で。
「マサキおにい! おなかすいた!」
「オレも!」
まだ眠いだろうに、空腹に耐えかねたクコとマコが俺にタックルしてくる。
うんうん……痛いぞ、お前達。
でも、この重さが心地よい。
「今日は土蜘蛛もお疲れだから、店屋物で良いかい?」
「てんやもの?」
「なにそれ?」
ふふふ、明らかに善神様セレクションだろう、食料関係のページが解放されているからね。
地味に管理者のレベルも上がっているのだよ。
そんな中で、食料品の中に出来合いのものも現れた。
そして、いま一番気になっているもの。
鰻!
うん、いまの季節にピッタリだしね。
子供達が好きかどうかは別として、俺は食べたい。
それに久しぶりに、冷えたビールも。
今日は色々とお取り寄せで、豪華なテーブルを用意しよう。
というか、旅行から帰ってきたら出来合いってのは、1つの流れだからね。
あー、大学時代にデートで遠出した時は、気合を入れて弁当作ったっけ……俺が。
とはいえ野郎の1人暮らしに弁当箱なんてあるわけもなく、焼きそばを紙コップに入れてラップをしたり、卵焼きやウィンナー、野菜をタッパに入れたりして持って行ったが。
意外と自炊はしてたからね。
早朝に家を出て、サービスエリアでお弁当を食べて……
でもって、出先で美味しいランチも食べて。
夜は疲れ果ててコンビニで適当に買って、家で食べたのは良い思い出……本当に良い思い出……
良い思い出……思い出は思い出……
「マサキ兄、泣いてるの?」
「ん? いや、泣いてなんかないぞ! 目にゴミが入っただけだからな!」
タブレットのページを開いて子供達に好きなメニューを選ばせる。
クコとマコはお子様ランチ一択だった。
いや、分かるよ。
大人でも食べたくなるもんね。
トトはあっさりしたものが良いと。
そうだね、味の濃い物ばかり食べてたからね。
うな重をチョイスした、俺の言葉じゃないが。
トトが選んだのは冷製汁なし担々麺。
ここに来て、辛い物を選ぶのかお前は。
まあ、別物だよね?
それから空間内転移で温泉に全員で行く。
久しぶりに広いお風呂にゆっくり浸かりたかった。
「クコ、マコ、寝たら沈むぞ」
「うん」
「ふぁーい」
俺の隣に座って身体を預けていたクコとマコの目が、トロンとしている。
気を抜けばブクブクと泡を立てて沈んでいきそうなほどに、瞼が重たそうだ。
トトは普段なら恥ずかしがってあまりベタベタしないのだが旅の疲れのせいか、それとも旅の間のチビ達の見張りで気疲れしたのか、俺の背中を背もたれにしてゆっくりとお湯に浸かっている。
なんだかんだで、一番トトが俺に娘のように接してくれていると感じる。
うっかりお父さんなんて呼ぶこともあったし。
クコとマコは……親戚の叔父さんポジションからなかなか進歩しないけど。
それでも、かなり懐いてくれているの良いけどね。
――――――
「マサキ様……」
「ふふ、良いよ遠慮しなくて。それに、もう仕事の時間じゃ無いんだ、そんなに畏まらないでくれないか?」
神殿に戻ってベッドに入ると、少ししてトトが部屋に入って来た。
寝間着姿で。
手には枕を持っている。
「今日は皆で寝よう」
「はいっ!」
俺の左手を枕にクコが胸に抱き着いてすでに寝ている。
マコは寝相悪く、両手を広げて俺のお腹を枕に寝ている。
たまに寝返りを打った時に、足で蹴られたり手で叩かれたりしてウっとなることもあるが。
それはそれで、幸せだったりする。
俺の右側にスペースを見つけたトトが、横に枕を並べて俺にしがみついてくる。
「いつもクコとマコの世話ご苦労様。トトは本当に頑張ってるけど、俺や虫達には思う存分甘えても良いんだぞ?」
「はい……私は、ここに来られて本当に幸せです」
「そうか? 俺もお前達が居なかったら、カブト達だけだからな。こうやって一緒に寝る事も……出来なくもないか。でも、人のぬくもりを感じて眠る事も出来ないからな」
「私達が居て、迷惑に思った事は?」
「ふふふ……迷惑か。仮に迷惑を掛けられたとしても、子供達に掛けられる迷惑は……嬉しいと思える部分もあるかな? なんだろう、お前達が困っていてそれを手助けできることは、幸せな事だと思う。お前達には俺が必要だと感じられる瞬間だしな」
「そういうものですか?」
「それだけ、お前達3人を愛しているということさ。勿論、虫達が何かしても俺は全力で助けるけどね」
「ふふ……愛ですか」
「ああ、大人になったら、こうやって甘やかすことも出来ないし……だから、子供の内は存分に甘えて欲しいかな?」
「だったら……」
そう言ってトトが俺に思い切り抱き着いて来る。
胸に顔を埋めて、しがみ付く感じで。
部屋は少し低めの温度にしてあるから、子供特有のちょっと高めの体温に心地よい温もりを感じる。
「お父さん」
「ん? ああ、3日間ご苦労様。今日は、このままゆっくりとお休み」
「うん!」
ちょっとだけ明るい返事をしたトトは少し気恥ずかしかったのか、そのままグリグリと俺の胸に顔を押し付けて収まりの良い場所を探すと、体重を預けて来た。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、俺も自然と顔が弛むのを感じ眠気に身を任せる事にする。
12歳の子供なのに物凄く大人びている彼女が無理をしていないか心配だったが、こうやって少しでも甘えてくれるようになってホッとする。
彼女達が少しでも幸せに過ごせるように、頑張らないとな。





