第147話:モンロード勧善懲悪 前編
「で、あの男性は何者だったのですか?」
「ええ、えっと……この辺りを取り仕切っているエチバック商会のスポンサーを務める、ビグカン子爵です」
聞いた事無い……のも当然か。
この地方の貴族なんか、興味無かったし。
国主が代々女王という部分くらいしか。
「ビグカン子爵がスポンサーなのか? 普通、商会が貴族に献金するものだと思っていたが」
「子爵の領地は金山が見つかっておりまして、その莫大な資金を元手にこの商店街でもトップクラスの乳製品を扱うエチバック商会を援助しております」
なんとなく、言葉を選んでいるような気がするあたり、ここで商売をするには気を遣う相手みたいだ。
ちょっと難しい話になりそうだったので子供達に先に帰っても良いと伝えたが、チャチャとお喋りしたいらしい。
折角の現地の友達が出来たんだからと言われたら断れない……が。
「チャチャが迷惑じゃないか? 今まで働いて、ようやく仕事が終わって帰るところだったのに」
「わ! 私の事はきになさらないでください。他所のお話が聞けてとても楽しいですし」
他所か……
うーん、シビリアディアの生活とかどうなんだろうな。
他には、管理者の空間くらいしか知らないだろうし。
獣人の街に居た時の記憶とかあるのかな?
「つちぐもはおりょうりがとくいなんだよ」
「ツチグモさんですか? 変わったお名前ね」
「うん! おおきなくもなの」
そう言って、両手を目いっぱい広げているクコに、チャチャが微笑ましいものを見るような視線を送っている。
言っておくが、子供の誇張じゃないからな?
むしろ、いまクコが示したサイズの倍以上あるからな!
とは、伝える気は無いが。
「私も、土蜘蛛様にお料理を習ってます」
「トトちゃんも! へぇ、あっちの大陸ってそんな蜘蛛が居るんだ」
信じているんだか、信じていないんだかよくわからない、素敵な笑顔で相槌を打っているが。
あっちの大陸にもそんな蜘蛛は居ないからな?
まあ、子供達も楽しそうなのでこのままで良いかなと、店主の話に耳を傾ける。
「エチバック商会の商会長は元は北の地で広大な牧場と農地を営んでいたのですが、そこに見学に来た当時まだ子爵を継ぐ前のビグカン様に娘さんを見初められてですね」
「そこから娘婿の力を借りて、成り上がったというわけか」
なるほど、エチバック商会のスポンサーというか……娘婿がビグカン子爵と。
そして、その子爵の権威をかさにエチバック商会も。
「エチバック商会の商会長のカウさんはまあそれなりに常識人ではありますが、どうも娘婿であるビグカン様に強く出られないみたいでして」
「ああ、ということは基本的にビグカンってのが悪いんだな」
「いえ、私はそうは申しておりませんが」
詳しい話をケバブさんに聞く。
ケバブさんというのは、目の前の店主の名前だ。
香辛料がよくお似合いの名前ですねと言ったら、キョトンとされたが。
そして牧場経営でそれなりの財を築き上げたカウさんだが、相手は貴族で自分よりも経済力が上ともなると娘の縁談も断り切れずに泣く泣く嫁に差し出したと。
当の娘さんはモンロードで贅沢三昧で、それはそれは楽しそうらしいが。
元々、カウさんの農場の乳製品は評判も良かったが、ビグカンが金に物を言わせて王宮にねじ込んで御用達の地位を得たと。
そして、御用商人としての地位も。
まあ、これも木っ端役人を片っ端から、金の延べ棒で叩いていったのだろうが。
ちなみにこのモンロードの街の領主はビグカンではない。
シルク伯爵らしい。
色々とケバブさんの話から分かったがビグカンは、このモンロードの目抜き通りともいえるこの大通りの商業区を手中に収め内側からシルク伯爵の失脚を画策しているとか。
うんうん……ビグカンは馬鹿なのか?
それともシルク伯爵が、敢えて泳がせているのか。
まあ、どっちでも良いけどね。
俺が口を挟むことじゃない。
けどまあ、折角の旅行でちょっと嫌な思いをさせられたから、軽くお仕置きをと思っただけ。
ビグカンの目的はシルク伯爵の失脚と、自身の陞爵。
そして、シルク伯爵の後釜に着く事らしい。
この街がどうしても欲しいんだってさ。
なんでも一度旅行に来てから、嫁さんがここにしょっちゅう連れてくるように強請ってくるようになったと。
そして、暫くしたら別荘を強請られて……最終的に街を強請られたと。
あれ?
それ、なんて悪女?
まあ、事の経緯は分かった。
詳しい事は、虫達にでも調べさせよう。
「さて、お前達。もう帰るよ」
「「「ええ?」」」
子供達にお暇することを伝えたら、皆が不満そうな表情だ。
いやいや、いつまでも長居したら迷惑だろう。
それに……
「ほら、7時までに戻らないと、ホテルで夕飯が食べられなくなるぞ」
「うーん……だったら、帰る」
真っ先に食いついてきたのはマコだった。
そして、何故かホッとした様子のローズ。
なんだ、お前はそんなことを心配してたのか?
「マサキ様、明日もここに来ませんか?」
「えっ? でも、もう買うもの無いぞ?」
「調味料だったら、いくらでもあっても良いじゃ無いですか! それに、私もチャチャちゃんともっとお話ししたいですし……」
そっか……
思えば弟や妹の世話ばかりで、同世代の友達なんて居なかったもんな。
旅行で観光名所を回るのも大事だが、こうやって人の縁を結んでいくのも、旅の醍醐味か。
「それは、ケバブさんとチャチャちゃんの許可が取れたらだな」
「うん、あの……」
「構いませんよ私は、というよりお店ですし。チャチャはどうかな? 仕事が終わった後なら、そこのテーブルを使っても良いから」
「宜しいのですか、旦那様?」
「勿論だとも……こうやって、上客をしっかりと掴むのも大事だよ」
「私はそんな……」
ケバブさんの言葉に、チャチャが頬を膨らませている。
そんなチャチャの頭をつい、優しく撫でてしまった。
「それは建前というものさ……そう言えば、チャチャも気兼ねなく、この場所を借りられるだろ?」
俺の言葉にチャチャがケバブさんの方を見る。
彼は物凄く優しい慈愛の籠った目で、チャチャを見ていた。
「マサキ様は不思議な方ですね。どう見ても子供なのに、どこか大人のようにも感じます」
「そうかい? 一応、彼女達を面倒見る立場として、精一杯背伸びしているだけさ」
そんな俺の横にケバブさんが近付いて来て話しかけてくる。
まあ、大人だということを行動で隠すつもりはサラサラないからな。
見ようによっては、生意気なガキにしか見えないだろうが。
少なくとも、ケバブさんは対等に話が出来る相手として認めてくれたようだ。
2人並んで、明日も来られることを喜んでいるトト達とそれを楽しみにしているチャチャを眺める。
良いお店を見つけたな。
――――――
「辛い!」
「これは……」
「コリアンダーの根、玉ねぎ、大蒜、生姜、トマト、ターメリック、レッドチリ、クミン、コリアンダーのパウダー……鶏肉……塩で味は調えてあるが、間違いなくカレーだな」
「カレーですか?」
ホテルの夕飯はなんとチキンカレースープ。
米が無いので、パンに付けて食べていたが。
ナンも無かった。
食堂には数組の旅行客が座っていた。
別に部屋で取ることもできたが、こうやって食堂で食べるのも悪くない。
周囲を見ると、なるほど人族以外の種族もチラホラと。
テーブルはたくさんあるが、空席も目立っている。
宿泊客は結構いたと思うから、やはり外食をする人たちも少なくないみたいだ。
給仕は獣人のポニテの女性と、人族の男性。
あとあれは……リザードマンかな?
凄く綺麗な鱗の色をしている。
が、彼は食堂の入り口に立っているし、恰好も白いエプロンじゃ無いところを見ると警備担当なのかもしれない。
というか、リザードマン初めて見た。
この世界では、リザードマンは魔物じゃ無くて亜人と。
というか、マルコが読んでいた学習の本にのってたな。
カレーをスプーンで掬って、匂いを嗅ぐ。
なるほど……これは、どう見てもカレーだ。
料理名は独自のものだったが。
というか……
ジッと、空を見上げる。
この取り合わせを偶然発見したのだろうか?
どこか善神様の介入を感じないでもない。
とはいえよくよく考えたらカレーの歴史は恐ろしく古い。
なんせ、カレーの化石なんてものまであるのだ。
ちなみにインドでは紀元前2500年前から食べられていたとか。
そしてインド料理の起源は、5000年。
中国4000年の歴史どころじゃない。
何気に地球でいう1300年から1500年くらいの、ヨーロッパくらいの感覚で居たが。
それって色々と地球でも馴染みのあるものが、存在しているってことか。
前世のファンタジー小説のイメージのせいか、善神様に知識チートが阻止されている気がしないでもなかったが気のせいか。
となるともしかしたら例の、九份ぽいところでは中華料理が食べられるかもしれない。
どこかに日本料理も?
これは、ベルモントでの革新的な料理の開発が急がれる。
そう思ってしまうほどに、南の大陸の食文化はあれだった。
一応クコとマコも大人と同じ料理にしたが、やはり早かったらしい。
給仕にメニューを持ってきてもらって、子供用の料理を追加で注文する。
「あの……マサキ様」
「なんだ?」
控えめな声で話しかけられたので、そっちを向く。
見ると、唇を真っ赤に腫らしたローズが。
「出来れば、私も」
「ふふ、別に構わないよ。食べられないものを無理に食べても、美味しく無いだろうし。ジャッカスやルドルフはどうだい?」
「私は、大変美味しく頂いております」
「俺も、これは好きです」
トトは……まあ、食べっぷりを見れば十分に伝わってくるか。
ローズとクコ、マコに辛くないものというオーダーで追加の料理をお願いする。
彼等のカレーは、トトとルドルフが食べてしまいそうな勢いだし。
子供達の前に運ばれて来たのは、海老がメインに置かれた平打ちの麺料理。
ココナッツの香りが微かにする。
「うん、おもしろいあじだけどおいしい!」
「これ、食べやすい」
「うんうん、美味しいです」
皆が絶賛するので、ローズに一口分けて貰う。
なるほど、オリーブオイルで炒めて、ナンプラーとオイスターソースっぽいのに、あとはココナッツシュガーが入ってるわけか。
うんうん……
これって、パッタイだよな?
ああ、この地方はエスニックな感じなんだな。
東南アジア系の料理か。
思った以上に、地球人でも食べられる味付けの料理が多いこの大陸が気に入っていしまった。
そして、前世でも記憶にある麺料理を食べてしまったせいか……
「戻ったら、土蜘蛛にそばでも作って貰うかな」
急に日本食が恋しくなってしまった。
――――――
それから、部屋でお風呂を頂く。
なんと、部屋に大理石の湯船があって、お湯も張ってあった。
本当に奮発して良かった。
ちなみに大浴場もあって、女性たちはそっちに向かっていた。
マコとジャッカスも。
ルドルフは……1人で外に呑みに出ていってしまったが。
まあ、キャラ的に彼はそうだよね。
このホテル内は、特に警護の必要も無さそうだし。
シビリアディアでは、ベントレーと常に一緒に居るし。
たまには、羽を伸ばしたいのだろう。
お湯の中には、乳白色の入浴剤のようなものも入っていたので、思わず身構えたが。
優しい植物の薫りの漂うちょっととろみのあるお湯で、肌がスベスベに……
「お背中をお流ししましょうか?」
「あー、大丈夫」
部屋付きのお世話係のクレオさんが声を掛けてくれたが、やんわりと断る。
そのガチの洗ってくれるやつだと思ったからだ。
下手したらオイルとか塗られて、垢すりにマッサージにと……
本気の痛い奴ね。
いや、流石に子供にそんなことはしないと信じているが。
それから、しっかりとお湯を堪能して、湯船からあがる。
勿論、横の瓶には普通のお湯も入っているので、浴室から出る前にそれで身体を綺麗に洗い流す。
うん、凄く気持ち良かった。
部屋に戻ると女性陣はまだ戻って居なかったが、リビングでマコとジャッカスが寛いでいた。
マコはフルーツジュースかな?
ジャッカスは、ワインのようなものを飲んでいた。
「大浴場はどうだった?」
「凄かったよ! 大きなライオンの口からお湯が出ててね、あと金色のお風呂とかあった」
「へえ、なんだか盗まれそうなお風呂だね」
「割と逞しい方達が出入り口を見張ってましたよ」
冗談だ。
そんな真面目に答えないで欲しい、ジャッカスさん。
まあ、俺にかかればルパンも真っ青な早業で盗み出す事も出来るだろうが。
――――――
「なにやら、ビグカンがケバブ殿のお店に対して企んでいるようですよ」
「へえ……」
子供達は先に寝てしまったので、1人でリビングでマンゴージュースを飲んで景色を眺める。
窓は街の光をぼやかして、幻想的な景色を生み出している。
その窓越しに、偵察から戻って来た蜂と会話。
ぼやけた光に溶け込むように、蜂のシルエットが浮かび上がっている。
これって、障子の向こうで報告をする風車の……
いや、やめておこう。
「ふむ、理由は分かる?」
「まあ、あの区画に点在しているスパイスを扱っているお店を一カ所に押し込みたいのが1つ、もう1つはこの街の領主であるシルク伯爵がよく利用しているかららしいですよ」
ほぼ、嫌がらせのレベルだな。
「それに、スパイス絡みの利権もですね……スパイス屋の総締めの地位を狙っていた男が、ビグカン子爵の奥様に取り入ってます」
「へえ……」
「彼はシルク伯爵に賄賂を贈って便宜を図ってもらおうとしたみたいですが、逆にそのことで販売権を取り上げられてしまったらしく」
「それで、シルク伯爵と、彼が懇意にしているケバブさんのお店に逆恨みしたわけか」
「あっ、シルク伯爵は女性です」
「……」
あー、それ別にわざわざ言わなくても良くないかな?
いや、早めに知っておいた方が良い事だけど。
まあ良い。
「中々に、きな臭い話になってきたな……もう少し詳しく調べてくれ」
「はい、分かりました」
スッと音も無く消える蜂を見送って、リビングの中央に戻るとマンゴージュースを一気に煽る。
「これは、面白くない事になりそうですね」
言ってみただけだ。
雰囲気作りというやつだ。
今日明日と、またまた忙しいので、もしかしたら投降が無かったらそういうことだと思って下さいm(__)m
ちなみに……今話も急ぎ足で書くことになってしまったので、ちょっとあれです……
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