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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第146話:モンロード観光 買い物編

「有難うございました」

「ごちそうさま」

「美味しかったです」


 フロアの女性の方に見送られながら、金の皿亭を後にする。

 腹ごなしにプラプラと、出店やお店を覗いて回る。

 子供たちにはお小遣いもちゃんと渡しているので、欲しいものがあったらそこから。


 足りないようなものに関しては、俺に相談。


「うふふ」

「嬉しそうだね、なにか欲しい物でもあるのかい?」


 俺と手を繋ぎたいと言い出したので、今はクコと手を繋いで歩いてる。

 後ろでジャッカスが警戒しているが、周囲に虫達も忍ばせているからもう少し気を抜いて貰ってもいいんだけど?


「うーんとね、みんなにおみやげかってかえるの!」


 なるほど、皆にお土産か。

 

「それは良い考えだね。でも、皆に買うのは大変じゃないかな?」

「うーん、はちさんやありさんたちは、お花のたねがほしいっていってたよ」


 なるほど、考えたな虫達も。

 花の種ならかさばらないし、植えたら増えるからな。

 それだったら、育ったあとに蜜を取る事も出来るし、葉や茎を食べられる虫もいるし。


 数万匹単位のコロニーを形成している虫相手にどうなることかと思ったけど、お互いがお互いを気遣っていていい関係が出来ているみたいだ。


「この通りは、手前と一番奥が食品関係が多いんだよ。あとは織物や小物、アクセサリーに服なんかを売ってるお店も多いかな? あ、だけど乾燥させたスパイスなんかは中ほどのお店でもおいてあったっけ」


 じゃじゃーんと、ホテルで貰った観光マップを見ながら、お店を指さしながら一行を案内する。

 通りは正方形に加工された石の板が敷き詰められていて、長時間歩くにはちょっと固い。

 道幅は20mくらいだろうか?

 

 真ん中は地肌が向き出して、等間隔にヤシの木っぽいものが植えられている。

 それを日除けにして、出店や屋台が立ち並んでいる。

 それと、道の脇にも街路樹が。


 へえ、真ん中の仕切りを隔てて馬車は進行方向が決まっていると。

 分離帯の右側と左側を歩く馬車の進行方向はみんな一緒だ。

 これならば、商業区を歩いていても事故とかは少なそうだな。

 でもって、通行人は馬車とは反対に進んでいくわけね。

 後ろから来る馬車に気付くのが遅れて邪魔することもないと。


 このルールを定着させるのにどれだけの時間が掛かったか分からないが、大半の人がそうしているなら自然とこちらもそうしないとという気分になる。

 そもそも流れに逆らって歩くと、大迷惑になりそうだし。


 ちなみに店の軒先から2m先にも地肌に木が植えてある。

 お店にもターフ状に布が張られているが、この街路樹も日除けに一役買っているのか。

 その街路樹の植えられた花壇の前には杭が打ち込んである。

 ここに馬や馬車を繋ぐのだろう。


 本当に観光客の事を良く考えられたインフラ整備だ。

 

 割と異世界って斜めに発展していることが多くて、地球人が内政無双するためじゃないかなと思えるほど全く進歩してない部分とかもあるが。

 この世界は……良くも悪くも常識の範囲内で文明が独自に発展しているようだ。


 確かに田舎の方だと四則計算ですら暗算出来たら、チート級の能力だ。

 都心部は初等教育でしっかりと学ぶから、そんな事はないか。

 ただくくをアホみたいに暗記させられる日本の教育の賜物か、掛け算に関しては……

 マルコが少しだけ天狗になっていた。

 いや、全部が完璧にパッと出ないだけで、2の段とか5の段になると誰でも一瞬で答えているぞ?


 うん……というか地球でも紀元前の古代ギリシャですでに数学の概念や、幾何学を研究していたのに。

 歴史的発見である0の概念ですら、約1400年前にインドで発見されているし。

 中世っぽい異世界の教育水準は、前世で読んだ物語よりは遥かに進んでいた。

 これは、反省だ。


 とはいえ確かに貧しい家の子供達はそういった教育を受けさせてもらえないこともある。

 が、この世界は幸いにして善神様を崇める聖教会が、寺小屋ならぬ教会小屋を開いていたりして気持ちのお布施で勉強が出来る。


 その重要性に気付かないその日暮らしの家くらいしか、子供をフルで労働力として扱っていない。 

  

 うーん、その点うちの子達は貴族様のクロウニや、無駄に知能がチートじゃないのかというくらいに発達した虫達の教育の賜物か……マルコの学校でも優秀な成績を納められそうなくらいに賢い。


 むふーと鼻息荒くうちの子達は天才なんじゃないかと、お酒を呑みながら土蜘蛛や大顎と夜が明けるまで子供達の将来を夢想することもしばしば。


 教育の基礎がしっかりとしているクロウニと、虫の中でも断トツで頭の回転の速い蜂と土蜘蛛。

 彼等が現代地球の教科書を読み解いて、かみ砕いて子供達に教えているお陰か。

 さらには、彼女達が勉強をさせてもらえるという事を贅沢に感じ。心の底から真剣に学んでいるお陰か。


 少なくとも、同じ年齢だったころの俺よりは頭が良い!

 日本の小学校に潜り込ませて、授業参観に参加したい。

 あー……連れて帰れないかな?


 いや、いっそこっちの世界の学校に編入させるか。

 でも、それだと住居を移さないといけないし。

 マルコに送り迎えさせるのも……


 どうにか虫に転移魔法が使えるような素材を探し出して、合成するか!


「道が綺麗に舗装されていて、それでいて景観も良いですね」

「ええ、お店の人達が軒先から先の方までを掃除して、出店の方々が店を閉めたあとで大通りを綺麗にしているみたいですよ」


 などと、道の発展具合を見て、うちの子達まじ天才と脱線しまくっていたが、ジャッカスとローズの会話に現実に引き戻された。


「あっ、マサキおにい! あそこのおみせみてみたい」

「おっ、あそこはアクセサリーのお店みたいだね! ちょっと覗いてみようか? 皆はどうする? 別に自由に行動しても良いよ? 蜂に頼めば簡単に合流できるからね。良いお店があったら、蜂に伝えたら俺も向かうからね?」


 保護者の大人っぽい口調を意識しつつ、トトやマコに希望を聞いてみる。


「いえ、私達はマサキ様と一緒が楽しいんです」

「うん、オレもマサキ兄と一緒が良い」


 がトトが俺の腕に抱き着いてきて、微笑んでくれる。

 反対の手はクコと繋いでいるので、マコは後ろから抱き着いて来る。


「ははは、そんなに引っ付くと暑いよお前達。そうだね、だったらまずはクコの希望のこのお店に入って、次はマコが選んだお店にしよう。トトのお店はその後で良いかい?」

「ええ、どのお店も一緒に入るから楽しいんです」

「やったー!」


 ふふ夏の暑い中にべったりくっついて来る子供達を、暑いから離れようかと促す父親の姿をまさか独身の俺がすることになるとは。

 確かに物凄く暑いが、悪い気はしていない。

 暑くても無邪気に引っ付きたいと思って貰えるのは、本当に嬉しいからな。


「ローズやジャッカス達も、構わないかい?」

「ええ、私達は一応護衛も兼ねてますから」

「構わないです! ただ、出来れば私の見たいお店も……」

「はは、気を遣わなくても良いよ。ローズの見たいお店にもよってみよう。ルドルフは?」


 ローズが遠慮がちに声を掛けてきたので、笑顔で応えてあげる。

 身体が大人バージョンだったら、頭を撫でてやっても良いくらいだ。

 実年齢は俺の方が大分上だし。


「俺はあそこで食べ物を買って、お店が見えるそこのベンチに座って周囲を警戒してますよ」


 ルドルフはルドルフらしい答えが返って来た。


「ああ、よろしく頼むよ。くれぐれも女性の尻ばかり目で追わないようにね」

「ちょっ、何を言ってるんですか!」

「ふふ、我慢し過ぎは身体の毒だから、ちょっとくらいチラ見しても良いんじゃないか?」

「たく、今は見た目が子供なんですから、もう少し言動に注意した方がいいですよ」


 ちょっと揶揄い過ぎたかな?

 まあ、良いか。


「いらっしゃい」


 中に入ると店主が声を掛けてくる。

 中には水色の魔石と緑色の魔石が天井に付けてあって、ファンのようなものも回っている。

 シーリングファンなんてものもあるのか。


 いや、これは西の大陸では見た事無い。

 うん、そうだな……暑さ対策の道具を開発しても、売れそうだ。


 中にはアクセサリーの他に、宝石の原石のようなものも並べられている。

 他には、よくわからない金属製の像なんかも。

 壁にはタペストリーまで掛けられていて、いかにもおみやげ物屋さんって感じだ。

 

 ドライフルーツがカウンターの横に並べられているところまで、まさにそんな感じだな。


 通りのお店は2階~3階建てのものが多いが、居住スペースは2階以上で1階をまるまる売り場にしているからか、外から見るよりもかなり広い。

 間口はそこそこだが、奥行きがかなりある。


 カウンターは流石に入り口付近に置いてあるが。

 とはいえ、観光に来て盗みに働くやつはあまり居ないと思うけどな。


 ここではクコとマコが、管理者の空間で留守番をしているマルコとベントレーにお土産を買っていた。

 マコは小さな短剣だが、刃は潰してあるところを見ると観賞用か。

 大きく反った刃と柄の部分に石が埋め込んであって、金メッキがしてあった。

 値段は銀貨5枚(5000円相当)と子供が買うお土産には高すぎる。

 勿論ジャッカスが値引き交渉をして、銀貨3枚と大銅貨9枚にまで下げて貰った。


 けどまあ、お土産価格だし一応は高級リゾート地っぽいからこのくらい普通か。

 

 マコが買ったのは、木彫りの人形。

 うんうん、ちょっと間抜けなハニワみたいな顔をしているが、いかにも異国情緒あふれる謎人形だ。

 民族衣装っぽいものはきちんと端切れで作ってある。


 こっちは銀貨3枚と、なかなかいいお値段だがすでにこの地の物価に対する感覚を大きく引き上げたからお手頃価格に思えて来た。

 それでも銀貨2枚大銅貨5枚。


 というか、これじゃあすぐにお小遣いなくなりそうだ。

 子供には大金過ぎると思ったが、お金の使い方を勉強させるためにクコとマコには大銀貨2枚(2万円)ほど渡してある。

 大銀貨1枚、銀貨9枚、大銅貨9枚、銅貨9枚、鉄貨10枚だ。


 お金の計算も出来るようにと思ったが、2~3軒で財布がすっからかんになってしまいそうだ。


「これ、可愛い!」

「そうだね、旅の思い出にそれは買ってあげよう。トトとお揃いにしようか」

「うん!」

「良いのですか?」


 次に入ったお店は、アクセサリー専門店。

 トトがこの地特有の花を象った髪飾りを見て、キラキラとした目を向けていたので横から手をだす。

 一応子供達には、買わない売り物に無暗に手を触れないように言っている。

 

 花の形は月下美人に似ている。

 素材は銀かな?

 そして櫛の部分は、金で出来ているのかな?


 大銀貨で3枚か。

 

「お兄さん、これこの2人に買ってあげたいんだけど、2つ買うから少し安くならないかな?」


 ここは俺も値引き交渉の手本を見せてやろう。

 別に値引きをしたジャッカスが子供達に感謝されて評価が鰻登りだから、対抗したわけじゃない。

 純粋にお手本を見せたいだけだからな。

 

 お腹をタプタプと揺らしながら近づいて来た、髭の店主のおじさんに笑顔で声を掛ける。

 頭に布を巻いていてベージュのチュニックに緑のベスト、そしてベージュのパンツを濃い赤の紐で巻いているザ・商人だな。


 店主も俺に負けず劣らず良い笑顔で首を振る。

 こいつは強敵(とも)の匂いがする。

 しかし、こっちも引けない。


「はは、それは1個1個有名な職人さんが手で作っているんだ。そんなに値引きは出来ないよ」

「2つで大銀貨2枚」

「馬鹿言っちゃいけないよ、大銀貨5枚と銀貨9枚かな?」


 なるほど、もっともらしい言い訳をしてきた。

 この様子だと、全然値引いてくれる気は無さそうだ。

 子供だと思って侮られているのかな?


「あの子達に旅の思い出にプレゼントしたいんだ。大銀貨2枚と銀貨5枚にしてくれたら、早速お店の前で皆に見えるように着けてあげようかな? ほら、あの子達とっても可愛くない?」

「お坊ちゃん、高価な服を身に着けている割には、中々に強かだね……それでも大銀貨5枚と銀貨5枚が限界だよ」


 あー、皆の着ているもので足元を見られたのか。

 まあ、足元は綺麗にしているけどね。


「でもお小遣いが……それに、もう二度と来られないかもしれないし」


 仕方ない、子供の特権を使うか。

 くらえ、無垢な子供のシャイニングアイ!


「うっ……なんて目で見るんだい! これじゃあ、私が悪者じゃないですか。大銀貨4枚と銀貨5枚にしてあげるから親御さんにお小遣いを貰っておいで」

「うう……僕が買ってあげるって言っちゃったし……」

「分かったよ、大銀貨4枚! でもこれじゃあ利益が全然出ないんですからね! しっかりと宣伝してくださいよ坊っちゃん」


 こうやってリアルに値引き交渉が出来るのが、こういった場所での楽しみだな。

 実際には赤字になるような値段にはしないはずだし、これでも利益は出るはずだろう。


「はい、どうぞ」


 大銀貨4枚を手渡して、代わりに髪飾りを受け取る。

 それでも子供の買い物にしては高価だからか、それとも子供でもきちんとお客様として扱ってくれる良い店主だからか店の入り口まで見送りに来てくれる。


「是非、また来る機会があったら寄ってくださいね」


 あれだけの強引な値引きをしたにも関わらず、また来てくれと。

 これは、もう少しイケたか?


「うん、有難うございます。そうだクコ」


 お店の前でクコに手招きする。

 それから、彼女の髪に先の飾りをつけてやる。


「どうぞ」


 ……この商人、やはり出来る。 

 クコに髪飾りを付けると、すぐに手鏡を持ってきてくれた。


「かわいい」

 

 その手鏡を覗き込んだクコが、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 思わず俺の顔も崩れてしまいそうなほどに、可愛らしい。

 横を見たら、店主もだらしなく相好を崩していた。


 それから……


「トト、少ししゃがんでくれるかな?」

「えっ? はい」


 そして前かがみになったトトの頭にも、同じものを。

 こちらも、とても良く似合っている。


「綺麗」

「でしょう? 本当に有名な職人さんの作品ですからね」


 そして、店主から手鏡を受け取ってうっとりとしているトトに、またも2人でほっこり。


「2人とも本当に良く似合ってるわ」


 ローズが羨ましそうに見つめているが、うん……お前はそれなりに給金を貰っているだろう。

 自分で買えばいい。


「おや、これはこれは少女がレディに早変わりですね」

「もう、ジャッカスさんったら」

「きれい? わたしきれい?」

「ええ、クコちゃん……いや、クコお嬢様もよくお似合いですよ」

「わあっ! ありがとう」


 ジャッカスの言葉にクコが首に手を回して抱き着いている。

 グググ!

 俺も大人の姿だったら……


「おう、2人とも似合ってるな」


 出た、似合ってる一辺倒のルドルフ。

 お店の前で串に刺さった何かを食べていたルドルフが、串を口に咥えて近づいて来た。

 

「2人とも良かったね」


 マコも素直に褒めてくれている。


「あら素敵な髪飾り」

「可愛い!」

「うちの子にも似合いそう……」

「ママ、あれ私も欲しい」


 その様子を見ていた通りの人達が、こちらをチラチラと見てそんな事を話している。

 まあ、かなり目立つ服装の集団だから目を引くのは確かだし。

 早速宣伝効果が発揮されそうで、店主も上機嫌だ。


 その後武器防具を扱っているお店で、マコに籠手を買ってあげる。

 こっちは、風の魔石がはめ込まれているらしく、魔力を込めると風が流れるようになっていた。

 込めた魔力量で強弱が変わるが魔力を込め過ぎると石が壊れるらしく、魔力量が少ない戦士職向けの装備と。


 それから植物を扱うお店でお目当ての種を買ったり、マコが絶対にカブトに似合うといって譲らない腕輪を買ったり。

 ちなみに、腕輪は角に着けて貰いたいらしい。

 金の装飾に、色とりどりの石がはめ込まれている。

 これ着けたら、本気で虫の王になりそうだ。


 ラダマンティスにはトトがモノクルを買っていた。

 目が悪い訳じゃ無いが、イメージ的に絶対に似合うと。


 土蜘蛛には散々悩んだが、金メッキされた裁縫セットだ。

 それと香辛料を数点。

 どれもこれも安い買い物では無かったが、良い物ばかり手に入った。

 

 他にも独特の模様が刺繍された布やら、わけのわからないオブジェやら、タペストリーなどなど。

 あとは、銀食器なんかも数点購入。


 他には香水っぽいもの。

 柔らかい香りが特徴で、トトは少し蓋を開けて部屋に置いておくつもりらしい。

 クコはお姉ちゃんの真似をしているだけかな?

 これは、ローズもお買い上げだった。


「買い過ぎでは?」

「ははは、折角の旅行ですから、水を差すようなことを言わないでください。心から楽しんでいるみたいですしね」


 両手と背中に荷物を持っているルドルフが汗をかきながら愚痴っていたが、軽々と大きな袋を担いでいるジャッカスが苦笑していた。


 そして、目的の花の種もたっぷりと購入したので帰ろうと来た道を引き返す。

 渡し船で宿に戻ろうと思っていたが大分買い物に時間を使ってしまったので、明日じっくりと遊覧船に乗って運河を楽しもうか。


「お疲れ様! はいっ、これ今日の分」

「有難うございます、旦那様」


 ふと通りがかったお店を見ると、トトくらいの歳の女の子がそこの店主から何か布袋に入れて貰っていた。

 バイトの子かな?


 あまり良い身なりをしていないし色々な色の粉が付いているところを見ると、そこのお店の裏側で香辛料を轢いたり加工したりしていたのかもしれない。


「私がこうやって楽しんでる間も、働いている子も居るんですね」

「それを言ったら、お前達も普段は働いているじゃないか」


 その姿を少し眩しいものでも見るように見つめて、後ろめたく思ったのかトトが少し顔を俯ける。

 その頭を優しく撫でてやる。


「あの子にだって、休暇はあるさ」

「はい」


 俺の言葉に少しだけ心が軽くなったのか、上を見上げて微笑んでくれる。


「邪魔だ!」

「キャッ!」


 お店を出た瞬間に通りを歩く高価な服を着た男性にぶつかりそうになって、供の者に突き飛ばされる女の子の姿が。


「危ない!」


 倒れそうになった彼女を、すぐにトトが抱き留める。


「気を付けて歩け! 貧乏人が! 高価な服に染みが出来たらどうするんだ」

「旦那様大丈夫ですか?」


 男はその少女を睨み付けて唾を吐き掛けようとしていたが、高価な服を着た一行に抱き留めれているのを見てそれを飲み込んで舌打ちをする。

 すぐに供の者が駆け寄って、男の心配をしていたが鼻を鳴らして足早に立ち去る。


「おーお、そんな小汚い娘なんか助けるから、折角の服が台無しだぞお嬢さん! 次からはそんな奴等は放っておけばいい……まあ、その娘じゃ取れるもんも無いだろうから、助け損だな! ハッハッハ」


 去り際に嫌な笑みを浮かべて、そんな言葉を吐いて。

 

「なにっ?」


 思わず俺が前に出て、男を睨み付ける。


「やめなさい」


 が、すぐに店主の男性まで飛び出してきて俺を止める。


「何か言ったか小僧?」

「いえ、私がこの子にお勧めの香辛料があると声を掛けただけですから、旦那様はお気になさらずに」


 店主の男性は俺を背に庇って、必死に頭を下げている。


「チッ……まあ良い、折角服が汚れなかったというのに、気分が悪いな……行くぞ」

「はいっ」


 あいつ……

 店を通り過ぎる瞬間に軒先にあった香辛料の入った壺を蹴っていきやがった。

 まあ、壺の香辛料がズボンの裾に掛かっていたのは、ちょっと笑えたが。

 あんだけ、汚れを気にしていたくせに。


 まあいい……


「やれ!」

「えっ?」

  

 俺の声に、右手から数匹の蜂が静かに飛び出して男の方に向かって行く。

 店主がギョッとした表情でこっちを見たが、特に誰も動く様子が無いのをみて優しそうな笑みを浮かべる。

 それから、頭を深々と下げてくる。


「すみませんお坊ちゃま。それにお嬢様も……チャチャを庇っていただき有難うございます! 大丈夫かいチャチャ?」

「ええ、私は大丈夫ですが……旦那様、この方のお召し物が」


 慌ててトトから離れたチャチャと呼ばれた少女の顔が青白い。

 見るとトトの白いシャツと、水色のカーデガンに香辛料の染みが移っていた。


「ああ、これは……本当に申し訳ありません。私で出来ることがあれば」

「旦那様、迷惑を掛けたのは私です……申し訳ありません」


 おお、麗しきかな店主と従業員の愛。

 いや、壮年の人の良さそうな男性と、12歳くらいの女の子だから恋愛ではないが。


「私の事は大丈夫ですから、洗えば落ちますし」

「そうですよ、構いませんよ。悪いのはさっきの人ですから」

「それではこちらの気が済みません」

「あの、一生懸命働いてお返ししますので……」


 気にすることはないと手を振ってみたが、食い気味に遠慮された。

 気分の悪い男にあって折角の旅行に味噌を付けられたが、こう人の良さそうな店主と従業員にすぐに会えたのでまあ良いか。

 むしろ、すこしだけ気持ち良いし。


「ギャッ! なんでこんなところに蜂が! ぎゃぁぁぁぁぁ! 来るな! お前、わしを助けろ」

「旦那様! 待ってください! あー、走られるとあぶなっ、痛い痛い! なんでこっちにまで」


 いや、遠くから聞こえてくる騒がしい悲鳴に、大分気持ち良くなったし。

 目の前で後ろを振り返ってキョトンとしている店主と女の子を尻目に、トトの方に目をやる。


「おいでトト……」

「はい!」


 それから笑顔で手招きしてやると、元気よく返事して駆け寄ってくる。 

 俺が左手をトトの服に向かってスッと翳すと、ところどころについた赤や黒、茶色に緑と色取り取りの染みが全て綺麗に消えて無くなる。

 

「えっ?」

「ぷっ、なんですか2人揃って同じような顔をして。本当に2人は良い関係を築いているようですね」

「いえ、私が旦那様となんて恐れ多いです」

「そんなに目いっぱい否定されると、私は悲しいよ……これでも、娘のように接してきたつもりなのだが」


 その光景に狐に摘まれたようなような表情の2人の顔に、思わず吹き出してしまった。

 誤魔化すように2人に微笑みかけて声を掛けると、チャチャが慌てて否定して店主がちょっと困ったような表情を浮かべていた。

 本当に、仲が良さそうだ。


「ほらっ、なんでもない事だ。本当に気にしなくて良い」


 後ろに立っているトトの綺麗になった服を、親指で指し示して頷いてやる。


「あっ……あっ、はい……」

「有難うございます、でしたらせめてチャチャを助けて頂いたお礼だけでも」


 これで何も問題無くなったのだが、店主はどうしても娘のように扱っているチャチャと一緒に助けて貰ったお礼をしたいらしい。

 人の良い店主だ。


 あまり断るのもあれなので、オススメの調味料を調合してもらう。

 その間に、チャチャとトトが仲良さげに話しているのを見てほっこり。

 マコもチャチャに一生懸命、話しかけている。


「姉ちゃんも災難だったな」

「いえ、お陰でこんな素敵な方達に助けて頂きました」


 どうやら、落ちている気分を盛り上げようとしているのだろう。

 2人とも良い子に育っている。


「クシュン! きゃっ」

「クコ!」


 横で店主に色んな香辛料の匂いを嗅がせてもらっていたクコが、くしゃみして粉を顔に被っていた。

 流石に少量ずつ小皿に移してだったので、壺一個台無しになった訳じゃ無いから、問題無さそうだ。


「酷い顔、ほらっおいで」

「うぅぅ……めにはいったよー」

「ああ、辛味の無いものですが、あまり擦っては駄目ですよ」


 トトがハンカチを取り出してクコを手招きすると、グシグシと目を擦るクコ。

 それを見て慌てて止める店主。


「まあ……ふふ……」

 

 粉まみれのトトの顔を見て、チャチャが驚いたような声をあげたあとで、少しだけ笑っていた。

 どうやら、トトのお陰で多少は気分が晴れたようだ。

 

 さてと……あのおっさんどうしてやろうか。



あれ?

ちりめん問屋の御隠居な流れ?

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