第4話:セリシオ・フォン・シビリア
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「殿下と会うの?」
「うむ、第一王子のセリシオ様じゃ」
ゲッ。
よりにもよって、第一王子とか。
王位継承権第一位の人とか、あまり関わり合いになりたくないのだけど。
「マルコと同い年じゃからの、仲良くするんじゃぞ?」
「は……はあ。善処します」
仲良くとか無理だろ。
っていうか、第一王子同い年か。
いやいや、陛下の年齢的に第一王子が同い年とか。
確か去年が、陛下の生誕40周年とかじゃなかったっけ?
ああ、確か上に第一王女と第二王女が居るんだった。
末っ子長男か……碌な奴じゃなさそうだ。
「着いたぞ」
色々と対策を考えていたら、一つの扉の前でスレイズが立ち止まる。
うん……
ここは部屋じゃないよね?
王子様の部屋が簡単な木造りの扉なわけないし。
というか一階だし。
外壁寄りだし。
上に訓練所とか書いてあるし。
なんで訓練所で王子様と会うんだ?
いやな予感しかしない。
「お待たせしました」
いきなり扉を開く祖父。
まあ、訓練所の扉をノックする人なんか居ないか。
「おお、マスタースレイズ! お待ちしてました」
マスター……
まあ、師匠だからね。
目の前には目も眩むような美少年。
王子様?
まあ短くはないけど、王子様ってこうおかっぱ頭みたいなの想像してたら全然違った。
普通の髪型だ。
眼は吸い込まれるような、エメラルドグリーンの瞳。
何度か会った事のある貴族の子供は大体が結構ふくよかな感じの子が多かったけど、この子シュッとしてるし。
ああ、武闘派の貴族の息子と同じようなオーラが出てる。
背はマルコと同じくらいかな?
着ているものは、普通のシャツとパンツ。
オーラが出てるから、凄い子だってのは分かるけど。
王族っぽくない。
「そちらが?」
「うむ、私の孫でマルコと申します。ほらっ」
「お初にお目に掛かります、セリシオ殿下。祖父がお世話になっております」
スレイズに促されて、片膝を突いて臣下の礼を取って挨拶する。
「うおっ! マスターのお孫さんってことだから、物凄いごついのイメージしてたけど普通だ」
「殿下まで……」
目の前のセリシオ殿下が、目を見開いて驚いている。
普通に挨拶しただけで、こんだけ驚かれるとか。
普段の祖父の言動がいかに酷いかが、伝わってくる。
スレイズがショックを受けているが、自業自得としか言いようがない。
「すまんな! 余がシビリア国第一王子のセリシオだ。まあ、気軽にセリシオと呼んでくれ」
「無理です」
王子の気さくな申し出に思わず即答してしまった。
言ってからしまったと思ったが、これは仕方ないだろう。
「むっ! そう言ったところはマスターそっくりだな。とはいえ、これからは同級生になるのだ。殿下とか、様付けで呼ばれてたら友にはなれないではないか」
「そうだぞ、マルコ! 殿下とは良いご学友となってもらいたいのじゃが」
2人が呑気に非常識な事を言っているが、王子と友達ってどうやったらなれるんだ?
そんな奴、同級生に居たら是非紹介してもらいたいものだ。
「そうですね……ですが、恐らく生徒全員どころか先生方も、セリシオ様のことを殿下とお呼びすると思いますよ?」
「なっ! それでは、学校で浮いてしまう。それは余の望むところではない」
さいですか。
無理でしょ?
王族として様々な恩恵にあずかってるんだから、その程度のデメリットには目を瞑ってください。
そして、俺を巻き込まないでください。
「そうじゃ! お主が率先して余を呼び捨てにすれば、周りのハードルも下がるのではないか?」
「あー、殿下には幼い頃からのご学友がいらっしゃるでしょう。そちらにお願いしてはいかがでしょうか?」
「無理じゃな! 奴らは従者根性が骨の髄まで染みこんでおる。そのような教育を受けているとはいえ、4つ5つの頃から、余のためなら身を挺して守る覚悟を抱いて付き合っておるのじゃ。絶対に呼んではくれぬ」
それって、俺が王子のこと呼び捨てにしたらそいつらに切り捨てられない?
大丈夫?
「マルコや、殿下を困らせるでない」
じじい……
俺の方が、その王子様よりよっぽど困ってるんだけど?
いきなり学園で、王子の事を呼び捨てしてにこやかに挨拶するとか。
王権絶対主義の連中のヘイトがヤバい事になりそうなんだけど。
というか、たかだか子爵の息子が王子を呼び捨てとか、上の人たちに闇討ちされるわ。
勘弁してくれ。
「マルコもマスターの訓練付けてもらってるんだろ? だったら、兄弟弟子みたいなものだし……正直スレイズの訓練を受けた者同士というのは、どうも他人に思えないんだ。分かるだろ?」
分からないけど、言おうとしてることは分かる。
このじじいの事だから、訓練になったら絶対に手は抜かないだろう。
それは、あの短い訓練期間でも十分に分かった。
だから同情はする。
でも、それとこれとは別問題だ。
「どうしてもだめというなら陛下に頼んで、王命を下してもらうか……」
この子、俺が黙っていたら物騒な事を言い出したよ。
そんな下らん事に、国家権力使うなよ。
王命で友達とか、勘弁してくれ。
「マルコ」
じいちゃんも、こんなしょうもない事で孫に凄むな。
「はあ……分かりました。学校ではセリシオと呼ばせてもらいます。ですが、王城や公の場では殿下と呼びますし、もし校内で他者の不興を買ったら全力で守ってくださいね」
「うー……」
何故悩む。
それで十分だろう。
最大限の譲歩だ。
納得しろ。
そして俺の中のマルコが、この決定に一番不満を持っているらしい。
マルコの部分が無理無理と、全力で首を横に振っている。
すまん……たぶん、お前より上手くやれたと思うよ。
だから、これで納得してくれないかな?
「まあいい、それでいまのところ我慢しよう」
いまのところってなんだよ。
これ以上は無理だからな?
というか、じじいが城内でろくでもない存在ってのが分かっただけでも大きな収穫だ。
これは是非おばあさまに密告らせてもらおう。
「では、2人も良き友人となれたようですし、始めますかな」
「うむ、余も昨日から楽しみで楽しみで、今日も少し早く来て素振りをして体を温めておいたくらいだ」
うん、分かりません。
何を始めるというのでしょうか?
そして、壁際で黙って立っていた騎士の人。
何故壁から木刀を持ってくるのでしょうか?
「友となったからには、分かり合うには剣を交えるのが一番」
「余も、普段組手をする丁度いい相手というのがおらんでな。今日はマルコが付き合ってくれるのであろう?」
はい?
全然聞いてなかったのですが?
初耳です。
いや、マジで。
そんくらいは、事前に説明してくれないかな?
「マルコもあれから毎日欠かさず訓練はしておったのじゃろう?」
「まあ、訓練はしてはいましたが、決して殿下と剣を交えるためではありませんよ? むしろ私の剣は領土を、ひいては国を殿下を、陛下を守るためのものですが?」
「細かい事は気にするな」
細かくはない。
というか、王子相手に本気を出せる訳も無い。
勝ってはいけない組み手じゃないか。
「マルコ様こちらを(申し訳ありません)」
騎士の人が木刀を渡してくれる。
そして、僕にしか聞こえないくらいの小さな声で謝ってきた。
うん、恐らく訓練中の護衛なのでしょうが、あなたも苦労してるんですね。
全力で身体が木刀を掴むのを拒否しているが、強引に押し付けられた。
俺が握ったら、騎士の人がホッとした表情を浮かべてた。
それから木製の兜と、革の胸当てに胴当がつけられる。
一応、王子も同じ装備を他の騎士の人につけられてた。
「では、両者尋常に」
「ちょっと、おじいさま?」
「マルコ、集中しないと怪我するぞ?」
なんで、王子はそんなにやる気なんだよ。
いきなり友達を木刀で滅多打ちにするのが、この国の文化か?
ここは神に文句を言ってもいいのではなかろうか?
というか思ったけど厳密に言うと、神の執行代理の俺の方が立場上じゃね?
公にする気は無いけど。
「これって、やらなきゃだめ?」
「うむ」
精一杯の怯えた子羊の目で祖父に訴えたら、力強く否定された。
くそじじい!
「では、はじめっ!」
有無を言わさず開始しやがった。
とりあえず剣先を向けるのすら躊躇われるが、全く無防備というわけにもいかないだろう。
睨み合う。
いや、俺は睨んでないけどね。
そんな不敬な真似できるわけないし。
「気迫が足りんな」
五月蠅いじじい。
「来ぬのか? ならばこちらから行くぞ」
王子が地面を蹴って、斬りつけてくる。
上から襲ってくる剣を、正面に構えた剣で取り敢えず打ち払う。
負けようとは思うけど、その攻撃は頂けない。
木刀とはいえ、頭を叩かれたらただじゃすまないよね?
この世界には竹刀が無いのが残念だ。
そして思った。
遅くね?
「なっ、さすがは剣鬼の孫か」
剣が簡単に打ち払われたことに、王子が驚いているが。
まあ、よくよく考えたら8歳の子供の剣か。
ここ1年はジャッカスのお陰で外出できるようになって、ギルドで武術の訓練も復活してたしな。
大人相手に、割と良い所までいけるようになってたし。
「様子見は終わりだ。これなら、本気でも問題無さそうだ」
と思ったら手加減してくれてたらしい。
「はっ!」
気迫の籠った声とともに、突き出される鋭い突き。
うん……ちょっと速くなったけど、現役冒険者ほどじゃない。
体を半身にして、それを躱す。
「たあっ!」
「なっ!」
と思ったら目の前を通り過ぎる剣が軌道を変えて、俺の喉元に向かって払われる。
思わずビックリしたけど、手首を捻って剣の腹を肩に添えて身体で受けきる。
「この攻撃に対応するどころか、ビクともしないとは」
さらに手首を返してそのまま王子の身体を流すようにいなすと、わざとゆっくり剣を王子の額めがけて切り返す。
一応兜の部分を狙ってはいるが。
王子でも反応できる速度だ。
王子はしゃがんでその剣を躱すと、俺の胴目がけて剣を振るう。
これなら……
ガンッという鈍い音がして、俺の胴に王子の剣が叩き込まれる。
あえて躱させたことで、胴と胸に隙を作って防具のあるところを狙わせた。
ついでにぶつかった瞬間に後ろに少し下がって衝撃も殺す。
うん、ノーダメージ。
「参りました」
「ふむっ! なかなかにやるではないか。長い事マスターと離れていたのに大した練度だ」
そんなことなど露ほども知らぬ王子が、満足そうに頷く。
俺に勝ててご満悦な様子。
「いえ、さすがは殿下。私など、到底足元にも及びません」
「謙遜するな。これから毎日、マスターの訓練を受けるのであろう? であれば、すぐに追い越されてしまいそうだ」
勝者の余裕か。
なかなか、気の利いた事を言ってくれる。
まあ、傲慢な我儘末っ子長男王子じゃないことに感謝だな。
座り込んだ俺に王子が手を差し出してくれる。
その手を取って立ち上がろうと思った時だ。
見逃せない殺気を感じる。
慌てて王子の手を引き立ち上がると、そのまま王子を引き寄せてその背後に回り剣を振るう。
だがそこには何も無かった。
無かったけど、じじいが意味深な笑みを浮かべて目の前に立っていた。
「何をしているのだ?」
「えーっと……蜂です! そうそう、蜂が殿下の背後に居たので追い払おうと思いまして」
「そ……そうか。すまんな」
俺の突然の暴挙に、王子がビックリしていた。
どうにか上手く誤魔化せたはずだ。
咄嗟のこととはいえ、ナイスな言い訳だったと思う。
それから何度か王子と手合わせをして、城を後にする。
何度も俺を叩きのめせて、王子は大層ご満悦な様子。
勝ちすぎた王子が花一輪持たせてくれたが、隙の作り方から、誘導の仕方までがつたな過ぎて罠を疑った。
引っ掛からない訳にはいかないよなと思って、軽く振った剣が当たったことでようやくその意図が分かったが。
王子が誉めてくれたが、王子に勝ってはしゃぐわけにもいかず思わず微妙な表情を浮かべてしまった。
誘ったのがばれた王子の気まずそうな表情が見れただけでもよしとしよう。
こっちは、ひたすらそれを続けて花束ができるほどに、花を捧げたんだけど全く気付いた様子もないし。
その組手の最中も、じじいが何度か殺気だけで斬りつけるという器用な邪魔をしてきたが本気で邪魔だった。
帰りの馬車の中で、じじいが目の前で腕を組んで満足そうに頷いている。
「どうしましたおじいさま?」
「ふむ……お主、手を抜いたな?」
やっぱりか。
途中で確信していたが、スレイズは俺が手を抜いていたことに気付いていた。
だから、確認のために攻撃に加わったのだろう。
王子には何発も喰らったが、スレイズの攻撃は全て防ぐか躱すかしている。
その度に王子が不思議そうな表情を浮かべていたのが辛い。
若干、変な子に思われたかもしれない。
「いえ、そのような事は」
「ふんっ、抜かすな。あの場でわしの殺気に気付けたのはお主と、王子に装備を付けた騎士のみだ」
「なんのことでしょうか?」
「殿下の剣を全て防具の固い部分に誘導しておいて白々しい。まあ良い。ただ、明日からのわしの訓練は手を抜けると思うなよ?」
分かるか?
この人、これで上機嫌なんだぜ?
その証拠に、口下手なじじいが割と良くしゃべってる。
孫の思わぬ成長に、大満足っていう邪悪な顔してるし。
傷だらけの皺だらけだけど……
ああ、訓練中に手が滑った事にして、きつい一撃をお見舞いしたい。





