第142話:ウキウキわくわく旅行計画
「マサキ!」
「ああ、聞いていた」
なんと、マルコの外泊許可が下りたのだ。
あんなことがあったというのに。
勿論、引率はジャッカスだ。
護衛には、他にローズも加わる。
そしてルドルフさんも。
うん、ここまで言えば分かると思うが。
サプライズで、ベントレーがベルモントの街にやってきた。
ベルモントの隣の領地である、ガネレー男爵領に観光に向かっているところらしい。
そしてその途中でベルモントに寄って、マルコを誘いに来たと。
友達の純粋なお誘いであったが、マリアは少しだけ難色を示した。
が、ジャッカスが護衛に付くということで、少しだけ前向きに。
今回、デーモンロード討伐の主役ということで、ジャッカスの評価はまた上がっている。
一応フルカスはジャッカスの指揮のもと、冒険者が一致団結して倒したことになっているのだ。
ガネレー男爵領はベルモントと一緒で自然が豊富で、観光地としてもそこそこ知名度はある。
何よりも、夏でも涼しい高原避暑地を有しているのだ。
とりあえずは、そこで3泊ほどして戻ってくるとのこと。
隣の領とはいえ入り口までであれば半日で着くが、奥地になると普通に1日以上かかる。
合計5日間の外泊許可。
まあ、ガネレー男爵領までは普通に馬車でいかないといけないだろうが。
出立は明後日。
明日は1日、マルコとベルモントの街を楽しむつもりと。
ちなみに、ガネレー観光は表向きの理由。
本題は……
「クコやマコ達が退屈してないかと思いまして。良ければガネレーにある、チチブの街から転移で旅行に行かれては? 私はマルコと管理者の空間でゆっくりさせてもらいます」
なんてことを、言ってくれた。
どうも管理者の空間に来た時にトトやクコと話している際に、彼が話した旅行や観光の話を羨ましそうに聞いていたと。
元々裕福じゃない彼女たちは、シビリアディアの街で暮らしていくだけで精一杯。
シビリアディアに移住してきてから、他の土地へは行った事が無いのだ。
その話をしてから、ベントレーはずっとこの旅行を計画していたらしい。
今回は間が悪く、ベルモントの街でトラブルがあったばかりだったが。
それでも、去年の襲撃戦でも首級を多く上げたルドルフを始めとした、クーデル家の護衛が付いている。
加えていまや飛ぶ鳥を落とす勢いで、手柄をあげてメキメキと頭角を現しているジャッカスが付いているのだ。
マイケルや他の人からは、特に異論は出なかった。
マリアは付いて行きたいと、ごねていたけど。
「折角の友達との夏休みの思い出作りですよ? 子供だけで旅行に行くのが、良いのじゃないですか」
というマリーの言葉に、歯を食いしばって頷いた。
嬉しい、本当にベントレー良い奴だ。
早速、クコ達に報告。
ジャッカスも招いて、旅の計画を立てる。
「明後日から、ちょっと旅行に行くぞ」
「やったー! どこにいくの? あそこのやま? それとも、このあいだのおんせん?」
……クコの口から出て来たのは、全て管理者の空間内だった。
うーん、ナチュラルに気遣われているようで、心が痛む。
やっぱり、狭い所に押し込めちゃ駄目だな。
いや、この空間はとんでもなく広いけど。
そうだ! 土地は余ってるし、折角だからベントレーの家をここに用意してやろう。
余っている建物もあるけど、新しく彼のために造る方が良いだろう。
造るといっても、タブレットをポチポチして交換するだけだが。
ログボで使い切れないほどの、ポイントが溜まっているし。
それでも、買えないものもあるけど。
そのうちの1つが小型のセスナ。
間違いなく善神様の茶目っ気だな。
交換させる気のないポイント数だし。
そもそも、こんなもので空にも魔獣が飛ぶ世界を移動するとか、自殺行為だし。
それに……飛べるし。
せめて、飛空艇とかにしてほしかった。
ファンタジーな世界だけど、飛空艇はいまのところ見た事無い。
ある所にはありそうだけど。
それよりも、いまは旅行の計画だな。
「いや、久しぶりに外の世界に連れていけるぞ」
「おそと? やったー!」
俺の言葉に、クコが飛び上がっている。
それから、トトの所に走って報告に向かっている。
うんうん、こけるなよ?
と思っちゃ駄目だな。
ほら、盛大に躓いて……土蜘蛛の眷族の蜘蛛に糸で受け止められている。
怪我は無さそうだ。
気にすることも無く、また走って行ってしまった。
――――――
取りあえず、昼食を取りながら旅行の相談。
「宜しいのですか?」
「ああ、家族旅行ってやつだ! 留守番なんて反抗期の娘みたいな事、言うなよ?」
「そんな事は言いませんが」
トトの敬語も完全に板についてきた。
これなら、どこに出しても恥ずかしくない。
どこにも、出す気は無いが。
「どこに行くの? オレ、美味しい物食べたい!」
「あー……美味しい物か……」
マコの発言を受けて、チラリと土蜘蛛を見る。
土蜘蛛が首を振っている。
「取り敢えず、この大陸からも出てみようと思っているが……南に行くか、東に行くかってところだな」
ちなみに東の大陸に行くには、西に向かって行った方が早かったりする。
それでも、便宜上は東だな……うん。
それよりも、食べ物だが。
この空間の調理には、地球産の調味料も沢山使われている。
そして、土蜘蛛の料理の知識や腕もそれなり以上。
正直、ここの味になれてしまったら、他所の国で美味しい物を探すのはちょっと大変。
いや、普通に美味しい物は多いんだけどね。
土蜘蛛の料理と比べたら? と言われると困ってしまう。
まあ、旅行先でその土地の特色の物を食べると、美味しく感じるから多分大丈夫だろう……と信じたい。
東の大陸や、南の大陸をタブレットで映し出してみる。
といっても、特に情報を持っている訳じゃないので、適当に街をチョイス。
当たり外れが激しいが、それなりに大きい都市はなかなか楽しそうだ。
南の方は、本当に観光で向かうような場所もある。
ラーハットみたいに綺麗な海のある街。
とはいえ、街並みは全然違う。
大きな運河が街の中央を流れていて、支流もたくさんある。
その川沿いに建物が立ち並んでいて、とても素敵な街だ。
「わぁ、綺麗ですね」
「夜になると建物の灯りや街灯で、もっと綺麗になりそうだな」
「美味しい物が、たくさんありそう」
「ここにいってみたい」
皆が興味津々だ。
ここは、南の大陸の第一候補だな。
次は……
東の大陸を映し出す。
なかなかどうして、東洋人のような見た目の人が多い。
そんな中で、気になる景色を発見。
どこか、和洋折衷の世界観濃いい街が多かったが、これはなかなか。
例えるなら、台湾の九份に近いものがある。
ただ、サイズが違う。
巨大な山間に造られたこの街は、階段や裏路地が到るところにあり朱造りの中華っぽい建物も多くある。
建物の各階の軒下には提灯がぶら下げてあり、これは夜も期待できそうな雰囲気だったりする。
街の人達も景観に気を遣っているのか、通りも綺麗にされていて耽美を目指している事がとても良く分かる。
うーん、どっちも捨てがたい。
「ここも、良いですね」
「たのしそう」
「そうだな! 先の街で船で川下りも良いが、ここは美味しい物が多そうだ」
「美味しい物?」
他の3人も、ここが気に入ったらしい。
そして、どっちにしようか悩み始める。
そこに土蜘蛛が……
「どっちも、クコが迷子になりそうですね」
「えー? わたし、まいごになんかならないもん」
「なりそう……」
「確かに」
土蜘蛛の言葉にクコが頬を膨らませて反論していたが、俺もトトも否定が出来なかった。
「大丈夫、オレが付いててやるよ」
「2人揃って迷子になりますね」
「……」
「確かに」
流石にどちらもちょっと、街の作りが複雑すぎる。
どうせなら、もう少しこざっぱりした所の方が良いか。
それから、あそこが良いとか、ここが良いなどと暫く盛り上がっていたが、結局俺とトトと土蜘蛛で相談して決める運びになった。
あの2箇所は、今度1人でこっそりと行って来よう。
とくに、東の大陸の方は街を眺めてるだけでも、楽しそうだし。
――――――
「で、あれは誰だったんだ?」
『あー……あやつか。少し説明が難しいのじゃが』
「神に近い存在ではあるが、なりそこないというか……」
夜になって、ようやく1人になったので邪神様と善神様に単刀直入に聞いてみた。
が、歯切れの悪い返事。
それと、善神様から聞き捨てならない言葉も。
『わしは、負の感情を司るのは知っておるな?』
「そして、わしが正の感情じゃ」
それは知っている。
いまさらだけど。
そして、この世界にはこの2柱の神しか居ないことも。
『あやつは、そのどちらも持っておる。そして、この世界を愛しており、憎んでもおる』
「ただ、神出鬼没というかのう……現れたら分かるのじゃが、姿を消されたらちと探し出すのが難しくてのう」
『端的に言えば、存在を完全に隠す事が出来る』
おー……
ハイスペック。
てことは、逃げられたらお手上げってことじゃないか。
「それに人の感情を動かす事にも長けておる……記憶をある程度書き換えることも」
厄介過ぎる相手だった。
そんな面倒臭い人が居るんだったら、退職願だしても良いかな?
聞いてないとは、このことだ。
というか、実際にノーフェイスと対峙してから色々と憶測はこっちもしている。
そして、邪神様と善神様の思惑も。
彼等の関係性も、少しだけ疑っている部分もある。
核心が持てないが……
どこか、似ているんだよね。
この手の話の流れとしては……
『なんじゃ、面倒臭そうな顔をしおって……まるで、わしらが何を考えているか分かったようなつもりじゃな?』
「えっ? そんな事無いですよ?」
こちらからは、言ってやらない。
向こうが、頭を下げて頼むまで。
とはいえ、頭を下げられたら断れないから、このまま誤魔化してもらっても良いけど。
こちらが揺るぎない力を付けさえすれば、ノーフェイスとはいえどうにか出来るかもしれないし。
というか、どうにか出来るんだろうな……きっと。
最終目標は、ノーフェイスをどうにかするってところだろう。
先の2人の表情や口ぶりから、救ってやってほしいとか思ってそうだが。
俺がこの地で、これほどの優遇を……いや、不遇ともいえるが。
ただ、掛け値なしで凄い能力を手に入れたのは、ノーフェイスの対抗馬として育てるためだろう。
いずれは、神に到るとも言っていたし。
この場合、考えられるのは……
奴が俺の前任者だった可能性。
そしてもう1つは、あまり考えたくないが善神様のなりそこない。
というよりも、善神様と袂を分かった存在。
善神様の顔は、白い布に覆われていて分からない。
ただ、彼も老若男女様々な人の声が混ざったような声だ。
もし善神様が多くのなんらかしらの人格の集合体だとすれば、ノーフェイスは統一された意思に馴染めずはじき出された人格の集まりじゃないかなと。
完全に予想でしかない。
それも、前世での色々な物語の知識を集めて導き出した答え。
全く外れている可能性もある。
が、こう思ってしまったら他に答えが思い浮かばない。
他にも色々と考えられることはあるが。
そして、魔王を御せということは……奴よりも先に魔王を手中に収めろという風にいまとなっては聞こえなくもない。
魔王や魔族に対して、ノーフェイスがなんらかしらの行動を起こし……人と敵対させたら、大きな戦争が起こることは間違い……
いや、すでに奴は動いていたのかもしれない。
その結果が、いまの人と魔族の関係?
とある国に所属する、いち貴族が魔族に対して行った仕打ち。
はたして、あれほどの力を持つ魔族にちょっかいを出そうなどと考えるだろうか?
それに対する、対象となった魔族の家族による凄惨な仕返し。
人間全てを敵とみなして、街を滅ぼす勢いでの報復。
どちらも、違和感が……
おおい!
両神様、いくらなんでも黙ってやらせるには相手の性質が悪すぎるだろう!
これは、ますます頼まれるまで、手伝ってやる気がしなくなったぞ。
『なかなかに、嫌な顔をするが……黙っていたわしらが、全面的に悪かったか』
「邪の!」
観念したのか、邪神様の雰囲気が変わる。
仮面を付けているから、表情が分からないけど核心に迫る話をしそうな雰囲気だ。
そして、それを留めようとする善神様。
うん……
聞きたくない。
「なかなか重い話になりそうなんで、旅行から戻って聞いても良いですか?」
『お主……』
うわっ、邪神様がちょっとイラッとしたのが分かる。
身体から発せられたオーラだけで、股間がキュッとなった。
『はあ……別にそうふざけんでも良い。まだ聞くときではないとお主が判断したのであれば、素直にそう言えばよかろうに』
ははは……
予想は出来ても、心の準備がまだね。
それに、ある程度はこっちが主体で動いて、ノーフェイスの事を知っていく必要があるように感じるし。
我ながら、面倒臭い性格だ。
こんな面倒な事態になっても、どうにか前向きに検討しようとするなんて。
「まあ、邪のも悪いと思っているようじゃし、勘弁してやってくれ。それに、お主に与えた能力は、お主がしっかりと使いこなして身体に馴染ませながら、鍛えていかねばあやつには対抗出来ぬからな」
何が面白おかしくだ。
いや、いまも面白おかしくこの世界を楽しむ方法を模索しているが。
その方法の1つが相手が手を出してくるまでは、忘れて静観すること。
そして、善神様の言葉の通り、与えられた力を完全にものに出来るように時間を掛けて、使いこなしていくしかないか……
ただ、あれだ。
魔王とは、良い関係を築いておかないと、このカードは相手に取られたら不味い。
それこそ、全力を持って魔王を倒さないといけなくなる。
どの程度の記憶操作や、感情操作が出来るか分からないが。
2人の口ぶりからすれば、それなり以上だとは考えられる。
それでも、俺の拙い作戦と呼ぶのも烏滸がましい方法で、裏をかくことも出来たわけだし。
転移含め、色々と練習あるのみだな。
そして、あの2匹の大蛇も只者じゃ無かった。
虫達の強化も、もっと重ねて行こう。
なんだ……忙しいじゃないか俺って。
殺されたあげくブラックな人生に再就職したってのが、冗談じゃなくなった。
ただねぇ……
結果として、ノーフェイスって話が出来そうな気もしてきた。
まずは、本当の名前を聞かないと。
ノーネームとか言われたら、ぶん殴ってしまうかもしれないけど。
「色々とありがとうございました。ちょっと、考えてみます」
『なんじゃ、もう良いのか? まあ、相談ならいくらでも乗る』
「偉そうに……まあ、わしも「あっ、善神様はそんなにその……」
「何故じゃ!」
なんか、相談しても斜め上のアドバイスしか来なさそうだし。
あはは、善神様が本気で怒ってるのが分かる。
でも、邪神様ほどの圧は感じない。
『また、いつでも声を掛けるがよい』
「うむ、わしにもじゃぞ!」
そう言って、2人が管理者の空間から去っていった。
それにしても、善神様は土蜘蛛が作ってくれた和菓子を殆ど1人で食って行ったな。
布の前に持ってくると、布をスッと通り抜けるのは見てて気持ち悪かったな。
さてと、2人とも居なくなったことだし。
真剣に考えるか……明後日の行先を。
どこにしようかな?
どこが良いと思う?
「取りあえず明るい街に行って、パーッと忘れましょうか?」
「良く分かってるな、土蜘蛛は」
土蜘蛛のお陰で、少しだけ気が楽になる。





