第137話:想定外、想定内
短いですが、体力的なものと理解を頂ければと(-_-;)
「なっ! 何が……」
フルカスが顔を苦痛に歪めながら、地面に落ちる直前で青白い馬から飛び降りる。
すぐに自身の愛馬に視線を向ければ、馬の脚に無数の小さな蟻が群がっている。
最近では兵隊蟻が進化した大型種に出番を奪われているが、お馴染み働き蟻の皆さんだ。
悪食で、なんでも喰らう彼等。
馬を足元からバリボリと美味しそうに咀嚼している。
馬の顔に焦った様子も痛痒を感じた様子も無いが、代わりにフルカスが足を押さえて愛馬に群がる蟻を睨み付ける。
どうやら馬も彼の身体の一部らしい。
「クソッタレめが!」
「よそ見している隙はあるのですか? 大物は流石に違いますね」
フルカスの注意が反れた隙に、マハトールが一気に距離を詰めてフルカスに爪を伸ばして斬りかかる。
「ちいっ!」
間一髪、横に転がるようにしてその一撃を避ける。
が痛みは持続しているらしく、どこか足を庇うようなそぶりを見せる。
そして、馬との距離が空いた事でその間にマハトールがフワリと舞い降りる。
「どうしたのですか? よそ事にばかり気を取られて。貴方の相手は私ですよ」
あの馬がフルカスの身体の一部と知っていながら、この言い種。
蟻達の協力を得た事で、また調子に乗っている。
ハイパーマハトールタイムの始まりだな。
「くそがっ! あんな虫けらに手伝って貰って恥ずかしく無いのか!」
「ふふふ……やめてください。私が最も畏怖して、尊敬する大事な先輩たちをそのように乏すのは」
フルカスが蟻達を虫けらと呼んだことで、マハトールが怒気を纏ってユラリと身体を揺らす。
その目は薄く開かれ、心底冷めた視線で睨み付けている。
一見落ち着いているように見えるが笑っている口の端がピクピクと痙攣し、本気で怒っている事を表している……のだが、残念微笑みシリーズの仮面に隠れているせいでフルカスには伝わらないだろう。
ただ、目の部分はくり抜かれているので、かろうじて分かるかもしれない。
「たかが劣等種の分際で支配種のわしに、そんな視線を向けるでない!」
良かったなマハトール。
熱い眼差しだけは、受け取って貰えたようだ。
そして、それを心底不快に思ったのか、フルカスが目にも止まらない速度で手に持ったドレインランスを突き出す。
「怒っているわりには手加減してくれるなんて、本当に大物ですね」
マハトールはその突きをあっさりと半身で躱して左手の甲で軌道を逸らし、右手でいともたやすく掴む。
種明かしをすると行動予知にまで感覚を昇華させている蜂が、フルカスの身体の筋肉の動きを読んでマハトールに詳細で的確な指示を出した訳だが。
「1秒後に身体を半身に逸らして、コンマ5秒後に左手を掌を内側にして胸の前から前方に10cm突き出しなさい! そしてコンマ2秒後に掌を開いて右手で胸から12cm先に突き出して拳を握りなさい」
という指示を直接脳内に。
だから、この情報伝達は瞬時にマハトールの脳内に信号として送られたような状態だ。
そして、条件反射で虫の指示に従うレベルにまで訓練されたマハトールからすれば、何の問題も無い指示だ。
1秒という時間が、返って彼にとって気持ちを落ち着かせるほどに猶予がある。
マハトール自身、フルカスの槍をスムーズに捌いて掴むビジョンは浮かんでいない。
が、全幅の信頼を寄せる先輩の指示に、この状況でまず不利益はありえない。
そして、出来上がった構図に対して瞬時にアドレナリン分泌しまくりの彼は、最も適したカッコ良いと自分が勝手に思っている決め台詞を放ったのだ。
後にこの場に居合わせたC級冒険者のリーバイスは語る。
「いやあ、まさか大蛇に襲われてコミカルに逃げていたいかにも小物な悪魔が、デーモンロードを名乗る災厄級の魔物の神速の槍を、決められた演舞のような動きで掴むなんて思いもよらなかったです。あれは……そうですね、言ってみたら何度もお互いに練習を重ねたデモンストレーションのようなやり取りでした。それほどまでにデーモンロードの突きは鋭く、そしてレッサーデーモンの動きは美しかった。もし、あれが決められた約束で無ければ……あのレッサーデーモンの武は、まさに武神や剣鬼に引けを取らないレベルですね」
彼の証言によって暫くの間、マハトールの特徴がベルモントのギルドに詳細に伝えられ、B級以上の冒険者や著名な武芸者が一度手合わせしたいと願った程のブームを巻き起こした。
ギルドに人相書きが出回るレベルで。
「くっ、離せ! ぐあっ!」
「おやおや、どうしました? 足を押さえて。私は、まだ攻撃すらしていないというのに」
分かっていて、この態度。
本当に良い性格をしている。
こうやって、傍観者として見ている分には面白いが。
あまり、マハトールばかりを見ている訳にはいかない。
俺は俺で、やることがある。
「お嬢さん? その腕輪をちょっとはずして見せて貰えないかな?」
「いやよ、これは私のお気に入りなんだから……というか、マルコみたいな声をしてるのね?」
アシュリーがふんだんに供給された魔力を良いことに、色々なスキルを放ってくる。
それを【王の盾】で全て受けつつも、魔力を回収してカブトに送る。
送られた魔力をまた、アシュリーに対して使っている【魔素空間】に送り込むカブト。
ある意味で、永久機関の完成だったり。
ふざけている場合じゃない。
とっととアシュリーをどうにかしないと、これ以上はマルコを押さえるのが困難になる。
とはいえ、手荒な真似をすればマルコが黙っていないだろうし。
ノーフェイスのやつ、本当に厄介なことをしでかしてくれた。
本来ならアシュリーごと吸収してしまうのが、最善か?
いや、それよりもあの腕輪の肝は、どう考えてもあの怪しい宝玉だ。
あれを、どうにかすれば……
「ちっ!」
その間も、アシュリーが容赦なく電撃を放ってくる。
それを簡単に左手で吸収するが……今回は冷気だった。
「これも通用しないなんて、本当にふざけた力を持ってるのね貴方は」
属性関係なく吸収できる力で良かった。
てっきり電撃だとばかり思っていたから、他の方法だったら多少は面食らったかもしれない。
「主、こちらは終わりました」
その時、さきほど別件で指示を出していた土蜘蛛から、頼んでいた作業が完了したとの報告を受ける。
時間稼ぎは十分か。
取り急ぎベルモントの街の虫達に指示を飛ばして、アシュリーに向かって【鋼鉄の網】を放つ。
「何よこれ!」
左手を突き出したまま、身動きも取れず固まってしまったアシュリーにゆっくりと近づく。
「すまんな、あまり遊んでいられる時間も無くなったし、ちょっと痛いかもしれないけど我慢な」
そして、左手をそってアシュリーの手に添えると、右手に取り出したナイフを宝玉に突き立てる。
かなり硬かったが、身体強化と筋力強化の重ね掛けもあってか、簡単に砕く事が出来た。
「つっ!」
ゴキリという音がして、アシュリーの手首の骨が砕けるのを感じる。
一瞬だが苦痛にアシュリーが顔を歪めている。
が、即座に蝶のヒーリングスケイルスで、快復する。
宝玉を砕いた事で簡単に腕輪を吸収出来た。
やはり腕輪の内側に無数の触手のようなものが生えていたが、問題無く全てを吸収出来た。
腕輪を失った事で、アシュリーがその場に倒れ込む。
それを抱きかかえるように支えると、傍にいた蟻達にあとを任せる。
さてと……
あとは、他の連中に任せて……
「えっ?」
「何?」
「なんだ!」
……
アシュリーの腕輪の宝玉を砕いたと同時に、子供達の声が聞こえる。
フレイと、ユリア、ケイが正気に戻ったらしい。
うーん……
ここは、アシュリーと一緒に是非とも気を失ってもらいたかったのだが。
さらに間の悪いことに冒険者達と戦っている大蛇が放った電撃で弾かれた地面から、石の礫が子供達に襲い掛かる。
転移でフレイ達の前に移動すると、その石を全て左手で吸収する。
「誰?」
フレイが俺に話しかけてきたが、どう答えたものか。
正気に返った彼女たちに話しかけると、声でマルコだとバレてしまう可能性も。
ジャッカスに恨みがましい視線を送ると、一瞬だけジャッカスがこっちを振り返った。
目ですいませんと謝られたが、正直溜息が漏れる。
「マルコ?」
まあ、仮面を付けていても背格好と髪型でバレるか。
どう誤魔化したものか。
「きゃあっ!」
そして、今度はレイダの放った冷気の余波がこちらに襲い掛かかってくる。
お前ら、もう少し離れて戦えよ!
仕方なしフレイを抱きかかえて、その場から飛び退るとユリア、ケイの順に回収してその場から離れる。
「マルコじゃない? 誰?」
右腕で抱いたフレイが、不安げな眼差しでこっちを見上げてくる。
そんな彼女の唇に人差し指を当てて黙らせると、ダニーを呼び出して彼女たちを眠らせる。
「えっ……」
「なっ……」
ユリアとケイはすぐに眠りに落ちたが、フレイが必至に瞼が落ちるのを堪えてこっちを見つめる。
「安心しろ……全部、悪い夢だから。目が覚めたら、きっと何も無い平静な日常が戻ってくるから、今はゆっくりとおやすみ」
ダニーにさらに強力な安眠系のスキルを使わせ、彼女の瞼を上から掌で覆う。
「お兄さんは……何者です……か……」
お兄さん?
気になるセリフを残しながら、フレイも眠りにつく。
そして、完全に眠りに落ちた彼女達を管理者の空間経由で宿に送り届けると、ベルモントの街の方に移動して虫達の報告を受ける。
――――――
「この野郎が!」
「失礼な、私は雷蛇という立派な名前があります! それに、野郎じゃないですよ?」
「蛇の雌雄なんか、瞬時に分かるか!」
キアリーがライダに斧で斬りかかっているが、あっさりと弾かれる。
かなり硬い鱗を持っているらしい。
そしてその鱗を逆立てて擦りつけることで、常に紫電を纏っている。
そんな蛇に効果的な攻撃を与えることは非常に難しいらしく直接攻撃をした手が痺れたのか、左手で右手を一生懸命さすっている。
「粘鉄蚯蚓さんっ!」
「あれは、無理」
ジャッカスが鞭剣でライダに攻撃を仕掛けようとしたが、粘鉄蚯蚓が電気を嫌がってライダを躱している。
傍から見ると、なんとも言い難い光景だ。
放たれた剣が物理の法則に逆らって、的を避けているのだ。
だが、攻撃が当たると身構えたライダに対しては、良いフェイントになっていた。
そこにユミルから放たれた無数の矢が襲い掛かっている。
が、それはライダの周囲を走る電撃によってすべて、叩き落とされる。
本気で厄介な相手であることは、間違いない。
だが、そんなやり取りもすぐに終わる。
「レイダ」
「ええ……失敗みたいですね」
ライダがレイダに声を掛けると、リザベルと虫達を相手にしていたレイダが頷く。
マサキによって、子供達の救出は全て終わっている。
となると、この場でこれ以上リザベルや、冒険者達とやりあう意味は無い。
「主は回収に来てくれそうにないですし……」
「仕方ありませんか……ライダ」
「はい」
ノーフェイスの助力を諦めた彼女たちは、魔力を一気に集める。
「何を」
「気を付けてください! 何か大きいのが来ます」
「見りゃ、分かるっての!」
膨れ上がった魔力に対して、ジャッカスが周囲に注意を促す。
それに対して、一気に距離を取って様子を見るキアリー。
そして、次の瞬間レイダから巨大な氷の塊がいくつも放たれると、そこに向かってライダから無数の電撃が放たれる。
高温で貫かれたそれは、あり得ない濃さの蒸気を放ち周囲の視界を奪う。
「ちっ!」
「まずいですよ」
一瞬視界を奪われた3人が、距離をさらに大きく取って防御姿勢に入る。
そして、蒸気が晴れた直後……
「悪魔さん、あとはお願いしますね」
「私たちは、ここで倒れるわけにもいかないので」
そんな言葉を残して、巨大な蛇2体がその場から完全に居なくなっていた。
そして、頬を引くつかせてその場を睨み付けるフルカス。
「ふざけるな! たかが小悪魔一匹でも思う通りにいかないというのに」
マハトール相手に手間取っていたフルカスが、冷や汗を垂らしながら悪態をつく。
そして、大きな声で叫んだために周囲の視線を集めた事に気付いて、さらに顔を青くする。
「このまま成果無しはまずいですよね、ジャッカスさん」
「悪魔の癖に気安く話しかけないでください……(一応ここでは他人なので)」
馴れ馴れしく声を掛けて来たリザベルに対して、大声で突き放すような言葉を放つと小声でフォローを入れるジャッカス。
その言葉に対して「あらやだうっかり」とばかりに、頭にコツンと拳を当ててみせるリザベル。
ジャッカスが顔を顰めている。
半分くらい、わざとだろう。
どうもリザベルは悪戯っぽいところがある。
が、時と場合は選んでもらいたい。
ジャッカスが溜息を吐くと、剣をフルカスに向かって構える。
流石に電気を纏っていない悪魔相手となると、粘鉄蚯蚓もやるき……いや、殺る気十分だった。





