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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第3話:登城

「おじいさま、どちらへ向かわれているのですか?」


 マルコが乗っているのは、スレイズ家の馬車。

 それも主人用の豪華なものだ。

 なるほど……

 家紋は髑髏の目に剣が交差して突き刺さっている。

 どこの海賊旗だと思うような、悪趣味なものだった。

 当然エリーゼが許すはずもなく公式な場ではベルモントの紋章を使う事が多いが、1人で行動するときや自分の個人の私物にのみ使うことを許されている。


 いってみればスレイズ専用の家紋だ。

 騎士侯というのはスレイズのみのものなので、エリーゼは一応ベルモントの家のものになる。

 なので、2人で催し物に出席する際などはベルモントの家紋を用いる事が多い。

 そちらは盾の後ろに鍬と麦が頭を出しているもので、領民第一主義を掲げる初代の意向に沿ったものになっている。


 その崇高な志が表れた紋章は、意外にも他領の農民たちに人気があったりする。


 と現実逃避をしてみたものの、俺の視線の先では馬車に向かい合って座る二人の間に、居た堪れない空気がいまだ流れている。

 勿論スレイズとしては、孫と普通にお出かけをしている感覚だ。

 むしろ、マルコの1日を勝ち取った事でかなり上機嫌とも取れる。


 その代わり、妻エリーゼに高い代償を支払う事になったのだが。

 そこは言わないのが花だろう。


 そして、スレイズという男。

 とにかく顔が怖い。

 そして、口下手。

 傷だらけ、皺だらけの表情でマルコに向かって笑いかける。

 普通の祖父と孫ならば、行先をナイショにして驚かせたいおじいちゃんと、じれったい気持ちを隠そうともしない可愛らしい子供の絵になるはずだろう。

 

 だが、残念ながら祖父がスレイズなのだ。


 彼にとっては


「着いてからのお楽しみじゃよ! フォッフォッ!」

「もお、おじいちゃん! 意地悪しないで教えてよー!」


 という孫との他愛無い幸せなやりとりが、脳内で再生されている。

 だが、彼は喋らない。

 着いてからのお楽しみという、もっとも重要なセリフを発せず黙って笑顔を浮かべるのみ。

 御者台で手綱を握るスレイズ家のものをもってしても、


「黙ってついてこい!」

 

 と言う人攫い。


「うう……僕どうなっちゃうんだろう……」


 と人生を悲観する子供の絵にしか見えていない。

 現に俺もそうとしか見えない。

 彼の慈愛を込めた微笑みも、向けられた相手からすると心臓を鷲掴みにする鬼にしか見えないのは少し同情するが。

 スレイズ自身が、孫とキャッキャウフフしてる妄想に溺れているのだから気にすることは無いだろう。

 幸せな人だ。


 ちなみにマルコが不安になるのも無理が無い。

 スレイズに時間をくれと言われたのだ。

 屋敷の庭で剣の訓練か、もしかすると前向きに考えて街で買い物か……最悪でも街の外に連れていかれて魔物相手に実戦訓練とかかと想像していた。


 だが、屋敷を出た馬車が向かうの街の外周部ではなく、中心。

 知り合いの貴族の家かと思うが、どこかによる気配もない。

 それ以上先にあるのは王城のみ。


 当の本人は何も言ってくれない。

 ヒシヒシと、ろくでもない展開を告げるセンサーが管理者の空間の俺にまで警鐘を鳴らしてくる。

 いきなり登城パターンある。


 泣きそうな表情で祖父の袖を引っ張って行先を確認するマルコの頭を、スレイズは優しく撫でるのみ。

 うむ。


「もしかして、お城とかいかないよね?」


 あっ、マルコが半べそだ。


「チッ!」


 そこで舌打ちするなよ。

 思わずにんまりとしそうな表情を無理やり抑え込んでるから、かなり怖い顔になってるぞ、おじいさま。

 そして、出かけた言葉を飲み込むときに舌打ちする癖は直せ。

 マルコが声を押し殺して泣いてるじゃないか。


 仕方ない……

 マルコよ、健闘を祈る。


 いきなり王城の偉い人に会うなんて、胃に穴が開きかけない状況を耐えられるほど現代日本人は鍛えられていないのだ。

 すまんな。


――――――

「これはマスタースレイズ、殿下がすでにお待ちです」

「あれっ? 約束の時間にはまだ早いと思うたが」


 城を囲む外壁の入城門で、門兵の男性が敬礼をしてスレイズの馬車を迎え入れる。

 兵士の言葉に、スレイズが首を傾げると兵士が苦笑いする。


「そちらがマルコ様ですね。お初にお目に掛かります。スレイズ様がお孫様をお連れになるということで、昨日からずっと楽しみにしておられましたので」

「そうか! ならば、これ以上待たせる訳にはいかんな。走るぞマルコ!」


 言うが早いか、マルコを横向きに抱え馬車から飛び降りる。

 踏み台を用意しようとしていた、使用人の慌てた表情にマルコと兵士から同情の視線が送られる。


「スレイズ様! 城内は走らないようにお願いします」

「うむ、分かっておる!」

「おじいさま、走ったらダメだって!」


 元気よく返事をして駆け出した祖父に、マルコも一緒になって注意する。


「なに、これはわしにとっては早歩きじゃ!」


 とてつもなく出鱈目な言い訳にマルコが頭を抱える。

 良かったかなマルコ。

 国王陛下じゃなくて、殿下がお待ちだそうだ。

 王子様かな?


 このままじゃ不味いか。

 取り敢えずマルコの身体に戻ると、カブトにお願いして身体強化を借りる。

 そして、身体を捻って……おい、じじい!

 力強すぎだろう。


「暴れるな! 走りにくいではないか!」


 普通に走りにくいとか言ってるし。

 さっきの言い訳どこいった。


 仕方なく両腕に力を集中して、スレイズの腕を振りほどくとそのまま左手を地面に着いて、身体を捻って着地する。


「さすがに抱っこされて移動するような歳じゃありません。自分で歩けますから」

「むう……」


 そんな残念そうに唸られても。

 孫を抱きかかえて歩きたいのは分からんでもないが、場所を弁えろ。


「その、街中とかだったらお願いするかもしれませんが、さすがに城内では」

「そうか! 約束だぞ!」


 機嫌よく返事する祖父に、若干引きつつも頷く。


「ならば」


 そう言って手を差し出してくるスレイズ。

 それも城内だと微妙だと思うけど、さすがに年に一度会えるかどうかといった孫とのひと時だ。

 そのくらい我慢しよう。

 なんでもかんでも駄目だと言ったら可哀想だしな。


「はいっ!」


 仕方なくといった様子をおくびにも出さず、手を繋いで2人で城内を進む。


「あら、可愛い」

「まさか、あれ剣鬼様のお孫様じゃないですよね?」

「いや、無いでしょう。きっと迷子になったどこかの貴族のお坊ちゃまじゃないかしら?」

「剣鬼様がわざわざ手を引いて案内されてるっていうの? でもそうね……剣鬼様ったら顔に似合わずお優しいところありますしね」


 場内で仕事をしている侍女たちの、祖父に対する評価が酷い件。

 いや、顔に似合わずは余計だが、優しいってのは好評価か。

 ただ、ギャップ萌えすら起きない程度に顔は怖いが。


 そんな周囲の言葉に、こそばゆい思いをしつつも進んでいると正面から壮年の男性が近付いてくる。

 質の良い服を着ていて、引き締まった体をしている。

 細い眉毛とつり上がった一重瞼の目、後ろに撫でつけた濃い茶色の髪ができる男をイメージさせる。

 周囲の者達が道を譲っているので、そこそこ立場が上の男性だろう。

 背は割と高いように思える。

 子供の視点で見ると、大人は全部でかく見えるから正直なんとも言えないが。

 それでも、今まで見てきた男性の中でも頭一つ分は大きい。


「これはこれはスレイズ殿、本日はセリシオ様の稽古の日でしたか?」

「ファビリオ殿がこのような場を歩かれるとは珍しいな。それと何度も言っておるが、お主の方が立場が上なのじゃから、もっと砕けた話し方でよいのじゃが」


 スレイズの話からすると、このファビリオという男の方が……ファビリオ?

 ファビリオ・フォン・ゲルト侯爵?

 この国の宰相じゃねーか!

 

 なんでうちのじじいの方が偉そうなんだよ!


「無茶を言わないでください。確かに立場は上ですが、私に剣を教えてくださった方に偉そうに話せる訳ないでしょう。どんなに出世しても、師匠には逆らえませんよ」


 そう言って苦笑いするファビリオ。

 腹芸が得意そうな顔をしてるが、本気で困っているのが分かるくらいに酷い師匠だったのだろう。

 知ってるかじじい?

 これは、トラウマを抱えた人の表情だぞ?


「もしかして、そちらのお子様が?」

「お初にお目に掛かりますファビリオ様。スレイズが孫にして、マイケル・フォン・ベルモントの息子のマルコと申します。いつも、祖父がお世話になっております」


 こちらに視線を送るファビリオに、片足を引いて会釈をする。

 ……

 ……

 ん? 

 何も言ってくれない。

 ああ、立場が上のものの間に割って入らないくらいには弁えたつもりだけど、もしかしてこれスレイズが紹介するのを待たずして自ら自己紹介したのも不味ったかな?


「う……そでしょ?」

「うそとはなんじゃ!」


 うそ?

 思っていたのとまったく見当違いな言葉がファビリオから漏れたので、つい顔を上げて確認してしまった。

 なんて顔をしてるんだ。


 ファビリオが、信じられないというような表情を浮かべてこっちを見ている。


「いえ、これはこれはご丁寧な自己紹介ありがとう。私はファビリオ・フォン・ゲルト。その様子だと見知っていただいたようだが、一応この国の宰相を務めさせてもらっているものだよ。こちらこそ、マルコ殿のおじいさまには大変お世話になっているからね」

「ちょっと、待て! さっきのうそでしょとはどういった意味じゃ!」


 途端に柔和な笑みを浮かべたファビリオが軽く自己紹介をして、手を差し出してくれる。

 横で喚いている祖父を無視して、その手を両手でしっかりと包み込んで頭を深く下げて握手を交わす。


「私のような若輩者にも礼を以って接して頂いて、大変有難く存じます」

「マジか……ゴホン、失礼。マルコ殿こそ、よく礼儀作法を学んでおられる様子。スレイズ殿も、将来安泰ですね」


 おいっ!

 いま、この人小さくマジかって呟いたぞ?

 貴族の言って良い言葉じゃないよね?


「なんじゃお主さっきから! 何やら無礼な事を考えておらぬか?」

「いえ、そのような事は……」

 

 というか、うちのじいさん宰相様相手にも偉そうだな。

 これ王族相手にもやらかしてないよね?

 不敬罪で一家断絶とか勘弁なんだけど?


「それよりも、スレイズ殿。なにやら急がれてたのではないのですか?」

「おう、そうじゃった! 殿下を待たせておるでな。先ほどの言葉の真意は後程確認させてもらおう」

「ゲッ……いえ、他意などございませんので。ではごきげんよう」


 ゲッて。

 なんだか、この宰相様とは仲良くなれそうな気がしてきた。


「まさかスレイズ殿のお孫さんが、あんなにも謙虚で聡明な子供とは……エリーゼ様の血が濃いのかな? どっちにしろ、分からぬものだ……」


 うん、聞こえてるから。

 ファビリオが少し離れたところでぼやいていたが、俺はしっかりと聞こえたし当然横のスレイズにも聞こえてるだろう。

 ご愁傷様。



次は26日18時投稿予定ですm(__)m

是非、ブクマ、評価、感想をお願いします。

執筆スキルは上がりませんが、執筆意欲が上がりますw


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