第132話:お祭りの前夜
「いらっしゃい……」
武器屋喫茶のマスター、アシュリーの父親が来客を告げるベルの音に皿を洗う手を止めて入り口に視線を送る。
そこに居たのは、いかにも怪しそうなベージュのローブに身を包んだ人物。
男性か、女性かも判断が付かない。
その怪しげな人物は、黙ってカウンターに座るとジッとマスターを見つめる。
「えっと……」
何も注文せず、見るからに怪しい人物を相手にどうしたものかと少し考える。
それからメニューを渡して、注文が決まるまでは待ってみる事にした。
洗い終わったグラスを拭いて、棚に並べていくと後ろから声を掛けられる。
「……」
その人物が何か喋った様子は無い。
だがマスターの頭には、はっきりと「いつもの」という言葉が聞こえた。
すこししわがれた男性の声で、あたかも常連のような注文を受ける。
もしかしたら暫く街を離れていた人物なのか?
せめてフードを取ってくれたら。
「いつもの……ですか?」
そんな事を思いつつ、声を掛けた瞬間に頭の中を何かが駆け巡る。
「ああ、あんたか! 久しぶりだな」
「……」
マスターの言葉に対して、男からの返答は無い。
だが、マスターは構わずに話しかける。
「いつ、戻って来たんだ?」
「……」
「そうか、早速顔を出してくれて嬉しいよ。いつものだな? ちょっと待っててくれ」
先ほどまでの行動が嘘のように、マスターがテキパキと動き始める。
手慣れた様子で、鍋に火を入れてバターを放り込む。
それから、厚く切った肉を並べながらパンをスライスする。
「へえ、そんな事が」
「……」
傍から見たら、仲良さげな会話が繰り広げられているように見える。
が、実際はマスターが1人でずっと喋っているという奇妙な景色。
男は、黙って手元を見つめているだけ。
「アシュリーなら、もう少しで戻って来ると思うぞ。久しぶりに顔を見せてやってくれ」
「……」
「照れるな、照れるな! あの子もきっと喜ぶさ」
喋りながらも手早く料理を作り終えると、すでに用意しておいたスープをよそって差し出す。
「……」
「ああ、ありがとうな。昔から変わらないだろ?」
無言でステーキの挟まっているサンドイッチを口に運ぶ男に、満面の笑みでコーヒーも差し出す。
まるで、旧知の仲のように。
昔の常連が戻って来たように。
懐かしむように、男が食事する風景を眺めるマスター。
その瞳は優しい。
そして、また来客を告げるベルの音が。
「ただいまパパ、お客さん?」
「ああ、あー、あれだ……えっと、すまん、名前をど忘れした。ほらっ、懐かしい顔だ! お前も挨拶しろ」
「なに言ってるの? すいません、父が……」
名前を忘れるという失礼な行動を特に恥じる様子の無い父親に、困ったような表情を浮かべてカウンターに座るローブ姿の男性に声を掛ける。
顔がはっきりと見えない。
それに、男は何もしゃべらない。
懐かしい顔と言われても……
アシュリーが本当に困った表情を浮かべていると、不意にローブの男がアシュリーの方を振り返る。
「っ!」
その顔を見たアシュリーは一瞬固まったあと……
顔をほころばせる。
「お兄さん久しぶりね。いつ帰って来たの?」
「……」
「へえ、昨日帰って来たんだ! 早速うちで、いつもの食べてるのね」
男の横に立ったアシュリーが後ろで手を組んで、ニコニコと食べる姿を見つめる。
「本当に、いつも美味しそうに食べてたよね?」
「……」
「ふふふ、そうそう。食べるところ見られるの、あんまり好きじゃ無かったっけ? 照れなくてもいいじゃん」
「……」
「ごめんごめん」
それから男は食事を終えると、アシュリーに何かを手渡す。
「腕輪? 旅先で買って来てくれたの?」
手渡されたのは銀で出来た腕輪。
中心には紫色の宝玉が埋め込まれている。
その宝玉のさらに中には黒い縁と金色の下地、さらにその中心は縦長の楕円状に漆黒に染まっている。
時折光を反射するそれは、まるで爬虫類の瞳を思わせる。
「可愛い! 着けても良い?」
「……」
見るからに怪しいそれを、アシュリーは嬉しそうに腕にはめる。
それからその腕輪をかざして、うっとりと見つめる。
「……」
「うん、ありがとう」
男は席を立つと、アシュリーの頭を撫でてから店を出る。
「お代……は、貰ったんだった。すまんすまん、最近ちょっと忘れっぽくなったか」
「もう、お父さんったらしっかりしてよ」
男が店から出て行ったのを見送った2人は、カウンターの上の食器を見て首を傾げる。
「あれっ? 誰か来てたの?」
「ん? あれ? いや……午前中のお客さんのお皿を、下げ忘れてたか?」
「いま、使ったような感じだけど」
「それよりも、アシュリーその腕輪はどうしたんだ?」
「えっ?」
父親に指摘されたアシュリーが、自分の腕を見て首を傾げる。
「あれっ? 誰か懐かしい人に貰ったような気がしたんだけど?」
「おいおい、お前も大丈夫か?」
「えへへ……でも、可愛いからいっか」
「心配になるぞ」
出所不明の腕輪をしていることに、一抹の不安を覚えつつもマスターが食器を片付けて洗い始める。
「良いから、とっとと着替えておいで。明日から、またマルコ様のところに行くんだろ?」
「うん」
アシュリーは自分の部屋へと向かって、階段をトントントンと駆け上がっていく。
「埃が落ちるから、静かにあがれと言ってるだろ」
「えへへ、ごめーん!」
「まったく、浮かれよって」
その後、武器屋喫茶は何事も無かったかのように営業を再開し、謎の来客の事は文字通り無かったこととなっていた。
――――――
「さてと、面白い事になってきましたね」
上空高くでベルモントの街を見下ろす、ローブの人物。
耳心地の優しい声で呟くと、眼下に広がる街に向かって手を広げる。
そして、そのままギュッと握りしめる。
「この街が壊れたら……あの子達はどんな貌を見せてくれるでしょうかね?」
バッと両手を広げると、広がったローブの中が露わになる。
身体があるはずのその場所には、漆黒の闇が広がっている。
ローブが魔道具なのか、はたまたこの人物の身体に秘密があるのか。
「おいでなさい、雷蛇、冷蛇!」
その人物の呼びかけに呼応するように、2匹の蛇がローブの中。
漆黒の闇から現れる。
2匹の蛇はローブの人物に纏わりつくように、身体を絡ませると腕を伝って離れていく。
腕から身体が離れるにしたがって、徐々に身体を肥大させながら。
最終的に宙に浮いている2体の蛇は、7mを優に超える巨体を空気に漂わせてローブの人物に対峙する。
「そうですね……あそこの森、あそこが貴方達の遊び場所です。お行きなさい」
ローブの人物の手から、赤く輝く魔法陣が現れる。
そして、そこに飛び込むライダ、レイダ。
頭を突っ込むと、その頭が魔法陣に吸い込まれるように消えてなくなる。
胴体、尾の順に身体をくぐらせ……そして、そこにはローブの人物しか残らなかった。
「さてと……シュヴァリエ達よ、祭りの時間です! 盛り上げていきましょう」
いつの間にかローブの人物の後ろに現れていたのは、5体の悪魔。
先のデーモンロードよりは幾分か劣るものの、それなりに力を秘めている事は分かる。
「主よ……あの街には、我々では手に負えない者達も」
「それが?」
街の中から感じられる強者の気配に、悪魔の1人が思ったままに口にする。
彼等は臆病であるが故に、彼我の力の差を見極める事には長けている。
街の中から感じられる、彼等を越える者達の力。
その力を前に、彼等は自分達では勝てないと素直に進言する。
だがそれに対して、彼等の主から発せられた言葉はただ一言。
それが?
その言葉に含められた意味を感じ取った悪魔たちが、微かに顔を顰める。
彼等の主は、そんな事は知っていると言っているのだ。
それが、どうしたとも。
そして好きなだけ暴れて……その強者達に殺されてこいとも言外に表している。
「っ!」
「その目は?」
「……御意に」
思わず睨み付けた悪魔に対して、なんの感情も籠っていない言葉をさらに重ねる。
フードに隠れた表情を見る事は出来ない。
が、身に纏ったオーラのみで悪魔の敵意を全て削ぎ取ってしまう。
圧倒的。
圧倒的、力量差。
普段はそれを感じさせず、飄々としているが。
少し威圧を込めて睨み付ける。
その動作だけで、悪魔たちの心は折れてしまう。
「分かったらとっとと行け! グズどもが!」
「はっ!」
少し強められた語気に、悪魔たちは肩を跳ね上げ散っていく。
「馬鹿め……」
一体の悪魔が街の西側をチラリと見て、呟く。
そこには、違う悪魔が向かっていた。
持ち場に向かってグングン加速していく悪魔。
その速度は、あっという間に彼の出せる最高速に達し……そのまま外壁が近付いても速度を落とすことはない。
その姿を見ていた悪魔は、向きを変えて自分の持ち場に向かう。
飛び去る前に一瞥し、溜息を吐く。
――――――
「フハハ! あんな危ないやつに付き合ってられるかってんだ!」
その悪魔は、この街で生き残る術はないと感じ取っていた。
だったら、逃げればいいだけの話だ。
契約は結んでいるが、抜け道はいくらでもある。
そもそも彼は、シュバリエ達の中でもかなりの老齢だ。
800年を生きる大悪魔。
いや、逆に言えば800年も生きてロードにすら到れない小物。
それでも、知識だけは歳相応の物を持っていた。
その中の1つ。
契約に必要とされる、悪魔の真名。
この真名の元に結ばれた契約は、いかなる悪魔でも贖えない強制力を持っている。
とはいえ、契約書に掛かれた文字を読めるものはいない。
故に真名がバレることはない。
が、契約書に対して真名を偽ることはできない。
悪魔にとって契約は絶対。
契約を謀ることは、悪魔にとって絶対の禁断なのだ。
その契約の抜け道。
代償は少ないものではないが、命に代えられるものでもない。
彼が使ったのはリネームカード。
文字通り、存在自体を書き換えてしまう魔法の札。
これを使う事で、悪魔としての格が1つ下がってしまう。
彼の場合は、デーモンシュバリエから、アークデーモンへの降格。
アークデーモンからデーモンシュバリエにのし上がるには、相応の時間の努力が必要だ。
故に、本当に最終手段としてとっておいた、彼の切り札。
これにより契約は破棄された。
何故なら、彼は全くの別人へと成り下がったのだから。
だが、生きてさえいればいくらでもチャンスはある。
せっかくずる賢く生きてきたのに、こんなところで死ぬなど馬鹿らしい。
「いやあ、気味の悪い……あれ? なんで、俺はこんなところに?」
後ろを振り返って、逃亡が成った事を確認しほくそ笑む。
と同時に、純粋な疑問が沸き上がる。
なぜ、この街に自分が来たのかが思い出せないのだ。
それどころか、今から自分が何をしようとしていたかも。
「なんで、逃げようとしてたんだ……っていうか、なんだこの街! シュバリエが4体……しかもそれを超える化け物までいやがる」
立ち止まって街を見下ろすと、あちらこちらから強大な気を感じ取る事が出来る。
そして理解する。
たぶん、街を移動中に良さげな場所を見かけて立ち寄ったのだろう。
ところが、中に入ったら同類含めて化け物みたいな連中がチラホラといやがる。
そりゃ、こんなところに長居はしたくないわな。
そう結論ずけると、後ろを振り返って一気に加速して……
目を見開く……
「な……なんで? なんで俺の身体?」
自分の視線の先には、首を失った自身の身体が数m程羽ばたいて進んだあと、ゆっくりと惰性にしたがって翼の動きを弱めながら落ちていく姿。
「あらあら、初めましてかな?」
解せないことに、頭だけは下に落ちていく気配を感じない。
というよりも、何かに乗っている感覚だけはある。
そんな彼に、呑気な女性の声で話しかける謎の人物。
覗き込むように、顔をもたげる。
その顔はフードに覆われていて、伺い知る事は出来ない。
その中に、顔があるのかすらも首を傾げたくなるような深淵を思わせる闇。
慌てて顔を背けようとするが、彼の首はすでに彼の支配下から逃れている。
「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
誰が言った言葉か分からない。
なんで自分がその言葉を知っているのかも分からない。
ただ1つだけ分かる事は……そのフードの中を覗き見た彼に明日が来ない事。
「あっ……」
次の瞬間、視界が物凄い勢いで変化する。
クルクルと回りながら、迫って来る地面を前に目を閉じる事も出来ず……
彼の意識が途切れる。
「歳を経たら良いってもんでもないのね。いい勉強になったわ」
ローブの女性は、見えないフードの中に微笑みを携えながら自分の作った魔法陣の中に身体を沈めていく。
「せいぜい、楽しませてちょうだいね……パピー」
うんうん……シリアスだねー(* ´艸`)
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ちょっと触ってみたくないですか?
いや、ここは触るなよ? 絶対に触るなよ? とでも言うべきか……
素直に、タップしてというべきか!
あっ、取りあえず、明日の朝用に続きを書かないと(;´・ω・)
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