第2話:王都シビリアディア
「うわぁ」
街の大通りを走る、2台の馬車。
先を行く豪華な馬車から、可愛らしい子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
「母上、見てください! 建物がこんなにたくさん」
マルコが馬車から、外を見てキラキラと目を輝かせている。
確かに俺でも、これはなかなかと思うほどに栄えている。
先ほどまで俯瞰の視点で街を見下ろしていたが、いまはマルコの視線を通して景色を眺めている。
道の両脇には屋台や出店もチラホラとあり、その後ろには建物がズラッと並んでいる。
あまり幅は広くなさそうだが、代わりに2階建てや3階建てのものが殆どだ。
お店もたくさんあり、こちらは2階や3階が居住区となっているのだろう。
土地が手に入りにくく、地価も高いためにこういった作りになってしまうのは仕方が無いかもしれない。
おそらく箱は、国が用意したのだろうというのが窺える。
殆どの建物が似た作りになっていて、ターフ状になっている軒先や、屋根の色意外は殆ど統一規格のようだ。
その分、扉や壁にこだわりを感じる建物が多い。
個性を出すには、そういった部分でしか出せそうにない。
まあ王都とはいえ、そこまで広大な土地に街を作っているわけではないので分からないでもない。
それでも上空から見た街並みは、ベルモントの街の20倍くらいはあるだろうか?
街の中心に向かうと途中から、地面が周囲より1段高くなっている。
ここがどうやら、商人の家や貴族の別邸があるエリアらしい。
さらに進むと、もう一段高い場所。
貴族でも上のものや、王都勤めの宦官や重臣の居住区との事。
周囲を壁がぐるりと取り囲んでいて、かなり余裕をもって建物が建っている。
一軒辺りの敷地面積もさることながら、その作りが見事としか言いようが無い。
緊急時には、街の住民が避難するのだろう。
綺麗に手入れがされた庭の中にも、石でできた屋根と柱だけの雨を凌げるような場所がたくさん用意されている。
中には椅子と机が置いてあり、普段はその建物の主がそこで庭の景色を楽しみながらお茶を飲んだりする。
が有事の際には屋根に一定間隔で付けられた返しに、金属のハトメが付いた撥水性の布を引っかける事で簡易の建物になるらしい。
道すがらマリアが教えてくれた。
大通りを馬車で進んでいると、周囲の声が聞こえてくる。
「ベルモント家の馬車か」
「っていうと、剣鬼様のお孫さんか?」
「だろうな、スレイズ様の紋章と違って随分とシンプルだな」
「ああ、だが品がある」
凄く気になる言葉が聞こえてきた。
うちの家紋と祖父スレイズの家紋は違うものらしい。
初耳なんだけど?
横を見ると、マリアが微妙な表情を浮かべている。
というか、彼らの口ぶりからするとうちの祖父のものは上品ではないらしい。
何か引っかかるものを感じつつも、馬車は進む。
「じゃあ、あそこにいらっしゃるのがお孫さんで」
「だろうな、マルコ様だったっけ?」
「うわあ、貴族様の子供なのにシュッとしててカッコいい」
「いや、滅茶苦茶可愛くないか?」
「嫡男だろ? 女の子じゃないよな?」
うわぁ……
マルコの視線が横を向いた瞬間に、管理者の空間で見ていた画面に映し出されたマリアの顔が凄いにやにやしてる。
鼻が滅茶苦茶伸びてるのが分かる。
「んもう! 失礼な方たちね」
「ですね……どう見ても男の子でしょうに」
マリアがムフーッと鼻息荒く、男たちの言葉に憤慨している。
だが、怒っているから鼻息が荒いわけじゃない。
純粋に嬉しくて仕方が無いといった様子が隠しきれていない。
「違うわ! 滅茶苦茶可愛いじゃなくて、世界一といってもらいたいの」
「母上……」
いまにも窓から顔を出して、私の息子は世界一よ! と叫び出しそうな母を諫めつつ、外に目をやる。
見るとこちらに手を振るご婦人が見えたので、微笑んで手を振り返すマルコ。
どこかのお店のおかみさんだろうか?
恰幅の良い柔和な表情の、エプロン姿の初老の女性だ。
「きゃー! 手を振ってくださったわ!」
「可愛い!」
「天使みたい!」
すぐに周囲の御婦人も集まってきて、女性と一緒にキャーキャー言いながらこっちに手を振ってくる。
若干引きつつも、他の女性陣にもどうにか笑顔で手を振ったマルコは凄いと思う。
「剣鬼様のお孫さんって事だからどんな怖い子かと思ったけど、天使みたい」
「そうね! まるで天使様……あっ! でもほら、鬼神様は性別問わずハッとするような美貌を持っているっていうじゃない?」
「あっ! 私も聞いた事ある! っていうことは、剣鬼様よりも凄い方になるのかしら?」
何やら若干、祖父をディスってるようにも聞こえるが他意は無いと思いたい。
というか、俺は鬼の孫かい!
なんとなく、祖父の市井の人たちの印象が分かってしまった気が。
――――――
「ようこそいらっしゃいました。頑張ってください」
一等居住区への門で入場手続きを済ませると、門兵さんが整列して見送ってくれる。
全員がマルコの学校生活を応援してくれているようで、微笑みながらマルコを見ている。
その人たちに向かって、集中する視線にはにかみつつも手を振って中に入る。
「ほあああ……あれが剣鬼様のお孫様か……似てない」
「願わくばこのまま剣鬼様とは違うベクトルに成長してもらいたいものだ」
「うちの娘が、マルコ様を連れてきたら、家を売ってでも嫁入り道具用意するわ」
「ははは、誰にも嫁にやらんとかって言ってたくせに」
「そもそも、お前の娘まだ1歳じゃないか」
「いや、自分の子供は世界一可愛いけど、あの人と比べると俺以外は全員あの人を選ぶだろうなって事くらいは分かる」
そうか、マルコはそんなに可愛いのか。
正直自分の顔だし、毎日見てるとその辺よく分からなかったりするんだよな。
横でマリアがやばい事になってる。
物凄く興奮して、真っ赤な顔でムフーって言いながら窓に思いっきり耳を引っ付けてるし。
顔もだらしなく、崩れてるし。
まあ、息子がべた褒めされて嬉しいのは分かるが。
そうこうしてるうちに、スレイズの館についたらしい。
一等区の門兵から連絡が行っていたのだろう、屋敷の使用人がズラッと並んでいる。
その人数は本家である、ベルモント子爵邸より多い。
「よく来たな、マルコ」
「マリアさんもお疲れ様」
使用人たちより一歩前には相変わらず怖い顔をしたスレイズと、静かな雰囲気の笑みを携えた祖母エリーゼが立っていた。
「ようこそお越しくださいました、マルコ様! マリア様!」
そして使用人たちが一斉に頭を下げる。
あまりの迫力に気圧されそうになりつつも、マルコが頭を下げる。
「馬上より失礼します、すぐに降りますので少々お待ちください」
マリアが言うと同時に、ヒューイが馬車の下に据え付けられた踏み台を用意して馬車の扉を開く。
そして、まずマリアの手を取って下ろすと、次にマルコの手を……取らずに両脇に手を差し込んで抱き下ろす。
「ヒューイさん?」
「すみません……でも当分マルコ様に会えなくなりますので、最後にお坊ちゃまの重さを覚えておこうかと」
マルコが思わず首を傾げながら聞くと、ヒューイが照れたように頬を掻いて答える。
護衛たちはこのあと荷物を下ろしてから湯浴みをして、食事を取るとそのままベルモント領へと向かう。
1日でも早く、無事を知らせるためだ。
ヒューイは馬に乗り換えて、護衛2人と先に行く。
残った護衛6人は騎馬を2頭に減らし、2人が御者台に残りの2人が後ろの質素な馬車で休養を取りつつ交代でローテーションを組んで後から戻る。
実質、この時がマルコと過ごす最後の時なのだ。
マルコとしては一緒に食事を取ってもと思うのだが、さすがに孫の到着を待ち望んだ館の主を差し置いてそれは本人たち含め全員が許さない。
とはいえ、マルコが家人たちに愛されている事が凄く分かり、この時ばかりは祖父スレイズもヒューイの行動を咎める事はしなかった。
内心では、あーその手があったかと残念な思いをしていたが。
自分が先に馬車の入り口まで迎えに行って、抱き下ろせば良かったと。
孫との大事なコミュニケーションのタイミングを逃してしまった事でつい舌打ちをしてしまい、エリーゼにお尻をつねられたのは後ろに控えた使用人からしか見えていない。
――――――
その日は旅の疲れもあるだろうという事で、食事は豪華ながらも歓談もそこそこにマルコとマリアは床についた。
それぞれの部屋を用意してあったが、マリアがマルコと一緒に寝る事を意地でも譲らなかったので2人は同じ部屋で寝る。
マルコの部屋は荷物がおかれただけの状況で開梱もまだなので、マリアのために用意された客室だ。
さすがのスレイズとエリーゼも、あまりのマリアの剣幕に何も言えなかった。
「ムフフフ……みんながマルコの事世界一可愛いって噂してたわね」
「母上……世界一とは誰もおっしゃってなかったかと……」
勝手にマリアの記憶が良いように上書きされていたのを、マルコがそれとなく否定するが聞こえていない様子だ。
「ああ、学校で変な虫がつかないか母は心配です」
「大丈夫ですよ。学校には王子さまや公爵様の子息様もいらっしゃいますし」
学校では、貴族たちには将来の伴侶を見つけるといった行動に勤しむ人たちも多くいる。
だが、そういった子供らは得てして権力の高い者に媚びへつらうはず。
子爵の息子なんて結構居るし、マルコは自分には縁の無い話だろうと高を括っている。
「でも、貴方ほどの器量を持った子がいるかしら?」
本気でそう思っているのだろう。
眉を寄せて、心配そうな表情を浮かべるマリア。
それに対するマルコの気持ちは……折角の久しぶりのベッドなのに狭いだった。
できれば1人で広々と寝たかった。
それと、いい加減寝かせてくれ。
それからしばらく、マリアはいかに自分の息子が可愛いかを息子本人に聞かせながら気づけば寝息を掻いていた。
そんな母親に苦笑いを浮かべつつ、しがみ付かれた腕をゆっくりとほどき少し距離を置く。
そして一瞬でその距離を縮められ再度抱き着かれた事で、無駄な行動だったと溜息を漏らして目を閉じた。
――――――
「マルコ、今日はわしのために時間を作ってくれるな? マイケルの家ではわしが時間を作ったんだ」
朝食を取る前に祖父からそんな事を言われる。
その祖父の言葉に、マルコが困ったような表情を浮かべる。
「私は構わないのですが、母がどうやら私と買い物に出かけたいらしく、母を説得できるならいくらでも」
マルコの言葉に、スレイズが眉間に皺を寄せる。
昨日のマリアの様子を見る限り、物凄い難題であることは容易に想像できる。
だが、スレイズも引くわけにはいかない。
「ちなみに入学試験の日と入学式以外は全てその予定を入れられてますので、私としてもおじいさまに頑張ってもらいたいのですが?」
「う……うむ。任せておけ!」
入学試験は2日後、入学式は6日後だ。
マリアが帰るのは、入学式の2日後。
待てば8日後には、マルコとの時間が取れるが祖父としてもそれは面白くない。
マルコには任せておけと言ったものの、スレイズとしてはなかなかにハードルが高い。
そんなスレイズが取った行動は……
「マリアさん、今日は私と街へ出かけませんか?」
「えっ?」
朝食後エリーゼがマリアだけを呼ぶ。
マルコと買い物に出かけるにはまだまだ時間があったため、マリアも素直にエリーゼと隣の部屋に行く。
「ほらっ、マルコの入学祝い。貴女が一番マルコの事知ってるでしょ?」
「はいっ!」
「でも、ほらっ……マルコには何を贈るかナイショにしたいじゃない」
エリーゼの言葉に、悩む様子のマリア。
「マリアさんも見たくない? あの子の喜ぶ姿」
「そうですね! はいっ、義母様! あっ、でもあの子との約束が」
「だったら、スレイズにマルコの相手をさせましょう。大丈夫、このことはスレイズも知らないから、マルコにはバレないわ! それに、マリアさんからも王都でしか買えないものを用意してはいかが?」
「でしたら、是非ご一緒させてもらいます」
息子へのサプライズプレゼント。
母親として、これほどに心が躍るものは無い。
息子の喜ぶ姿を想像しつつ、エリーゼの言葉に力強く返事するマリア。
そう、スレイズの取った行動とは……妻に丸投げであった。





