第122話:平和なひと時
「どうした難しい顔をして」
「いえ……何か、大切なことを忘れているような」
久しぶりに、管理者の空間にある山に上っていたらマハトールが、黒い塊とにらめっこして唸っていた。
前回の騒動の首謀者である、ヴィネの核だ。
シビリアディアに3匹の悪魔を送り込み、自身も陰でなにやらコソコソしていた黒幕。
それなりに強かったが、こっちはそこそこ以上に強い集団が居る。
特に、問題無く対処出来たと思うが。
「どうしたの?」
そこに子供のような容姿の、角の生えた悪魔がやってくる。
リザベルというらしい。
マハトールに良いように、ボコボコにされていたとか。
蟻達が教えてくれた。
マハトールにボコボコにやられるってことは、雑魚だな。
本当はミニデーモンじゃないのか? と尋ねたらマハトールとリザベルの両方から微妙な顔をされた。
失言だったらしい。
いやいや、敗軍の兵に対して失言とかあるのか?
気を遣う相手でも無いだろうに。
人として?
いや、お前ら悪魔だろう?
何故かモヤモヤしたので、取りあえずマハトールとリザベルに聖水ゼリーを出しておいた。
みかん味だ。
美味しいぞ?
そうだ、黒蜜の代わりに聖水と蜜を練ったものを掛けてみたらどうだろう?
「うう……ドロリとした聖水が喉に張り付いて、辛い……」
「そうですか? 弾けるような清涼感が喉を優しく潤してくれそうではないですか?」
流石聖水ソムリエのマハトール。
この程度では、ビクともしなくなった。
横ではリザベルが血なまぐさい煙立つげっぷを吐いていた。
汚いので、後頭部を思いっきり叩いておく。
「いつも、こんな事を?」
「ええ、慣れれば癖になりますよ?」
「慣れるとかあるのかな?」
仲が良さそうだ。
うんうん、マハトールにもようやく仲間が出来たみたいで良かった良かった。
そういえば、何の話をしていたんだっけ?
そうだそうだ、マハトールが何か忘れ物をしたんだっけ?
「それで、忘れていたことは思い出したか?」
「いえ、ただこの核を頂いてから胸騒ぎというか……この事件はこれで終わりじゃないような気が」
「そうなのか?」
「えっ? いえ、今回の件はボスが面白い街を見つけたということで、たまたまターゲットにしただけですが?」
らしい……
やっぱり、ヴィネが元凶のようだし……
他に懸念材料なんかあっただろうか?
「まあ、忘れたということは大したことじゃないのかもな。本当に重要な事なら、いつか何かの拍子に思い出すだろう」
「はいっ」
「本当に、なんにもないと思いますが」
取りあえずマハトール達と別れを告げて、周囲を散策する。
自分で作った山だが、虫たちによって色々と改良されていて楽しい。
悪魔騒動で活躍した白蟻達が、是非城を見に来てもらいたいとのことでやって来た。
山の一角が綺麗にならされ、城壁のようなものが見える。
本格的だな。
そして、その中に隠されていたのは白亜の城。
文字通り、純白の壁で出来たヨーロッパ風のお城だ。
白蟻だけに?
凄く微妙な表情で、実はそうなんですよと答えてくれた。
気を遣わせてしまった……
そういったギャグを狙った訳では無さそうだ。
白蟻達が笑っているように歯をカチカチと鳴らしているが、やめようか……
俺が悪かったから。
余計に惨めになるから……
だから、無理に笑った真似とかしなくていいから。
気を取り直して、中に入る前に門がある。
木造りの扉……
うん、城って本当に城か?
「ええ、主の為に造りました」
おっ、おおう。
てっきり蟻の巣の事だと思っていた。
彼等の住処に案内してもらえるのかと思ったら、ガチで俺の為の城との事。
いや、居住区も神殿もあるんだけど?
「この世界とは一応切り離された物質で作ってますので、頑張れば右手で地上に召喚出来ないかなと?」
出来るかな?
物凄く大きいよねそれ?
いやシビリア城とか、クエール城とかよりはやや小さいけど。
その代わり、遥かに美しい作り。
まあ、新築だし当然か。
あっちは、歴史的文化財のような趣があるし。
そうじゃない。
「お前達に喜んでもらいたいのに、俺が喜ばされてどうする!」
そんな事はどうでも良い?
いや、どうでも良くないぞ?
無理矢理、足の下にもぐりこんだ蟻達に中に運ばれる。
やばい……
なんだって、こんなに器用な連中が揃ってるんだ?
まあ、顎を指と考えて、リーダーの指示のもと大量の蟻が動いたとすれば。
それは100本の腕と、1000本の指を持つに等しいかもしれないが。
事実、小さい蟻や大きい蟻を上手く使いわければ、この細かい細工も頷ける。
が……階段の手すりの柱の擬宝珠に俺の顔を彫るのはやめようか?
見ると手すりの柱の上に、俺の頭の彫刻が漏らさず置かれてある。
流石にこれを見た人は、この城の持ち主が俺だと分かったらドン引きだろう。
自分の彫像をあちこちに飾るとか、ビョーキだとしか思えない。
「よく見たらドアノッカーを咥えているのも俺じゃないか? こういうのは土蜘蛛とかカブトがお似合いだと思うぞ」
そんなものまで、俺の顔を使うな。
むしろ、その扱いは逆に失礼じゃないか?
そんな事を考えていたら、目の前の白蟻に溜息を吐かれた。
どこを向いても主の顔。
常に主に見られていると思えば、全ての配下が真摯に行動すると……
来訪者に対しても、どこにいても主が見ているぞという警告?
いやいや、お客様には多少なりともリラックスしてもらわないと。
そんなやり取りをしていると、不安が脳裏を過る。
もしかして、客間とか?
あるのね……
いや、俺の寝室にあたる場所も気になるけど……
蟻に案内してもらって客間に向かう。
部屋に入った俺は、膝を折った。
そのまま両手を付いて項垂れる。
器用なんてレベルじゃなかった。
まず壁面に、かなり美化された俺の美術的絵画が直接書かれていた。
股間と胸を隠して貝の上に立つ素っ裸の俺とか……誰得だよ本当に。
峠で白馬に乗ってマントをたなびかせながら、カメラ目線で上を指さす俺。
他には草原っぽいところに裸で横たわって手を伸ばすマルコに、神のようなローブを纏って多くの虫達に抱えられた俺が指を伸ばして触れる絵とか。
色々とアウトだろう。
まあ、それでも一生懸命作ってくれたことが嬉しい。
いずれ、地上に持っていけたら良いが。
悪いが中に置くものとかは、再度相談だからな?
――――――
「マルコ先輩、おはようございます!」
「おはようございます、マルコ」
「おはよう、カール、リコ!」
登校すると、たまたま馬車から降りて来たカールとリコが挨拶してきたので、笑顔で応える。
「おはようマルコ、ヘンリー! あらっ? 2人ともマルコとは随分と仲良くなったみたいですね」
「おはようマルコ……とヘンリー、2人とももうマルコの事は良いのかな?」
彼等の後から降りて来たソフィアとエマも、ちょっと驚いていた。
「おはようエマ今日も綺麗だな! ソフィアも! あと、そっちのちっこいのも、なかなか将来有望そうだな」
「はぁ……おはよう、エマ、ソフィア」
エマに挨拶されて、ヘンリーがうっきうきだ。
ウザさが2割増しになったけど、まあ良いか。
それよりもちっこいの呼ばわりされたリコが、ヘンリーを睨んでいる。
「貴方がヘンリーですね! 身の程も弁えずにエマ様に懸想しているとか」
「はっはっは、これは辛辣だ! 大丈夫だぜ? 身の程を弁えたから、取りあえず世界1の冒険者にでもなってやろうかと! そしたら、資格十分だろ!」
「……マルコ、この人は馬鹿なのですか?」
「残念だけど、こんなのでも僕達の世代だと総合成績で2位だったりする」
「性質の悪い馬鹿なのね」
リコが大げさに溜息を吐いている。
「おいっ、ヘンリーとか言ったな! お前、面白い奴だな! マルコとどっちが強いんだ?」
「そんなの、マルコに決まってるだろ? なんてたって、あいつは剣鬼子だからな!」
「僕はそう呼ばれることを認めてない」
いまだに色々な字で呼ばれる事があるが、どれもこれも嬉しくない2つ名ばかり。
というか、そもそも2つ名自体が中二っぽくて受け付けられないのに。
いや、こうやって大人ぶる時点ですでに、ちょっと痛い子供になりかけてるかも。
最近は、自分の言動を振り返って考える事も出来るようになってきた。
が、得てして口から言葉が出たあとだったり、行動したあとだったりするけど。
「やっぱり、マルコは最強だな」
「いや、最強は魔王じゃない? 知り合いが言ってたよ? 規格外の強さだって」
「ええ? だって、北の大陸に引きこもってるんだろ? 俺達人間にビビってるような奴が、そんなに強い訳無いじゃん」
「おう坊主! マルコが積極的に誰かに喧嘩売ったりしてるか?」
「坊主? マルコ、こいつ殴って良いか?」
ヘンリーに坊主呼ばわりされたカールが、プンプン怒っている。
いや、誰でも怒るかな?
伯爵家の御子息を、子爵家の子供が坊主呼ばわり。
一波乱起きてもおかしくない。
「ヘンリー、この子はカールだよ? リッツバーグ伯爵家の跡取り予定」
「そうか、カール! マルコが誰かに自分から突っかかったりするの想像できるか?」
「ええ? いや、まあ出来ないけど」
伯爵家の子供と言っても、全く顔色一つ変えずに先輩ぶるヘンリー。
ある意味で、最強への道を歩み始めたのかもしれない。
志半ばで、粗相が過ぎて斬首される未来しか見えないが。
気にした様子もなく話を続けるヘンリーに、カールも毒気を抜かれたらしい。
というか、あっけに取られているとも言えるけど。
リコが溜息をつきながら、だからあんたは駄目なのよとかって呟いている。
まあ、子供同士気も合いそうだし、2人は放置して4人で貴族科の教室へと向かう。
リコとは途中で分かれることになるので、リコを3人で送り届けてから2年のクラスに向かう事にした。
「別に、マルコは来なくてもいいけど」
「そんな事言わないで、お供させてよ」
「うう……分かったわよ」
なんだかんだで口元が笑っているリコを見て、心を開いてくれているのかなとちょっとほっこり。
感情が表に出るようになって、割と好意的な表情も見せてくれるのでカール同様可愛い後輩として、接している。
「確かに! そうか、自分より弱い相手にわざわざ挑むような事をしても、得るものなんて無いしね」
「そういうことだ! マルコは、自分より強い相手と戦っている方が、生き生きとしているように見えるし」
「本当に強い人は、無暗に力をひけらかさないんだな」
「ああ、俺はまだまだだけどな! 突っかかってこられたら、どうしても買っちまう……そして勝っちまう」
「なんで2回言ったの?」
「えっ? ああ、子供には難しかったか?」
いや、全然面白くないからね?
カールもキョトンとしてるし。
本当に平和な日常生活が始まった。
特に大きな問題が起きる訳でもなく、後期試験も終わり夏休みまでのカウントダウンが始まった。
流石に今年はセリシオ達も、うちに来たいなんて馬鹿な事は言い出さなかった。
セリシオ達は……
「夏のベルモントも、興味ありますわ」
「冬に来られたでしょう……」
フレイ殿下は別だったけど。
「それに、アシュリーにも会いたいですし」
それを言われると弱い。
彼女を味方に引き込んでおけば、アシュリーとの事もある程度安心できそうだし。
とはいえ、気を遣う相手でもある。
正直、面倒くさい。
「セリシオ殿下は?」
「あら、聞いてないの? 今夏は貴方の家に毎日通うみたいよ?」
「えっ?」
「スレイズベルモントの方よ」
「なんで?」
「なんでも、剣の集中講座をお願いしたらしいわよ」
なんか塾の夏期講習みたいな響きだけど、夏休み明けが怖い。
セリシオまで脳筋になったら、どうするんだよ。
いや、元々色々と痛い子ではあるけど。
それでも、政治の場では第一王子としてそれらしく振る舞っている。
これが、力こそ全ての王子になってしまったら……暴君か蛮勇になる未来しか見えない。
おばあさまに、しっかりとお願いしないと。
いや、いっそのことセリシオも連れて来てもらった方が……
どうせ、フレイ殿下が来るならもう、平穏な夏休みにはなりそうにないし。
でも、マサキが今年はベニス領にも観光に行きたいって言ってたような。
そういえば、最近ベニスではようやく水不足が解消されて、様々な花が咲き乱れるようになったとか。
それまで自生していなかったものまで、多く生えて来たらしい。
乾燥して軽くなった種子が風で運ばれやすくなったからだとか、他国他領からの輸入した商品に種子が付いて入って来たからじゃないかなどと色々な予測がされているが。
主に、うちの蜂達の仕業だったりするんだけどね。
はてさて……どうなることやら。
この時は、まだ誰も予測していなかった。
この夏休みにあんな、大事件が起こるなんて……主に軽い気持ちで受け入れたフレイ殿下にとって。
というか、ほぼフレイ殿下にしか影響無いけど。
ただ、その原因がマサキだとは……
――――――





