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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
134/304

第120話:マルコVSヴィネ(後編)

「くらえっ!」

「ぐっ!」


 聖水の降りかかった剣を手に、一瞬で距離を詰めると正面から斬りかかる。

 ヴィネが後ろに跳ぶ。

 先回りして、背後から斬る。


 不意打ち気味に翼に攻撃が綺麗に決まり、距離を取ったヴィネが苦々しい表情を浮かべている。

 これはいける。


 初めてヴィネの顔に焦りが見えた。


 次々と斬撃が、面白いように入る。

 

「うそっ……凄い! 頑張れ!」


 リコと一緒に居る蟻や蝶達が、応援してくれるのを感じる。

 蟻や蝶達から感じるプレッシャーが、力となって沸き上がって来る。


「これで!「調子に乗るなぁっ!」


 とどめとばかりに、胸に剣を突き立てようとして弾きとばされる。

 ヴィネを包む、漆黒の球体によって。


「くそがっ! たかが人間の分際で、よくもこの私に傷を!」


 憤怒の形相でこっちを睨み付けてくるヴィネ。

 あれは焦りだ。

 怖くない……

 それだけ、追い詰められてるってことだから……


 このまま押し切る!


「ふふふ、随分と余裕が無くなったようだね」

「なっ……」


 こっちに向かって放たれた【闇の砲攻(イビル・キャノン)】を、身体を捻らせて避けるとそのまま今度こそ胸に剣を突き立てる。


「ぐっ……ばかな……」

「こんなもので終わると思うなよ!」


 胸を押さえてヨロヨロと後ずさるヴィネから剣を抜くと、ひたすら斬りつける。

 時折放たれる爪での突きを躱しつつ。


「ぐっ……ぐぅ……」


 ヴィネが後ろに下がったのを確認して、剣を握る手に力を籠める。

 そして、縦一閃……

 確実に捉えたと思ったその一撃は……


「なんてね」


 人差し指と親指で摘まれて、止められる。


「悪魔として、どれだけの時を生きて来たと思ってるのですか……今更、聖水なんかが効くわけ無いじゃないですか」

「うっ!」


 そのまま軽く引き寄せられると、お腹を思いっきり蹴り上げられる。

 空中で体勢を入れ替えると、右手で土蜘蛛の糸を呼び出して木に向かって放つ。


「わっ!」

「本当に、あれこれと器用な子ですね」


 糸が木に張り付いた瞬間に、黒い半月状の衝撃波によって糸が断ち切られる。

 思いっきり腕を引いて、反動をつけて場所を移動しようと考えていたため急に支えを失ってバランスを崩すとそのまま下に落ちていく。


「そんなもの、ですか?」


 すぐ傍からヴィネの声がする。


「くっ!」


 落下して地面に叩きつけられる直前に、尻尾で軽く吹き飛ばされる。

 地面を2~3回弾んで、転がる。

 身体の至るところに、擦傷が出来ているが気にするほどじゃない。

 

 地面に直撃していた方が、よほどダメージがでかかったと思われる。

 完全に、遊ばれている。

 

「そんなものとは?」

「もっとこう……得体のしれない何かがあるのかなと」


 こちらに向かって興味深そうな視線を送って来るヴィネに対して、再び距離を取る。


「そもそも人の身体を脱ぎ捨てた今の私に、ただの人が勝てる訳無いでしょう? あんなすぐに壊れてしまう身体だったから、かなり優しく動いてあげていたのに」

「どこだ!」


 そう言いながら、目の前からヴィネの姿が消える。


「うっ」


 首筋に後ろから冷たくて長い指が絡みついて来る。


「ちょっと力を込めただけで、折れてしまいそうな細い首ですね」

「やめろっ!」


 そのまま長い舌で耳をペロリと嘗め上げられる。

 背筋にゾゾゾと悪寒が走る。

 後ろも振り返らずに地面を蹴って両足を揃えてヴィネの腹を蹴り飛ばすが、ビクともしない。

 まるで壁を蹴ったような感覚。

 反動を利用して前に転がるようにして離れると、火球を放つ。


「無駄ですよ……ふむ、なかなか小癪な事を」

「流石に聖光石は完全に、無効化できないみたいだね」


 火球は簡単に消え去ったが、受け止めたヴィネの掌から煙が出ている。

 火による火傷ではなく、聖光石に触れた事によって皮膚が焼かれたのだろう。

 その傷もすぐに修復してく。


 まさに焼け石に水か。


 一切ダメージを与えられるビジョンが思い浮かばない。

 諦めて挫けそうになる心と身体に鞭を入れる。


 リコもリコの傍にいる白蟻達も不安そうな表情を浮かべている。

 他の虫達も召喚することを考えたが、1対1で倒したい。

 自分の手で……


「ほらっ、早く本気出さないと」

「うぐぅっ」


 そう思ってヴィネの方に向いた瞬間に、指を突きつけられる。

 その指の先、左の肩が焼けるように熱く、何か液体がドクドクと流れ出てくるのを感じる。

 

 右手で肩を押さえる。

 ヌルリとした感覚。

 

 肩を何かで貫かれた……

 自分の肩の傷の状況に気付くと同時に、激痛が走る。


「くっ……来るな!」


 蝶が治療に来ようとするのを、手で合図して止める。

 それからポーションを取り出して、自分の肩に振りかける。


 得体のしれない遠距離攻撃。

 しかも、この距離でも捉えられない速度。

 回復に来た蝶にまで、被害が出る事は予想出来る。


「無駄なあがきを……これ以上、本当に何も持ってないのですか?」

「まだまだ!」


 右手で呼び出した聖光石をヴィネに向かって投げつけると同時に、火球と電撃を同時に放つ。

 

「ちっ!」


 電撃が聖光石を砕いて破片がヴィネの身体に礫となってぶつかる。

 当たった場所から、小さく煙が上がっている。


 鬱陶しそうに顔を歪ませたヴィネが、舌打ちをしつつ指先を向けてくる。

 即座にその場から移動するが、頬を何かが霞める。

 

 気にせずそちらに剣を振るうと、何か硬質なものに当たる音がしてヴィネの体勢が少しだけ崩れる。

 ここしかない!


 剣が当たった事で、ヴィネの攻撃の正体がようやく分かる。

 顔のすぐ横で剣をぶつけた衝撃で細かく振動しているそれ。

 細く長く伸びたヴィネの爪だ。

 伸ばした爪の先に思いっきり剣をぶつけた事で、それなりの負荷がヴィネの指に掛かった事であの強靭な肉体が揺らぎ隙が出来た。


「くらえっ!」

「効きませんよ」


 思いっきり剣を突き刺すが、ヴィネのお腹で切っ先が止まる。

 硬すぎる。

 剣を消して、鎚に持ち替えると再度お腹にぶつける。


「ほうっ……」


 これでも、意味が無かった。

 すでに態勢をを整えているヴィネと目が合う。

 時間を掛けすぎた。

 が、さらにそこから身体を寄せる


 てっきり距離を取ると思っただろうヴィネが不意を突かれて、目を見開く。

 そこに聖光石を突っ込む。


「グアッ!」


 ヴィネが目を押さえて、口を開けて呻き声をあげる。

 同時に尻尾が飛んでくるが、駄目押しとばかりに口に聖光石を突っ込む。


「グッ!」


 凄い勢いで吹き飛ばされたため、受け身も何もできずに壁に叩きつけられ……そのまま地面にズリ落ちる。


「グウウウウ、クソガキがっ! 結局大した能力を持っている訳でもなければ、道具頼みか!」


 口から吐き出した聖光石にはねっとりと、赤黒い液体がこびりついている。

 そして、石を突っ込んだ左目は焼けて真っ白になっている。


「ぐうっ……うう……」


 だが、こっちのダメージも深刻なものだ。

 内臓に傷が付いているかもしれない。

 気持ち悪い。

 頭もクラクラする。


 腕が上がらない……肩が外れている。

 

 取りあえず壁に押し付けて外れた肩の骨を嵌め直すと、ハイポーションを飲み干し……もう一本を身体に振りまくと瓶を投げ捨てる。


「マハトール、借りるね」


 管理者の空間に用意してあるマハトール愛用の聖水樽を、ヴィネの頭上に右手で呼び出して左手の電撃でそれを破壊する。


「なっ、グアッ!」


 流石に、全身に聖水を浴びるのはちょっと堪えるらしく、さらにそちらを見上げてしまったヴィネは顔全体に聖水を浴びて、悶え苦しむ。


「クソガキがっ!」

「うっ……くっ……」


 地面を走って止めを刺しに向かうが、闇雲に放たれる攻撃が頬を掠め、脇腹を貫き、肩を弾き吹き飛ばされる。


「まだ……まだ足りない」

「ふぅ……ふぅ……まさか、たかがガキにここまでされるとは……あの人のお気に入りじゃなければ八つ裂きにして、腸を引きずり出して、その血を全身から浴びたいくらいにムカつきましたね」

「それは、勘弁してほしい」


 ポーションで身体を癒しながら近づくと、聖光石を3つ同時に投げて電撃で砕く。

 傷口に石の粉が入り込んだのか、先ほどよりも激しく煙があがる。

 それどころか爛れた皮膚に、食い込むように石の欠片が肌を溶かしながら埋まっていく。


「あー……これは、治るまで時間が掛かりそうですね」

「その前に、死ぬと思うな……」

「殺されないと思って、調子に乗るなよ! なんなら、両手両足もいで死にたくなるような苦痛を味合わせてあげてもいいのですよ? それにちょっと興味がある程度なので、ここで死ぬ程度ならあの方もすぐに興味も失せるでしょうし」

「答えて貰えないと思うけど、君に僕の事を教えたのは誰なんだい?」


 こっちは傷が完全に癒えたので、ヴィネの背後に回り込んで背中を思いっきり鎚で叩きつける。

 相変わらず、手持ちの武器ではダメージを与えられないが……鎚と背中の間には聖光石。

 管理者の空間の在庫も、半分を切った……

 いや、今まで使った分と同数がまだあるともいえる。


 でも、もう十分だろう。


「いてーんだよ、クソガキィっ!」

 

 尻尾で弾かれる前に、すでにそこから離れる。

 攻撃が見えた訳じゃない。

 こいつは、尻尾での攻撃にっ……


 何が……


 尻尾の先に警戒していたはずなのに、肩が弾けて血が飛び出す。

 

「ふうっ、ここまでやらされるとはね……すいません、私も言ってないことがありまして」


 ゆっくりと振り返ってニヤニヤとした笑みを浮かべるヴィネ。

 顔が爛れていて唇が無いので、歯茎までむき出しの口が歪むのは恐ろしく恐怖を煽ってくる。


「尻尾……」


 ヴィネの肩越しに尻尾の先がこっちを向いている。


「ええ……誰も1本だなんて言ってませんよね?」


 さらにもう1本尻尾が現れる。

 合計3本の尻尾が、ヴィネの身体を守るように揺れている。


 それぞれから、【闇の砲攻(イビル・キャノン)】が放たれる。

 2発は躱せたが、1発が太ももと半分えぐり取る。


「~~~~~!」


 声にならない悲鳴をあげる。

 

「本当に、人間の子供にここまで追い詰められるなんてね……逆らって来たアークデーモンにすら、こんな目に合わされたこと無いってのに」

「ぐ……」


 ポーション……

 回復させないと……


「無駄ですよ」


 取り出したポーションの瓶が破壊される。

 くそっ……

 地面を這って、ゆっくりとヴィネに方に向かう。


「へえ、まだ向かってきますか」

「ぐうっ……」


 引きずったことで太ももに激痛が走る。

 傷付いた太ももを押さえて、何度もさする。

 

「無理するからですよ……」


 こちらを見下して笑っているヴィネの身体も、徐々に回復が始まっている。

 一か八か……


「なにっ!」


 一瞬で立ち上がると、ヴィネの前に一気に詰め寄ってその場にしゃがみ込む。


「なにをっ! ぐっ……」


 地面が激しく光り、ヴィネを中心に光の奔流が走る。


「グアアアアアアアアア!」


 目も眩むような光の中で、黒く影を落とすヴィネの身体が蒸気を上げる。

 頭を押さえ、悶え苦しむヴィネの身体に右手を添えると全力で……聖属性の魔力を流し込む。

 

 ヴィネの体内で小さな光の爆発が起こり、その身体を砕いて行く。

 さらに水球の魔法を使い、地面に零れた先ほどの樽の中の聖水も巻き上げる。

 

「これで終わりだろっ!」


 だめ押しにヴィネの腹に聖光石を握った手を突っ込み魔力を込めると、ボロボロに崩れていたヴィネの身体が弾け飛ぶ。

 残された身体の破片は、黒い煙となって上空へと風にのって飛ばされて……薄れて消えてなくなった。


「マルコ!」

「主!」


 そのまま膝から崩れ落ちる。

 怪我は治ってるけど、血は大量に流し過ぎたし。

 頭がクラクラする。


 見ると、先ほど2匹で突っ込ませた白蟻の生き残った1匹も駆け寄ってきて、僕の身体を支えている。

 

「良くやったな……」


 マサキのホッとしたような声にようやく終わった事とやり遂げたことを実感し……浅慮から犠牲を出した後悔が襲い掛かって来た。


 ゆっくりと意識が無くなっていくなか、入れ替わりでマサキが僕の身体を動かし管理者の空間に回収するのを感じる。

 柔らかなベッドに寝かされる。


「マサキ……ごめん……」

「ああ……うん。でも、よくやった……あいつも、喜んでいるよ」

「そうかな?」

「きっと、そうだ……」


 慰めだとは分かる。

 でも、あれほどの怒声をあげたマサキの表情も穏やかだ。

 少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなる。

 そして、二度と同じことを繰り返す事のないように、あの子に誓う。


――――――

 マルコの意識を管理者の空間に送ったあと、土蜘蛛に世話を任せてリコを送り届ける。

 色々と感謝の言葉を述べようとしていたが、疲れたので後日聞くといって逃げる。

 感謝を向けられるのは、俺じゃないマルコだから。


 それにしても……

 割れて地面に零れたポーションを、太ももにこすりつけて強引に歩けるレベルまで回復させるとは。

 それでも、奥まで染みこむわけじゃないから相当の苦痛だったろうに。


 ちょっとだが、ゴブリンキング戦よりも成長しているマルコにホッとする。


 虫達の二次被害を恐れて召喚を行わなかったのは……たぶん、白蟻の件がトラウマになったんだろうな。

 こうなると、簡単に虫を使えなくなってそうだ。

 溜息が漏れる。

 

 ただ、本人のスペックは伸びている。

 それに戦い方にも工夫が見られる。

 

 土蜘蛛の糸が切られた後、細く伸ばしたそれを地面に転がり落ちている聖光石に張り付けていたところ。


 そして、最後は一気に聖光石を集めて魔力を大量に流し込むことでのオーバーヒートによる、暴発か……

 ため込まれて抑え込まれたそれは、弾けた反動で相当の破壊力を産んだだろう。

 ヴィネの体内に埋め込んだ聖魔石の欠片を破壊させて、表面の固い皮膚に穴を開けたのも、その罅に手を突っ込んで体内で聖光石を破裂させたのも全部マルコが考えたのだと思うと、ちょっと嬉しくなる。

 

――――――

 その日の深夜……

 ケールの森。


 その一カ所で黒い煙が靄のように集まる。

 地面に転がっていた黒い何かが、ピクリと脈動する。


 夕方から少しずつ……少しずつ集まって合体していったそれは、ようやく拳大程の大きさになっておりある程度の大きさになったいま、ありえない速さで分裂と再生を繰り返し始める。


 そして巨大な黒い球体となったそれが……弾け飛ぶと中から銀眼、銀髪の青年が現れる。

 さきほどマルコに聖光石を使って、浄化されたデーモンロードのヴィネ。

 裸で現れたそれは、荒く息を吐いた後で顔を醜く歪ませる。


「ふっふっふ……言っても、たかが人間の子供。あの程度で、私を滅したなどと考えるなど……とはいえ、少しばかり肝を冷やしましたが」


 首を左右に振ってポキポキと鳴らすと、身体の感覚を確かめるかのように腕を回したり、腰を捻ったりする。


「ふむ……久しぶりの半消滅からの復活でしたが問題無いみたいですね。それにしてもマルコですか……中々に面白かったですが期待外れですね。あの程度なら、そこらの英雄呼ばわりされている人間の方がよっぽどマシだ……そして、そんな矮小な存在にここまで私が苦痛を与えられた事は、実に許しがたい! 殺してやりたいほどに……」


 その悪魔は翼を広げ、尻尾を3本とも顕現させる。

 太く大きな2本の角が伸び、顔が中心から割れて中から獅子の顔が現れる。

 身体の至る所から黒い煙のようなものが溢れ出る。


 周囲から微かに聞こえていた虫の鳴き声や、梟の鳴き声がピタリと止まる。

 生き物たちの気配が、この場所を中心に凄い速さで離れていく。

 荒ぶる気性のヴィネの視界に入るのを嫌うように。


 溢れ出ている殺気はそれだけで鼠などの小さな生物の呼吸を困難なものにし、その視線は命を奪う程に冷たく獰猛で……細く研ぎ澄まされている。


 熱く燃えるような怒りを内側に強引に抑え込み、ヴィネは表情を消して顎に手を当てて首を傾げる。


「さてとあの人には、期待外れだと報告するとして……この鬱憤はどうしてやろうか? そうだな……」


 が抑えきれない怒りにより、頬がピクピクと痙攣しはじめる。


「取りあえず、街の人間を全員ぶち殺してくか……あのガキの目の前で」


 呟きながらも身体はどんどんと肥大していき、最終的には2mを軽く越える巨体になったそれは悪戯に傍にあった木を殴る。

 気を紛らわせるために軽く振るったそれは、決して細くはない木の幹を半ばまで抉り……ポッキリと折ってしまった。


 その音に、ギリギリの距離で息を潜めていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 寝たふりをしていた鹿や狼達も、見つかる事も気にせずに草陰から飛び出し全速力で逃げ出す。


 その音だけを聞いていたヴィネは、何が面白いのかクックと笑い声を零す。


 完全に変態を終えたヴィネ……

 獅子の顔を持ち、下半身は漆黒の馬のような身体。

 左の肩から大きな蛇が生えている。

 まさに悪魔だと呼べる姿。


 これこそが、悪魔伯(デーモンロード)・ヴィネの本当の姿。


 マルコと対峙した時よりも、巨大で強力な魔力を纏った悪魔の伯爵。

 1体で街を滅ぼす、災厄の化身。


 翼を大きく広げた瞬間に身体に纏っていた闇の瘴気がまき散らされ、霧のように辺りを漂う。

 ゆっくりと顔を空に向けて、地面に置いた4本の足に力を籠める。

 そして、街に向かって飛び立とうした時……


「はぁ……」


 ヴィネは背後から聞こえてきた溜息に、一瞬体が強張る。

 そしてゆっくりと振り返る。

 その先には、大きな岩に腰かけて膝に乗せた何かの頭を優しく撫でている姿が。


「誰だ!」


 ヴィネが重低音の響く獣のような唸り声で、声を掛ける。


「やっぱり……そうだよな」


 全力で威圧してくるヴィネを全く気に掛ける様子もなく、独り言のように呟く少年。

 悪魔を目の前にした子供とは思えない反応に、ヴィネが不気味なプレッシャーを感じる。

 どこか、人間離れした……

 いや、こんな時間に子供が1人でこんな場所に居る事態が異常。

 その存在だけで普通の人間であれば恐慌状態に陥る程の、並外れた闇の瘴気を駄々洩れにしているのにその瘴気は子供に近づくと渦を巻いて霧散していく。


 雲に隠れた月と自身の出した闇の瘴気によってその姿ははっきりと見えないが、顔には仮面のようなものを付けている。


「あの程度で滅ぶようなら、デーモンロードとは呼ばれないよね?」


 そう言って少年が軽く手を振るった瞬間に、全ての闇の瘴気がその手に集められて消え去る。

 と同時に流れた雲の切れ間から、月の光が少年の姿を照らし出す。


 ゆっくりと立ち上がった少年は膝に乗せていた大きな蟻を下におろすと、優しくその頭を撫でてながら首を傾げる。


「違うかい?」

「マ……マルコ? いや……誰だ?」


 ローブを身に纏いフードを目深に被っているが、その匂い、背格好は先ほどまで合っていたマルコという子供にそっくりだった。

 だが、その雰囲気はまるで違う。

 子供の癖に、妙に達観しているというか。

 ヴィネは目の前の子供に対して、中身と見た目がチグハグだという印象を受ける。


 そんなヴィネの困惑に気付いているのか気付いていないのか、子供が右手で自身のフードを思いっきり払うと頭を振って、髪を整える。

 一度横を向いて視線を切ると、首を軽く傾けて斜めにヴィネを睨み付ける。

 

「選別者だよ……見苦しくも往生際の悪い小物は、残念だけど滅んでもらうけどね」

「なっ……貴様! 大悪魔たるこの私を小物……だ……と?」


 身体が一瞬ブレたかと思うと、いきなり目の前に現れた子供の顔がはっきりと見える。

 まるで、歩いて来る間の時間だけを切り取ったような移動。

 転移?

 魔力の流れも感じない、その不可解な移動にヴィネは驚き後ろに下がろうとして……

 身動きが取れない事に気付く。


 目の前に寄せられたその子供の顔に被せられた狐のお面から向けられる無機質な表情に対して、ヴィネがデーモンロードになって初めて人間という存在に背筋から冷や汗を流す。


「くっ!」


 距離を取ろうともがけばもがくほど、身体の動きはきつく制限されていく。


「すまんな、お前がのんびりと自分に酔って独り言呟いている間に、すでに終わってるんだ」

「ンー! ンー!」


 子供はヴィネの肩に左手(・・)を置くと、首を傾けて微笑みかける。

 気が付けば、口も何かに塞がれていて声すら出せない。

 大型の魔物すら抑え込めるほどの膂力をもってしても、引きちぎれない拘束。

 さらに、スキルを使おうと闇の魔力を集めるが、その矢先から霧散して力を籠める事も出来ない。


「ああ、悪魔の嫌いな聖銀を溶かして混ぜ込んだ上に、聖水をたっぷりと浸した糸だ……さらにいうと、聖光石の欠片も埋め込んである」


 ヴィネの口に、いつの間にか……そう先ほどまで何も持っていなかった右手に、いつの間にか現れたナイフを突きつける。


「ンッ!」


 そして、その口に巻かれた糸を切る。


「ぶはっ、貴様こんな事をしてっどうなるかわかっ……」


 ヴィネは勢い込んで怒鳴りつけようとして……狐のお面の目の部分に開けられた穴から向けられる、恐ろしく冷たい視線に口を閉じる。


「お前こそどうにか出来るのか? んっ? そんな状態で」

「本当に何者だ」


 睨み付けるだけしか出来ないヴィネに、少年が笑みをこぼす。


「マサキ……って、言っても分からないかな? まあ、お前が苛めてくれた奴の保護者かな?」

「意味が分からん……どう見てもガキじゃねーか」


 何もかもがヴィネの頭には、理解出来ない。

 声の感じも、匂いも、身に纏っている魔力もさっきのマルコって子供と全く一緒なのに。

 受ける、印象がまるで違うのだから。


「何が目的だ……」

「はははは、お前と一緒だよ……お前にムカついたから? それ以外に理由が要るか?」

「なんだそれは!」

「一応、お礼だけは言っとかないとな」

「礼だと?」


 マサキが何でもないことのように言って左手を軽く2~3度振ると、右手から白蟻達を呼び出す。

 先頭にいるのは、さっきまでマサキが撫でていた子だ。


 嬉しそうに、顎をガチガチならしている。


「ほらっ、マルコの成長を手伝って貰ったお礼に来たんだけど、この子もお礼が言いたいってさ」

「そいつが?」

「ああ、忘れたのか? お前に【闇の砲攻(イビル・キャノン)】で吹き飛ばされたあいつだよ」

「はっ?」


 あまりに間の抜けた表情を浮かべたヴィネに対して、白蟻が首を傾げる。

 覚えてないの? と言わんばかりに。


「お前もマルコも聞いていただろう……吹き飛ばされて、こいつが地面に落ちる音を」

「……!」


 ヴィネが目を見開く。

 そんな馬鹿な事が、あるはずがない……

 デーモンロードの放つ【闇の砲攻(イビル・キャノン)】を受けて、耐えた?


「死体が無い事を、不思議に思わなかったのか?」

「あっ……あっ……ばっ! 馬鹿な! あの攻撃を受けたんだぞ! たかが蟻が原型を留められるはずが……」

 

 そんなこと、あるはずが……いや、そもそもその蟻がさっきの蟻と同じかどうかなんて、ヴィネには分からない。

 ブラフか……

 そう判断したヴィネに対して、マサキが説明する。

 

「侮るなよ? 聖属性を身に纏って、結界を張った状態で突っ込ませたんだ……なんで、一撃で消し飛ばせると思った? とはいえ、流石はデーモンロードだよ! 聖魔石や聖光石まで合成したこいつの半身を吹き飛ばしたのは想定外だったわ……」


 今では完治してますとばかりに、片手を振ってみせる白蟻。

 

「どうやって……」

「簡単なことだよ……うちの蝶ってさ、羽の模様を変えられるんだよね」


 そう言って何も無いところから、鱗粉が舞い落ちる。

 そして、徐々に姿を現す蝶。

 誕生日や催し物で、いよいろな模様やアートを作る際に絵柄を変えていたが。

 そもそも、周囲と同化するための能力の強化だったりするわけだ。


 蛾の方が得意としている固有スキルだが。

 ただ蝶でも十分に効果はあるし一瞬の攻防で、即座に意識を逸らされたなら意外と分からないものだ。

 あげく、目の前の敵が全力で殺気を放って来たらな尚更。


「背景と同化して、隠すのなんて簡単だからさ……」

「くそがっ!」

「暴れても無駄だよ……」


 マサキが手を引くと、糸が食い込んでヴィネの身体から血が零れ落ちる。

 そのまま踵を返すと、白蟻達の方に向かって行く。


「喰らい尽くせ」


 そして、後ろも見ずに呟く。

 マサキの合図とともに、顎に聖属性の魔力を纏わせた白蟻達がヴィネに群がる。


「ひっ!」


 耳障りな咀嚼音を立てて、身体を齧り取られていくヴィネ。


「ギャアアアアアア! 助けっ! 助けてっ! 頼む!」

「すまんな……悪魔の声には耳を貸さない事にしているんだ」


 固定された状態で足元から食い散らかされて横倒しになったヴィネが必死で命乞いをするが、マサキは既に興味は無いとばかりに岩に腰かけて蟻達の食事をボーっと眺めている。


「ひいっ、頼む……もう、来ないから……近づかないから……」


 何も言わずにジッとヴィネを眺めるマサキ。

 ポツリと小さな声で呟く。


「黙って……朽ち果てろ……」


 感情が全く伴わない機械のように抑揚の無いその声色に、ヴィネは絶望する。


「くそおおおおおおおおおおお!」


 悪魔の叫び声が、動物の鳴き声1つ聞こえない森に木霊する。

 そして静かになった後も蟻達が残った肉片をひたすら咀嚼する音だけが、森の静寂の中で妙に大きく聞こえていた。


「流石に、聖なる蟻の腹の中でまで再生は出来んだろ……」


 ようやく静かになったことで、マサキが腰を上げて蟻達の元に歩き始める。

 先の白蟻……ヴィネによって大怪我を負わされた個体がマサキに向かって近付いてくると、1つの黒い石を差し出してきた。

 微妙に脈打つそれは、闇の魔力を集めようとか細い鼓動で頑張っている。


「これが核か……たしかに不味そうだな」


 左手で掴み取ると、核によってゆっくりと集められている魔力を片っ端から横取りしつつ、少し逡巡する。


 が考えるのが面倒くさくなったのか、そのまま核を左手で吸収する。

 ヴィネの核は、マサキの物となった。


 復活させられるのか、それとも合成素材とされるのか……

 どちらにしても、彼が今後人の災厄になることは無いだろう。

 少なくとも、人がマサキに敵対しない限り。


「帰るか……」


 マサキは左手で蟻達を回収すると、隠れていた土蜘蛛が木から降りてくる。

 土蜘蛛の頭も優しく撫でて、一匹残った白蟻を抱いて管理者の空間に跳ぶ。


 さっきまで悪魔が居た場所には、痕跡1つ残っていない。

 まるで、元から何も無かったかのように……

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