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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第1話:プロローグ

「気を付けて行ってくるのだぞ」

「行ってらっしゃいませ、お坊ちゃま、奥方様」


 大きな屋敷を背後に、庭の先にある門。

 その門の前に、屋敷の使用人と思われる人たちと、警備のものたちがズラリと並んでいる。

 彼等の視線の先にはきらびやかな装飾の施された豪華な馬車が1台と、綺麗ではあるが飾り気の無い馬車が1台。


「うん、頑張ってくるよ!」


 彼らが見送るのは、この館の主人であるマイケル・フォン・ベルモントの息子であり嫡男のマルコ。

 そして、彼の母親であるマリア。


「にーたま! いってらっしゃい!」

「ああ、テトラも父上と一緒にしっかりとこの家を守るんだぞ!」

「うん! まかせて! ててうえとまもゆ!」


 使用人たちよりも一歩前に立つのは、この館の主マイケルとマルコの弟であるテトラ。

 マイケルに手を繋がれたテトラが、マルコに向かって笑顔で手を振る。

 小さな貴族の一生懸命な姿に、周囲をほっこりとした空気が包み込む。


「それでは行ってくるわね、あなた。テトラ、母はすぐに戻ってくるので良い子にしてるのよ」

「はいっ! ははうえ!」

「私の時は舌っ足らずにならないのね」


 元気よく、比較的明瞭に返事をするテトラにちょっと残念そうな表情を浮かべるマリア。

 周囲の表情が一転して微妙なものになる。

 は・は・う・えという比較的発音のみやすい4文字で、どうやって? という呆れの表情ともとれる。


「本当に大丈夫? 寂しくない?」

「ててうえとマリーがいるからだいようぶです!」


 胸を張って、本人にとってはキリッとした表情を浮かべる。


「うーん! 可愛い! どうして、私はどちらかとしか一緒に過ごせない時を迎えたのでしょうか」

「ははうえ?」

 

 そう言って、一足飛びでテトラに抱き着くマリア。


「やっぱり、テトラも連れていきましょう!」

「おほんっ!」


 そんなマリアの提案に咳払いをするのは先々代メイド長にして、マイケル、マルコ、テトラを育て上げた乳母のマリー。


「奥様……せっかく頑張ってテトラ坊ちゃまがお留守番を決心なされたのです。1週間くらい安心して行っていらしてくださいませ。 それにマルコ様とは簡単に会えなくなるのですよ? めいっぱいマルコ様と二人の時間を過ごしてください」


 優しく穏やかな声で、さとすように宥める。

 だが、その音色からは想像もできないようなプレッシャーがマリアにぶつけられる。

 頑張ってなだめすかして、ようやくお留守番をすると言わせたマイケルと、マリー、メイドたちの苦労を無駄にするなと言外に言っているのだ。


 そのプレッシャーたるや主人の妻という、マリーの雇用契約に口出しできる立場にありながらも、表情を青くして後ろに下がってしまうほどのものだった。


「そ……そうね……、入学式が終わったらマルコとはしばらく会えなくなるのよね。 今からでも遅くないわ! マルコ、やっぱりベルモントの学校にしない?」

「母上……」


 マリアの行き過ぎた愛情の矛先が自分に向かってきたマルコが、思わず苦笑する。


「マルコ、本当にしっかり学んできちんと帰ってくるのだぞ!」

「はいっ、父上! それでは行って参ります!」


 期待の目を込めて、息子を見つめるたくましくも力強い……もといぽっちゃりとした肉付きの良い男性にひとつ頷くと、馬車へと乗るための踏み台に足をかける。


「友達もいっぱい作るのだぞ!」

「はいっ!」

 

 そこで足を止めて、振り返り笑顔で頷きを返すと馬車に向き直る。


「冒険者登録して、冒険してもいい!」

「父上……冒険者ギルドは12歳で仮契約、15歳でようやく正式契約が結べる機関です」

「そ……そうだったな」


 踏み台で足止めされたままのマルコが今度は溜息を一つ。

 振り返らずに答える。


「いっぱい食べて、いっぱい「旦那様?」


 いつまで立っても馬車に乗れないマルコに、見るに見かねたマリーが助け船をだす。


「う……うむ!」

「そういったことは、昨夜のうちに済ませてくださいな」

「す……すまぬ」


 さすがの当主も、じぶんのおしめを替えてくれた相手には逆らえないらしい。

 面目なさげに頭を下げる。


 こうしてマリア、マルコの二人は馬車にのって、シビリアディアへと向かう。

 御者台に座るのは、ヒューイ。

 屋敷の警備隊長である。


 屋敷の警備の要である人材を、御者に付けるという事実が父親も充分に過保護である。

 いや、愛する妻と息子を乗せていくのだ。

 この世界では当たり前のことかもしれない。


 それに……


「安心しろヒューイ! 屋敷は領主兼、警備隊長代理のマイケルが守ってみせよう」


 何やらおかしなことを言い出す領主。

 この屋敷の現有戦力最強とはいえ、守られる対象だろうと苦笑いしつつもヒューイが頭を深く下げる。


「はいっ! 王城で警備に当たっていた元騎士様なら、容易い仕事かと」

「ててうえ、きしたまだったの? すごーい!」


 キラキラとした尊敬の眼差しを向ける、小さなテトラに顔をだらしなくほころばせるマイケル。

 マリアが居ない間、めいっぱいテトラの尊敬と敬愛を勝ち取る気だろう。

 なんせ、普段はマリアがまったく手放さないのだから。


 そんな様子を見ながら、ふくれっ面のマリアが代わりにとばかりにマルコに抱き着く。


「ふーんだ! 私は、これからマルコと王都でたくさんデートさせてもらいますからね!」


 こうして、下人たちの呆れを受けながら、マルコの乗った馬車はベルモント邸を出発した。


 先頭の馬車には御者にヒューイ、客車にマルコとマリアが乗っている。

 その前を2頭ずつ2列の騎馬が並んで走る。

 後ろの馬車には、マルコの荷物とマリアの着替え、それから祖父スレイブに贈るお土産が満載されている。

 そして、その後ろに2頭ずつ2列の騎馬。


 街を出たら、このうち4頭の騎馬が馬車を左右から挟むように警護する。

 狭くはないとはいえ、道いっぱいに広がって我がもの顔で歩かせるわけにはいかない。


 それに……


「マルコ様! 頑張ってきてください!」

「奥様、マルコ様をお願いします!」

「マルコ様!」


 街のあちこちから、馬車に声援が送られる。

 それに対して馬車の窓から、にこやかに答えるマリアと、照れくさそうにはにかむマルコ。

 さすがに、主役を騎馬で隠してしまうような無粋な事はマイケルがさせない。

 彼は、領民に愛される良い領主なのだ。


「マルコ様!」


 そんな馬車に、駆け寄る一人の小さな少女。


「あらあら、これはこれは可愛いお姫様ね? おいでマルコ」


 少女が駆け寄ってくるのを見たマリアが、反対側に座っているマルコを呼び寄せて自分の膝に座らせる。


「アシュリー!」

「なるほど……彼女がマルコの良い人なのね」


 母親の呟きに耳がこそばゆい錯覚を覚えながらも、窓を開けてアシュリーに答える。


「これっ! 途中で食べてください!」

「あはは、いつも通りで良いよ」

「うんっ、お父さんが持たせてくれたサンドイッチ……その、私も手伝ったから」


 恥ずかしそうにバスケットを渡してくる幼馴染に萌えつつも、喜んで受け取るマルコ。


「あ……ありがとう」


 二人の間に流れる甘い空気。


「王都に行ったら、手紙書くね!」

「うん、私も勉強頑張る! 頑張って、王都の高等科に行けるように一番になる!」

「その前に来てもいいよ! 夏季休暇とかあるし。王都を案内するよ! で帰りは一緒に帰ろ!」


 親の前で勝手な約束をするマルコ。

 

「本当! 楽しみにしてるね」


 アシュリーが嬉しそうに両手を組んで、その場で飛び回る。

 今度は民衆がほっこりする番だった。

 一人不機嫌なのはマリアだ。


「そろそろいいかしら?」

「あっ、ごめんなさい」


 マリアが苛立たし気に漏らすと、アシュリーが恐縮する。

 息子のことになると、彼女は急に大人げなくなるのだ。


「気にしなくていいよ。じゃあ、行ってくるね」

「うん!」


 こうしてマルコ一行は、王都に向かって旅立つ。

 マルコの入学のために。


 馬車が街を出ると、外壁から大きな蜂たちが静かに飛び立つ。

 羽音が聞こえないよう上空高くに向かって。

 お互いに距離を取り、広い範囲での編隊を組み。

 決して外敵を見逃さぬよう、複眼を光らせながら。

 彼らの目的は主人の旅の邪魔にならない距離で、馬車を護衛するため。


 彼らの視界に捉えられた魔物は、数分後には地面で痙攣することになるだろう。


 さらには、馬車の上に数匹の蝶。

 いつ主人が怪我しても大丈夫なように、しっかりと羽を休めつつも決して自分たちが役に立つことが無いように祈る。

 その羽に蓄えた、回復の鱗粉に目いっぱいの魔力を込めつつ。

 彼女たちが動くとき、それは主人が怪我をしたとき。

 できればのんびりと、車上から風景を楽しむだけの旅となってほしい。

 だが、用心は怠らない。

 もしかしたら、馬車が急停車して中で頭をぶつけるかもしれない。

 そのうちの一匹がこっそりと、窓の縁に止まり中を覗いている。

 御主人を最も近くで眺める事ができる、幸せな立場。

 そう、この蝶の群れでもっとも大きな回復力を持ち、身体も他より一回り大きな蝶の隊長。

 職権乱用である。

 が、理にも適っている。


 何故このような状況になったかというと。

 彼らが管理者の空間で、マルコに是非供をと懇願したのだ。

 マルコの旅が、なにものにも煩わされないようにと。


 そう、過保護なのは両親だけではなかったようだ。

 当のマルコは車窓から外の景色を眺めつつ、これから始まる学園生活に胸を膨らませていた。

 小さくなった街の門に向かって呟く。 


「行ってきます」




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カバーイラスト
― 新着の感想 ―
[良い点] 過保護な蟲たち可愛いwww
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