第115話:悪魔
「へえ、フレイ殿下もベルモントとラーハットに訪れたのですか?」
「ええ、貴女達は夏に行ったのですってね。冬のベルモントも良いものでしたよ」
そういえば、ヘンリーからラーハットでのフレイ殿下の様子を聞いてなかったな。
まあ、ある意味では聞くまでもないけど。
一度廊下でフレイ殿下とすれ違った時の彼の様子だけで一目瞭然だ。
危うく舌の剣で命を絶ちかけたのだろう。
なんせフレイ殿下が訪れた時には、ヘンリーは覚醒後だったからね。
失言が飛び出さないなんてことは、考えにくいし。
そんな事を考えつつも、フレイ殿下と仲良さげに話すソフィアとエマを眺める。
ジョシュアはユリアさんと一緒にリコと話している。
リコが緊張してカチコチだ。
しっかりと、見ておかないと。
(何見てますの?)
と視線だけで話しかけられたが、微笑み返すにとどめる。
物凄く嫌そうな表情を浮かべていた。
「私達とお話するのは楽しくない?」
「とんでもありません! とても楽しいですわ」
そんな表情を浮かべていたものだから、ユリアさんに突っ込まれてタジタジだ。
あはは。
そしてベントレーは、ケイとカールと一緒に壁に掛けられた武器について話している。
「これはバグナグといって、握り込んでこの爪で相手を攻撃する武器だよ」
「なんか凶悪ですね」
「虎の爪とも呼ばれるくらいだからね」
「竜の爪の方が強そうですから、そこまででも無いのですか?」
うん、ベントレーとケイの説明に対してカールが子供らしい率直な感想を述べている。
そんなことを言い出したら、神の爪とか魔王の爪とかの方がよっぽど強そうだ。
虎の爪でも十分脅威だと思う。
今回は女の子達に捕まったからか、フレイ殿下もきちんとお茶とお菓子を楽しんでいた。
ベルモントじゃ、結構グローブ選びに時間掛けてたもんね。
ここにはジャマダハルとか置いてあって、姫様の興味をそそっていた。
マインゴーシュやファルシオン、他には戦鎚まで様々な武器が飾ってある。
がどこか尖ったものばかり。
男の子なら、一日中それを眺めてお茶が飲めそうだ。
それから暫くしてフレイ殿下達が帰ったので、僕たちもお店を後にする。
夕飯は各々家で取るので、家のある上流区へと向けて集団で移動。
中々に目を引く集団だ。
しばらく行くと人だかりが出来ていた。
「なんだろう?」
「あまり興味本位で近付かない方が良いと思うよ」
エマが興味を示していたが、無視するように促す。
それでも、街の人の声は聞こえてくる。
「またか……」
「本当に多いわね」
人だかりの中心には衛兵さんが集まっていた。
それから布を被せた何かを木の板に乗せて運び出すのが、人々の隙間から見える。
どうやら、また浮浪者の死人でも出たのかな?
「また?」
「そうみたいだね」
「本当に、悪魔の仕業だったりしてな」
「えっ……」
その様子にすぐに思い至ったのかエマが顔を顰めると、ジョシュアが嫌そうな顔で頷く。
ベントレーの悪魔の仕業発言で、カールがちょっと怯えている。
「大丈夫だよ、普通のって言ったらあの人達悪いけど、市民に被害は無いみたいだし」
「彼等だけが口にするものに、原因があるのかもな」
「案外彼等の事をよく思ってない市民が、捨てる物に毒を混ぜてたりして」
「そんな事する人、居るのですか?」
ベントレーとジョシュアと他愛もない推測を語っていたら、ソフィアが悲しそうな表情を浮かべる。
この子は、本当に頭がお花畑と言うか、つくづくお嬢様だ。
それが、彼女の良いところでもあるけど。
「大丈夫ですよ、ソフィアお姉さま! きっと原因があって、王城の兵隊さんたちがそれを突き止めてくれますから」
「だと良いのですが」
「僕が守るから安心してください」
小さな騎士さんも、ここぞとばかりに恰好を付けている。
そんなやり取りを微笑ましく思いつつ眺めていると、不意に上の方から視線を感じる。
蜂かなと上を見上げてみる。
「えっ?」
「はっ?」
視線の先は一軒の民家の屋根の上で、そこにニヤニヤとした笑みを浮かべた黒い人型の何かがしゃがみ込んで騎士達に運ばれる遺体を眺めていた。
そしてすぐに視線が合う。
思わず小さく声を出してしまったが、あっちも驚いたらしい。
気の抜けた声を出したかと思うと、慌てたように自分の姿を見ている。
そしてこっちを再度見る。
頬にツツツと汗が流れそうな表情を浮かべたかと思うと、一目散に飛び去ってしまった。
もしかして……本当に悪魔が?
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
余計なことを言って皆を怖がらせても仕方ない。
取りあえず、何も無かった事にして適当に誤魔化す。
――――――
「今日は楽しめたの?」
「ええ、ベルモントにある武器屋喫茶と遜色ない物でした」
「そうか、わしも気にはなっておったのじゃが、今度行ってみるかのう」
家で夕食を食べながら、おじいさまとおばあさまと今日の事を話す。
ほぼ毎日一緒に食事をとって、一日に起こったことを話すのが日課になっている。
主に学校での事が多いが。
今日は武器屋喫茶の事で色々とお話をしている。
「全く姫様ときたら」
「中々にいい具合に成長しておるのう」
フレイ殿下に会ったことを話したら、それぞれが別々の反応を示していた。
まあ、おじいさまにとっては彼女も弟子だから、武器に興味を持つことは良い事なのだろう。
おばあさまの立ち位置がいまいちよく分からないけど、彼女にとっては好ましく無いらしい。
「そういえば、最近街で事件と呼べるほどではないですが、話題になっている噂はご存知ですか?」
「ああ、家の無い方達が相次いで亡くなっている件ですね」
「浮浪者の連中も、何かおかしなことでもしてるんじゃないか?」
2人とも話は知っているらしい。
まあ、当然だとは思ったけど。
じゃあ、これはどうだろう?
「その原因の一つに悪魔の存在が疑われている事は?」
街で見かけたマハトールっぽい人物。
あれはどう見ても、悪魔だと思う。
が、すぐにどこかに行ってしまったので、いまいち自信が持てない。
「ああ、そのような話も出ているらしいな。まあ、原因がはっきりと掴めないから、憶測も迷走しておるのじゃろう」
「なかなか、そこまでの力を持った悪魔が王都に現れるというのは、稀有ですからね」
その話も2人とも聞いてはいるみたいだけど、現時点では信じていないらしい。
とはいえマハトールですら、簡単に忍び込んで上手い事やっていたわけだし。
可能性は低くは無いと思う。
「なんじゃ、悪魔が怖いのか?」
「いや、別にそう言うわけではないのですが。もしかしたら、可能性の1つとして考慮しても良いかと思いまして」
「そんなことは、王城の兵士にでも任せておいたらいい」
「もう、市井の事に興味を持つのは良い事なのですから、もう少し真面目に答えてください」
おじいさまが適当に返事をしたことに、おばあさまが軽く睨みながら注意している。
それに対して、おじいさまは肩を竦めただけだったが。
「悪魔なら楽でいいのう。病気と違って、わしでもどうにか出来るからのう」
「そういうものですか」
仮に悪魔だった場合、おじいさまにとっては楽に対処できる原因なので悪い事ではないらしい。
頼まれるまで動くつもりは無さそうだけど。
「じゃから、悪魔なら最低限この館に住むものくらいなら、いくらでも守ってみせるわい」
警備の人達が聞いたら、泣きだしそうだな。
まあ、こんなに守り甲斐の無い当主も居ないだろうけど。
仮に護衛が全滅しても、この人なら1人で戦況をひっくり返しそうだし。
そいうかそもそも、そうなる前に自ら打って出そうだしね。
食事も終えたので、自室に戻って布団に入ると目を閉じる。
「マサキ」
『ん、どうした?』
それからマサキに話しかける。
彼の事だから、何か知っているかもという期待も込めて。
「最近街で人がよく死んでいるらしんだけど、何か知ってる?」
『あー、その件は今回は手を付けていないんだ』
「珍しいね、マサキにしては」
『まっ、こっちも住人が増えてだいぶバタバタしてきたしな』
一連の事件に関して、マサキは特に調べていないらしい。
何や彼も最近は忙しそうだし。
『どうした? 何か気になる事でもあったのか?』
「今日、街で悪魔っぽいのを見かけたんだ」
『悪魔か……マハトール以来だけど、珍しいな。見間違いじゃないのか?』
「たぶん、本物だと思う」
一瞬だったから、自信は持てないけど。
こういえば、マサキも動いてくれるかなと思ったり。
『だったら、マルコの方でも調べてみたら良いじゃないか』
「まあ、そうなんだけど」
『今更悪魔くらいで、ビビッてるほど弱くも無いだろう』
「うん……」
あまり興味は無さそうだった。
とはいえ、実際に人が死んでる訳だし。
取り合えずこっちでも出来ることを、やっておこう。
――――――
それから3日後、何故かジャッカスがシビリアディアに来ていた。
冒険者ギルドに普通に居たので、話しかけるとマサキに言われて来たとか。
聞けばマハトールとクロウニさんも来ているらしい。
なんだかんだで、気にしているようだ。
本人は直接は動かないみたいだけど。
魔王関連の事や、管理者の空間の事で割と忙しいらしい。
悪魔については3人が色々と調べてくれるとのこと。
ちょっと安心。
でも、こっちも虫を使って情報収集。
なかなか尻尾を出さないらしく、数を増やして街全体をくまなく調べましょうかと言われた。
あんまり蜂や蟻が増えすぎても、怪しまれそうなのでほどほどにお願いしておく。
翌日昼休みに廊下を歩いていたら、リコとカールを見かける。
誰か上級生と話をしているらしい。
2人と話している相手は、背も高くもしかしたら高等科の生徒かもしれない。
どこかリコの表情が怯えているのが気になる。
「こんにちわ」
「マルコ!」
「こんにちわ」
貴族同士の会話に割って入るのもどうかと思ったが、リコの様子が気になったので声を掛ける。
「君は……マルコ君だね。スレイズ様のお孫さんの」
「初めまして、マルコ・フォン・ベルモントです」
2人に話しかけていた少年が振り返って、笑顔を向けてくる。
どこか冷たい印象を受ける、冷めた笑顔だ。
「初めまして、ビルド・フォン・カルストだ。高等貴族科の2年生に在籍している」
「ビルド先輩ですね。宜しくお願いします」
「ふふ、こちらこそ」
ビルド先輩が笑みを浮かべて手を差し出して来たので、その手を握る。
ギュッと強く握り返される。
「是非お近づきになりたいと思っていたんだよ。宜しくね」
「えっ? ああ、宜しくお願いします」
「僕はもう行くから、リコ、カール、また後で話そうか」
「「はい……」」
「マルコ君も今度ゆっくりとね」
「ええ、楽しみにしてます」
やはり人に聞かれたくない会話でもしていたのだろうか。
僕が近付くと、すぐに会話を打ち切ってそんな事を言いながらニヤリと笑ってその場から去って行ってしまった。
「大丈夫? あまり楽しそうじゃなかったけど」
「マルコには関係ありませんわ」
「リコ……」
リコとカールに話しかけると、リコが冷たく突き放してくる。
そんなリコをカールが不安そうに見つめている。
「なに? たかが子爵の子に泣きつこうっての?」
「いや、そうじゃないけど……」
「やっぱり、何か困った事でもあったの?」
さきほどビルドと名乗った男絡みで、なにやら2人にとって良くない事がありそうだ。
当のリコは僕に頼る気はさらさら無さそうだけど、カールはちょっと迷っている様子。
まあ言いたくない事を無理にとは言わないけど。
ソフィアの可愛い弟分達だし。
先輩として手助けできることがあるなら、手助けしてあげたいけど。
「カール、行くわよ」
「……うん」
なかなか2人が別々に行動しているところを見かけないけど、カールだけなら話してくれそうな雰囲気はある。
なんだかんだで、最近はカールもちょっとずつ心を開いてくれているようだし。
――――――
「あれがマルコですか……普通の子にしか見えないんですけどね」
さっきまでリコとカールと一緒にいたビルドが、高等科の校舎に向かって歩きながら独り言をつぶやく。
「スレイズ……剣鬼と呼ばれている英雄の孫。資質はありそうですが、果たして私達の仲間に引き込む価値があるのかと言えばいささか疑問は残る人材ですね」
ふと校舎の窓に映った自分の顔を見て、ビルドが立ち止まる。
「いけませんね。表情が崩れてしまっている……これでは、他の人に見られた不気味がられてしまいます」
そう言って口の端を指で良くほぐしてから、もう一度ガラスに写った自分の顔を見る。
「うん、良いでしょう」
そして教室に向かって歩き出す。
その表情は薄く笑みを張り付けた能面のようであったが、本人はそれが普通だと思っているらしい。
まあ先ほどまでの歪な笑みに比べたら、幾分かマシだが。
その後ろ姿は、あるはずもない尻尾が揺れているようだった。