第113話:貴族な双子
「お前がマルコか?」
「子爵家の子供なんですって?」
教室を出て出口とは違う方向に歩いていると、そっくりな顔をした男の子と女の子が話しかけてくる。
というか、口が悪いな。
明らかにこっちを見下しているのが分かる。
「そうだけど、君たちは?」
「リコ・フォン・リッツバーグだよ!」
「カール・フォン・リッツバーグだ!」
リッツバーグ……
リッツバーグ伯爵家の子供か。
「お前、ソフィア様の周りをウロウロしてるらしいな!」
「子爵家の子供が、ソフィアお姉さまを狙うなんておこがましいですわよ!」
「へえ、おこがましいとか難しい言葉知ってるんだね。偉い偉い」
リコと名乗った女の子の頭を優しく撫でてあげる。
フサフサの髪の毛が柔らかくて気持ちいい。
実はちょっとチャド学園長に用事があってマルコと変わってもらったのだが、クラスメイトを上手く誤魔化して1人で出た矢先に絡まれるとは。
中々に、貴族社会は危険だな。
「子供扱いしないでください」
「ははは、ごめんごめん! で何のようだい?」
「お前、生意気だぞ! 子爵家の子供のくせして! うちのお父様の方が、お前のお父様より偉いんだぞ!」
うわぁ、物凄く新鮮だ。
貴族科の子供達って、皆しっかりと教育を受けて来ているからか大人びているからな。
こんなに子供子供してる子供は初めてぶりかもしれない。
総合普通科には一杯居るようだけど。
「カールはちょっと黙ってなさい。貴方が最近ソフィアお姉さまの周りをウロチョロしているのは、知ってます! 身の程を知りなさい!」
「あー、そっか! 君たちはソフィアが大好きなんだね?」
「呼び捨て! もう2人はそこまでの仲に……」
何故かリコがショックを受けている。
そこまでの仲も何も、ただの友達だっただろう。
というか、皆呼び捨てで呼び合っているし。
「友達だからね。貴族科の友人同士は基本的に名前を呼ばせてもらうようにしてるから」
「……お姉さまの優しさに付け込んで厚かましい! 少しは恥を知りなさい」
「ええ? 他の友達を呼び捨てで呼んでいるのに、ソフィアだけ様とか言ったら彼女逆にへこまないかな?」
「貴方に、お姉さまの何が分かるっていうのですか!」
「そうだぞ! 子爵の子供の癖に生意気だぞ!」
カールはさっきからそればっかりだな。
もしかして、あんまり賢く無いのかも。
自分の大好きなお姉さんが、よく知りもしない格下の相手と仲良くしてて嫉妬してるリコも可愛いが、子供らしいカールもなかなかどうして。
「カール……貴方は語彙が貧相だから、喋らないでって言ってるでしょ」
「おい、リコ! 語彙ってなんだ?」
「言葉の総体だぞ。この場合は、カール君は人を乏す語彙が少ないって事だね」
「ちょっと! その言い方だと、私が悪口を一杯知ってるみたいじゃない!」
「いやあ、まだ1年生なのにそんなに口が達者ってのは凄い事だよ? いっぱい勉強してるんだね。偉い偉い」
「子供扱いしないでって言ってるでしょ! 1つしか違わないのに!」
うっかりリコの頭を撫でてしまったら、手を振り払われた。
何故かちょっと涙目だ。
「お前、年下に馬鹿にされて悔しく無いのか!」
「年下というか、逆に私達の事を子供だと馬鹿にしてるっぽいから、こいつは何にも思って無いわよ! 可愛いもんだくらいに思ってるんでしょどうせ!」
おお!
リコって子は、人の機微まで読めるのか。
お兄ちゃんか弟か知らないけど、色々と正反対みたいだな。
「だからカールと来たく無かったのよ! 男だからどうせ家を継ぐと思って、全然勉強もしないし!」
「ええ? 今日はこいつを苛めに来たんじゃなかったのか? なんで俺が怒られてるんだ?」
「苛めとか言わないで! お父様もお母様もカールに甘すぎるのよ!」
いつの間にやら姉弟喧嘩に発展してしまった。
まあ、リコの言い分も分からないでも無いが。
「まあまあ、喧嘩しない。折角姉弟に産まれたんだから、仲良くしないと」
「貴方には関係無いでしょ!」
「なんだよ! いま、こいつちょっと良い事言ってたぞ!」
「カール!」
あははは。
カール面白いな。
俺は、好きだぞカール君。
「それで、僕これから学園長に用事があるんだけど、用が済んだならもう行っても良いかな?」
「うう……今日のところは、これくらいにしてあげるわよ!」
「ええ? もう良いのリコ?」
「あんたのせいで、嘗められてるんでしょ!」
リコの発言にカールが驚いた表情を浮かべているが、リコは呆れ顔だ。
というか、かなりカールに怒っているなこれ。
リコがカールの手を引っ張って、目の前から去っていく。
本当に、何をしに来たんだろ?
まあ、今度マルコからソフィアにでも聞かせてみるか。
面白い子達だから、ゆっくり相手してあげたかったんだけどな。
「気を付けて帰るんだぞ」
「うっさい!」
「うん、また来るからな!」
「カール!」
俺が手を振って見送ると、カールが手を振り返してくれた。
良い子じゃないかカール君。
リコは……頬っぺた膨らませて、これはこれで可愛いな。
一応、2人の背中が見えなくなるまで見送ってから学長室に向かう。
――――――
「マルコ君……ではないな?」
「何度も言っているが、俺もマルコですよ?」
「はあ……で、何の用じゃ? あんまり、良い予感はせんが」
学長室に行くと、チャド学園長が読んでいた本を机に置いて近づいて来る。
それから、応接セットのあるスペースに向かって、座るように促す。
取りあえず、向かい合って座る。
「いくつか、この世界の事について聞きたい事があります」
「ふん……この世界とはまた異なことを言う。まあ、あまり主の事は詮索するつもりはないが。深入りすると面倒くさそうだしのう」
チャド学園長が髭をさすりながら、魔法でお茶を用意する。
椅子に座ったまま、ポットとティーカップが用意できるのは便利だな。
どのくらい魔力を使って、どのくらい疲れるのか知らないけど。
「まずは、人間が抱いている魔族に対する認識だな。出来れば、この国以外の事も含めて」
「ほう……魔族について調べているのか? お主はあれをなんだと思う?」
こっちが質問しているのに、質問で返された。
先ほどまで憮然としていたチャド学園長の顔が、少し穏やかになる。
が、こちらを試しているようにも思える。
「人……かな? まあ亜人も含めた知識ある人型の生物の総称としてだが」
「なるほど……な」
「純粋な人間というか……特徴の無い人族から見たら、角の生えた魔族も、動物に寄った獣人も、耳の長いエルフも、背の低いドワーフも全て亜人だろ? そしてそういった生物全体を指して言葉にするなら……人だな」
俺の言葉に対してチャド学園長は目を瞑るとお茶を口に含んで、ゆっくりと味わってから飲み込む。
まるで答えを返す時間を稼ぐように。
「その通りだな。まあ、わしらのような学者や、そういった事を専門に研究している者達から言わせればじゃ。じゃが、お主が聞きたいのはそうじゃない、市井の者達や、国家として魔族をどういう扱いにしているかということじゃろう?」
流石教育者。
こっちが聞きたい事を、しっかりと理解してくれているようで助かる。
「じゃが、分からぬのう」
「何故、俺がそんな事を知りたがるかがでしょう?」
「そうじゃ、何故そんな事を考える? 前世が魔族とかか? もしくは魔族の邪法で、マルコ君の身体に入り込んだのか?」
少しだけ剣呑な眼差しを向けられたが、気にする素振りも見せずに微笑み返す。
「いえ、個人的に魔族の知り合いが出来たのですが、話をしてみるにその性質はそこまでの迫害を受けるようなものに見えなかったので」
「それはあ奴等が猫を被っておるからじゃ! 人の好いフリをして人間の国に潜り込み、信頼させておいて仲良くなったところで、本性を現してその国を乗っ取ろうと内部から桁外れの魔力に物を言わせて国を襲うのじゃよ」
そう言ってニヤリとした笑みを浮かべる、チャド学園長。
正直、演技はあまり上手くないなこの人。
「それが、一般認識ですね」
「ちっ、つまらん奴じゃ。そうじゃな、それが普通の人々の考えじゃな。あいつらは一騎当千の力を持つ化け物で、それでいて演技が上手い。良い人のフリをして、言葉巧みに懐に潜り込んでくる……そして、信頼を勝ち得たところで、上から順に殺していって統率を奪い……あとは、頭を失って烏合の衆と化した兵や、民を皆殺しにする。そんな存在じゃと思われておる」
「ちなみに、本質を知っている人達も居るのですか?」
「まあ、多くは無いがな。単に怒らせると手が付けられんだけで、普通に接しておったらそれなりに気の長い魔族も多いし、すぐに怒る奴等もおる……が、それはわしらも一緒だからな」
魔族が純然たる悪しき存在じゃない事は、知る人は知っているって事か。
まあ、例のどっかの貴族領の事件も、その国の上層部は真相を知っていそうだし。
「ただまあ……怒らせたら国を滅ぼしかねんような種族を、街に置きたいかというと」
「いやでしょうね。不安でしょうがない……そんな、常に顔色を窺わないといけないような相手じゃ、隣人としては相応しくない」
「そういう事じゃ」
これは国交正常化は中々に、困難だな。
というか、不可能だろう。
交易するにしても相手の不利な条件を提示して交渉の余地なく襲い掛かられたら、終わりだもんな。
いくら相手がそこまでの常識知らずじゃないといえども、それが出来る相手と無理にでも商売しようなどと誰も思わんか。
「チャド学園長は?」
「フォッフォ……魔族の中にも個体差はあるでのう。流石に魔族最強の種族が人間最強に負けるとは思わんが、人間もそこまで弱くはないぞ? 英雄クラスなら、それこそ魔族相手でも圧倒出来るくらいにな」
「へえ……」
「化け物じみた人間だっておるじゃろう? ほら、お主の身近にも1人」
「学園長を入れたら2人ですね」
「ふっ」
目の前の老人や、スレイズであれば魔族相手にも遅れは取らないのか。
まあ、スキルも魔法もある世界だ。
いくら魔力と身体能力が秀でた魔族とはいえ、その道を究めた人間ならやりようはあると。
「ただトップレベルの魔族は駄目だ……あいつらはエルフを凌ぐ魔力を持ち、ドワーフや熊獣人に匹敵する膂力を持つ」
「怒らせたら、手が付けられないってことか」
「ああ、軍をぶつけるレベルだな……個人相手に。それか英雄クラスが数人で当たって……何人かの犠牲と引き換えに倒せるか」
魔王を筆頭に、魔族のトップはどうしようもないくらい強いと。
これは一度、誰か適当な人と手合わせする機会を用意して貰わないと分からないな。
「とはいえ、そういう連中こそ個体差も大きい。恐ろしく優しい者もおれば、力に溺れて意味もなく他の生物を害するものもおる……その時の魔王次第じゃな」
「ちなみに今の魔王は?」
「人にとって幸いなことに、北に大人しく引っ込んでいてくれる気らしいというのは分かる……そういう奴等こそ、反動が怖いのじゃが」
どっちにしろ、畏怖される対象であると。
「ちなみに魔王を倒そうと思ったら?」
「英雄クラス100人ぶつけて……勝算は1割切るのう」
本当に、規格外だった。
いつか、魔王ともちょっと手合わせしてみたいな。
改造に改造を重ねた虫を引き連れて。
そうだなハンデとしてあの仰々しい杖は禁止。
代わりに紙を丸めた棒でも持ってもらって……
「お主は魔王を倒したいのか? それとも、魔族と人との融和を目指しておるのか?」
「あー、どっちでもあるかな? 魔王よりも強くなりたいし、魔族といわず獣人に対する迫害や、異種族間の諍いは無くしておきたいな」
「無くしておきたい? 将来に何かありそうな含んだ言い方だな」
「ははは、その時になってチャド学園長が暇なら手伝ってもらうよ」
「凄く嫌じゃ」
取りあえず聞きたい事は聞けた。
魔族と人との因縁はそこまで根深いものではないと。
ただ、人の安寧の為には魔族の存在は看過できない。
だから、魔族を滅ぼす。
これは、一部の過激派の思考か?
いや国を運営する以上リスクは全て排除したいだろうから、国家という集合体を持っている地域は総じて魔族を排除しようと動いているのだろう。
世界が協力すれば、英雄を100人集める事も出来たり……
各国に1人か2人しか居なくても、この世界には多くの国があるし。
まあ、そうじゃない人達も全てが魔王城に向かえば、可能性はグッと上がるかな。
ただどこも矢面にたって、積極的に魔族の恨みを買うような立ち位置に入りたくないから、国同士でも牽制が行われていそうではあるが。
なんだかんだで、本気で魔族を潰すつもりはないと……というか、出来ないと。
下手な動きをして虎の尾でも踏んだら、先陣切った国は亡ぶだろうし。
周辺国家からすれば、痛し痒しってところか。
じゃあ、仲良くなる方法を考えれば良いのに。
一番良いのは商人を仲介しての交易だが、人にまったくメリットが無い。
前は護衛や戦力として魔族が優遇されていたが、ちょっとしたことでその矛先が自分に向かうリスクを考えたら、簡単には雇えないと。
かといって、魔国の産業で人に魅力的なものはあまり無いわけだ。
魔道具や、魔石くらいか?
あれば良いくらいで、少し見劣りするが人の国や、エルフの国でも用意できるものだしな。
駄目だな。
魔国が世界に受け入れられる未来が、イメージ出来ない。
「聞きたい事はそれだけか?」
「あーっと、そんなところですね」
取りあえず、チャド学園長に礼を言って部屋を後にする。
うーん……これはもう、魔国が単体で成り立つような方向性で考えた方が良いと思う。
魔王には、そうやってアドバイスしておこう。
足りないものを人の国から、どうにかして交易で手に入れられないか頭を抱えていたが。
それよりも、自国で代替え案をや代替品を考えた方が良さそうだ。
これ聞いたら、少なからずショック受けるだろうな。
やんわりと伝えるか。
協力できることがあったら、協力もしてあげよう。
学校から出る前にマルコに身体を返して、管理者の空間に戻る。
さてと……
タブレットで畑に居る魔王を眺める。
尻もちをついて、口をポカンと開けている。
何してんだ?
ああ……あれか。
ニンジンの中に紛れ込ませた、悪戯心で作った改造ニンジン。
料理に使って余った鳥の頭と足を合成したニンジン。
抜くと「クケーーーーーー!」と悲鳴をあげて、凄い速さで蹴りを放って走って逃げていく命名マンドラニンジン。
「お主か!」
覗いているのが見つかったと同時にバレた。
「急いで捕まえた方が良いぞ! あれを切って煮込むと、鶏の味の染みた出汁が取れるし、ニンジンもしっかりと味が付いてて美味いから」
「あんな奇怪なもん食うか!」
「えー? 味は保証するのに」
味の問題じゃないらしい。
あと、本気でびっくりしたらしい。
ちなみにそのニンジン。
こっそりと戻って来て、また自分で畑に潜ってた。
さっきと違う場所……
また近いうちに被害者が出そうだな。
――――――
「ぎゃっ! くそがっ!」
「魔王様!」
「なんですか、あのニンジン!」
どうやら、また魔王が引き当てたらしい。
2回目だというのに、初めてみたいな良いリアクションありがとう。
牛……モートリアスが魔王を引き上げている。
「すまんな、モーツアルト」
モーツアルトだった。
違いが判らん。