第112話:ロイヤルファミリー
「どう? 進級して何か変わった?」
「何も変わらねーな! 強いて言うなら、面と向かって話しかけてくる奴が減ったくらいか? ハハハ!」
髪を短髪にして、少し制服を着崩したヘンリーと学校に向かう。
彼はいまだに毎朝うちに来て、スレイズおじいさまの訓練を一緒に受けている。
冬の間に元に戻るかと思ったらが、余計に悪化してた。
いや、ある意味では良くなっているのかも。
「えっ? ヘンリーって、クラスで何してるの?」
「ん? ああ、なんかコソコソと陰口叩いて来る連中の真横に行って耳をそばだてたり、俺に正面から文句言ってくる奴と一緒に週末や放課後に仲良く訓練したりかな?」
「訓練? 半人前の癖に半端な剣を教えてるなんてバレたら、ガンバトールさんとおじいさまにまた叩かれるよ?」
「あー……言い方が悪かった」
ヘンリーが後頭部をグシグシ掻きながら、困ったような笑みを浮かべる。
「どっちが上かハッキリさせただけだよ……剣も、家格も」
そういう事だろうと思った。
まあ腐っても貴族科出身だし、子爵の中じゃ上から数えた方が早いもんね。
剣の腕も恐らく、クリスと並んでるんじゃないかな?
実質の学年トップくらいはあると思う。
それにしても……
「はあ、何やってんの? そんなんだから、話しかけてくれる人が減るんだよ」
「ああ、口さがない連中はこれで黙らせたら良いんだよな? 流石スレイズ様! 良い事教えてくれたぜ」
「おじいさまは、そんな事の為に剣を教えてるんじゃないよ?」
「はっ?」
おじいさまの剣をそんな事に使うなんてと思って窘めたら、なんでって顔された。
「相手から手を出してくるように仕向ける口上も、恨みすら抱かないようにかつ怪我をさせずに力を分からせる方法も、その後に相手の心に俺に対して好意的になるようにする種を植え付ける後処理も全部スレイズ様が教えてくれたぜ!」
なにを教えているんだ、おじいさま……
ベルモントの人間ですら、おじいさま以外はそんな事をしないというのに。
ヘンリーの性格が変わったせいで、粗暴になったのかと思ったら……おじいさまに多大な影響を受けた上に、本人から指導までされていたなんて。
これは……
「エリーゼ様には、私から報告しておきます」
横でニコニコと話を聞いていたファーマさんの表情が険しくなっていた。
まあ、ファーマさんから伝えてくれるなら、別に良いか。
「でも……副委員長だけは、色々と口うるさいんだよなー。女だし、言ってる事も普通の事で正しく聞こえるから、こればっかりは力づくって訳にもいかねーから困ったもんだ」
「ふーん、そういう相手は大事にしなよ?」
「マルコがそう言うなら、そっちの方が良いのかもしれねーな。ただ、どうも苦手なんだよな」
そう言いながら、ちょっと嬉しそうに笑っていたので心配することは無さそうだ。
「それでは、頑張ってくださいね」
「うん、ありがとうファーマさん」
「ありがとうございます」
ファーマさんにお礼を言って、校門で分かれると教室に向かう。
「おはようございます!」
「おはようございます、マルコ先輩」
「おはよう」
校内に向かう途中で、新入生たちが挨拶してくれる。
なんか先輩って言われるのがちょっと、こそばゆいけど2年生になった実感が湧いて嬉しい。
そのうち、慣れるんだろうけど。
「あれが、ロイヤルファミリーの剣鬼子マルコ様か……」
「そんなに強そうに見えないけど」
「カッコいい!」
何やら、聞きなれない言葉が耳に入って来る。
ロイヤルファミリー?
いや、別に王族でも無ければ国王の隠し子でもない。
剣鬼子というのは辛うじて分からなくもないが、どちらかというと剣鬼孫か笑鬼子だと思う。
空飛ぶ箪笥の子じゃなくて良かった。
いや、そういうことじゃない。
その後も、チラホラとロイヤルファミリーとか、剣鬼子という言葉が聞こえてくる。
「有名人だなマルコは、俺もそんな二つ名が欲しいぜ」
「いや、二つ名とか要らないから。そもそも王族でも無いのに、ロイヤルファミリーって」
校舎の中に入っても、新入生たちからキラキラとした視線を向けられ気恥ずかしくなる。
「あの、おはようございますマルコ様! ちょっとよろしいですか?」
急に呼び止められたので振り返ると、僕より少し背の低い女の子がこっちに向かって緊張した様子で立っていた。
「どうしたの?」
「えっと……こ、これ」
そう言って女の子が、ちょっと豪華な封筒をおずおずとこっちに差し出してくる。
「果たし状か?」
肩越しにチラリと覗いたヘンリーが、失礼なことを言っている。
女の子が軽くヘンリーを睨んでいる。
なかなかに、気が強そうだ。
「よ……読んでください」
「あっ……うん」
それだけ言うと、女の子はトットットと走り去っていった。
手渡された手紙をひっくり返して裏を見て、溜息を吐く。
「恋文か! モテるじゃねーか」
「たぶん……これは違うよ」
「じゃあ、やっぱり果たし状?」
恋文にしても、果たし状にしても家印の入った封蝋なんて押さないよね?
1年の時も、たまに総合上級科の先輩とかから貰っていたけど、早い話がお誘いだ。
誕生会やらなんやらの。
で、基本的におじいさまとセットで参加して貰いたいと書いてあることが多い。
証拠に男の子からも貰った事もあるし。
子供を使って繋がりをもとうとするのは、甚だ結構だけど男から可愛い封筒を手渡された時の微妙な空気。
相手も、凄く微妙な表情で渡してくるし。
「取りあえずあれだ、変な手紙じゃないから必ず読んでくれ」
とか言って、走り去っていくから余計に微妙だ。
それから、ヘンリーと別れて教室に入る。
すでにエマとソフィアが登校していて、ベントレーと何やら難しい顔をして話している。
「おはよう」
「あっ、おはようマルコ!」
「おはようございます」
「おはよう」
中に入ると、途端に3人が笑顔になった。
気持ち引き攣っているが。
「マルコ、ちょっとこっち!」
そして、エマが手招きしてくる。
「どうしたの?」
「いや、なんか新入生からロイヤルファミリーとかって言われてるんだけど?」
「ああ、僕も朝言われた」
「私達もなんです」
エマとソフィアが話してくれた内容を要約すると、クリスとディーンは言わずもがな僕とベントレー、ジョシュア、エマ、ソフィアがセリシオの側仕えというか将来の側近候補としてロイヤルファミリーと呼ばれているとか。
いやいやいや……
それ、陛下とかフレイ殿下に聞かれたら不味くない?
勝手に陛下の親族を指すロイヤルファミリーとかって呼称するの。
「やあやあ、余が最も信頼のおける臣下の者達よ、集まって何を話しておる?」
……
噂の出所というか、この呼称の原因がすぐに判明した。
不満げな表情を浮かべたクリスと、苦笑いをしているディーンと一緒に御機嫌のセリシオが登校してきた。
その場にいた全員が、ジトっとした目を向ける。
他のクラスメイト達は、面白い事になったと考えているのかニヤニヤとしている。
皆、良い性格をしている事に2年目にしてようやく気付いた。
結局、僕やヘンリーに対する嫌がらせに加担していたのも、楽しそうだったという理由に違いない。
そういえば、ベントレーとブンド以外はそこまで積極的に危害を加えてくることも無かったし。
いや、ブンドですら傍観者と首謀者の間のような立ち回りだったし。
周囲の揉め事期待するような視線に、思わずため息が漏れる。
「殿下?」
「うっ、どうして睨むのだ? 親愛なるエマ嬢よ!」
エマの普段より1オクターブ低い声を聴いて、セリシオが思わず後ずさっている。
「そう言えば、先日新入生に囲まれておりましたが、どのような会話をなされていたのですか?」
「えっ? えっと……クラスで誰と仲が良いかと聞かれて、一緒に旅したお前達を家族のように信頼していると答えたような、そうじゃないような……」
最初からタジタジだったが、エマの視線が冷たくなるにしたがってセリシオの声がだんだんと尻すぼみになってくる。
「家族のように?」
「あ……ああ、余にとって、最大の賛辞のつもりだったのだが」
これが元凶か。
セリシオが僕達を家族のように思っていると答えた事で、新入生からロイヤルファミリーに等しい友人という有り難くない羨望を受ける事になったのか。
最悪だ……
その場にいたクリスとディーン以外の全員が額に手を当てて、首を横に振る。
「世間には将を射んと欲すれば先ず馬を射よという言葉あるのを、ご存知ですか?」
「あ……ああ、マスターから聞いた事があるな」
「彼等は誰と親しくなれば殿下の覚えが良くなるか、情報を集めるようにご父兄の方から頼まれのだと思いますよ」
エマが快刀乱麻を断つが如く、的確に状況をズバズバと言い当てていく。
そもそも、何故このような事に。
「いやあ、新しい貴族科の子達に是非挨拶をと父兄の方々に言われてな……そこで、後輩たちに囲まれてあれこれと質問されていまいち何をどう答えたか覚えておらんのだ」
この分だと、僕たちについてあれこれと他にも情報を漏らしているに違いない。
どうりで、新入生から彼等の親の差し金だろうラブレターが良く届くようになったわけだ。
聞けばソフィアやベントレー、ジョシュアにも届けられているとか。
意外なところで、そのターゲットにヘンリーも含まれていた。
彼の場合、貴族科から落とされたことで評価を落としたと思ったが、その分近づきやすいと思われているらしい。
主に貴族科の子の息の掛かった総合上級科の子爵や商会の子、普通科の商家の子かららしいが。
あっ、ベントレーの場合は普通のラブレターも紛れているけどね。
その後、余計なことを言うなというふうに全員でセリシオに約束させたが、ロイヤルファミリー騒動は沈静化することは無かった。
それどころか他のクラスメイトから、僕たちが詰め寄って殿下に諫言を浴びせかけた事が面白おかしく伝わって加熱する事態となり収拾が付かなくなったので、落ち着くまではセリシオとは臣下らしく無難な対応をすることになった。
「すまん、本当に悪かった」
そしてセリシオが僕達に謝ってしまったことで、この対応すらも拍車をかける結果に。
お花畑な後輩たちの脳内変換に手が付けられない事が、目下の僕たちの悩みだ。
今年は平和な1年を過ごせると思ったが、彼等の親たちもなにやら画策している様子。
前途多難だ。
仕込みは上々?
次話より、またのんびりと色々な視点を移動しながら1年を過ごして貰います。
出来れば50話くらいで、3年生に進級出来れば……長いなw
これからも、宜しくお願いします♪
うん、冒険者編はもう新しく後編とかでスタートさせた方がよさそうな長さ(笑)
はあ……どうして、こうなったorz