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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第110話:白馬に乗って海岸を走るあの人

「どうだい調子は?」

「やあ、旦那! どうもこうも、良くも悪くも無いですね」


 クエール王国王都、1軒の食堂で兵士の恰好をした男が店主に話しかける。

 馴染みのお店なのだろうか、店主の男性が気安い感じで返事をしている。


「旦那が贔屓にしてくれてるから、食っていけてるようなもんでさあ」

「それは言い過ぎだろう。それにしても、ようやく雨が降ったというのに、すぐすぐには状況は変わらないか」

「そうですね……どんだけ水が増えても、果物や野菜が実るのにはもう少し時間が掛かりますし、いま時期の野菜が少し良くなったくらいでさ。湖に水が戻っても、一度干からびちまったら魚も帰っちゃきやせんし」


 帰って来るはずがない。

 今頃管理者の空間で、悠々自適に泳いでいるはずだ。

 そして、仮に返って来たところで水魔法を自在に操る魚を誰が取れるというのか……


 兵士の男性が、こめかみの辺りを押さえる。


「返してくださいと言っても、素直には返して頂けないでしょうね」

「なんですか?」

「ん? なんでもない」


 溜息と共に漏れ出た言葉に、店主の男が首を傾げている。

 苦笑いで手を振って、勘定を促す。


「まあ、旦那みたいに下の方の兵隊さんが、昼間っから酒が飲めるんだ。平和ってことで」

「ははは、下の方とは酷いな。だが、まあ平和に勝るものはないな」

「でさあ! 旦那みたいにこうやって、街の人に声を掛けて回ってくれる兵隊さんが増えてくれたら良いんですけどね」

「私の場合は、暇潰しみたいなもんだよ」

「昼間っから、暇だなんて言って上司の方にしかられませんか?」

「大丈夫、上手くやるから。釣りはとっといてくれ」

「ありがとうごぜーます! 旦那愛してるぜ」

「ふふ、おだててもこれ以上、何も出せんぞ?」


 兵士の男が笑いながら、店を後にする。

 フラフラと道を歩きながら、街の隅々まで観察する。

 ストリートチルドレンは居なくなったが、未だに通りで物乞いをする大人は居る。

 長く続いた不況のせいで、無気力なのだ。

 というより、どうしたら普通の生活に戻れるかすらも分からない。


「不衛生だな。まずは彼等が住める場所を用意するべきか……仕事と一緒に」


 頭の中にメモをしつつ、どんどん進んでいく。


「クロの旦那! 寄ってかないかい?」

「どうした女将? 良い物でも入ったか?」

「ええ、とっときだよ!」


 しばらく進むと、揚屋……もとい、お姉ちゃんと仲良くなれる、1人につき1人の店員さんが付く形の完全個室の飲み屋のママさんが声を掛けてくる。


 兵士はクロと呼ばれているらしい。

 真昼間からそんないかがわしいお店に入る兵士というのも、どうかと思うが。

 それまでどこか抜けた表情をしていたクロは、店に入る瞬間にキリッと顔を引き締める。

 少しでも、お姉ちゃんに良い顔を見せるため……ではない。


「あらっ、こんな早い時間から来てもらえるなんて嬉しいわぁ」

 

 いつもの部屋に向かうと、扉がスッと空いてクロの腕を引き込む女性が。

 しなやかな白魚のような指先が、とてもなまめかしい。

 

「ふっ、今日は特に事件も起こっていないからな」


 そんな事を言いながら部屋の中に入ると、ピシャリと扉を閉める。

 完全防音の個室のなか、胸元まではだけたドレスを身にまとった女性が襟を正して跪く。


「報告がございます」

「なんだ?」


 クロは中にあった椅子に腰かけると、女性にも正面に座るように促す。

 ジッと、真ん前から彼女を観察するためではない。

 報告を聞くためだ。

 それでも、油断したら吸い込まれそうな胸元に視線がいってしまいそうな美女を前に、クロは腕を組んで目を閉じて報告するように顎をしゃくる。


「クエルマス東に位置する領地を持つバハマス侯爵が私兵を集めております。傘下の貴族にも声を掛けている様子」

「スタンビートでも起こったか?」

「目的地は、クエルマスです。王城に幽閉されている元第二王子のペペスを救出して担ぎ上げようとしている模様」

「くだらんな……本当にくだらん。真っ先に尻尾を振って来たと思ったら、やはりそんな事を考えていたか。そんな金があるなら、領地運営に使えと言ってあるのに」

「どうされますか?」

「来たら、迎え撃つまでさ」


 鋭い眼光を遊女……じゃなく、嬢に向けてニヤリと笑みを浮かべるクロ。

 嬢が思わずハッと息をのむくらいに、ニヒルで格好いい。


「他には?」

「あとは小さなことですがクエルマス西区の衛兵副長のラモスが、テヘペロ商会と手を組んで周辺商店の妨害を行っております。御用商人として、召し上げて貰う腹積もりのようです」

「そうか……テヘペロ商会は潤っているようだな。だったら、是非寄付をお願いせねばなるまい」

「多くの賄賂がラモスに送られているようですが?」

「それは証拠品として、是非回収せねばなるまい」


 数日後


「貴様がテヘペロ商会と手を組んで、西区の者達に色々と妨害をしていたことは知っているぞ! すぐに出頭しろ!」

「なにがクロさんだ! ただの下っ端兵風情が、西区副長の俺に嘗めた口を叩きおって! お前ら、であえであえいっ! 国家反逆罪の大罪人だぞ!」

「そうか、認めぬか……」

「1人で来た事を、後悔するんだな!」


 西区衛兵詰所にクロが完全装備で、乗り込んでいく。

 テヘペロ会長は既に捕まえてある。 

 そのテヘペロ会長を引き連れて、ラモスの悪行をつらつらと読み上げたところ、相手が逆上してこの状況。

 どこかで、よく見られる光景である。


 溜息を吐いたクロが懐から歪んだ笑顔で泣いている仮面を付ける。

 その瞬間に、周囲の時が止まる。

 そして、ラモス以外の全員が慌てて平伏する。

 当の本人だけが、辺りをキョロキョロと見渡して首を傾げている。

 

「余の仮面を見忘れたか!」

「なにい? 余じゃと?」


 ラモスがクロの表情をマジマジと見つめる。

 何かに気付いたのか、目を大きく見開く。


「へ! 陛下!」


 大声で叫ぶと、慌てて、その場に平伏する。


「ラモス、その方、西区護衛副長という民の生活を守る座にありながら御用商人を目論むいち商人テヘペロと結託して私腹を肥やし、あまつさえ、まっとうに商売を営む者どもを地位を利用して妨害し肩入れした商人の評判を上げようとするなど言語道断! 潔く腹を切れっ!」


 罪状を再度読み上げられ追い詰められたラモスがプルプルと拳が震える程握りしめて、俯いて唇を噛む。

 それから、覚悟を決めたような表情を浮かべて立ち上がると、剣を抜く。


「陛下がこんなところに居るはずがない! 皆の者、斬り捨てい!」


 周囲に向かって、大声で叫ぶが誰も立ち上がらない。

 全員が顔を見合わせている。


「いや、あれ本物だよな?」

「でも、副長が……」

「声も、一緒だし」

「演説の時に聞いた、ちょっと渋いけど力強いテノールだよな?」


 副長のラモス以外は、全員クロがクエール王国新王のクロニだと信じて疑っていない様子。

 いや副長のラモス自身、たぶん流れからして本物なんだろうなと思っている。

 が、本物なら本物で、自分には退路が無くなることは明白。

 だったら、ノリでいけるかなと。

 そんなものでどうにかなるほど、王の権威は甘くない。

 

 一国の王ともなると、滅多に市民に顔を見せることはない。

 が、即位の時や、兵士の入隊式、季節毎の行事では公務として、演説を行ったりする。

 しかも、珍しい仮面を付けた王様。


 ちなみにその仮面を真似して作ったりしたら、どこからともなく現れたお庭番……隠密に一瞬で仮面を叩き割られるので、絶対に模造品は出回らないのは周知の事実だ。


「あっ、陛下! 探していたんですよ! そしたら、こっちに来てるって話を聞いて。うちのラモスが不正を働いたらしいですね。この度は、私の監督不行き届き、誠に申し訳ございませんん」


 そこに汗だくで、西区護衛兵長が戻ってくる。


「ああ、もう終わったところだ」


 部下の兵達の行動は早かった。

 隊長が息を乱して飛び込んできて、仮面の男をみるやいなや「あっ、陛下!」と叫んだ瞬間には、平伏していた兵達が一瞬でラモス副長に飛び掛かりお縄に掛けていた。


「陛下、下手人を捕らえました」

「ご苦労であった」


 そう! この男はある時は街の下っ端兵士のクロさん、ある時はクエール王国国王クロニ、そしてある時はマサキの下っ端クロウニであった。


 こうやって、仮面で正体がバレない事を良い事に街を練り歩いて、情報を集めているのだ。

 顔にはスライムが張り付いていて、微妙に形を変えてある。


――――――

「陛下! お命頂戴いたしますぞ!」


 そしてそれから数日後、王城内にバハマスが私兵を連れてなだれ込んで来た。

 一直線に玉座の間まで来ると、ニヤリと笑みを浮かべて剣を突きつけてくる。


「そして、ペペス王子を救出して、あるべき姿にこの国を戻します」

「あるべき姿だと? 干ばつであえぐ国民を放置して、お前らのように国王にすり寄った貴族だけが、面白おかしく暮らせる国にか?」

「無礼な! フランク前国王を侮辱するなど! ええいっ、者どもやってしまえ!」


 バハマスの指示のもと、30人近い騎士が剣を抜いて襲い掛かって来る。


「ぐあっ!」


 そして、先陣を切った男の前を影が横切ると、男が脇腹を押さえて蹲る。

 短剣を逆手に持った、いつぞやの嬢だ。


「がはっ!」

 

 続く騎士達もその場に倒れ込む。

 同じく短剣を逆手に持った、身長190cmはある色男。

 マサキに吸収されて、飼い犬に成り下がった騎士団長コークス。


 2人ともかなりの手練れで、あっというまにバハマスの騎士達を切り捨てていく。

 それでも、追加の兵を乗り込ませクロウニの元に10人の騎士が襲い掛かる。


「ふんっ」


 2本のショートソードを片手に1つずつ持って、それを一瞬で切り捨てるクロウニ。

 舞うような動きで、次々と騎士を切り捨てていく。


「なっ……なっ……」

 

 次々と部下が倒れている様を、バハマス侯爵が唖然とした表情で眺めている。

 そして、その場に立っている反逆者はバハマス侯爵一人となる。


「おのれー!」


 やぶれかぶれで、剣を抜いてクロウニに向かっていくバハマス。

 それをクロウニがショートソードで強めに弾くと、バハマスが後ろに数歩ほどよろよろと後ずさる。

 体勢を崩したバハマスを鋭く睨み付けると、クロウニが口を開く。


「成敗!」


 そのクロウニの掛け声とともに、嬢とコークスがバハマスの目の前を交差し……バハマスがクルリと回転してその場に倒れ込む。


「ご苦労さん」


 すぐにマサキが現れると左手でバハマスを吸収して連れて行ってしまう。

 一部始終をずっと、タブレットを使って眺めていたらしい。

 毎度の事だが。

 たぶん次に会ったときは、領民第一主義の為政者となって帰って来る事だろう。


 クロウニが、遠い目をしながらさっきまでマサキとバハマスが居た場所を眺める。

 どこか生気が抜け落ちた目で。


 最初から、自分で来て回収してくれたらいいのに。

 良く分からんセリフ回しやら、演技指導もされるし。

 ちょいちょい終わった後に立ち回りの駄目だしとかもされるしなどと、詮無い愚痴を脳内でこぼしつつ溜息を吐く。


 この回りくどい寸劇に疑問を抱きつつも、マサキ様のことだからきっと意味のあることだろうと首を横に振って、目の前に並んで跪く嬢とコークスを労う。


――――――

「どうだ、調子は?」

「いやあ、ちょっとずつ良くなっているとは思うんですけどね。そう言えば、聞きやしたか?」

「ん?」

「となりのバハマス侯爵様、なにやら人が変わったように視察に精を出し始めたとか」

「そうなのか?」


 いつもの飯屋で昼間っから盃……じゃなくて、ジョッキを傾けながら店主と雑談するクロさん。

 店主の話では、バハマス侯爵が陛下に謀反を企てたが、寛大な処置に感動して生涯服従を誓ったらしい。

 そして、いまじゃ国力増強に尽力し、領民たちの生活改善や人材の育成に私財を惜しげもなく投げ打っているらしい。


「良い事じゃないか」

「まあ、王都も新しい陛下のお陰でそれなりに暮らしは良くなっていやすが、バハマス領はそれ以上に状況が良くなっているみたいでさ」

「ふふ、負けてられんな」

「何か、おっしゃいましたか?」

「いや、何も」


 そう言って、ジョッキの中身を一気に飲み干すと勘定を促す。

 そして、暖簾……じゃなくて、日除けのカーテンを捲って外に出ると、手で影を作りつつ空を見上げる。

 一通り太陽の光を浴びると、ゆっくりと歩き出す。


「その後ろ姿はほろ酔い気分で寒風にさらされつつも、日差しの確かな温もりをその胸に感じ、まだ見ぬバハマス領の今後の展望に期待を抱き、心から嬉しそうな様子のクロウニであった」


――――――

「なんですか、それ?」

「いや、締めには必要なんだよ」


 管理者の空間でタブレットを眺めていたマサキと、マハトールがそんな会話をしている。

 全てを解決し終えたあとのクロウニの状況を急に説明しはじめたマサキに、マハトールが突っ込みを入れている。


「昼間からお酒を飲むのはいかがなものかと……」

「あー、多少はそういう隙を見せた方が、人は油断して色々と情報を出してくれるもんだよ」


 マサキはここが一番苦労した。

 物凄く生真面目なクロウニ。

 そんな彼に、昼間から街をフラフラして酒を飲めと。

 そんな事、出来るはずがないと全力で抵抗されたが。


 あと今回は揚屋……じゃなくて、飲み屋で情報提供だった事も色々と言われた。

 昼間っからあんなお店、いや昼じゃなくても私には妻子があるのにと。


 ちなみにあの嬢は、いつぞやの邪神教の若い女だ。

 修道女にして、寄付金稼ぎを狙ったが効果覿面過ぎた。

 本気で口説きに来る男が多すぎるうえに、本人が完全に善行積むマシーンになっているので不幸な男性が増え始めたため、こっちに回した。

 

 全財産突っ込んで破産する男とか。

 しかも逆恨みで襲って来るみたいな。

 嫁と別れてまで、口説きに来た阿呆とか。

 無理矢理攫おうとしたものまで現れた。

 

 なんせ今じゃ隙だらけの、慈愛に満ちたシスター。

 もとは、とんでも悪女だけど。


 ある時は遊女、ある時は町娘、いろんな町人に扮してクロウニに情報提供している。


「それと、朝っぱらから浜辺を白馬で走らせる意味はあったのですか?」

「気分だ」

「よく、分からない気分ですね」


 流石にクロウニを攫って来て、朝から王様の服を着させて白馬でラーハットの海岸を走らせたのはやり過ぎだったらしい。


「先生、カッコいい!」

「俺も、コークスみたいになりたい!」


 クコとマコはドンピシャみたいで、たまにこうやってクロウニを見ていると一緒に横で見てはしゃいでいる。

 横と言うか、クコはいつも膝の上だけど。


 この映像はタブレットの記憶装置を使って録り溜めているので、いつかパドラに見せてあげよう。

 

 そう考えていまだ亡き父を思うクロウニが領地に残した娘と嫁の心情に、実は生きていることを伝える事ができず、少し切なさを思うマサキであった。


時間が無いので、ノープラン、ノープロットで1時間半で一気に書き上げた。

色々と問題作だが、後悔は無い(`・ω・´)b


いいぞいいぞ! もっとやれ! という人は、下から評価しろください!

ふざけるなという方は……ごめんなさいm(__)m


いや、まじですいませんorz

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