第108話:デート後半~
向かったお店は、普通の地方料理屋。
ベルモントの家庭料理を提供してくれるお店だ。
といっても、外食クオリティでだけど。
「さあ、どれにしよう」
「えっと……」
アシュリーがメニューを見て、目を彷徨わせる。
いや、アラカルトとか見ても、簡単には決まらないよね?
「お昼はコースというか、セット料理もあるよ」
そう言って、薄い一枚板のお品書きを差し出す。
いわゆる日替わり定食的なあれだ。
こっちには3品というか、定食のメニューが3つ。
大雑把に肉、パスタ、魚だ。
魚は輸入物で、しかも干物じゃないからちょっとだけ高い。
ちなみに、このメニューは一週間7日分の7枚をテーブル分用意して毎日使い回している。
木の板だから、字が掠れたり折れたりという事も無いし。
アシュリーの目が上から下、下から上へとメニューの上を移動する。
気持ち、魚で止まる時間が長い。
「パスタが良いかなー」
そんな事を言っているが、このメニューの中だとパスタが一番安い。
おそらく遠慮しての事だろう。
証拠にそう言ってる間も、時折魚料理の項目をチラッと見ている。
「ふふ、ここは魚料理も美味しいから、そっちがオススメだよ」
「えっ、でも……」
「僕がお肉と魚を両方食べたいんだ。お肉の方を多めに食べたいから、アシュリー魚を頼んでよ」
「えっ?」
「ちょっとだけ、交換しよ?」
「はいっ!」
僕の提案に、嬉しそうに返事をするアシュリー。
ほっぺたの笑窪が、ちょっと深めだ。
喜んでいるのが分かる。
「お待たせしました」
給仕さんが運んでくれたお皿に目を落とす。
うん、まあそうだよね。
「えっ、こんなに」
「まあ、普通そうだよね。大人の分量になっちゃうのは当然か」
子供用のメニューなんてないから、ボリューム満点だ。
僕の前に運ばれて来た木皿には鉄板が置いてあって、Tボーンステーキがジュージューと肉汁を飛ばしながら美味しそうな匂いを発している。
横には人参とマッシュポテト、他にサラダのお皿とパンが出てくる。
ソースは後から掛けるらしい。
大蒜と玉ねぎをベースに、蜂蜜と塩で味を調えて香草を磨り潰したものを混ぜているらしい。
ソースを掛けると、爽やかな甘い匂いが立ち上る。
アシュリーの方は、スズキっぽい魚の半身が乗っていた。
これも、結構大きい。
トロッとしたソースが掛かっている。
卵黄と蜂蜜、生姜と塩かな?
他には同じように香草を擦り潰したものと細かく砕いたパセリか。
そっちも美味しそうだ。
付け合わせは同じだったから、メインの料理を3分の1ずつナイフとフォークで切り分けて交換する。
「美味しい!」
「お肉柔らかい」
一般家庭の肉料理で牛といえば年老いて引退した農耕用の老牛を使うから硬くて筋張っていて、パサパサしたものが普通だが、これは食肉用に若い牛を締めた物だろう。
噛むと肉汁が溢れ出してきて、とっても美味しい。
アシュリーの魚の方も脂が乗っていて、それでいて濃厚なソースとマッチしてとても美味しい。
けど、別にこれなら塩とレモン汁でも良いかも。
目の前で一生懸命口いっぱいに頬張っているアシュリーを見ると、まあ良いかなと思うけど。
「お腹いっぱいです」
「そうだね、少し腹ごなしに歩こうか?」
「はいっ!」
それから、アシュリーと手を繋いで街を歩く。
適当にお店を覗きながらプラプラと歩く。
冬だというのにメインの通りでは大道芸の人が、上半身裸で火を吹いたり、火のついた棒でジャグリングしたりしているのを見たりもした。
「学校は楽しい?」
「はいっ! 友達もいっぱいできました」
少し冷えて来たので、武器屋喫茶じゃない喫茶店で温かいお茶を飲む。
アシュリーと学校での出来事をあれこれと話す。
「テンプト商会のお嬢様が通っているのですが、ちょっと我儘で皆が迷惑してます」
「そうなんだ、まああそこは今や飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してるからね」
「それもこれも、マルコ様のお陰だというのに」
オセロ村産業のお陰で、色々な商会もベルモントに拠点や支店を開いている。
テンプト商会はその中の1つで、割と早い段階で拠点をベルモントに移したところだ。
「あそこの商会長さんはしっかりとしてるから、少々面と向かって注意しても大丈夫だよ」
「流石に、それは皆仕返しが怖いみたいで」
「少し距離を詰めてみるのも悪くないと思うよ。もしかしたら、取り巻きはいても友達は居ないタイプかもしれないし」
「そうですかね?」
「うちの学校にも、結構居るし。そういうタイプ」
「そうなんですか?」
それから、王都の学校で起こった色々な事件を話しているうちに、外が少し暗くなってきた。
冬だから日が短いっていうのもあるけど、時間を忘れて話し込んでしまった。
「じゃあ、そろそろ送るよ」
「はいっ!」
アシュリーを武器屋喫茶まで送り届けてから、家に戻る。
「お帰りマルコ! さあ、お母さまの部屋にいらっしゃい!」
家に帰ると、お母様が待ち構えていた。
部屋に向かうと、少し遅れて侍女が2名程やってくる。
お茶とお菓子を持ってきてくれたらしい。
何故かその後、お母さまに勧められて同じテーブルに座っている。
「さて、今日のデートの首尾を話してもらいましょうか」
「マルコ様! どうでした?」
「上手くいきましたか?」
あー。
あまり娯楽がないこの世界で、子供とはいえ恋の話は格好の暇潰しらしい。
目の前にはテイーポットまで用意されていて、お菓子は大皿に入っている。
これは、暫く解放されないパターンだ。
それから1ヶ月近く、実家を満喫してから王都に戻る。
帰りはお母様が付いてくるらしい。
始業式までまだ1ヶ月近くあるが、今回は帰りにマーキュリー家による予定。
長期休暇の間、一度は母方の実家も顔を見せないと面倒くさそうだし。
――――――
「珍しいな、お主が生身でここに来るとは」
「ああ、ちょっとだけ時間が出来てね」
ジャッカスとローズに連れ出して貰って、プチキャンプと称して外泊。
ジャッカスの名声は、いまやベルモント領内では知らない人の方が少ないくらいなので、実家の許しも割と簡単に取れた。
目的は、魔王城に来るため。
「で、どういった用事じゃ? 念話だけでは駄目なのか?」
「いや、折角の長期休暇だから観光がしたくなってな」
「いっつも、暇そうにしておるではないか」
目の前で俺と普通に話しているおじさん……魔王だ。
魔族の中で一番偉い人。
「ただでさえ寒いこの季節に来るとは、中々おかしな奴じゃ」
「この部屋は暖かいけどな」
「ふっ……いきなりわしの私室に現れるとか、本当にどうかしておる。お主は一体何なのだ?」
「えー? 人?」
魔王が部屋で一人で本を読んで暇そうだったので、ダイレクトで部屋に訪れてみた。
魔王の手に握られていたのは、家庭菜園上級といったマニュアル本。
本棚に初級と中級があるところを見ると、その2冊は既に読んだのだろう。
「まあ、いいや。で、魔国の観光の目玉ってなんなの?」
「ある訳無かろう。別に他所から人が来る訳でも……いや? 人間から見れば珍しいものはあるな」
「へえ」
魔王が顎鬚をさすって、何やら思案する。
そして、思い出したように手を打つ。
「あれとかどうじゃ? 竜骨の丘」
「竜骨の丘?」
「まあ、早い話が竜の墓場じゃな」
「おお!」
竜の墓場か。
良い!
行ってみたい。
「そこには竜の骨とかあるのか?」
「ああ、勿論じゃとも! 夜になったらスカルドラゴンも現れるぞ」
「いや、そっちはちょっと……」
ある種の心霊スポット?
まあこの世界の場合、ゴーストやゾンビなんてのも居るから、それがホラーかどうかは分からない。
素材をギルドが買い取るから、普通の魔物のくくりになってるかも。
冒険者の大半がゴーストバスターズだな。
取りあえず、その丘に行ったら竜の骨ゲットできるって事か。
合成強化が捗りそうだな。
「他には?」
「昔魔王……まあ、わしの祖先と魔神が戦ったといわれる跡地とか?」
「そこには何があるの?」
もしかして魔神の身体の一部とかあるのか?
「いや、何も無いぞ? 奈落を彷彿させる深い穴があるくらいか?」
「ああ……至って、普通の観光スポット的なやつね。そう言い伝えられているって感じの」
「ロマンの無い奴じゃのう」
魔王が読みかけの本を閉じて横に置くと、本棚から一冊の本を持ってくる。
最初のページに見開きで地図があり、そこに書かれた場所の説明が書かれているだろうページ数が地名とセットで載っている。
「それって、結構な軍事機密資料じゃないのか?」
「あー……昔、人間との国交正常化を画策していた数代前の魔王が作った、観光ガイドじゃ。結局お蔵入りしたが」
観光ガイドって……
そんなものまで作っていたのか。
めっちゃ人間に嫌われているっぽいけど。
「ん? 魔族って基本人と仲良くしたいのか?」
「いや、一部だな。数代置きにわしみたいな、融和派の魔王が生まれるらしい。まあ、過激派や放置型の魔王がメインだが」
「実は過激派魔王の時に穏健派の人間代表が居たりしてな」
「そういう事も、あるかもな」
冗談だったのに、真剣に受け止められた。
真面目だ。
「魔王様、どなたかいらっしゃっているのですか?」
そんな感じで魔国の観光スポットというか、変わった場所を聞いていたら牛男がやってきた。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「えっ?」
「ほらっ、見つかると五月蠅そうだし」
「いや、見つかってもらわねば、わしの痴呆疑惑が」
「じゃあ、色々と有難う!」
魔王が止めるのも聞かずに、その場からドロンさせてもらう。
「魔王様?」
「なんじゃ?」
「どなたかいらっしゃっているようですが?」
「もう帰ったぞ」
「えっ? 私入り口の前にずっと居たのですが……」
「ああ、転移で戻った」
「その……転移陣も使わずにですか?」
そこは念話で話していたとかにすれば良いのに。
タブレットで、その後の魔王の様子を見ていると全てに正直に答えている。
転移魔法を使える人は、本当に少ないらしい。
魔族の中で転移が使えるものは、魔王城の衛兵なら全員把握しているとか。
「人間如きが転移魔法を使えるわけないじゃないですか」
「おいっ、勝手に入ってくるな」
――――――
「どうした、モーツアルト?」
「ああ、モートリアスか」
その日の夜、昼間に魔王の部屋にやってきた牛男が同僚の部屋を訪れていた。
モーツアルトと、モートリアスか。
他にもモーリスとか、モーゼとか、モーガンとか居そうだな。
「魔王様が昼間部屋で誰かと話していたんだけどさ……」
「どうせ、いつものじゃないのか?」
「ああ……それが部屋の中に入ったら、テーブルにご丁寧にお茶の入ったカップが2つ置いてあって俺なんて言ったらいいか」
「マジか?」
「ああ……」
「ほ……本当に誰か居たんじゃないのか?」
「直前まで入り口に居たんだぞ? 誰も部屋から出てきてない。窓も無い部屋だから絶対に出入り口からしか出入り出来ないのに」
「魔王様はなんて?」
「転移で戻ったとか……しかも、人間らしい」
「本当なら、そいつパネーな」
「本当ならな……」
「本当かな?」
「本当だと良いな……」
また、魔王の疑惑が1つ増えたっぽい。
――――――
「魔王様! 気分転換に出かけませんか」
部屋に籠りっぱなしなのが悪いと思ったのか、モーツアルトが魔王を外に連れ出す。
「たまには、竜の墓場で街を見渡してみるのも良いかと」
「そうだな。最近はここで本ばっかり読んでたからな」
主に農業の本だけどな。
魔王の読む本として、それがどうなのか凄く気になるところだが。
「あれっ?」
「どうしました、魔王様」
竜骨の丘。
確かに凄いところだった。
屍から瘴気が漂っていて、立っているのも辛い……事は無い。
左手で瘴気を吸収して、管理者の空間の一部に押しとどめながら散策したから。
一応使い道あるかもと思って、瘴気の一部を保管してあるけど。
とはえいイメージとはだいぶ違った。
普通に草花もあった。
冬なのに。
紫色の小さな花をつけた植物。
淡い緑色の葉っぱが可愛らしい。
そして巨大な骨があちこちに落ちてた。
宝の山だ。
ただ、骨だけ見ても種類が分からない。
一応、牙や角、翼骨や尾骨なんかを少しだけ持ち帰っておいた。
「なんか、少しさっぱりしてないか?」
「えっ?」
「欠損した骨が多いというか」
「気のせいでしょう。久しぶりだから、一部風化して風で飛んでいったのかも」
「そうかのう……」
モーツアルトの説明に、首を傾げながら足元の草を抜いてマジマジと眺める魔王。
「うーん、これを植えたら連作障害の対策とか出来ないかな」
魔王の口から、連作障害という言葉が飛び出す。
例に漏らさず、この世界にはそういった概念はまだない。
これも、勉強の成果か。
流石俺が貸した地球の農業の本。
勉強がてら一生懸命翻訳した価値があったってもんだな。
まあ、翻訳したのはクロウニとマハトールだけど。
「これは、なんていう意味ですか?」
「緑肥」
「緑肥とはなんですか?」
「草」
「草ですね」
「これは?」
「土着菌」
「それは?」
「菌」
「菌ですね」
といった感じで、いちいち質問してくるのが面倒くさかったけど。
上手く翻訳出来ていると信じている。
穀物が育たなければ、草を植えたら良い的な感じの訳をしてた気がする。
その草の選択を間違えたら、種子に障害が出たりするけど。
まあ、その変はフィーリングで翻訳してくれているだろうし、魔王なら分かってくれるだろう。
そういった理解力を求められるあたりも、上級者向けの本ぽいな。
俺は読んでないけど。
「さてと、そろそろ戻るかのう?」
「はっ」
一通り見て回って満足したのか、魔王がモーツアルトと城へ帰っていった。
「魔王様が、よく分からない事を言っていた」
「よく分からない事?」
「なんたら生涯とかって」
「なんだろうな……」
「大丈夫かな?」
心配事が一つ増えたらしい。
バルログさん、早く頑張らないと魔王が本当にボケるぞ?