第107話:とある冬休みのベルモントでの1日
「楽しかったわ! また来ますね!」
「今回も色々と発見出来て良かった」
台風のような王族たちは、嵐のように去っていた。
次の標的のラーハットに向かって。
今回は付いて行かない。
覚醒したヘンリーがやらかさないことだけを、祈っておこう。
ヘンリーよ、健闘を祈る。
フレイ殿下達が去って行った翌日。
――――――
Side:マサキ
AM:2時
場所:ギルド地下訓練場。
俺はいま、ギルドの地下でジャッカスと向かい合っている。
仮面を付けた姿で。
お馴染み、スレイズの家から拝借した狐の仮面。
特別に夜中は閉まっている地下を開けて貰った。
B級冒険者でベルモントの冒険者ギルドの稼ぎ頭の1人となっている、ジャッカスの威光で。
名目上は、ジャッカスの師匠がたまたま戻って来たという事で。
ジャッカスがどれだけ成長したかの、確認の為に来たのだが。
無理を言って開けてもらった代わりに、ギルマス立ち合いという条件で。
「子供?」
「マスター……失礼なことを言うもんじゃない。これでも、この方は立派な大人ですよ」
俺を見てギルマスが首を傾げていたが、ジャッカスが苦笑いして説明する。
中身は大人だから間違っては居ない。
流石にジャッカスよりは若いが。
ジャッカスはいま36歳、今年37歳になる。
「まあ、ジャッカスの言う事なら間違い無いのだろうが……お初にお目に掛かります、ベルモントのギルドでマスターを務めておりますグレアゴスです」
グレアゴスと名乗ったギルマスは、歳は50代くらいだろうか?
引退した歴戦の戦士を思わせる風貌をしている。
髪は……ちゃんとある。
筋肉も、まだまだしっかりと付いている。
切りそろえた短髪は少し白髪が混じっているが、それでもまだまだ若々しい。
海苔というにはちょっと細いが、太く立派な眉毛が特徴的だ。
目も奥二重でキリッとしている。
背が恐ろしく高いが。
2mくらいあるんじゃないだろうか?
子供の俺からすれば、巨人だな。
「初めまして、マサキと申します」
「変わったお名前ですね。どこかの部族の「余計な詮索はやめてください。折角師と会えたのに、こんな事で機嫌を悪くしてもらいたくないので」
「す……すまん」
この世界では割と珍しい名前かもしれないが、無い名前ではないらしい。
ただ、ジャッカスが追及を上手く躱してくれたので、余計な嘘を吐かなくて済んだ。
なかなかに、空気を読めるようになってきた。
良い事だ。
いや、元々そういった方面では素質はあったかな?
「まあ、今回は弟子の無理を聞いてもらってますし、気にしてませんよ」
「寛大な対応、痛み入る」
見た目子供だからか、マスターもどう扱って良いか困っているらしい。
とっとと終わらせて、とっとと街に出るか。
まずは粘鉄蚯蚓と鉄甲毒百足の力を借りずに手合わせする。
粘鉄蚯蚓はジャッカスの剣になっていて、鉄の刃のついた甲を複数重ねた鎧をまとっている。
伸縮することで鞭剣にも直剣にもなる優れ物のうえに、彼自身の判断で自由自在な攻撃を行う事が出来る。
そして手甲の代わりになっている鉄甲毒百足は、自動防御と衝撃を使っての迎撃を得意とする。
まずは、純粋なジャッカスの成長から。
「行きます」
ギルドの地下は砂が敷き詰められていて、ジャッカスが踏み込むとジャリっという音が鳴る。
これは、楽で良いな。
飛び込んできて真っすぐ振り下ろされた木剣を、左手に持った同じような作りの木剣で簡単に弾く。
剣の腹で斜めに受けて衝撃を受け流し、そのまま身体の左側に進むよう捌くとがら空きの背中が見える。
「おいおい、本気で来ないと意味が無いぞ?」
その背中に剣を軽く振るうと、ジャッカスが後ろも見ずに鉄甲を付けた左手で受ける。
肩の上から背中を掻くような形で伸びた左手に、思わず感心する。
かなり関節も柔らかくなっているようだが、それでいてしっかりと力を伝える事が出来るようだ。
「ほうっ?」
そのまま俺の剣を弾いたジャッカスが、回転しながら俺の側頭部に剣を振るって来る。
左手に持った剣を鉄甲を滑らせるようにして、自分の顔の横に持ってきて右手の掌で剣の腹を押さえてその攻撃を受ける。
衝撃が軽い。
「ふふ、油断しましたね?」
ジャッカスがそのまま右手の手首を返して、俺が持った剣と俺の顔の間に自分の剣を差し込んでくる。
首を傾けてどうにか躱すが、軌道を変えて顔目がけて振って来たそれを……右足を軸に円を描くような足捌きで左足と左肩を引きながら身体を寝かせて躱す。
「えっ?」
「確かに油断はしていたが、問題無い」
右手をついて、左足でジャッカスの足を払うとそのまま回転して右の後ろ蹴りを顔面に叩き込む。
咄嗟に左手を出してきたので、その手の下に蹴りの軌道を変え右膝裏で腕を挟み込むと前転して全体重を使ってジャッカスを地面に引きずり倒す。
「ゲッ!」
地面にうつぶせに倒れ込んだジャッカスの背中に前転の勢いのまま素早く乗っかると、後頭部にしこたま木剣を叩き込む。
「痛い! 痛い!」
30発くらい叩き込んだところで、のいてやる。
「確かにかなり強くなったな……が、まだ見てからでも対処できる」
「うう……かなり鍛錬を積んだのですが、まだまだですか」
「正直、驚いた。ここまで強くなるとは」
粘鉄蚯蚓と鉄甲毒百足の戦い方を、それなりに吸収しているようだ。
それと、足腰がかなり強くなっているのも分かった。
これはあれだな……
蟻に運ばれての強制移動のせいだな。
高速で移動する蟻の上で、踏ん張って姿勢を維持してきたお陰だろう。
「嘘……だろ? ジャッカスが子供扱いだと?」
ギルマスが驚いているが、師匠なんだから当然だろう。
続いて、粘鉄蚯蚓と鉄甲毒百足を使っての模擬戦。
「今度こそ」
「ああ、楽しみにしている」
実質1対3……だけど、まあ問題無いかな?
「では「いつも、先手を打たせてもらえると思うなよ?」
ジャッカスが攻めるより先に、地面を蹴って斬りかかる。
慌てて右手の剣で、俺の持った木剣を防ぐ。
と同時に粘鉄蚯蚓が巻き付いてこようとしたので、それより先に剣を下に引っこ抜くと突きを放つ。
鉄甲毒百足の自動防御と、インパクトで吹き飛ばされる。
素早く体制を整えるが、同時にジャッカスも突っ込んで来ていた。
そして振るわれた剣が伸びて、こちらに迫って来る。
咄嗟に木剣を前に出して、それを受ける。
今度は巻き付かれた。
「取った!」
「馬鹿が!」
剣を手放して、敏捷強化と筋力強化を使って一瞬で肉薄。
「えっ?」
「お前の剣は俺の剣に巻き付いているから、片手が塞がっているだろ?」
「なっ!」
そして左手の掌底を顎に向けて放つ。
ジャッカスの左手がそれを受ける。
残念、その掌底は囮だ。
そのジャッカスの左手を掴むと、鉄甲毒百足がインパクトを放ってきたので左手で吸収する。
「うそっ」
「マジだ」
すでに俺の右手はジャッカスの腹に触れている。
そのまま吸収したインパクトを、右手から放つ。
「ぐはっ!」
ジャッカスが思いっきり後ろに吹き飛ばされる。
が、俺は左手を掴んだまま。
少し遅れて俺も吹き飛ばされたジャッカスに引っ張られたが、その勢いを利用して右膝を顎に叩き込む。
防御するための左手は俺が押さえている。
右手の剣は、まだ吹き飛ばされた衝撃でジャッカスの手から離れている。
防ぐ手段もなく、俺の右膝は見事に顎に直撃。
さらに右肘を頭頂部に叩き込む。
そして左手に力を籠める。
身体が軽いから、ジャッカスでも十分に俺を支えられる。
そして身体が浮き上がったところで、右膝を引いて左膝をジャッカスの左側頭部に叩き込む。
左手を放して、勢いのまま回転してジャッカスの背中を右足で蹴り飛ばす。
俯せに倒れ込むジャッカス。
ゆっくりと、その背中に座る。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
両手で後頭部をタコ殴り。
「参りました」
「いやいや、十分だよ。これだけ強くなってたら、A級冒険者も目の前かな? ねっ、グレアゴスさん?」
「えっ? あっ! えっ?」
目の前の光景が信じられなかったのか、ギルマスが目を見開いて固まっていた。
「弟子の成長を体感出来て良かった」
「あっ……えっ? あっ、はい」
あっ、はいってなんだよ。
気が抜けるな。
取りあえずジャッカスに手を差し出して、引き起こす。
「正直最初の方が動きが良かったな。武具に頼り過ぎだ」
「すいません……どうも、でしゃばると邪魔になるかなと」
「上手く付き合っていけ、全部合わせてジャッカスという戦士になれるようにな」
「はいっ!」
ジャッカスが元気良く返事するのを聞いて、地下を後にする。
後ろで叫び声が聞こえる。
「ジャッカス! あれは誰だ!」
「誰だって、紹介しましたよね? 私の師匠です」
「つ! 強すぎだろ! もう一回紹介してくれ! 是非、このギルドに!」
「マスターは多忙なので、一カ所には留まらないんですよ」
「ええ! なら、たまに来て依頼を!」
「私に、師匠のスケジュールを変更できる訳無いでしょう」
そんなやり取りを聞きながら、ギルドを出たところで転移で一気にベルモントの寝室に戻る。
そして、寝る。
AM:6時
場所:ベルモント邸
「おはようございます」
「おはよう、アシュリー」
アシュリーが起こしに来てくれたので、さっさと着替えて中庭に出る。
すでに、マイケルが準備を整えている。
久しぶりに、マイケルとも手合わせをする。
「ほうっ、今日はえらく変則的な動きをするな」
正直、スキル無しの剣での格闘だとどうしても、マイケルに後れを取る。
時折体術も混ぜてみるが、左手や剣の柄頭で簡単に捌かれる。
そして、防御と攻撃が一体となっているマイケルの反撃が、俺の身体を掠める。
「今日は、身体の調子が凄く良いみたいです」
「こりゃ、うかうかしてたら一撃くらいそうだな! もう1段階あげていくか」
まだ、強くなるのか。
先が見えなさすぎて、不安だ。
スキルを使えば……まあ、勝てるだろうな。
虫達も合わせたら、確実に勝てるだろうが。
剣を軽く振るう。
「ふっ……敢えて、乗ってやるか」
誘っているのがバレバレだった。
が、まあマイケルなら乗ってくれると思っていた。
胴を薙ぐように払った剣の軌道を変えて、側頭部に向ける。
と同時に左足で胴に蹴りも放つ。
剣と剣、肘と足がぶつかる瞬間に左のフックも側頭部に放つ。
同時3点攻撃。
「甘い!」
マイケルが顔を後ろに下げた瞬間に顔の前で拳を開いて。
「なっ!」
左の掌でマイケルの視界を塞ぐと同時に剣と足の軌道を変える。
胴を狙った左足を太ももに振り下ろすように、ローキックを放つ。
さらに右の剣は軌道を側頭部から脇腹に向かって振り下ろすように変化させる。
「かたっ!」
まるで大木を蹴ったような感触。
まったく効いていないことは、見るまでもなく分かる。
そして剣の方は……
肘で叩き落とされた。
見てもないはずなのに……
顔を塞いでいた左手が、払われる。
そして目が合う。
ニヤリと笑ったマイケルの顔が、最後の記憶……
「くそっ……」
管理者の空間で、思わず悪態をつく。
また負けた。
ていうか、ベルモントの奴等強すぎだろ!
意識を失うと同時に、管理者の空間に戻る。
正直、俺の意識はマルコの身体と紐づけされていないから気を失う事は無いが……
身体が完全に動かせなくなった時点で、普通なら意識を失っているだろうことは理解出来る。
タブレットで見ていたマルコが、ニヤニヤとこっちを見てくる。
「スキルが使えたら勝てた」
敏捷強化と、筋力強化があれば足にダメージを与える事も出来ただろう。
右脇腹に剣を叩き込むことも……
いや、こっちは不確定要素だな。
ただ、飛び道具系のスキルを脇腹にぶち込めたのは確かだ。
ただ純粋な肉体勝負なら、完全に負け。
あと一歩どころじゃない。
こればっかりは、マルコの身体の成長に期待か……
「負け惜しみ言っちゃって」
「良いのか、笑ってて」
俺がボコボコにされたのが、よっぽど嬉しいのかマルコがニヤニヤとしていたが。
「明日からの訓練は、多分一層厳しくなるぞ」
「あっ……」
マルコの顔がサーッと青くなる。
今のマルコに必要なのは、訓練だから別に良いけどさ。
「それよりも、早く戻らないと今日はアシュリーとデートだろ?」
「そうだった!」
そして、すぐにぱあっと明るくなる。
本当に単純で、扱いが楽だ。
――――――
Side:マルコ
AM:9時
場所:ベルモント邸
ご飯を食べ終えたので、部屋に戻って着替える。
うん、今日はこれで良いかな?
冬だから、一応ハーフコートも羽織ってみる。
鏡を見てみるけど、なんかいまいち。
そういえば……
マントを引っ張り出す。
毛糸を編み込んだもので、内側から左肩で一カ所、右肩に一カ所ボタンがあってそこで止めるタイプ。
南米の人が来てそうなあれ。
マラカスもった人が好きそうな。
アミーゴみたいな感じ?
地球でいう東南アジア系の民族衣装だけど。
アシュリーは一旦家に帰って着替えてから、待ち合わせ。
今日は土曜日なので、アシュリーもお休みなのだ。
ワクワクする。
戻ってからの最初の土日は、アシュリーは学校の課外授業の一環でキャンプに行ってたし。
この街の学校はキャンプ好きだよね。
領主様にお願いして、キャンプ撤廃してもらおうかな。
お父様だけど。
だめだめ、アシュリーも楽しみにしてたみたいだし。
それからフレイ殿下達が来て、バタバタして夕方もゆっくりお話し出来なかったし。
久しぶりに、しっかりとお話出来る。
取りあえず、待ち合わせは9時半だからもう行かないと。
場所:ベルモント 中央噴水広場
9時25分、待ち合わせまであと5分。
アシュリーはまだ来ていないみたいだ。
今回は気を遣ってくれて、護衛の人達はちょっと離れたところにいる。
代わりに、人数が増えたけど。
いつもはファーマさん1人か、ローズとファーマさんの2人。
今回はその2人に加えて、トーマスと警備隊長のヒューイさん。
まあ、居ないものとして扱おう。
今更僕に襲い掛かるような人は居ないと思うし。
何よりも、今の僕なら大抵の大人でも対処できそうだし。
噴水広場は街の丁度中心にあって、待ち合わせによく使われる場所。
周囲には台車を利用した出店も、結構ある。
朝早いから、まだ皆準備を始めているところだけど。
「おはようございます、マルコ様!」
お店の準備をしていた人が声を掛ける。
40代くらいのおばさん。
手にはバナナが握られている。
「おはようございます」
「こんな早くからお出かけですか? お腹空いてませんか?」
「えっ? いや、ご飯食べてきたから」
そういってバナナを差し出してくるおばさん。
どうやら、果物屋さんらしい。
とはいえ、食事をとったばかりでそこまでお腹は空いていない。
「そうですか……」
「あっ、でもちょっとお腹空いたかも」
少し寂しそうな表情をしたおばさんが、バナナを下げる。
なんか悪い気がしたので、空いてないけど、お腹空いた事にした。
「じゃあ、これ! とっても、美味しいですよ」
「うん、貰うよ! いくら?」
「やですわ! いつも領主様にも、マルコ様にもお世話になってますし、是非食べて貰いたくて」
「いや、売り物ですよね? 悪いですよ」
「子供が遠慮なんて、しなくて良いんですよ!」
そう言って、強引にバナナを手渡された。
目の前でジッと見つめられる。
今すぐ食べろって事か……
仕方ないので、目の前で皮を剥いて食べる。
甘くておいしい……けど、喉が渇く。
バナナにかじりつく姿を、おばさんが嬉しそうに見ているので取りあえず美味しそうに食べるよう努める。
そしたら、目の前に影が差す。
アシュリーかな?
顔を上げると、今度は別のおじさんが
「おっ、坊っちゃんじゃないですか。珍しい! バナナですか? 美味しそうですね」
「うん、とっても甘くて美味しいよ」
「じゃあ、後で貰おうかな」
「ふふふ、うちのバナナはとっても甘いのよ!」
「それは、楽しみだ」
おじさんとおばさんが、仲良く話している。
食べ終わったバナナの皮は、おばさんが受け取ってくれた。
「そうだ、バナナ食べたら喉が渇いたでしょう。これ、うちの朝取り搾りたての葡萄ジュースです」
そう言っておじさんが、コップに葡萄ジュースを注いで届けてくれる。
「えっと」
「勿論、タダで良いですよ! ベルモントは税金も安いですし、このくらいさせてください」
また、ただで貰ってしまった。
まあ、丁度良かったけど。
「美味しい!」
「それは良かった」
「あら、それも美味しそうね! 私も後で頂こうかしら」
「ああ、おれっちの葡萄ジュースは絶品だぜ!」
そう言って、2人とも満足したのか笑いながらお店の準備に戻っていった。
その後も、何人かの人が商品を持ってきてくれたお陰で、かなりお腹が苦しい。
「おはようございます、マルコ様!」
そして、ようやく待ち人がやってきた。
ちょっと遅刻だ。
「すいません、遅くなってしまいました」
「良いけどさ……仕事じゃないときくらい、普通に喋っても良いんだよ?」
「いけません! 他の人の目もありますし、何より普段から気を付けないと、屋敷で失敗します」
そう言って、ムフーっと鼻息荒く詰め寄って来るアシュリー。
いや、そうじゃなくて……
僕が今迄みたいに、気安く話して貰いたかっただけなんだけど。
ちょっとだけ、アシュリーとの間に壁を感じて寂しくなる。
「でも……代わりに、こうします!」
そう言ってアシュリーが、腕を絡ませてきた。
「ふふ」
「あー、ふふ」
急に腕を組んで来たのでちょっと恥ずかしかったけど、アシュリーが嬉しそうだから良いか。
トーマスが警備している方から、ちょっとだけ殺気を感じる。
トーマス、頑張って殺気の主を押さえてくれ。
たぶん、その主はトーマスだろうけど。
「おやおや」
「可愛らしいです」
そのままアシュリーと腕を組んで、街の商業区に買い物に出かける。
アシュリーも家でマスターと一緒にご飯を食べて来たらしい。
街を歩いていると、住民の人達が笑顔を向けてくれる。
微笑ましいものを見るような、優しい瞳で。
「アシュリーの服可愛いね」
「マリア様に貰ったお給金を溜めて買ったの」
この日の為に、用意したらしい。
淡いパステルグリーンのワンピース。
色が薄いから肌寒そうに見えるけど、意外と生地はしっかりしているらしい。
そして、ピンクのポンチョを羽織っている。
首周りがモコモコしてて、温かそうだ。
少し長く伸びた栗色の髪を1つに結んでポニーテールにしているけど、後ろから見ると濃いピンクと薄緑の生地をバックに揺れる金髪が良く映えている。
「今日は何を買うの?」
「うーん……」
悩む素振りをしつつも、アシュリーがチラッと足元に視線を落としたのを見逃さない。
いや、見逃したけど。
マサキが教えてくれた。
冬だけど、アシュリーの靴が大分擦り切れてて、雨水とか染みてきそうだと。
ただ、基本靴はピンキリだけど、安くはない。
そして、いまアシュリーが足元に視線を落とした事で、彼女が靴が欲しいのだろうという事は理解出来た。
「決まってないなら、靴屋さん行かない?」
「えっ?」
「そろそろ新しい靴が欲しいかなって思って、アシュリーも何か買ってあげるよ」
「いや、悪いです」
「気にしないで、いっつも僕のお世話してくれるのに、お給金だしてるのお母様だしね! ほんの気持ちだと思って」
「ええ……」
うーん。
微妙な距離感。
領主の子供って事を意識して、少し遠慮するようになったのが本当に寂しい。
「その代わり、僕に選ばせてよ!」
「うん!」
そこまで言って、ようやく首を縦に振ってくれた。
どうしたら、前みたいに戻れるかが課題。
というか、2人っきりの時だけでいいから、遠慮を無くせる様に頑張らないと。
それから、靴屋さんに入る。
前まで製造業者はツンフトという組合、ギルドみたいなものがあってそこに参加していないと販売は出来なかった。
ただ、この仕組みは閉鎖的で、生産力の発展の妨げになるので解散させたけど。
代わりに靴の専門販売店を作って、そこに自工房の作品を持ち込み売り込んで契約する形に持って行った。
持ち込まれた物が良い物であれば販売店が買い取る形で、これならば店を構えなくても良いし誰でも売れる可能性が出てくる。
売り込み先も数カ所なので、納品もしやすいし。
特に人気商品ともなってくると値札に製作者の名前を添えて、靴の中に刻印も入れるようにした。
一種のブランド化だ。
ブランドとして認識されれば価格も上がるし、安定して売れるので皆が皆より良い物を作ろうと頑張っている。
中には革靴が得意な人や、ブーツが得意な人、ヒールが得意な人も居る訳で。
革靴なら〇〇、ブーツなら△△みたいな感じでその道の専門職人も増えて来た。
普通の靴工房の時はどんな人がどんな靴を買いにくるか分からなかったので、色々な種類を作らないといけなかったが、これによって生産者側もコストが抑えられ技術の向上にも役に立っている。
「これとかどうかな?」
一通り見て回ってアシュリーが2回以上視線を向けたものを、差し出す。
ファーがついた、ショートブーツ。
皮を3重に張ってある、防水にも優れてそうなブーツだ。
「えっ……でも、これ結構値段が」
ピンク色に着色してあって、靴ひもの先には可愛いボンボンが付いている。
「きっと似合うと思うよ! お金の事は気にしないで良いから。流石に靴一足分のお金くらい稼いでるし」
お母様が管理しているけど意外とオセロ村産業が好調で、売り上げの一部がアイデア料として入り始めた。
とはいえ、これはマサキが稼いだようなものだけど。
今回、お母様とマサキの両方から許可を頂いて、デート代を多めに貰ってきているから大丈夫。
ジャッカスからお小遣いも貰ったし。
マリーとヒューイさんからも。
あと帰る前におばあさまにも貰ったし。
おじいさまは……お金じゃ無くて、ナイフを渡されたけど。
正直、いまいった収入全てを足しても買えない業物だけど、母方の祖父であるエドガーおじいさまの剣があるからあまり使う事は無いと思う。
「誕生日にはこっちに居ないから、プレゼントって事で」
「うん!」
試しに履いて貰う。
「ピッタリ!」
「良かった」
アシュリーはその場で靴を履き替えて、デートの続きを楽しんでくれるみたいだ。
本当に喜んでくれているのが分かるから、嬉しくなってきた。
それから、昼食を取りにまた大通りへと向かう。