第106話:誕生会
「ほー……凄いもんだな」
蝶達が編隊を組んで飛んでいき、ピタリと羽を広げた状態で静止する。
綺麗なリピテーション。
土蜘蛛に教えて貰ったが、どうも彼女のスキルの【虚ろなる網】で捉えているらしい。
実物の糸と違って、念じて消す事も出来ると。
網が消えると、蝶達が等間隔で上空に螺旋を描いて舞い上がる。
蝶の羽が気が付くと、白一色になっていた。
その上の方に居る蝶は間隔を開けてホバリングしている。
そして、その羽は赤い。
模様を操れるようになったのかな?
いつの間にか網の裏にスタンバっていた蜂達が、その螺旋の中心から一列に並んで上空に真っすぐと飛び上がる。
背中に白い布を背負っている。
そのまま一本の柱のように立ち上ると、先頭のジョウオウが火を掲げる。
「さあ、あそこに向かって息を吹いてごらん」
いつの間にかトトの背後に移動していた土蜘蛛が、そっと教える。
言われたように、トトが上空に向かって息を吹きかける。
フワッと炎が揺れたかと思うと、ポッと消えてしまった。
あー、バースデーケーキを模していたのか。
そのまま蝶達がヒラヒラと崩れるように、地面へと降りていく。
そして、低空飛行でパッと広がったら、中央に台座に乗せられた大きなケーキが。
3段重ねのホールショートケーキ。
子供達には鉄板だな。
正面にはチョコレートの板に「誕生日おめでとうトト!」と書いてあった。
なかなか、洒落た事をするじゃないか。
「凄い!」
「わぁ! 大きなケーキ!」
「美味しそう」
トトは感嘆の溜息を吐き、クコとマコがキラキラとした目でケーキを見つめている。
そして、ラダマンティスが鎌を振るうと、真空の刃で4等分に切り分けられるケーキ。
蟻達がケーキサーバーで、ケーキを皿に移していく。
蜂達が風魔法で倒れないように、援護している。
完璧だ。
崩れることもなく、倒れることもなく皿に乗せられたケーキが運ばれてくる。
最初に運ばれるのは主役のトト……じゃなく俺。
まあ、俺が全員の主だから当たり前といえば、当たり前だが。
どう見ても、他の3つより小さい。
その次に運ばれたトトの3分の2くらいしかない。
あー、ラダマンティスなら均等に切り分けられると思ったけど、失敗したのかな?
たまにはそういう事もあるよな?
クコとマコのはちょっとトトより小さいけど、全く同じサイズ。
うん……そういう事だろう。
まあ、別に良いけどね。
大人だし。
いや、別に小さいのが不満なんじゃ無いんだ。
出来れば、自分の意思で分けてあげたりしたかったなと……
まあ、いいや。
俺の目の前のショートケーキには苺が7つ乗っている。
「ほらっ」
トトに3個、クコとマコに2個ずつあげる。
「良いのですか?」
「わーい!」
「有難う!」
トトが遠慮気味にこっちを見て来たが、気にする事は無い。
ここの主の俺は、苺なんていつでも食べられるし。
まあ、いつでも食べられるから、あまり食べないけど。
「生クリームケーキですね」
「ああ、十分美味しそうだ」
トトが笑いながら、俺のケーキを指で差してくる。
そのケーキを切り分けてもらって、一口だけ味見。
うん、物凄く美味しい。
そこらへんの地球のケーキ屋よりもよっぽど。
「おいしいいいいい!」
「甘い! 幸せ!」
「うん、これ、凄く美味しい!」
子供達も大はしゃぎだ。
とはいえ、とても大きなケーキ。
皆持て余してしまうのは分かりきっていたから、皆の分も先に切り分けて貰っている。
保存できるように、食べられる分だけ残して他は蟻達に運んでもらう。
この空間にあるかぎり、痛むことは無いが。
気分的に冷蔵庫に入れてもらう。
割高ポイントで手に入れた、日本産。
不要だけど、気分の問題だ。
「俺の分は、トトに預けるから皆で分けて食べるんだぞ」
仮に均等に分けて貰っても、子供達に譲るつもりだったから良いけどさ。
それから蜉蝣達が、淡い色の羽をベールのようなものを張っている。
後ろから光が空けて見えるのが、とても幻想的だ。
そして、その蜉蝣の後ろでウサギが……
ウサギ?
と思ったら、パッと形が変わって大きな口を広げている狼……
ああ……影絵か。
誰が?
蟻と蛞蝓と蚯蚓?
器用だな。
お城のような物が出てきたり、お姫様……なぜ蜂の形をしているんだろう。
ドレスを着たお姫様が出て来たり。
「わあ!」
「凄い凄い!」
クコとマコが大はしゃぎしている。
うんうん、子供ってこういうの大好きだよね。
丁度、蜻蛉の胴の部分の影が格子状になっていて邪魔になるかと思いきや、アクセントになっていて面白い。
たまにその格子を利用して、躍動感のある動きが……
なんて言ったら良いか……
蜉蝣が羽を広げたまま横に移動することで格子が動いて、登場人物達が駆けっているように見える。
いまは、馬が背中に王子を乗せて走っている。
どうやっているんだろう……
ああ、土蜘蛛の糸にしがみついてるわけな。
重労働だな……
裏側を覗くと、蟻と蛞蝓と蚯蚓の組体操……
見るんじゃなかった。
「なになに?」
クコが俺を追いかけて来たのを、捕まえて所定の席に戻る。
「皆が頑張っていたから、邪魔しちゃ駄目だよ」
子供達がジッと見て居たのに、唯一我慢できなかったのが大人の俺とか。
みんなが一生懸命、頑張ってくれたお陰で3人とも大満足したようだ。
土蜘蛛達も本当に嬉しそうだ。
そして、日が暮れたあたりで土蜘蛛が「そろそろですね」と言ってきた。
そろそろ帰るって訳じゃないよね?
だって、蛍捕まえたもんね。
出てきました、虫達が色々な楽器を持って。
なるほど、虫達のオーケストラね。
野外だけど、蚊も配下だから刺される心配が無いってのは良い事だ。
うんうん……
そして始まる音楽祭。
今回も配下の中でも最大級の大きな蟻が手に手袋を嵌めて、グラスの縁を撫でて音を出している。
お馴染みのグラスハープだ。
そして、ハンドベル集団。
吹奏楽器は……おお、器用に風魔法を操って鳴らしているのか。
弦楽器は抑える係と、弾く掛かりで。
カブトはシンバルと大太鼓。
土蜘蛛のスティック捌きは反則だろう。
リズミカルに、人間ではまず無理なバチを6本持ってのドラム。
ラダマンティスは……あー、トライアングル。
しかも鎌で鳴らすのね。
楽器が持てない?
頑張れ。
ピアノは……
大顎か……
無敵だな。
4和音もなんのその……
いや、足一本につき鍵盤2つ割り当てとか。
混乱しないのかな?
産まれた時から、この足と付き合ってますから?
頼もしい。
それにしても、素敵な音色だ。
そして音に合わせて、舞いを踊ってくれる蛍達。
相当に特訓されたのだろう。
水魔法との合わせ技。
光る噴水。
幻想的な風景に、思わず煩わしい事を全て忘れてしまいそうになる。
トトの為の誕生会なのに、しっかりと俺もクコもマコもおもてなしされてしまった。
そして、最後はカブトのシンバルの音で音楽がピタリと止まり……
蛍が空高くに舞い上がり……
カブトがドーン! と大きな音で大太鼓を鳴らした瞬間……
爆発!
えっ?
はっ?
そして火花が複雑な動きで、綺麗な花を咲かせている。
色取り取りの、様々な形の花……
大丈夫なのか?
っていうか、自爆?
違う?
火魔法を蛍の前で放ったあと、光魔法で強化と変色を施した光を灯した蛍が、決められた動きをしているだけ?
生きてる?
良かった。
「これで私達の出し物は終わりです。本当におめでとうトト」
「ああ、これからも主を支えてやってくれ」
「期待している」
「いずれは妾と主様の……」
ジョウオウの言ってる意味がよく分からないが、御三家であるカブト、土蜘蛛、ラダマンティスも本当にトトを大事に思ってくれているようだ。
お父さん、涙が出て来た。
皆が、心優しくて。
「うう……私も、マサキ様に拾って頂いて……皆に出会えて、本当に嬉しい」
トトが泣きながら、土蜘蛛やカブト、ラダマンティスに抱き着き……ジョウオウの前で一瞬戸惑ったが、抱きしめていた。
「ふふ……トトは素直で良い子だな」
トトに後ろから近付き、頭を撫でる。
それから、予め用意していたプレゼントを取り出す。
「これは、俺からだ」
「有難うございます」
トトが目の端の涙を拭って受け取る。
開けてくれないのか……
まあ、貰ってすぐ開けるのはみっともないと思ってるんだろうな。
目の前で反応が見られないのは、ちょっと寂しい。
ちなみに中身は、トトとクコとマコの身分証。
しかも人間の国の。
ぶっちゃけマルコの身体を借りて、領主の息子の権力全開で作らせた。
保護者もおらず、孤児として育ってきた彼女達には戸籍も身分証も無い。
ましてや獣人というか、亜人が人の街での身分証を手にいれるのはかなり難しい。
とはいえこれだけだと寂しいので、今頃部屋の中にピアノが運び込まれている頃だろう。
意外な事に蜂が楽譜が読めるので、先生は蜂がやってくれるらしい。
以前の温泉の時もそうだが、トトは楽器に目が釘付けになっていた。
おそらく、自分でも奏でてみたいと思っているだろう。
そう思って、ピアノにした。
他には、私服を5セット程。
採寸は土蜘蛛だから間違いない。
今回は虫作じゃなくて、地上で買い揃えた。
虫達が作ったのは物が良すぎて、下の世界じゃ普段着に向かないというか……
それから……まだあるのかって?
トクマに相談して用意して貰った、火の魔石が付いた指輪。
簡単な火魔法が使える。
本当に簡単な物。
火花から、マッチの火、最大はバーナーくらい。
寿司を炙るのに使うタイプの小型のバーナー。
攻撃魔法って程じゃない。
もし、ここ以外で料理する事になったら役に立つかなって。
色々と俺の身の回りの世話もしてくれるし、日頃の感謝の気持ちをと思って揃えて行ったらかなりの数になった。
そして、最後に額縁が2つ……
中身は無い。
まあ、必要になるだろう。
何故かって?
「おねえ……わたし、これ……」
「トト姉、俺からも……買い物とか出来ないし、手作りだけど」
そう言って2人が用意したのはトトの似顔絵。
絵だけだと寂しくて嫌だと2人に言われたので、本物の花を張りつけたりしている。
ちなみに、山の木々とか空間内の植物は季節の移ろいとともに姿を変えるが、任意で状態保護出来る。
だから、この花は一生色あせる事は無い。
この世界にある限り。
「ありがとう……2人とも」
トトがクコとマコを抱きしめている。
クコの絵には、クコと並んで手を繋いでいるトトの絵が。
可愛い花に囲まれて楽しそうだ。
空に小さなひまわりが張り付けてある。
太陽のつもりらしい。
雲は綿で。
子供の発想力って本当に自由で良いよな。
一方マコの絵は、クコとマコの間にトトが居る。
うんうん……
そういえばクコの絵にはマコ居なかったような……
居る?
この背後で棒を持った棒人間がマコ?
2人でマコの訓練を見ているところ?
そ……そうか。
そっくりだぞ?
マコの絵は……良くも悪くも、男の子の絵だ。
なんというか、色彩感覚が素晴らしい……が途中からなんか色が減ってきているというか。
トトは全力だというのが伝わってくる。
クコとマコの部分も。
そして、周囲の景色も3人の周りは。
ただ、外側に向かうにつれて。
空は白いし。
うん……
良いけどね。
肝心のトトが立派に書けてるし。
そして、それらの絵を入れて飾るための額を置いて来た。
使ってくれると嬉しい。
――――――
後日、トトの部屋から夜な夜な怪音?が聞こえる。
そうか……防音にしておく、いやこれから徐々に上手くなっていくだろうし。
毎日、成長が感じられて良いかも。
最初だけは我慢……
寝なくても良いけど、夜寝る時は最初だけ、耳栓を。
いつか、トトを真ん中に置いて、虫達の音楽合奏会が開けると良いな。