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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第1章:転生~幼少編

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第12話:蟲の王

第1章エピローグ的な話です。

 ハベレストの森の奥地、村と呼ぶには拙い集落がある。

 一応そこに集落があるということは、国として認識はされている。

 ただ、国として管理するつもりもないため、そこで生活することを容認している状態だ。


 原始的な生活を営み、狩と採取に頼って生きている者たち。

 いわゆる、原住民と呼ばれる人たちだ。


 取引をしても得られるものは無く、かといって通貨も存在しないその集落に訪れる商人は居ない。

 国としても、放置を決め込んでいるため徴税といったこともしない。

 むしろ税を取り立てにいくだけでも、それなりの経費が掛かる。

 周辺の魔物の強度。

 そして、森の奥深くという立地。

 こんなところに行政官を派遣するくらいなら、街で机にしがみ付かせて他の仕事をやらせた方が良い。

 

 地図には載っているが、それでも徐々に市井の人々には忘れ去られていった。

 行政に携わる者たちですら、そんな場所もあったなといった認識程度しかない。


 そんな秘境の集落に、壊滅の危機が訪れていた。

 普段であれば、狩りの対象となっている魔物。

 当然そこに暮らしているのだから、その集落の戦士たちは準備さえ整っていればその辺の魔物に後れを取ることは無い。


 この場所で最強の名をほしいままにしてきた地竜と呼ばれる、大型の蜥蜴。

 硬い鱗と、鋭い爪、さらに強靭な顎を持つやっかいな魔物ではあったが、戦士たちはそんな竜もどきですら狩って帰る。


 様々な病原菌を持っているため、咬まれたら命の保証は無い。

 無いが、その集落の者達はそんな蜥蜴を相手に長い事この地で暮らしてきているのだ。

 それなりに抗体も付いていた。


 だがアレは違った。


 戦士の槍は鱗に傷一つ入れる事はできなかった。

 その爪を受けたものは、文字通り身体が引き裂かれた。

 病原菌なんて関係ない。

 その牙を受ければ、身体を食いちぎられる。

 物理的に、死ぬのだ。


 それを発見したのは偶然だった。


 集落から離れた場所で、木々がへし折られているのを見つけた戦士が周囲を探索し、そして地面に横たわるソレを見つけた。


 通常の地竜が1m50cmから、大型のもので3mほどなのに対し、それは全長で優に5mは超えていた。

 夜行性のため、深い眠りについているようだった。


 即座に仲間を集め、地竜に槍を突きたてる。

 その時集まったのは5人。


 そして無事に戻ってきたのはただ1人。


 全ての槍を、鱗は簡単に拒んだ。

 そして、その衝撃で目を覚ましたそれは、ゆっくりと瞼を開き見つける。

 餌を。

 

 大地を揺るがすような咆哮。

 鬱陶しい小虫を払うかのように、振るわれる尻尾。

 それだけで3人が戦闘不能に陥った。


 助かったのはこの3人のうちの1人。

 もっとも遠くに飛ばされた者。


 なんでこんなところで寝ているのだ?

 寝ぼけた頭を振りながら、周囲に目をやる。

 全身が痛みを訴えている。

 何かを咀嚼する音が、耳障りだった。

 そして、それが目に入る。

 食事を楽しむ巨大な地竜。

 

 意識が一気に覚醒し、そして恐怖が襲ってくる。

 慌てて、その場を離れようと後ろに下がる。

 足元でパキリという音が鳴る。


 一瞬、彼の方に目を向けた地竜だったが、すぐに興味を失うと目の前の肉塊に喰らい付く。

 先ほどまで、一緒に歩いていた者たち。

 笑いながら、まだ見ぬ狩りの成果を楽しそうに予想していた仲間たち。

 その友たちの代わり果てた姿。


 悲しみも、喪失感も覚えない。

 あるのは、ただただ恐怖のみ。


 見逃された。

 その事実に、戦士としての矜持はへし折られた。

 

 逃亡者。

 臆病者。

 失格者。

 それらのレッテルを貼られる事を分かっていながらも、逃げずにはいられなかった。

 里に知らせないと。

 

 すぐに対策を……いや、もう集落は捨てるしかない。

 あそこは、奴の進路上にある。

 アレの背後には、道が作られていた。

 木がへし折られ、草が倒され、邪魔なものを無視して進んできたのが分かった。


 その道が集落に向かっているのはただの偶然かもしれない。

 だが、奴は人の肉の味を覚えた。

 人の臭いを覚えた。


 ならば、これからは確実に里に向かうだろう。

 伝えねば。

 逃げねば。

 里が亡ぶ。

 子供たちが……女たちが……死ぬ。


 そして、彼は痛む身体に鞭を打って、急いで集落に戻ったのだった。


――――――

クレバーウッド(知恵ある大樹)よ、安心してほしい。奴はこの俺と、弟のドラゴンクロウ(竜の爪)が引き受ける」


 集落の奥にある、少し大きな藁葺の家。

 そこで、老人の前に二人の若者が膝を付いて頭を下げる。

 囲炉裏の火がパチパチと弾ける音が、静かな部屋に妙に響く。


「あのシルバーウルフ(銀の狼)が、臆病風に吹かれる相手だぞ? やれるのか?」


 老人には大よそ似つかわしくない、屈強な身体を持った男性が目を細める。

 立派な髭を蓄え、横には捻じれた杖を持っている。

 値踏みするような視線に対して、正面の男は強い意志を持った瞳で返す。


「この村から遠ざけるくらいなら」


 だが、出てきた言葉は消極的なものだった。

 ここは倒してみせる! と言い切ってもらいたかったのだろう。

 表情を和らげ、鼻で笑う。


「俺たち2人が、あの5人と比べてそこまで勝っているとは言わない。だが、里では最強だ」


 確かに目の前の男は、この里で一番強い。

 その体躯は2m近くあり、肉弾戦において他の追従を許さない。

 それでいて、魔法まで使える。

 

 ここ数世代で見ても、3本の指に入る戦士だ。


ゴッドウォーリア(神の戦士)よ……死ぬか?」

「おそらく……」


 その男が死を覚悟して、村から遠ざけるのが精一杯といっているのだ。

 もう少し驕ったところで、誰も何も言えない力を持っている。

 それだけの力を持ちながら、的確に状況を判断できるが故に分かる。

 族長であるクレバーウッドに対して、遠回しに状況は絶望的だと伝えているのだ。


「通常の倍の身体を持つ地竜だ……強さは倍と言わぬだろう。そして、村でも上から数えた方が早い5人のうち4人が……いや、シルバーウルフも戦士としては死んでいる。文字通り全滅だ」

「ふむ……共に逃げるか?」

「どこに?」

「大地を統べたつもりの、傲慢な者たちに助けを求めるのも一つの手じゃが?」


 クレバーウッドが言っているのは、シビリアを名乗る者たちの事だろうと若者はすぐに判断する。

 それは脈々と受け継がれてきた、伝統ある生き方を全て捨てると言っているのと同義だ。

 彼らには町に住んで生活するだけの知恵も常識も無い。

 悪手だ。

 どうせ良いようにこき使われるのが、見えている。

 下手をせずとも、普通の生活すら望めない。


 そんな事は認められない。

 勿論、クレバーウッドもそんな事は分かっている。

 分かってはいるが、集落の長という立場にいる彼をもってしても、いまここでこの2人を失うは惜しいと思わせたのだろう。


 その族長の言葉に対して、若者は無言で首を横に振るのだった。


「分かった……じゃが、できれば生きて帰れよ? 頼んだぞ、ドラゴンファング(竜の牙)ドラゴンクロウ(竜の爪)よ」


 族長に見送られて、2人が里を後にする。


――――――

「いいのかクロウ? お前は別に里に残っても良かったんだぞ?」

「ああ、確かに今度の相手は強敵かもしれないが、兄者と2人なら生き延びる目もあるかもしれないだろ?」


 弟の言葉に、ファングが苦笑する。

 そんな可能性は万に一つも無い事は、2人とも百も承知だ。


 今回の作戦はシンプルだ。

 寝込みを襲って、両目を潰す。

 いやできれば殺してしまいたいところだが、残念なことに歴戦の戦士たるシルバーウルフが敵の戦力を見誤る事は無い。

 そして、5人とも鱗の1枚を剥ぐこともできなかったのだ。

 柔らかいところを狙うしかない。


 手傷を負った地竜は、相手が自分より格上でない限り地の果てまで追い続ける。

 だから地竜の目を奪ったあとは、ひたすら里と反対の方向に逃げ続けるだけ。

 そんな単純だが、最も効果的ともいえる作戦を持って臨むのだ。

 生き延びることはできても、帰る事はできない。

 森の奥に2人で、ひたすら突き進む。

 地竜を相手にしなくても、絶望的だろう。

 

 まあ1秒でも長く、1歩でも遠く里から離れるという強い意志を持ってはいるが。

 

 そして、目的地に着く。

 (ふいご)を鳴らすような音が聞こえてくる。

 おそらく、4人の戦士を食って腹も膨れたのだろう。


「気持ちよさそうな、寝息を立てやがって」


 ファングの横でクロウが苛立たし気に呟く。

 唇に人差し指を当てファングを黙らせると、なるべく音を立てないよう草木を掻き分け鼾のするほうに向かう。


 開けた場所。

 そこに横たわる、巨大なソレを見て思わず息を飲む。


「で……でかすぎるだろ」


 弟の正直な感想に、思わず頷く。

 想像以上。

 これに挑んだというだけでも、シルバーウルフは賞賛に値する戦士だった。

 そう思わずにはいられない。


 地面に広がる血の跡を見て、ファングもウルフも顔を顰める。

 少し乱暴ではあったが、気の良い仲間たちだった。

 骨も残っていない。

 沸々と怒りが湧き上がってくるのを、努めて抑えると地竜をじっと見据える。


 眠っているのに、感じる強烈なプレッシャー。

 だが、やれる。

 やるしかない。


 無言で顎をしゃくると、クロウがゆっくりと移動を開始する。

 巨大な地竜の頭を挟むように、両側から近付く。


「【風の刃(ウィンドカッター)】!」


 ファングが手を翳し、魔法を放つ。

 掌から放たれたそれは、地竜の顎の下あたりに着弾し土ごと頭を弾く。

 直接ダメージを狙ったわけではない。

 突然の衝撃に、顔を持ち上げ目を見開く地竜。

 

 その目に向けて、2人が同時に突きを放つ。

 寸分違わず瞳に向かって放たれたそれは、音を置き去りにして瞳にせまり……瞼に阻まれる。


「瞼まで硬いのか! だがっ!」


 即座に槍を寝かせて、瞼の隙間にねじ込んだファング。

 手ごたえは浅い。

 瞼に挟まれたようだが、刃を血が伝っている。


 瞳に傷は付けられたようだ。


「クソッ! 失敗だ!」


 そして、反対側から聞こえてくる弟の苛立った声。

 どうやら、あっちは失敗したらしい。


 直後ファングが凄い勢いで引っ張られる。

 慌てて槍から手を離す。

 

 地竜が瞼で槍を挟んだまま、首を大きく振ったのだ。


「クッ!」


 クロウが転がるように、地竜の陰から出てくる。


「片目だけでも上等だ、逃げるぞ!」

「すまん」


 ファングの言葉に申し訳なさそうにしつつも、村と反対側に一直線に2人で駆け出す。


「【岩石弾(ロックショット)】!」


 置き土産とばかりにクロウが、大きな石の散弾を地竜にぶつけて駆け出す。

 一瞬の足止めにはなったらしい。


 地竜は突如顔にぶつかってきた石の礫に、一瞬困惑して固まる。

 だが、すぐに状況を把握する。

 攻撃されたのだ。

 目の前を走る2匹の生き物。


 先ほど美味しく頂いた、餌の仲間と思われるそれらに。

 しかも傷まで付けられたので。

 そのプライドは大きく傷つけられた。


 怒りに飲み込まれ、最大級の咆哮を上げる。

 2人が思わず止まりそうになる足に、思いっきり力を込める。

 そして、負けずと叫ぶ。


「「うおおおおおおおお!」」


 気迫と気合で、プレッシャーを跳ねのけ全力で走る。

 無論巨大な蜥蜴が、人より遅いわけは無い。

 だが、彼らは魔法を使う戦士。

 敏捷を強化し、魔法で足止めしつつ森の奥へと走る。


 通り抜けた木々も障害物となって、多少は蜥蜴の速度を遅くする。

 徐々に差は広がりつつあることに、安堵しながらも足は緩めない。


「グオオオオオオ!」

 

 だが、次の瞬間に予期せぬ事が起こる。

 地竜が再度雄叫びを上げた瞬間に、背後から強烈な衝撃を受ける。

 地面を転がりながらも、即座に体勢を整えて背後を振り返るファング。

 そして見る。


 螺旋状に捩じり倒された木々を。

 草々を。


「ブ……ブレスだと!」

「これは、予想以上に……」


 そこまで口にして、固まる。

 少し離れたところに居た地竜が、跳んだのだ。


 翼があるわけではない。

 純粋に脚力だけで。


「やばい! 散れ!」

「おうっ!」


 すぐに2人が離れるように、両横に飛ぶ。

 そして、地面を揺るがす爆音とともに巨大な影がその場所に降ってくる。


 大量の土埃が、辺りを舞う。

 自分を挟むように困惑の表情を浮かべる2匹の餌を見渡し、地竜が笑ったように見えた。


「ぐはっ!」

「クロウ!」


 そして、地竜の顔に意識を集中していたクロウに死角から、尻尾が襲い掛かる。

 弾かれるクロウ。


 助けに向かおうとしたファングが、即座に足を止める。

 見ている。

 嬉しそうに地竜が、ファングを見ていたのだ。


 奴は知っている。

 いまだドクドクと血が流れる左目を奪った人間を。

 クロウは、まだ立ち上がれずにいる。

 

 そう、地竜は完全にファングを標的にしたのだ。


――――――


 無理だ……


 これでは完全に無駄死にだ。


 それでも、ファングは最強の戦士だった。

 纏わりつく死の気配を振りほどくように、大きく叫ぶと腰の剣を抜く。


 本来は槍の使い手だが、剣を使わせてもそれなり以上。

 さらには魔法もある。


 こうなったら、少しでもダメージを与えてやる。

 そう決心し、石の礫を飛ばし、風の刃をぶつけ、剣で斬りかかり……吹き飛ばされる。

 地竜の咆哮一つで。


 木に身体を強く打ち付け、吐血する。

 骨が折れたのが自分でも分かる。


 どうにか立ち上がるが、身体に力が上手く入らない。

 それでも剣を向ける。

 最後まで戦って死ぬ。

 それが、戦士だ。


 死ぬ瞬間まで睨み付けてやる。

 そう決心し、迫りくる地竜の牙目がけて剣を振り……剣はあっさりとその牙に噛み砕かれる。


「兄者!」

「起きたか! ならば、里に走れ! 長に俺は失敗したと伝えろ! そして逃げろと!」


 ようやく体勢を整えた弟に視線を送り、逃げるように叫ぶ。


「できるかよ!」

「できるできないじゃない! やれ! 今なら言える! シルバーウルフは真の勇者だっ」


 最後まで言葉を発することなく、大きな手で地面に叩きつけられるファング。

 

「くそっ! いま行く!」

「く……来るな……」


 肺を潰され、喋ることもままならない状況でどうにか出た言葉。

 その言葉を聞いても突っ込んでくる弟を見て、こんな状況なのに笑いが込み上げてきた。


 馬鹿め……

 まあ、俺でも同じことをしただろうな……

 そんな事を考え、思わず嬉しさを感じつつ、目の前の景色に違和感を覚える。


 目の前に迫る地竜の頭に、突如として影がかかる。


 そしてさらにその上から聞こえてくる、この場に似つかわしくない高い少女のような声。


「大物、発見です!」


 子供の声だと思われるそれは、地竜の頭の上から聞こえてきた。


「えっ?」


 弟の間の抜けた声が聞こえる。

 そして、金属がぶつかる音。


「硬い! 硬すぎるでしょ!」


 こっちを見ていた地竜が、背後に首を回す。


「おっと、先客が居ましたか」


 地竜の背中から転がり落ちてきたのは、10歳にも届かないだろう小さな男の子だった。

 綺麗に切りそろえられた金髪、青い目。

 そして、上等な衣服。


 あまりにも場違いな乱入者に、俺の薄れかかった意識が少しだけ戻る。


「おいっ! 小僧! 逃げろ!」


 クロウが子供に向かって叫びながら、駆け寄ってくるのが分かる。

 シュッという風の音が聞こえる。


 地竜が尻尾で攻撃をしたのだろう。

 

「き……消えた?」


 だが、地竜のその攻撃は空を切ったらしい。

 不意に体が軽くなる。

 どうやら、地竜の足が俺から離れたらしい。


 満身創痍で起き上がる事もできない。

 喋ろうとすると、口から鉄臭い液体が零れ落ちる。


 これは……無理か?

 半ば生存を諦めかけた時、耳元で声が聞こえてきた。


「あー、酷い怪我ですね」

「グッ」


 返事すらできない。

 霞む景色の中に、先ほどの子供の輪郭だけが浮かび上がる。


「とりあえず、キュアバタフライさんたちお願いね」


 子供が右手を振ると、数匹の蝶が現れ周囲を飛び回る。

 青い光を放つ鱗粉を振りまきながら。


 急速に体から痛みが引いていくのが分かる。

 意識もすぐにはっきりしてくる。


「あれっ、貴方たちの獲物ですか?」


 のんびりとした子供の質問に、思わず呆れてしまった。

 どう見ても、今は俺が獲物だったと思うのだが。


「いや……見ての通りだ」


 俺の答えに、子供が首をコテンと傾げる。

 くそっ。

 言葉で言わせんなよ。


「里から離すために挑んだが……この様さ……、お前もとっとと逃げた方が良い。あれは、強すぎる」


 俺の言葉をどう受け取ったかしらないが、目の前の子供は無邪気に笑ってみせた。


「じゃあ、僕が貰ってもいいって事ですね?」


 言っている意味が分からない。


「兄者! 大丈夫か!」


 すぐに弟が駆けつけてくれた、俺に肩を貸そうとしたがそれを手で制すとスッと立ち上がる。

 どういった手品か知らないが、完全に傷が治っている。

 まだ流した血の分、少しけだるいが。


「ああ、どうや……んっ、ちょっと、待て」


 喉に込み上げてきた血を地面に吐く。

 内臓のダメージもどうやら、完全に治ったように思える。


「この蝶たちのお陰で、傷は治ったらしい」

「そうか……良かった」


 地竜を相手にしているというのに、余裕が感じられる。

 いや、時間的な余裕があり過ぎる。


 不思議に思って地竜に目をやる。


「なんだ……あれ?」


 今日何度目か分からない、驚愕に目を見開く。

 視線の先で馬鹿みたいにデカい甲角虫が、地竜と対峙していた。

 これ以上の脅威とか、いらないのだが。


 こんなの、どっちが勝っても襲われたら里が亡ぶだろう。


 地竜の爪をものともせず、体当たりをする甲角虫。

 立派な角を持っている。

 その角を嫌がるように、地竜が爪を払いながら距離を取ろうとしているが、すぐに詰められる。

 戦い方が妙に上手い。


「いや、それよりもこの子を連れて逃げない……あれっ? 居ない?」


 ふと、横を見るとさっきまで居た子供が居なくなっていた。


「兄者……あそこ」


 弟の震える声が聞こえてくる。

 その視線の先、上空から子供が降ってくるのが見える。


 槍の穂先に足を掛け垂直に。

 そして、途中で槍を蹴り飛ばす。

 本人は、空中で何かに弾かれたかのように弾んでいる。

 

 網?


 よく見ると、光を反射する糸が編み込まれた網が見える。


 槍は地竜の背中に刺さる事なく弾かれる。


「うはっ、やっぱ無理だこれ! ヘルアントたち、手伝って!」


 槍がはじかれたというのに、嬉しそうに笑う子供。

 そして次の瞬間、子供の手から大量の大きな蟻が生まれる。

 地面に付いた瞬間から、地竜に向かいその身体をよじ登っていく。


 地竜が、身体を激しく揺らすが離れる事は無い。


「なんだよあれ」


 弟の呟きから気持ちがよく分かる。

 さすが兄弟だな……俺も同じことを思った。


 無数の金属の擦れる音がする。

 どうやら、蟻の群れが地竜に噛み付いているらしい。


 さすがにたまらなくなったのか、地竜が地面を転がり回り蟻を引き離そうとする。


「うわっまずいな、大丈夫かな?」


 地竜の傍からそんな呑気な声が聞こえてくる。


「カブト!」


 子供の声に呼応するように、甲角虫が空を飛び上空から地竜を押さえに掛かる。

 それよりも一瞬早く、地竜が咆哮を上げる。


「うわあああっ!」

「やばい!」


 強烈な衝撃波が子供と甲角虫を襲う。

 虫はどうにか空中で踏みとどまっていたが、

 子供が木に向かって吹き飛ばされる。

 

 無意識に駆け出していたが、目の前で信じられないような事が起こる。

 

 ボフッという場違いな音が聞こえ、子供が宙に浮いていたのだ。

 いや、よく見るとそこにも網のようなものが張られている。


 そして、黒い大きな影が木の上から降ってくる。


「ひっ!」


 思わず声をあげてしまった。

 どうやら、この森は地獄と化してしまったらしい。

 人間など丸齧りしそうな蜘蛛が降ってきたのだ。


 子供は巣に捕らえられている。

 絶望的な状況。


 どうすればいい?


「はははは……俺たち、死んだな」


 弟が、初めて見せる諦めの表情。

 幼かったころの弟の顔を何故か思い出した。


「ごめんごめん、油断した……っていうか【重咆哮(ヘヴィ・ハウリング)】まで使えるかあ」


 子供が蜘蛛に向かって片手を上げると、蜘蛛が8本の脚で子供の身体を包み込む。

 あちこちをペシペシと叩いてるように見える。


「大丈夫だって! 土蜘蛛のお陰でどこも怪我してないから! ああ、お前たちも平気だから」

 

 俺の怪我を治してくれた蝶たちが、彼の周りを心配そうに飛び回っている。

 俺の時よりも、遥かに多い光る鱗粉をまき散らしながら。


 駄目だ……

 状況を一度整理しないと。


 まず、馬鹿みたいにデカい地竜相手に一歩も引かないあのデカい甲角虫は子供の言う事を聞いていた。

 そして、目の前の人すら簡単に捕食しそうな蜘蛛は子供を助けて、あまつさえ身体に怪我が無いか心配までしているように見える。

 蟻たちは言わずもがな、子供が呼んでいた。


 何者だ?


「グオオオオオ!」


 子供がダメ―ジを負っていない事が分かると、地竜が苛立たし気に雄たけびを上げ突っ込もうとする。

 だが、またも巨大な甲角虫が行く手を阻む。


 地竜の全身を蠢く虫たち。

 数匹がその身体を離れ、主である子供のもとに向かっている。

 背中にキラキラと輝く鱗を乗せて。


「おお! 剥がせたの? 偉い偉い!」


 子供がその様子を見て、無邪気にはしゃいでいる。

 先ほどまでの死の気配が嘘のように、薄まっていくのを感じる。

 果たして、これは現実なのだろうか。


「さすがに、このお祭りに呼ばないのは可哀想だよね?」


 お祭り?

 なんの事だ?

 呼ばない?

 誰を?


「おいで、ラダマンティス!」


 次の瞬間、子供の右手から巨大な何かが飛び出す。

 凄い速さで宙を駈けるそれは、地竜とすれ違い……何かを振るう。

 そして空を舞う、地竜の尻尾。

 大分鱗が剥がされていたのだろう。

 綺麗な断面を見せながら血しぶきを上げるそれを見て、半ば夢でも見てるのはという気持ちになる。


 そして止まった何かは、頭を覆いたくなるような巨大な蟷螂だった。

 おそらくこれも、子供の家来なんだろう。

 尻尾を鎌で弾くと、数匹の蟻がそれを背中に乗せて子供のもとに駆けていく。


 まるで貢物を届けるかのような光景。


「さっすがー!」


 俺はいったい何を見ているのだろうか……


「兄者」

「言うな……」


 横で弟も完全に戦意を失ったようだ。

 ただ目の前で繰り広げられる、一方的とも取れる蹂躙劇をぼやっとした表情で眺めている。

 戦士から傍観者に成り下がった俺たちに今できる事は、目の前の出来事を少しでも理解することだろう。


 見れば地竜の顔にも怯えが浮かんでいる。

 自分の尻尾があった場所を見つめ、鳴く。


 もはやそれは咆哮と呼べるものではない。

 悲壮が籠った、悲鳴だ。


 ついに地竜が慌てて逃げ出そうとする。


「逃がしませんよ」


 もはや、子供の声にすら聞こえない。

 悪魔か何かの声にすら思える。

 この惨状を、心から楽しんでいる。


 仲間の仇ではあるが、いまは少し同情すら覚える。

 身体を蟻たちに齧られながら、自身に匹敵する強者を3人も相手取るなど。

 想像しただけで身震いする。


 踵を返した地竜の先に張られた、黒光りを放つ放射状の網。

 先ほどまでとは全く異なる材質でできていると思われるそれは、地竜の動きすら止めてみせた。


 即座に向きを変える地竜に向けて突っ込む黒い塊。

 巨大な甲角虫が正面から体当たりをかまし、角で顎を弾き上げる。

 そして、そのまま喉元に角を突き刺す。


 首の後ろの鱗が内側から突かれて、数枚弾け飛ぶ。

 上空から降ってきた蟷螂が鱗が剥がされ、大穴を空けられた首を一刀の下に切断する。


 叫ぶことすら許されずに、地竜の身体が地面にひれ伏すと数拍遅れて首が地面に落ちる。

 甲角虫と蜘蛛と蟷螂が、子供のもとに集まってくる。


 子供は3匹に労いの言葉をかけると、蜘蛛の前足と握手をする。

 それから蟷螂の首に抱き着いて、首の後ろを数度叩いてやる。

 あー、虫も目を細める事ができるんだな。

 どうでも良い事に、大げさに驚いて現実逃避。


 最後に甲角虫の角に抱き着いて、頭を撫でてやるとその背に乗る。

 その前にズラリと並ぶ鱗や、地竜の身体、首。

 その下には蟻が居て、前足でそれらの戦利品を捧げるかのように掲げている。


 蝶たちが、子供を取り囲んで青白い光を放ちながら舞い踊っているように見える。


 何故だか、凄く神聖な景色のように見えた。

 自然と跪いてしまう。

 横を見ると、弟も同じように跪いて右手の拳を左手で包んで祈っていた。


 しばらくして満足気に頷いた子供が大仰に左手を翳すと、蟻ごとそれらの素材が全て消え去る。

 続いて蝶、蜘蛛、蟷螂が姿を消す。


 最後に空に飛び上がった甲角虫と子供が、上空を大きく旋回すると不意に姿を消した。


「なんだったんだろうな……」


 それをポカンとした表情で眺めている弟を横目に、俺は呟く。


「蟲の王……かもな」


 ただ一つ言えるのは、里の脅威は去ったということだろう。

 それだけで良い。

 深く考えない方が良い。


 この森のどこかには、蟲を統べる王が住んでいる。

 その王は子供の姿を持ち、人の言葉を理解する。

 そして、里を守ってくれた。

 それだけだ……


――――――

 それから、その里に一つの言い伝えが広まる。


 窮地において最後まで諦めなければ、蟲の王が手を差し伸べてくれる。

 そして、悪しきは蟲たちに食われるだろう。

 だが慢心するなかれ。

 人の味方であるという保証はどこにもない。

 

 この里では虫に対して、子供たちが悪戯をすると凄く厳しく叱られる。

 里一番の勇者が、蟲の王に救われたという話を疑う者はだれ一人居なかったという。

 

 のちに2人は蟲の王との再会を果たすことになるとは、当人たちも予想していなかったが。


 そして、森にひっそり暮らすとある里の中で蟲の王として崇められていなど、マルコも全くもって予想していなかった。

 

次話より、第2章学園編です。


ここまでで、ブクマ、評価をしても良いかなと思われた方は、是非下の方からお願いします。

学園編はゆるゆると貴族の学生ライフを書いて良くつもりです。

魔王はどうしたと言われそうですが……


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