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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第104話:心が震えない

「ほうほう、こうやって擦れば良い訳ね」

「雑過ぎる!」


 凄い速さで職人さんが形を整えた原石を磨き始めるフレイ殿下。

 手の動きが徐々に早くなっていったかと思うと、急速にブレ始める。

 とうとう残像が見え始めたと思ったら、ゆっくりとした動きに変わる。

 ただシュッシュッと小刻みに聞こえていた音が、シューッとひと繋ぎに変わり……宝石が輝きをましつつ丸みすらも取れていく。


「ちょっと、やり過ぎです」

「まだまだ、速くなるわよ!」


 そして次の瞬間……手が消える。

 石を磨く音も。


 ただ石がそれ以上変形しなくなった。

 どうしたんだろう。


「あっ」


 フレイ殿下が手を止めると、手に持っていたはずの磨き布がかなり小さくなっている。

 どうやら、布の方が摩擦に耐え切れなかったらしい。


 それよりも……


 楕円形だったルビーに、底が出来てしまった。


「なんで、ここだけ丸く無いの? もう一つ頂戴! やり直すから!」

「……」


 職人さんも困った表情を浮かべてこっちを見る。

 黙って渡してあげてと、目で合図を送る。


「わー! 綺麗!」

「素晴らしいです!」

「流石は殿下」


 尊い犠牲の元、どうにかフレイ殿下が満足できる物が出来上がった。

 3個目のルビーで、丸を作る事を諦めた。

 細かく指示して、ラウンドブリリアントカットっぽくした。

 完璧とは言えないけど、中に光を当てると乱反射して煌めく。

 おそらく、この世界初のブリリアントカットかもしれない。


「こんな複雑に削る事で、こんなに輝きを増すなんて! もっと磨いたら「無くなるのでやめてください」


 磨けば磨くほど綺麗になると思ったらしい。

 止めておく。

 いや新たな面を作っていけば、確かに綺麗になるけど。

 いまある面をこれ以上削っても……


 一面作るのに4分。

 流石に58面カットは形造りだけで4時間くらい掛かるので、その後の調整の事も考えて断念。

 というか、そこまで細かい作業は出来そうにない。

 24面カットに仕上げた。

 それでも2時間半掛かった。

 機械無しで144面とか、あーこの人が1年くらい費やしたら出来るかも。

 とどうでも良い事を考えながら、昼食会場に。


 ちなみにユリアさんは早々と断念して、職人さんに仕上げて貰っていた。

 細かく指示を出していたので、自作とは言わなくても手伝ったうえでの完全オーダーメイドと考えれば思い出になるかな?


 出来上がった指輪を手に、うっとりとしているユリアさん。


「男性から頂いたプレゼントの中で、一番嬉しいプレゼントですわ」


 自分が指示して職人さんに造らせたうえに、代金無しの献上品だからプレゼントって事ね。

 でも、それをカウントして良いのかな?


 あと、一応工房長の息子さんで一番腕は確かだから。

 マサキが色々とアイデアも渡しているし。

 国内でも5指に入るかもしれない。


 それを基準に、他の男性の送って来た宝石類を比べたら、きっと満足できないと思う。


「この指輪より素敵な指輪を送ってくださった方となら、結婚しても良いかも」


 ユリアさん、行き遅れ確定だと思う。

 

「これどうしよっかな……」


 ああ……2個あった。

 いまケイの手に握られているブローチ。

 これも、ケイの腕力に物を言わせた多面体カット。

 12面。


 いまユリアさんが持っているものよりは、輝きが強い。


「まあ、お母様にでもやるか」


 最後の頼みが消えてしまった。 

 ユリアさんは自分の指輪にうっとりしていて、ケイが手元で投げて遊んでいたそれを見ていなかったらしい。

 

 あとはフレイ殿下しか持ってないかも……

 一応、うちでオーダーメイドすれば、ユリアさんが持っている宝石以上の物は出来るけど。


 そう思っていたら、フレイ殿下が工房に戻っていった。

 そして、何やら満面に笑みで戻ってくる。


「ほらっ」

「えっ? ちょっと、それ」


 手元には革袋。

 中にはルビーやそれ以外の宝石の原石。

 そして磨き布が。


「家で手慰みに、新たな輝きを模索しようと思って」

「ええ! っていうか、えっ?」


 不安になって工房に目を向けると、工房長が息子さんと一緒に笑顔で頷いて袋を持ち上げていた。

 きちんと代金は頂いたらしい。


 若干息子さんは、苦笑気味だったけど。


 昼食は屋台で取ることにした。

 これもフレイ殿下の我儘が原因。


 慌てて一般人騎士の人がホテルに駈ける。

 すでに準備が始まっている昼食の中止を伝えに言ったのだろう。


 思い付きの行動が多すぎるので、もう全部断ってもらおう。


 それからクレープを大量買い。

 一個買って、はまってしまったらしい。


「小麦粉の生地を薄く伸ばしただけなのに、こんなにもっちりとして美味しいなんて」

「中の具が選べるのがいいですわ」

「ステーキの入ったクレープも美味しいですよ」


 フレイ殿下とユリアさんは、クリームとフルーツが入ったもの。

 ケイはおかず系を選んでいた。


 セリシオはシュガーバターという、なんとも味気ない物を食べている。


「そんなんで良かったの?」

「ああ、あまり目立った物を買っても、麗しく高貴な姉に一口という名の大口で半分持ってかれる未来しか見えない」

「同じのを買えば良かったのに」

「真似したと揶揄われる未来しか見えない」


 意外とセリシオは家で苦労しているのかもしれない。


「そんなに食べるとお腹壊しますよ」

「ふっ、王族は排泄などしない!」


 クリームを大量に摂取しているフレイ殿下に、それとなく注意すると胸を張ってケイが代わりに応える。

 そんなアイドルみたいなこと。


 ギュルルル


「ちょっと、お花を摘みに行って参りますわ……最寄りの花畑は」

「すぐそこが武器屋喫茶だよ」


 慌てて股を閉じて、武器屋喫茶に駆け込むフレイ殿下。


「……」

「……何も見て無いし、聞いていない」


 思わず気まずい空気が流れたが、ケイがそう断言する。

 まあ、それで良いなら良いけど。


 それから街をプラプラとして、昨日夕飯を食べたところにまた向かう。

 どうやら、かなりお気に召した様子。


 暫く料理に舌鼓を打っていたら、入り口の方が騒がしい。


「私は、チェルフ家の当主だぞ!」

「申し訳ございません、当店は完全紹介制となっておりまして」

「伯爵家に逆らうというのか?」


 時たまこういう人が居るんだよね。

 とはいえ、このお店のお客様は多岐に渡るから、いくら伯爵家だからといってどうにも出来ない相手もいる訳で。

 ラーハットの定食屋と一緒だ。


 他のお客様がこういう場合、窘めてくれることが多い。


「何事?」


 と思ったらフレイ殿下がとっとと、そっちに向かって行った。

 慌てて追いかける。


「これは、姫殿下! この無礼な女が「どなた?」


 廊下の角でそんなやり取りが聞こえてきて、思わずププっと吹き出してしまった。

 小物臭が半端ない。


「えっと……チャン・フォン・チェルフです! ほらっ、チェルフ伯爵家の」

「ああ……で、何を騒いでいるのかしら?」


 遅れて行ったケイが耳打ちをする。

 というか護衛対象に後れを取るとか。

 まあ、外では一般人騎士の人達がすでに臨戦態勢だが。


 見ると塀の上から吹矢のようなものを構えている浮浪者までいる。

 サラサラの金髪の、場違いな高価っぽい腕輪を付けた浮浪者。

 隠す気があるのやら、無いのやら。


 つけ髭が傾いているというお約束の、ならず者っぽい人も。

 顔立ちがお上品だけど。


「なんとこやつ、折角この私が食べに来たというのに、断るというのですぞ!」

「そう……ここのルールはご存知?」

「お店にどんなルールがあろうとも、貴族は優先されるべきです」


 あー、痛い貴族だ。

 

「それは聞き捨てならんな」


 話は聞かせてもらったとばかりに、隣の扉が開く。

 そこから出て来たのは、ブラッド・フォン・ビーチェ侯爵。


「おじいさま!」


 ケイが驚いている。

 あー、お忍びの護衛の指揮官って、この人だったのか。

 流石王族を2人も旅行にだすと、護衛も全力だな。


「ビーチェ侯爵……」


 チャンが顔を青くして、棒立ちになる。


「父上、まだ入れないのですか?」

「あっ、ああ……」


 チャンの後ろから青年が顔を覗かせる。


「こっ、侯爵の口添えでなんとかなりませんか?」


 急に低姿勢になるチャン。


「なんで入れてくれないの? 無礼なお店だね父上!」

「こっ、こらっ!」

「こんなお店、潰しちゃおうよ! でさ、料理人だけ無理矢理連れてったら良い!」

「ほうっ?」


 青年の言葉に、ブラッド侯爵が片眉をあげる。


「やめなさいクロム! こんな事でいちしち目くじらを立てるんじゃない」

「ええ、でも父上だっていっつもそうやってるじゃん!」

「中々、面白い話だな」


 あー、バカ息子か。

 典型的な馬鹿領主に、馬鹿息子……

 良かったよ、フレイ殿下が居る時で。


「このお店は、誰かの紹介が無いと入れないらしいんだ」

「じゃあ、僕が紹介するよ! この人は、僕の父上でチャン伯爵だ! 偉い人だからとっとと入れたまえ」

「そうじゃない……」


 アホな寸劇を始めた息子に対して、頭を押さえるチャン伯爵。


「へえ、僕の紹介でも駄目なの?」


 事の成り行きを見守って、アタフタと不安そうな……表情は浮かべていない。

 微笑みを携え、少しずつ威圧を放ち始めた中居さん。


 こういった手合いを相手するのに、慣れているのだろう。

 ただ王族と侯爵との間に割って入るつもりはないらしく、黙って見ているだけ。


「私ですらマイケル子爵に頭を下げて連れて来て貰ったんだ、当たり前だろう」

「みっともないから出直してらっしゃい。他領のお店のルールを身勝手に権力をかさに変えてしまおうなど、貴族の恥さらしですよ」

「なに、この子! 可愛い!」

「ばかっ、フレイ殿下だ!」


 本当に馬鹿息子らしい。

 どう見ても、年齢は16~17といったところなのに、子供っぽいし。


 すごすごと父親に引きずられるように、馬鹿息子は去っていった。


「お手数お掛けしまして、申し訳ございません」

「いや、いくらなんでもこんな事でスレイズ騎士侯とエドガー伯爵の手を煩わせるのもな。たまたま居合わせたからには、わしで出来る簡単な事ならやらせてもらう」


 そう言って豪快に笑うブラッド侯爵。


「にしても、姫はもう少しおしとやかにしてください。我先にと揉め事に突っ込むなど」

「ゲッ」

「ゲッてなんですか! 折角王城では少し大人しくなったと成長を喜んでいたのに、目の届かないところでは相変わらずのおてんばっぷりですな」

「ごめんなさい」


 流石のフレイ殿下も老齢のブラッド侯爵にまでは、傲慢に振る舞えないらしい。

 それぞれが部屋に戻って食事の続きを始める。


「マルコ君、それに給仕の方よ」

「はいっ」

「はっ」

「中々に良いお店だな」


 呼び止められて振り返ると、ブラッド侯爵がそれだけ言って満足そうに笑って戻っていった。


「ありがとうございます」

「身に余る光栄です」


 2人で深々と頭を下げる。


「よりによって、ブラッドの老体まで寄越すなんて。お父様ったら心配性過ぎるわよ」

「まあまあ」

「ケイ、貴方知ってたんじゃないの?」

「あー……旅支度をしてたのは知ってますが、まさか殿下の護衛とは思ってませんでした。

「まあ良いわ」


 部屋に入ると、フレイ殿下がグチグチとそんな事を言っていた。

 それでも、料理を口に運ぶとすぐに笑顔になっていたけど。


――――――

 ベルモントの街裏通りにある、少し古びた建物。

 そこに一人の青年が全身をローブで身を包んで、訪れていた。

 ドアをリズミカルにノックすると、後ろの建物の扉が開く。


「何か?」

「……依頼だ」


 先ほどチャン伯爵と一緒に居た青年。

 チェルフ伯爵家の跡取りだ。


「こっちだ、付いて来い」

「ふんっ、偉そうだな」

「ん?」

「なんでもない」


 男に案内されて入り組んだ裏路地を進んでいく。

 男の尊大な態度に、青年が舌打ちをする。

  

 そして案内されたのは、裏路地にある建物の1つ。

 中にはいると、それなりに綺麗に手入れされていた。


 テーブルの前には1人の男が座っている。

 顔はフードで隠れているが、それなりに力を秘めていそうな雰囲気はある。


「で、依頼の内容は?」

「僕に恥を掻かせた生意気な店を潰して欲しい。それと、そこで働いている女を攫ってくれ」

「ほうっ?」


 青年の話に目の前の男が、フードの中の目を細めて睨み付けてくる。


「それと……出来たら、あの綺麗な姫様もかな?」

「何があった?」

「僕がお父様と行ってやったのに、店に入るのを断られた」

「はっ?」


 あまりに、情けない理由にフードの男が思わず素っ頓狂な声を出す。


「まあいい、で姫様の方は?」

「うん、可愛いから! 僕にはああいう女性が相応しいと思う」

「はあ?」


 青年の言葉に、男が額に手を当てて首を横に振るう。


「ここは、どんな依頼でもこなしてくれるんだろ? 金ならいくらでも用意する」

「ああそうだな……だが、依頼を受けるのは金額じゃない」

「ん?」

「俺の心が震えた時だ!」


 フードを取った男が、青年を睨み付ける。

 ジャッカス。

 この街のB級冒険者にして、裏で通常では受けられない依頼をこなす闇の仕事人という二つの顔を持つ男。


「お客様がお帰りだ、案内して差し上げろ」


 ジャッカスの指示で案内した男が青年の後ろに立つと首に手刀を叩きつけて、担ぎ上げる。


 それから路地を出ると、1人の通行人に話しかける。

 腕には王城の騎士を示す腕輪。

 王城の騎士扮する護衛の1人だろう。


「お前は!」

「しっ、この男がうちにフレイ殿下の誘拐を持ち掛けて来た」


 いきなり背後に現れた男に、騎士が思わず声を上げる。

 男は、そんな騎士の唇に人差し指を突きつける。


「なっ!」

「確かに伝えたぞ」


 それだけ伝えると、男が青年を地面に放り投げて後ずさる。

 壁に向かって徐々に下がっていくと、そのまま闇に溶けるように裏路地に消えて行った。


 さっきまで男が居た場所を呆然と見つめていた通行人風の騎士は、(かぶり)を2度3度振って溜息を吐く。

 

「ふっ……最初に話を通しておいたのは正解だったか」


 足元に転がる青年に視線を向けた騎士は、青年を担いで他の騎士達と合流する。


 闇の仕事人。

 法では捌けない悪人や、行方の知れなくなった殺人犯を陰で始末する男。


 とはいえ目立った悪行は聞かない。

 始末とはいえ殺す訳でもなく、優しく改心を促すといったものらしい。

 その噂だけを聞いていた王城の護衛達は、その男にあらかじめ話は付けていた。

 もし、セリシオ殿下やフレイ殿下に害を加えるような依頼があった場合、教えてくれと。


 真剣に頼み込むと、ようやく男は首を縦に振ってくれた。

 最初は保険程度にしか考えていなかった。

 だが、その男の使いですらこれほどの実力者。

 男の事を考え、思わず寒気すらした。


 男に関する噂で、最も重要な事。

 それは……


 彼が依頼を受ける時。

 それは彼の心が震えた時。


 それが、ジャッカスの裏の顔。

 

――――――


 薄汚れた路地裏に立ち並ぶ縦長の家。

 そのうちの一軒。

 中は小ぎれい整理されていて、グルっと見渡しただけで隅々にまで清掃が行き届いているのが分かる。

 

 そこの一階、リビングに当たる場所。

 そこでジャッカスと、1人の身なりの貧しい少女が向かい合って座っていた。


「うちの母は……散々にこき使われて……その後、たった一回の失敗で棒で何度も叩かれ。その時の傷が原因で……もう長くないとの診断を受けました」

「そうか……」

「やったのは、メールフ商会の商会長です……いくら訴えても、衛兵も動いてくれなくて」

「場所は?」

「クラルフ領のククルンの街です」

「報酬は?」

「今はこれだけしか……でも、身体を売ってでも必ず必要な金額は用意します。なんなら、この身を貴方に差し出しても良い! 私には……父も小さい頃に亡くして、母しか居なかったんです……私を一人で育ててくれた母。母に恩返しも出来ず……苦労と失意だけの中で息を引き取るなんて」


 少女が差し出した袋には銀貨が数枚と、あとは殆ど手垢にまみれた銅貨だった。

 その銅貨を一枚つまむと、ジャッカスは少女の目をジッと見つめる。

 ジャッカスに見つめられて、思わず怯みそうになった少女がグッと腹に力を入れる。


「ふむ」

「どんなことだってします! 家事は勿論、汚れ仕事も、夜は身体だって……」


 そう言って瞳に強い力を宿しながら両肩を抱いて震えている少女に、ジャッカスがローブをかける。

 冬だというのに、外套も用意できないくらい貧しい生活を余儀なくされていたのだろう。


「家で母の傍についていればいい……彼女が目覚めた時に、もしくは彼女が息を引き取るその時に傍に貴女が居ないのはあまりにも悲しいだろ?」

「はいっ……あの報酬は?」

「前金はこれで、残りは後払いで良いさ……」


 そう言ってジャッカスは銅貨を一枚指で上にはじくと、パシッと空中でつかみ取って懐にしまう。


 それから3日後……

 メーフル商会の商会長が、少女の家の前で土下座している。

 横には大量の金貨や銀貨が用意された状態で。


「誠に申し訳ない事をした! 一時の感情に身を任せて、なんと愚かなことを! 死んで詫びろというのなら、今すぐこの腹を「ちょっと! 会長様! 私はこの通りピンピンしてますから」

「オルガさん……」


 扉を開いて対応していた少女の後ろから、件の女性……

 彼女の母親が顔を覗かせる。

 とても昨日まで身体中痣だらけでか細い息を吐いていたとは思えないほど、健康的な肌をしている。


 昨晩、寝室で少女が母親を看病しているとき、どこからか一匹の大きな蝶が窓から入って来た。

 緑色の幻想的な光を身に纏い、フワフワとベッドに近寄って来るその蝶のあまりの美しさに、少女は息をするのも忘れて眺めるだけ。

 なんの言葉すら発する事も出来ず。

 

 そして、フワリと母親の周りを光る鱗粉をまき散らしながら一周すると、そのまま外に出ていく。

 次の瞬間。


「う……うーん」

「お母さん!」


 布団で横たわって、かなり息も荒くなっていた女性がパチリと目を開ける。

 その女性に恐る恐る近づいて行く少女。

 女性は上半身を起き上がらせる。


「駄目! まだ起き上がったら」

「あれっ? 身体が痛く無い……」

「うそっ……」


 女性は自分の身体をあちこち触って、そして不思議そうに首を傾げる。

 試しに裾をまくってみるが、お腹にあった紫色の痣は綺麗に消えて無くなっていた。

 暫く呆然としていた女性が、自分をジッと見つめる少女の視線に気が付く。


「ココナ?」

「お母さん? おかあさん!  うわーん」


 母親が思いもよらず傷一つ無い状態に回復したことで、ココナと呼ばれた少女が目をぱちくりとさせる。

 そして、ポロポロと瞳から大粒の涙があふれてくる。


 母親に抱き着いて泣きじゃくるココナ。


「どうしたの!」

「良かった……本当に良かった……」


 ココナは母親に抱き着いたままひとしきり泣きじゃくり……ホッとしたのかそのまま眠ってしまう。


 そして早朝、ドアを激しく叩く音で目を覚ましたココナ。

 彼女の頭を母親はずっと優しく撫でていたらしい。


「お客様みたいね。ちょっと行ってくるよ」

「だめ、お母さんは病み上がりでしょ? 私が行ってくる」


 ココナはパッと立ち上がり、髪をてぐしで整えて慌てて扉を開ける。


「どなた?」


 そして、先の状況。

 ココナが扉を開けた時には、商会長は地面に頭を擦りつけていた。

 思わず目を大きく見開くココナ。

 一瞬、人違いかと思ったが、どう見ても目の前にいるのはにっくき母の仇。

 

 母親もただごとじゃない雰囲気に、ココナの後から入り口に向かい顔を出す。


「商会長様!」

「ああ……無事で良かった……本当に、本当に申し訳ない」


 心を入れ替えたように、心底申し訳なさそうに頭を下げる商会長にお金を強引に押し付けられて困惑する2人。

 それに対して商会長は、お金で解決出来たとは思っていない。


「これはいま私に出来る精一杯の謝罪の形であって、これから私がこの街の為に頑張る事を謝罪の意にしたい!」


 少年のようなキラキラとした綺麗な目で、2人を見上げる商会長にこれ以上騒ぎにしたくなかったので仕方なく許す旨を伝えてお引き取り願う。

 

 その日からメーフル商会はがらりと変わった。

 毎朝従業員一同で、街を綺麗に掃除して歩き。

 格安金利の金融まで始め。

 借金が返せない場合は、その人の適性にあった職業の斡旋まで。


 さらには利益の一部を孤児院に寄付したり、色々な施設の建設も始める。

 図書館や、運動施設など。


 まるで人が変わったようになってしまった商会長に最初街の住人は戸惑ったが、徐々に見る目が変わっていく。

 街をニコニコと笑顔で歩くメーフル商会長。

 ポケットにはいつも大量の飴が入っていて、泣いている子供を見つけたらすぐに駆け寄って、笑顔で声を掛けて飴を渡しているとか。


 ココナは商会長の謝罪を貰ってからすぐに、ジャッカスに会う事が出来た。


「良かったな。お母さん元気になって」

「キャッ! ってジャッカスさん」


 彼女がボーっと商会長の後姿を眺めていたら、後ろから急に話しかけられて思わずビクッとなって裏返った声が出た。

 

「ジャッカスさんが?」

「ふっ、ちょっと優しく諭してあげただけだけどね」

「ええっ?」


 どうやったらあんなに完全に人格が変わってしまうのか、ココナの頭の中は疑問だらけだった。

 相当に酷い事をしたのか……

 それとも、何か心打つような話をしたのか……


「お母さんも?」

「ふふ……そっちは、この子の仕事さ」


 そう言って、ジャッカスは自分の肩に止まっている蝶を、指で優しくくすぐる。

 実際は蝶の方が、管理者の空間では立場が上なのだが。

 対外用の演技だ。


 そんなジャッカスの様子を眩しいような目でココナは暫く眺めたあと、思い出したように足元のお金に視線を移す。


「あの、依頼料……貰ったものですが、これで足りますか?」

「うん? 依頼料ならさっき貰ったさ」

「えっ?」

「2人分のとびっきりの笑顔をね」


 それだけ言うと、ジャッカスはココナの頭を優しくなでてゆっくりとその場から去っていく。


「ジャッカスさん!」


 ココナが呼びかける。


「この御恩はいつか、いつかきっと」


 そう言って深く頭を下げるココナに、振り返る事もせず手だけ振って街を出ていくジャッカス。

 街を出たジャッカスがふと空を見上げると、さっきまで太陽を隠していた雲が移動して雲の隙間から光が差していた。


「今日は久しぶりに、実家に顔でも出すか」

 

 ベルモントの街じゃなく、自分の産まれた村に向かってジャッカスが飛ぶ。

 大きな蜂達に捕まって。

 いや、掴まって。



うん……なんだろうw

話がぶっ飛んだ(笑)


思い出したようにジャッカスをぶち込むともいえるかもw


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