第100話:雪遊び
意味無し回
「準備は出来た?」
「そろそろ向かうぞ」
「はいっ、おじいさま、おばあさま」
1月1日、日本でいうところの正月。
やはりどこの世界でも1月1日というのは特別な日らしく、王都シビリアディアも例外なくお祭りモードだ。
街は色とりどりの布で飾られ、冬でも緑の葉を付けた枝などが家の前に飾られていた。
他にはクリスマスリースのようなものまで。
一応王都に滞在している貴族は王城に新年の挨拶に向かわねばならず、スレイズベルモント家もスレイズ、エリーゼ、マルコの3人が登城予定。
マイケルのような領地持ちの貴族は、自領での新年のイベントに参加しないといけないとのこと。
珍しくじじいがスーツに身を包んでいる。
スーツ?
まあ、式典などに着るようなフォーマルな恰好かな?
この時ばかりはエリーゼも落ち着いた色のドレスに肩からストールを羽織って、コートまで着ていた。
マルコもジャケットとシャツ、膝下のズボンに長い純白のソックスを履いている。
うん、貴族っぽい。
髪もバッチリ決めてもらって、ちょっと恥ずかしそうにしていた。
「はい、準備は出来てます」
「そうか」
「じゃあ、参るか」
横にはマルコの専属のファーマさんが華美な装飾の施された胸当てと腰当を着けて、純白のジャケットを羽織っている。
それと他にも護衛が数人。
皆かなり腕が立つように見えるが、それでもじじいと比べると遥かに見劣りする。
――――――
12月27日で学校は終わり、冬休みに突入した。
王都ではあまり雪は降らないらしいが今年は例年になく気温が低く、11月でも積もった日もあった。
どこぞの温暖地域担当が雨量が多く、気温が低かったからかもしれない。
雪に対する生徒の反応はまちまちで外ではしゃいで雪と戯れる子もいれば、あまりの寒さに教室から一歩も出ない子もいた。
ちなみに貴族科外出組筆頭はセリシオを始めとしたクリス、ベントレー、エマほか、活発な子達。
居残り組はディーンを筆頭に、フィフス、ソフィア、ジョシュア、ブンドとアルトだ。
マルコ?
マルコはセリシオとベントレーに強引に外に連れていかれていた。
「雪魔法合戦するぞ!」
「ええ……寒いし、戻ろうよ」
セリシオが素手で雪玉をニギニギと丸めながら、そんな事をのたまっている。
マルコは心底嫌そうだ。
「ベントレーは何をしている?」
「雪とは一体なんなのかと考えていてな……こうして横になれば、何か分かるかと思って」
積もった雪に寝転がって埋もれているベントレーに、クリスが変なものを見るような眼で質問するとそんな答えが返って来ていた。
雪と同化して目を閉じて、何やら自分の世界に入っているベントレー。
なんかこの子、いつか世界の真理に向かって出家とかしそうだ。
そう言えば仏教で有名なブッダさんも、どこぞの王子様だったらしいし。
金に余裕があって、私生活で特に困った事がないとこういった思想に陥るかもしれない。
いまなら、金持ち版の中二……もしくは、哲学に目覚めたつもりの哲学病扱いされて終わりそうだが。
まあ、いいや。
「ふははは、反撃してこないと面白くないではないか!」
「やめてよ!」
セリシオが雪玉をマルコに投げながら、造りながら追いかけている。
マルコが本気で迷惑そうにしている。
エマはそんな中、他のクラスの女子たちを集めて雪でウサギや雪だるまを作っている。
ちゃんと手袋をして。
それでも、時折手をはあはあと暖めているが。
「エマ様! 出来ました」
「あっ! これ私? かわいい」
「有難うございます」
かわいいか?
雪に毛糸が髪の代わりに植えられているが、数が少ないうえにドレッドみたいになっている。
目も、もう少し丸い石は無かったのだろうか……
正直微妙だが。
エマはそれを作ってくれた女の子を褒めている。
同じクラスの伯爵家の令嬢らしい。
褒められた女の子も、心底嬉しそうだから何も言うまい。
そんなのほほんとそれぞれが雪遊びを楽しんでいるなか、事件が起きる。
「きゃっ!」
「ちょっと、だんしー!」
セリシオの投げた雪玉が、エマと一緒に居た女の子に当たったのだ。
エマがセリシオに抗議の目を向けている。
ここにはディーンが居ないので、セリシオがかなりはっちゃけてしまったらしい。
「わっ、私なら大丈夫ですからエマ様!」
「殿下! 王子ともあろうお方が、女性に雪玉をぶつけるとは何事ですか!」
「すっ、すまぬ! だが、マルコが避けたのが悪いのだ! いや、余も悪かったからそう睨むな」
「えっ? 僕のせい?」
突如セリシオに、エマの怒りの矛先を向けさせられそうになったマルコが焦っている。
というか、その言い訳はあんまりだろう。
「マルコが避けたから悪いの?」
「そうだ! マルコが女の子を庇わずに避けたのが悪いのだ!」
酷いぞセリシオ。
腰が引けているところを見ると、どうやら過去にもエマを怒らせた事がありそうだ。
「へー……殿下ともあろうお方が、配下の子供を庇わずに差し出すのですか?」
「……余が悪かった」
1オクターブ下がった声でエマが呟くと、セリシオが素直に謝る。
うん、確実にあるなこれは。
「では、私達も雪合戦に参加致しましょうか?」
「エマ様?」
「えっ?」
エマの発言に一緒に居た女の子達が、ちょっと困ったような表情を浮かべながら反応している。
エマの顔を見る限り、何やら思いついたらしい。
そして、そんなエマに視線でロックオンされるマルコ。
「じゃあ、マルコはこっちが貰うわね」
「えっ?」
そう言って、マルコの腕に抱き着いて引き寄せるエマ。
マルコの表情は引き攣っている。
「いや、ここは男子対女子とかじゃないのか?」
「殿下は女性を苛めるのが御趣味ですか?」
「や、そういう訳では」
「でしたら、マルコはうちが貰います! 良いよね? マルコ?」
「う……うん」
こないだのセリシオの姉の件から、女難の相でも付いて回ってるんじゃないか?
マルコに向けてにっこりと笑みを浮かべるエマに、断る事の出来ないオーラを感じる。
「ほらっ、こんなにたくさんの女の子の騎士になれたんだから、もっと嬉しそうな顔しなさいよ」
「ええっ?」
エマにそこまで言われても、迷惑そうな表情を浮かべているマルコ。
往生際が悪いぞ。
それから始まる雪合戦。
「貴女達! どんどん雪玉を作るのよ」
「「「はいっ!」」」
エマの指示を受けて、女の子達が凄い勢いで雪玉を作り始める。
「投げさせる前に、終わらせたら良いのだ! いくぞクリス、ベントレー!」
クラスの女子を敵に回すイベントに、強制的に道連れにされるクリスとベントレー。
ベントレーはあと少しで何かが分かりかけていたらしい。
クリスに雪の中から引っ張り上げられて、少し迷惑そうなガッカリしたような表情を浮かべていた。
「ほらっ、マルコ! どんどん投げて!」
「うっ、うん」
いつの間に用意したのかお盆に大量の雪玉を乗せたエマがマルコに差し出す。
それを両手で掴んで取りあえず、凄い速さで投げ始めるマルコ。
片手で1個ずつ持って、二刀流で連弾だ。
「くっ! 早い!」
「くそっ! 投げた球が片っ端から落とされていく」
「雪とは一体……」
セリシオやクリスの投げた球は、マルコの放った雪玉に吸収されて叩き落とされていく。
徐々に劣勢に追い込まれたセリシオが声を上げる。
「おいっ! この国の王子の危機だ! 誰か手を貸せ!」
その声に周囲に居て、この猛スピード雪合戦を観戦していた子達がセリシオに近づこうとして……止まる。
見るとその子達の足元に、拳大の穴が開いている。
それも、爪先の少し前に。
「殿下がご乱心よ! か弱き女子たちを守るため、王家に歯向かう気概のある男子は居ないの!」
エマの指示のもと、男の子達の足元にマルコが凄い速さで球を投げつけたらしい。
当の本人は、セリシオ側に傾きかけた男子に呼びかけている。
男子たちが、思わず足を止めてセリシオとエマの顔を見比べる。
が、まあ普通に考えて、普段はあまりセリシオと接点を持てない子供達。
迷いはしたが、徐々にセリシオの方に向かおうと足を向ける。
「マルコ!」
「うっ、うん」
エマの檄が飛び、マルコが雪玉をその男の子達に向かって投げる。
ビュッという音がして、男の子の頬を雪玉がかすめる。
男の子達が完全に固まった隙に、マルコにエマが耳打ちをする。
マルコがかなり嫌そうな表情を浮かべている。
「早く!」
そしてエマがマルコの尻を叩く。
文字通り平手で。
「お前達! それ以上そちらに寄れば……次は当てる」
寄ればと言ったところで、エマに少し溜めてと指示が小声で出されていた。
流石文学の登場人物に恋する乙女。
演出にこだわりがあるらしい。
「ひいっ!」
「うわぁ!」
男の子達が慌ててエマの方に走り出す。
「おいっ! 待て! お前ら! 王子の命令だぞ! 反乱か!」
「貴様らそれでも王国貴族か!」
そんな情けない男の子達の姿を見て、セリシオとクリスが慌てて脅す。
ちょっと待てと……
王子やその側近の騎士が、女性陣をターゲットに攻撃を仕掛けるなと。
呆れて物も言えない。
言えないが……大分子供らしく学園生活を楽しんでいるご様子の第一王子にちょっとほっこりしてしまった。
「痛い!」
「伏兵か!」
そしてそんなセリシオの後頭部に雪玉が直撃する。
セリシオが慌てて振り返る。
クリスも警戒したように。
「殿下……か弱い女子相手に、何をなされているのですか?」
「ディ! ディーン! 丁度良い所に来た! 余のピンチじゃ! 助太刀せよ!」
そこに立っていたのは、完全防寒対策を施したディーン。
それとジョシュア。
今しがた雪玉をぶつけられた相手だというのに、セリシオが我が意を得たりとばかりにディーンに助太刀を要求する。
「私は、女性の味方ですから」
「裏切るのか!」
そんなセリシオを、ディーンがあっさりと切り捨てる。
「主君が間違った道を歩もうとなされているのなら、それを正すのも忠臣の役目ですからね」
ディーンがそう言って指を鳴らすと、沢山の雪玉を持った女の子達が背後からディーンに歩みよる。
「今よ、マルコ!」
「ええ? それはいくらなんでも」
「早くして!」
マルコに背を向けたセリシオとクリスに向かって、砲撃を開始せよとばかりに命令するエマ。
流石に後ろから不意打ちをするのは、気が引けたのかマルコが渋っている。
ベントレーは、先ほどマルコにぶつけられた雪玉を見て何やら考え込んでいる様子で、既に雪合戦から離脱しているような雰囲気だ。
現状、セリシオ、クリス対マルコ、ディーン、多くの女子、日よった男子という状況。
まさに四面楚歌。
――――――
「なんで殿下はそんなにびしょ濡れなんだ? それとビーチェも」
「いえ……校庭でクーデターが起こっただけです」
「何を大事にすべきか学べた、有意義な時間でした」
全身水を滴らせた2人が、マーク先生に不思議そうに尋ねられて、気にしないでとばかりに首を横に振って項垂れていた。
お戯れという事で、勘弁してやって欲しい。
「えいっ!」
「おっ! やったな!」
久しぶりに楽しそうな景色をタブレットで見ていたら、後ろから雪玉が飛んできた。
クコだ。
雪をあまり見た事が無いと言っていたので、ポイントを交換して大量の雪を降らせてみた。
特に必要な物じゃないからか、かなり割安だったし。
タブレットを閉じて、クコを追いかけて庭に出る。
「マサキ様!」
「凄いよ! 雪がこんなに一杯!」
トトにも今日は休みを与えた。
大雪だから、仕事はお休み。
うんうん、普通の世界でもよくある話だし。
マコも雪の中を走り回っている。
うーん……
獣人だから、割と平気なのかな?
でもマコもクコもほっぺが真っ赤だ。
まあ、風邪をひく心配はまずない世界だけど、少しは防寒した方が良いんじゃないか?
雪がすぐ解けないように、気温も低めになっているし。
季節はマルコの居る場所に合わせているようだけど、ポイントで気温とかも微妙に変化出来るようになっていたし。
「取りあえず、集合! みんなでこっちに雪を集めよう!」
俺がそう言って、トトとマコ、クコにスコップを渡す。
それから、雪を一カ所に集め始める。
ちなみに虫達は寒さに弱いのか、あまり近寄って来ようとしない。
元気なのは子供達だけだ。
チュン太郎と地竜は、仲良く穴倉で暖を取っている。
「何を作るの?」
「お前らはそれで大きな雪玉を作れ! こうやってある程度大きな玉を作って転がしたら、どんどん育っていくから」
「「はーい!」」
「分かりました!」
俺の言葉に、トト達3人が雪玉を作り始める。
その間に、こっちは雪の山を固めて、穴を開けてのカマクラ作り。
途中面倒くさくなって、魔法でズルしたが。
かなり立派な物が出来た。
「わあ! ゆきのおうち!」
「凄い!」
雪玉を作り終えたクコとマコがこっちに近寄って来て、カマクラに声をあげる。
「ほらっ、家の入口を守る門番を作るぞ!」
そう言ってクコとマコが作った雪玉を2段重ねにする。
それから右側に剣の柄を刺して、左側に盾の持ち手を刺す。
「わっ! 雪の騎士様だ!」
「すごいすごい!」
「これは可愛らしいです」
3人からも大好評だった。
それから、カマクラの中に入る。
中には一応、光る魔石と七輪を用意して、網の上には肉を乗せておいた。
「今日はここで、ご飯にするぞ!」
「わーい!」
「やったー!」
「じゃあ、私は飲み物を取ってきます」
「ああ、全部用意してあるからトトも座って、座って」
すでに別の場所で、温かいお茶も沸かしておいた。
それからみんなで、魔法でずるした巨大LDKカマクラでバーベキューをした。
子供達が、楽しんでくれたようでなにより。
いや、書きたくなりますよね?
こういう話。
次の新年祭も……日常回?