第11話:進路そして、虫たちの成長
マルコ誘拐事件から2年の月日が流れた。
季節は冬。
日本の暦でいくと、2月上旬にあたる。
この世界で一年は12ヶ月、360日周期だがそのことで不便に思った事は無い。
毎月30日ぴったり。
うるう年とかも無いし。
あれから色々とあったけど、マルコも8歳。
マルコが生まれたのが5月だから、もうじき9歳だ。
そして9歳という誕生日を迎えるに当たって、人生の最初の分岐点に立っているらしい。
夕飯の団らん時に、マイケルがマルコに問いかける。
今までも、何度か行ったやりとりだ。
「マルコはどうしたい? やはり父上のところから王都の学園に通いたいかい?」
「いやだわあなたったら、マルコは家から街の学校に通うに決まってるでしょ?」
進学問題だ。
4月から翌年の3月までに9歳の誕生日を迎えるものは、学校に通い始めるのが普通らしい。
ただベルモント家ではマルコが地元の学校に通うか、王都の大きな学校に通うかという事で揉めている。
いや、親が揉めるのはどうでも良い。
決定権はマルコにあるわけだし。
「にーたま! じーじのとこにいくの?」
テトラがこっちを見て、キラキラとした目で聞いてくる。
2歳になったテトラは、覚束ないながらも言葉を喋れるようになった。
トテトテとよくマルコの後を付いて回る、可愛いお年頃だ。
すぐにマリアに捕獲されているが。
兄弟仲は悪くない……と思いたい。
「行かないわよね?」
不意に、不機嫌な冷たい女性の声が投げかけられる。
そう、マルコの母というか、俺の現地母のマリアだ。
果たしてマリアのその質問に、いいえという答えは許されるのだろうか。
まあどっちの学校に通うべきかというと、王都の学校一択だろう。
地元の学校に通った場合のメリットは、まあ領主の息子だからね。
権力的なものも含め、ある意味で学校のトップとして君臨できることだろう。
あとは、地元の領民達とより密接な関係が構築できるかな?
知己を得ることもできるかもしれない。
そして、マルコには最大のメリットというか、ネックというか……
スパッと選びきれない、難しい問題が2つもある。
それは置いておいて。
王都の学校なら……
まずは、純粋に教育のレベルが段違いだ。
それに、生徒も一般から貴族まで一通り揃っている。
王国貴族なら、殆どの人が王都に別邸を持っている。
ゆえに貴族の子弟たちは、王都の学校に進学することが多い。
貴族同士のパイプを繋ぐこともできるし、うまくいけば王族とも顔見知りになれる。
さらには、貴族に顔を繋ぎたい商人の子弟たちも通っている。
この時点で様々な人間関係の構築において、地方の学校出よりも大きく一歩前進することになる。
勿論大農場の跡取りなんかも来るし、優秀なら卒業後に3年間衣食住現物支給、無賃金という国営機関勤めで学費免除の、ある種の奨学金制度もある。
最低条件として入試において平均点以上、期間ごとの試験で上位4割に入り続けないと即退学となるが。
中退したからといって、借金まみれになるわけではない。
軍隊の雑用や、役所の下働きに就学期間と同じだけ、ただでこき使われるだけだ。
無事卒業できたら、そこからさらに3年間、実践的な現場研修を受けた人材が出来上がるというわけで国としてもメリットはある。
そのため、卒業できた奨学生その後の就職率はほぼ100%らしい。
それ以外には稀有なケースだと、主に神童と称されるような子供はそれぞれの出身の村や街から寄付が募られる事もあるとか。
勿論返済義務は無いが、帰郷が義務付けられているに等しいけどね。
わざわざ優秀な子供に、高い金を払って高度な教育を受けさせるわけだし。
それなりのポストを用意して、村や街が手ぐすねを引いて待っている状況……いや違うか。
期待と希望を胸に、待ち望んでいるということにしておいた方が夢がある。
ちなみにそうじゃない一般的な学生においても就職先の優遇面は、王都の方が充実している。
全ての面において、通えるなら王都の学校に通う方が良い。
ちなみに一般的な市民だと、12歳ともなれば家の仕事を手伝う事ができるためそこで終了。
なので、9歳から12歳までの教育を初等教育として、一応の卒業の機会をそこに用意してある。
そして優秀なものや、金持ちの子供なんかはそこから3年間学校に通う。
これは初等科に対して高等科と呼ばれ、そういった教育機関は王都にしかない。
地方の学校で学んだものは、編入をしなければならない。
だったら、最初から王都の学校に通っていた方が、色々と便利だと思う。
ただ、マリアのように子離れできない親も結構いるのはいるわけで。
母親だけが子供に付いて、王都に行く分にはまだマシだ。
ただ、中には手元から放さない親とかもいたり。
そういったところの子供は、可哀想だと思う。
現在進行形でマルコがそうなりそうなのだが。
テトラが居るから、マリアが王都に行くという選択肢は無いらしい。
それに、これでもマリアはマイケルにベタ惚れなのだ。
マイケルから離れるつもりも無いらしい。
だから、マルコに残れと。
領主が領地を長期間離れるわけにはいかないからね。
マイケルが王都についてくるという選択肢も無い。
ただ、マイケルとしては次期領主となるマルコには期待しているわけで、王都の学校に通ってもらいたいという期待がひしひしと伝わってくる。
どうするべきか。
俺としては王都の学校に通うべきだと思うが。
マルコな俺は悩んでいるらしい。
なんだかんだで9歳の子供並の精神性。
親から離れるというのも不安なのかもしれない。
それ以上に問題なのは愛するアシュリーと、天敵のスレイズの存在だろう。
王都の学校に通って、離れ離れになってしまったら二人とも心変わりしてしまうかもしれない。
まあ、初恋は実らないというしな。
それと、スレイズと上手くやっていくことはできるかもしれないが、学校を卒業するころには色々と鍛えられているだろう。
良い意味でも、悪い意味でも。
俺が付いているから、本人も王都での暮らしに不安は無さそうだが。
ただ、純粋に親にまだ甘えていたいっぽい。
ちなみに並列思考状態の俺は、マルコにとって頼れるおじさん的ポジションらしい。
いや、同一人物だし。
マルコの成長に合わせて、結構意識を統合する時間も増えてきたからね。
意識を統合すれば、お互いしっくりと一人の人間として存在できる。
――――――
今年になってから、定期的に魔物を狩りに行っている。
ようやく、割と自由に外出できるようになったからだ。
週に1度、ジャッカスとローズが迎えに来る。
ジャッカスは表向きはギルドで知り合った先生の1人という事にしてある。
ローズは、本当に先生だけどね。
ジャッカスが俺と面識がある事を違和感なくマリアに話すために、あの事件の後、彼には冒険者ギルドに登録してもらった。
30過ぎてからの冒険者登録は珍しいらしく、ギルドで他の冒険者にいきなり絡まれたりしてたが。
まあ、マルコの知り合いって事でそこまで大きなもめ事にはならなかったけど。
実力もいまいちだったから、とりあえず剣技は俺が教えた。
俺の先生役なのに、当時6歳の俺より弱いとか……
あと、依頼に関しては虫たちに手伝わせてランク上げもさせといた。
冒険者ランクは一般的なところでは、A~Fまである。
勿論Aランク以上もあるが、そうそう居るもんじゃない。
基本的にはAランクが、ほぼ最高ランクの扱いだ。
その中で、ジャッカスのいまのランクはD級。
まあ中の上くらいの位置取りだし、身元を保証するうえでもある程度効果的なランクとも言える。
富裕層下の方の子供の武術の家庭教師に、ギリギリ雇用されるレベルとも取れる。
ローズは元々C級の冒険者なので、問題無し。
それに見た目は純朴そうで、ジャッカスと違って悪い人には見えないからね。
なので、ジャッカスとローズが迎えに来ると三人で出かけることができる。
ジャッカス自身悪人面ではあるが、うちに来るときは綺麗な服を着て、努めて礼儀正しく振る舞っている。
前はボサボサだった髭も今は綺麗に切りそろえ、髪の毛もオールバックで撫でつけさせている。
眉毛も手入れさせて、ついでに歩き方まで矯正した。
最低限の教養ある冒険者に見えなくもない。
そして、できるだけ柔らかな声で話をするように、叩き込んだ。
これらの血の滲むような努力の結果、マリアの信頼をどうにか勝ち得ることができた。
チョロい。
と言いたいところだが、ここまで来るのに1年以上費やしてようやくだ。
長かった。
最初の外出の時も一筋縄ではいかなかった。
初めての、完全に家から離れた外出にウキウキ気分のマルコ。
俺もだが。
これで、ようやく色んな事が試せる。
と思っていたら、こっそりとトーマスが付いてきていた。
下手くそだから、すぐに分かった。
ローズに声を掛けさせたら、偶然を装って無難に二言、三言、言葉を交わしてた。
しれっと口説いていたので、俺が優しく微笑みながら手帳に何か書き込むふりをしたら慌てて去っていった。
これで安心と思ったら、遠く離れた角からひょこっとヒューイが顔を覗かせた。
あれか。
下手くそな尾行をわざと見つけさせて、油断させる作戦か。
母上、過保護が本気過ぎませんか?
今度はジャッカスに気付かせると、ヒューイが驚いた表情をしていた。
まあ、お陰でジャッカスの能力の方は、信用してもらえたけど。
元々チンピラだけどね。
今じゃ、俺の忠実な僕。
そんなこんなで、初めての外出は背後を気にしながらの街の散策で終わってしまったのは苦い思い出。
今じゃ、二人が迎えに来たら普通に出歩く事ができるようになったけど。
「坊っちゃん、腹減ってないですか?」
「いや、大丈夫だけど?」
「お手洗いは済ませてきましたか?」
「……」
昔と言ってることは、変わらない気がするけど。
ローズが微笑ましいものを見るような目で、ジャッカスを見ている。
昔俺を誘拐した野盗の一味だって教えてやったら、どんな顔するかな?
いや、物理的にジャッカスが死にかねないからやめとこう。
こう見えて、ローズはマルコがお気に入りだ。
かなり可愛がっている。
マルコ誘拐事件の後に、普通に護衛の面接に来るレベルで……
勿論、色々な事情で落とされてたけど。
で、ジャッカスが住んでいる家に着くと、俺とジャッカスの二人は管理者の空間に移動する。
ローズは見張り役。
ローズには、俺の能力の秘密は教えてある。
ついでに言うと、一度管理者の空間に連れていっている。
本人の意思が伴えば、連れていくことができるらしい。
その場合、従属の契約は結ばれない事が分かった。
一安心。
なんのために管理者の空間に移動するのかというと……
神殿にあるタブレットぽいインターフェースを操作して、神殿の中央に地図を呼び出す。
その中から、西の大陸を選ぶ。
いまさらだが、シビリア王国はこの世界に5つある大陸の1つ、西のセーラ大陸にある。
セーラ大陸には他にも3つの国があるが、それは置いておこう。
中央の大陸にこの世界の宗教の最大派閥、シュトーレン教の聖地がある。
厳密にいえばシュトーレン教が聖地に聖都を構え、そこを中央の国と教えたために位置的にセーラが西の大陸になっただけで、地球ならこの国の地図の中央はセーラ大陸だろう。
まあ、数百年続く形なので今更、変えるのは無理だろうけどね。
何故地図を取り出したかって?
それは、神様がくれた便利機能を使うのに必要だから。
そう、転移機能を使って素材集めをするためだ。
思ったより、配下の虫たちが強い。
だから、少々の無茶がきくという事は分かった。
なので、少しは強い魔物が出てくる場所でも問題無いし、強い魔物の方が良い素材が手に入るからね。
ちなみに外出できない間、色々と俺も俺で実験を重ねていた。
結果として、虫たちがより凶悪になってしまったことだけは確かだ。
俺にとっては、懐いてくれているので可愛いけど。
主力となるメンバーだけ再度確認しておこう。
まず従者筆頭のカブトだが。
名前:カブト
種族名:森の蟲王(変異種)
スキル:鉄の槍
鉄の盾
筋力強化
魔素空間
超回復
見た目は体高が70cm、全長が2m近くになっている。
角も上下に2本、左右に2本、さらには頭部の後ろに上に向かって湾曲した幅広の短い角が増えた。
本人の希望通りの進化だろう。
新しい角を背もたれにして、左右に伸びた角に足を掛けて乗る事ができるようになった。
その状態で空も飛べるのだが、安定のある飛行に油断していたところ、急加速されていきなり振り落とされたので肝を冷やした。
空中で捕まえてくれたので、大事には至らなかった。
暫く飛ぶときは、六本の足でガッチリと捕まえられるという形になったが。
一応、革のベルトを角に巻き付ける事で解決した。
アクロバット飛行の際は、足でガッチリホールドされるけど。
ちなみに魔素空間は、主に俺に魔力を供給するためのものらしい。
魔石を食わせてから、暫くして顕現した。
まあ、今のところマルコは魔法が使えないが。
そして次がラダマンティス
名前:ラダマンティス
種族名:死を運ぶ鎌を持つ者(変異種)
スキル:鉄の鎌
真空刃
敏捷強化
超回復
威圧
こちらも全長が2mを超える、大型種になってしまった。
こっちは背中がシュッとしてて乗りやすい。
触角を掴むのは嫌がるので、一応首にベルトを巻いて手綱みたいにしてるが苦しくはなさそうだ。
ちなみに超回復は冗談でポーションを素材にしたら覚えた。
なので、一応虫たちには基本的にポーションを合成している。
一応飛ぶことはできるが、カブトと違ってそんなに上手じゃない。
今度、鳥の羽を合成してみようかと検討中。
最後が土蜘蛛
名前:土蜘蛛
種族名:不可避の追跡者(変異種)
スキル:鉄の網
猛毒付与
土操作
鉄網加工
超回復
威圧
なかなかに、強力なスキルを使う。
全長は1m50cmほどと他の2体に比べて小ぶりだが、左右も同じくらいあるため大きく見える。
糸を使って森を飛ぶように移動できるが、俺を運ぶ際は糸でぐるぐる巻きにされる。
背中に乗ってみたが、お互い安定性が悪かったみたいでこの形に落ち着いた。
でもって、身体に括りつけられる。
一番安定感のある移動方法だが、いろいろとキツい。
というか、普通に車酔いになる。
ちなみに、蝶にポーションを合成したら、癒しの鱗粉というスキルを覚えた。
結構重宝する。
この鱗粉を振りかけられると、少々の怪我ならすぐに治る。
他と違った進化をしたあたり、やはり素材との相性や親和性も重要なのだろう。
蟻や蜂、百足たちもそれなりに進化している。
しかも、蟻も蜂も女王に素材を食わせたら、他の連中も合わせて進化するというお得仕様。
これは、嬉しい。
そんな家来たちを伴って、最近ではもっぱら西の大陸でもそこそこ危険なハベレストの森に出掛けている。
安全のために森の入り口近くで巨大な蜥蜴や、大きな牙を持った猪を主に狩っているが。
主に進化した虫たちが、新しい身体に馴染むための訓練を兼ねての事だ。
ついでに、牙や爪などを持ち帰っているが。
そろそろ、森の奥に入っていってもいいかもしれない。
ここには地竜といった硬い鱗を持つ巨大な蜥蜴や、魔狼と称される魔法を使う狼なんかの群れもいるとのことだし。
今までのこいつらの戦いぶりを見てる限りたぶん、大丈夫だと思う。





