表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
107/304

第93話:大運動テスト

運動回

 朝早くに上空に火魔法が打ちあがるのを、スレイズベルモントの屋敷の庭で眺める。

 今日の、大運動テストが予定通りに行われることを知らせる合図だ。


 10月も終わり、11月の頭。

 大分涼しくなってきたこの時期に、後期の前半のテストが行われる。

 そして後期後半のテストは12月の終わり。


 ただ今回は、普段とは違った部分がある。

 それは、運動能力テストに保護者も呼ばれる。

 この半年で成長した子供達の姿を披露するためだ。


「テストが始まったら敵同士だな。負けないぞ!」

「そだね」


 こちらにビシッと指をさして宣戦布告をしてくるヘンリーを軽くあしらう。

 様々な競技をクラス対抗で行うこのテストは、いわば運動会だ。

 

 というか、普通に運動会で良いと思う。


「今日はテストがあるから、軽く流す程度にしておくか」

「はいっ!」

「はいっ!」


 そして訓練再開。


「ありがとうございました」

「……ました」


 本当に軽く流す程度だった。

 反撃の隙すら与えてもらえず、ガスガス削られていくだけ。

 こっちは殆ど動けて無いから疲れていないけど……あくまで、それは肉体的疲労をさしてのこと。


 精神的には普段の倍以上削られた。

 ヘンリーの目から光が失われて、足がガクガクと震える程度には。


 学校に向かうと、運動がしやすい恰好に着替えて校舎の無い敷地へ移動。

 野外授業や部活動が行われる運動場だ。


 一応、初等部と高等部とで分かれて行う。


「それでは正々堂々、人としての尊厳を守って戦うように」


 チャド学園長の挨拶を受けて開催。


「君がマルコ君かい? 噂はかねがね聞いているよ」


 誰だろう?

 たぶん、2年か3年生だと思うけど。


「僕はデルタ・フォン「キャー! 貴方がマルコ君? セリシオ殿下と仲が良いんだって?」

「可愛い!」

「えっと……殿下とは普通です。ただのクラスメイトです」

「マルコ……お前」


 そこに上級生の他の女の子達が突撃してきた。

 たぶん体操服の刺繍からして、貴族科の生徒だと思う。

 僕を褒めつつセリシオの名前を出してくるあたり、僕をだしに彼とお近づきになる算段だろう。


 貴族科の中で子爵といえば、将来有望かもしれないが下に見られることが多い。

 伯爵家の子女が適当におだてて調子に乗らせたら、扱いやすいとでも思ったのかな?


 だから、正直にただのクラスメイトだと教えてあげる。

 そして、デルタなんたらさんは女子たちにはじき出されて、輪の中に入れずアタフタしてた。


「殿下居たんですか?」

「同じクラスなんだから、近くに居るのは当たり前だろう! 夏休みは領地にまで招待してくれたというのに」

「勝手に押しかけて来たんでしょ?」


 セリシオが若干凹んでいる。

 けどここでセリシオと仲が良いと思われたら、学園生活がまた荒れそうなので全力で否定させてもらおう。


「殿下!」

「あの、私「ああ、すまんな。今から、マルコに大事な話があるから、ちょっと借りていく」

「はい……」


 そして殿下に肩を組まれて、拉致されてしまった。

 女の子達ががっかりしつつも後ろでヒソヒソと話す声が聞こえてくる。


「やっぱり2人は本当に仲が良いみたい」

「殿下はやっぱり素敵です……だけど、マルコ君も可愛らしい」

「うーん、私はマルコ君の方が好みかな?」

「あら、ディーン様は?」

「あれは別格!」

「最近は、クーデル伯爵のところのベントレー君もなかなか」

「ええ? 私だけが彼の変化に気付いていたと思ったのに」


 いやいや何やら言ってるけど、この世界あんまり貴族の中で姉さん女房って聞いた事無いから。

 年上の時点で、かなりのハンディを背負ってるって理解してるのかな?

 

 そして一瞬で僕と殿下から話題が、ディーンとベントレーに移ってしまった。

 ちょっと寂しいけど、今の僕には関係無いし。


「いや、余との仲を取り持ってもらおうと下心ある女性が面倒くさいのは分かるが、あの言い種は無いだろう」

「うーん……半分本音だったり」

「ええ……」

「ああ、半分冗談ですよ!」

「言ってる意味は、一緒じゃないか!」


 こないだの襲撃事件以来、やけにクラスメイトの評価を気にするセリシオに迂闊な事を言うと面倒くさくなることが、すでに面倒くさい。

 セリシオは僕の大事な友人だよ! って言うのが一番彼が面倒くさくなくなる答えだけど、馴れ馴れしい彼も面倒くさいので困ったものだ。


「それよりもそろそろ待機場所に戻らないと」

「うう……お前の言葉は本音か嘘か分からん。もう少し、素直になれ」

「これでも、素直な子供って評判なんですけどね」


 管理者の空間の面々の中では。


「やあマルコ! おお、殿下もご一緒か」


 そこに最近では最も面倒くさい奴が乱入してくる。

 お馴染みの、ガチでそろそろ親友をやめてしまおうかと思っている彼だ。


「今年の優勝は、我々総合上級科が貰う! マルコ、覚悟するんだな! それと、殿下も本気でお願いしますね!」

「ちょっと、ヘンリー君!」

「やめなよ!」


 ヘンリーが僕を指さしての勝利宣言。

 横にセリシオが居るのに、でかく出たもんだ。


「ふっ、面白い! お前がどう変わったか、この運動能力テストで見極めさせてもらおう」

「望むところです殿下! 新生ヘンリー・フォン・ラーハットの勇姿を、とくとその瞼に焼き付けてごらんにいれましょう」

「よくぞ言った! 余も正々堂々、全力をもって総合上級科の優勝を阻止してやろう!」


 うわぁ……

 物凄く面倒くさい化学反応が起こってる。


 この2人、混ぜるな危険状態だ。


 イケイケのヘンリーは、何かと周りに遠慮されがちでディーン以外からは腫れ物を触るような扱いを受けているセリシオにとってドンピシャだったらしい。

 ここまで正面切って喧嘩を売られたことも無いだろうし、本気で嬉しそうだ。


「おいっ! マルコ! お前はすぐに手を抜くように見えるが、今回は本気を出せよ! 貴族科が貴族科たる所以をこいつらに見せてやれ!」

「やだよ……」

「そうか、無気力系を装って本番でサクッと結果を出して、やれやれ……こんなんじゃアップにもならないぜ! を演出するつもりだな?」

「なにそれ? そんな恥ずかしい人居ないでしょ!」

「いま、婦女子の間で流行っている物語に出てくる、主人公の女の子の恋の相手の黒騎士がだな……「黒騎士さんはそんなにかっこよくないらしいよ……」


 なにやらセリシオがとち狂った事を言い出したので、適当に相槌を打ってその場から逃げ出す。


 後ろでは……


「あの殿下……これは、ヘンリー君が勝手に言い出したことで」

「ん? お前は誰だ?」

「えっと……総合上級科1年のクラス委員を務めております、ノキア・フォン・ベンゾーと申します」

「ふーん……ベンゾー子爵家か……」


 あまり興味が無さそうだ。

 

「私共と致しましては、今年は殿下もいらっしゃる貴族科の皆様に気持ちよくこのテストを終えていただけるよう「委員長! そんな事を言っては駄目だ! 殿下も正々堂々と戦われることを望んでらっしゃる!」

「ノキアと言ったな! お前、俺達を勝たせるために手を抜く気か?」

「いえ、そのようなつもりは……元々、優秀な生徒が集まる貴族科の方々に勝てるとは思っておりませんので、せめて邪魔だけはしないよう努める所存です」

「そんな気持ちでどうする! 勝つつもりでやるべきだろう! ここは戦場だぞ!」

「そうだ! ヘンリーの言う通りだ! そんな気を使いながらの勝負事など面白く無いだろう!」

「えっと……」


 可哀想に優等生っぽいけど、どこか頼りないノキア君が泣きそうになっている。

 これはよくない。


「はいはい、セリシオももう行くよ! 皆集まってるし。あっ、ノキア君も気にしないで、普通に頑張っていい成績を残してね」

「有難うございますマルコ君」

「ちょっと待て、まだ話は終わって無いぞ! こらっ、マルコ! 引っ張るな! 不敬だぞ!」

「敬って欲しかったら、それなりの人格者を演じてくれないかな?」

「なんだ、その言い様は!」


 取りあえずノキア君が見てられなかったので、セリシオを引きずってクラスメイトの元に戻る。

 ヘンリーが後ろでなにやらノキア君に、熱血指導を行っているけど彼の事は任せた。


 普通に考えて今年の貴族科には、この国の第一王子が居るんだから気を遣うなっていう方が無理でしょ。

 その辺の立場を理解しているのだか、していないのだか……

 時々セリシオが年相応になっていたのが、最近じゃ時々セリシオが王子っぽいに比率が変化している。


 良い傾向なんだか、悪い傾向なんだか。


「いきなり頂上決戦だな!」

「ほう! しょっぱなからヘンリーが相手か! 先ほどの言葉が口だけじゃないことを祈ってるぞ!」

「はは、見ていてください! 俺が今までの俺じゃないって事を証明してみせましょう!」

「いや、全員参加なんだから当然でしょ?」


 第一種目は全員参加の中距離走。

 距離は2.5km。

 9歳、10歳児にとってはそれなりに距離がある。


 他のクラスの生徒は皆気を使ってセリシオを前に押し出して、走りやすいように少し距離を置いている。

 これ幸いとばかりにディーンがセリシオの横を陣取っているが。

 クリスはセリシオの後ろ。

 たぶん、最後まで抜く気は無いのだろう。

 殿下は俺が守るってオーラがヒシヒシと伝わってくる。


 まあ、僕も人の事を言えないけど。

 スタートダッシュを切るために、セリシオの傍に居る訳だし。


 そこにセリシオと僕の姿を見つけたヘンリーもやってきてしまった。

 他の生徒がざわつき、不満そうに小さな声でヤジを飛ばしているが本人は聞こえていない……というか、気にしていないようだ。


 それよりも、僕とセリシオとの直接対決が楽しみで仕方ないといった様子。


「あっ、クルリ! そんなところに居ては、すぐに集団に呑まれてしまいますよ? こちらにどうぞ?」

「ひーん、無理ですって! 私女の子ですから!」


 その横でディーンがキョロキョロと周囲を見渡し、クルリの姿を見つけると呼びかける。

 クルリは同じ野外授業を受けている子だ。

 野営の授業だ。


 そこで僕とディーンと同じ班に入っている。

 ディーンのお気に入りっぽい、一般人。

 そう、一般人なのだ。


 そんなクルリに王太子殿下の横に来いと?

 お前は鬼か?

 そもそも、これから始まるのは男子の部だ。

 クルリには参加資格すらない。 


「へえ、これでもこの国じゃそれなりの地位を任されている親を持っているのですが……その僕のお誘いを断ると?」

「やめれ! クルリは気にせず、自分のペースで女子の部を頑張るんだよ!」


 そんなディーンの魔の手から守るために、クルリに声を掛ける。

 何故か泣きそうな表情を浮かべるクルリ。

 そんなに怖かったのか。


 安心してほしい。

 ディーンは僕が食い止めるから。


 そんなやり取りをしていたら、パンっという競争開始を告げる音魔法の音がする。

 まずい、クルリに気を取られて出遅れた。


 ふと前に視線を送ると、したり顔のディーンがロケットスタートを切っていた。

 その横を並走するのは、ヘンリーだ。


 あれっ?

 セリシオは?


 普通に先頭を走るディーン、ヘンリーと後続集団の中間地点。

 うーん……速いけど、王子だったらもっとスペック高くて良いと思うんだけど。


 そう思いながらも、まあセリシオの後ろを走っていたらそこそこの成績は取れそうだと、身体の大きなクリスを風よけにして楽に走る。


 ディーンは自分のペースを守るタイプらしく、ぐんぐん加速するヘンリーを追いかけるつもりはないらしい。


「マルコ! 何してる! 早く、ヘンリーを追いかけないと」

「自分が追いかけたら良いじゃん」

「くっ、あいつ速すぎるだろ!」


 先を行くヘンリーを見て焦ったセリシオが、僕にとっとと追いかけろと言ってきたが別にトップを取らなくてもそれなりの点数は貰えると思うんだけど。


 というかこれってテストだし、配点表にもあったけど1位から10位までは満点だったよね?

 だから、10位以内に入れば十分なんだけど……


「お先に失礼します」

「誰?」

「さあ?」


 と思っていたら、見た事ない子が横を抜けて行った。

 

「戦闘学科のトップですよ」


 クリスが教えてくれた。


「えっ? クリスって意外と情報通?」

「ふん、うちの分家の子だから知ってるだけだ」


 相変わらず、僕にはそっけない。

 うちの領地で楽しんでいたくせに。


「へえ、じゃあ従弟とか?」

「そんなところだ」


 ビーチェ家のこなら、あの高い身体能力も納得。

 頑張ってね。


「なに?」


 ふと横を見たら、クリスが不満げな表情で僕を見つめている。

 明らかに不機嫌な表情だ。


「何故貴様はヘンリーを追いかけないのだ! 殿下が追えって言ったのに」

「えー? これからも沢山競技あるんだよ? 10位までが満点だったら、無理に1位とらなくても良いじゃん」

「いや、競争だからな? やはり、1位を取った方が良いに決まってるだろう」

「クラス対抗なんだし、10位以内に僕とディーン、セリシオとクリスが入ったら貴族科としての面子は保てるんじゃない? 女子の部はエマとソフィアも頑張ってくれるだろうし」

「1位を取ってこその、貴族科だろう!」

「じゃあ、自分が取ったら良いじゃん」


 優勝したクラスにはトロフィーが貰えるが成績上位50位以内の約半数を占めてるんだから、普通に貴族科の優勝は決まっていると思うんだけど?


 生徒全員の点数の合計で順位も決まるわけだし。

 正直約2名を除いて、上位50位内に入り続けたら優勝は間違いないと思うんだけど。


「全競技1位もとって、優勝したい!」

「殿下は、そう望まれてる」

「じゃあ、クリスが頑張って。セリシオの面倒は僕が見るから!」

「人を子供みたいに言うな!」


 そんなやり取りを行いつつも、結局順位は変わらず。


 1位がヘンリー……かと思いきやクリスだった。

 2位がヘンリー。

 3位にディーン。

 4位はフィフス、5位にセリシオ、6位が僕で、7位にベントレー、8位にブンド、9位がアルト、そして10位がクリスの従弟。


 結局僕が当てにならないと分かったセリシオが、クリスに何がなんでも1位を取って来いと言っていた。

 クリスの従弟は早々にスタミナ切れをおこしていたとか。


 おじいさまの強制マラソンで限界を超えて走る事を覚えたヘンリーについて行った結果、自分のペースを乱され自爆。


 4位のフィフスってあれね。

 うちのクラスに居る、目立たないけど成績の良いヘミング伯爵の5男坊ね。

 いつの間にか前走っていた。


 それから色々な競技を終えたが、結果は貴族科が単独首位。

 そりゃ、常に上位10名の過半数以上を取ってたらそうなるよね。


 しかもここまででヘンリーが1位を取れた競技は1つも無い。


「口ほどにも無いぞ、ラーハット!」

「申し訳ありません! でも午後からは、私の成長をご覧に頂けるでしょう!」


 いや、殆ど3位以内入ってるから十分じゃないかな?

 セリシオとヘンリーの寸劇を見ながら、お弁当を食べる。

 なんと、このサンドイッチはおばあさまが手ずから作ってくれたらしい。


 料理人が作ってくれるのが当たり前と思っていたから、家族の作ってくれた料理にテンションがあがる。


「マルコは上手ですね」

「ふんっ、わしの孫なら全部1位を取らぬか!」


 適度に手を抜いて全競技満点を取っている僕を褒めるおばあさまと、1位じゃないことを不満にもらすおじいさま。


 でも、結果として総合成績は同率1位なんだから、1位ってことで良いと思うんだけど。

 成績上位10名のうち、ディーン、ヘンリー、クリス、セリシオ、フィフス、そして僕が満点だ。

 ヘンリーとクリスは互いに潰し合っていて、疲弊している。


 セリシオも彼なりに本気で臨んでいるので、疲れているようだ。


 この中で余裕があるのはディーンと僕、そしてフィフスだけ。


 あとは、貴族科に接待してる実力ある子達は、かなり楽そう……


 午後は武術関連。

 

 藁人形相手の攻撃力測定と、模擬戦。

 ここは流石におじいさまが見ている手前、手を抜いたら後が大変そうだ。


 本気でやらないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの管理の仕事に出向する話

↓↓宣伝↓↓
左手で吸収したものを強化して右手で出す物語
1月28日(月)発売♪
是非お手に取っていただけると、嬉しいです(*´▽`*)
カバーイラスト
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ