第91話:マサキとカイザーとミスリルさんと
「ふーん……じゃあさ、ため池作ってそこに雪とか氷を集めといたらいいんじゃないかな?」
「うん?」
「で、ため池から畑に向かって溝を作って、ため池の氷を溶かしつつ畑に届くまで水温を上げるよう小さめの火の魔石を等間隔で並べて……」
「なるほど、それだったらすぐにでも出来そうじゃな」
管理者の空間でタブレット越しに魔王カイザーと、畑談義。
といっても、俺は別に農家の産まれって訳じゃない。
だから、誰でも思いつきそうなことを提案。
割と万能に魔法をこなす魔族は、こういったアナログ的発想に弱いとのこと。
いま話し合っているのは畑の水やりについて。
魔法で水を撒いているとの事だが、それだとどうも味気ないとのこと。
それに、魔力の混じった水は水量を間違えると植物を枯らしてしまうとか。
魔王なら簡単に出来るけど、他の者はそれなりに苦労するとの話だった。
それならと管理者の空間の魚を貸し出そうかと提案したが、なるべく今居る人材でどうにかしたいとの事だったので、今ある物で使える物が無いか検討中。
「作物の間に穴の開いた筒を通して、そこに水を流したら自動で水やりするような仕組みとかは?」
「いや、多少は手間暇かけんと収穫の喜びが……」
でもって魔王、割と拘りが多くて面倒くさい。
「じゃあ牛にでもアイデアのヒントを教えて、開発させれば良いじゃないか。その仕組みを作り上げるだけでも、それなりの達成感を得られるぞ?」
「じゃがあ奴等指がのう……手先が不器用じゃから」
「そんなもんあいつらを指揮に回して、手先が器用なもんに造らせたら良いだろう! その方が多くの魔族が参加できるし」
「それもそうか……早速提案だけでもしてみるか。中々に有意義な話し合いじゃった」
「頑張れよ」
そう言ってタブレットの画面から魔王の私室をフェードアウトする。
場所は部屋の外。
そこには、扉に耳をそばだてるバルログさんと牛たち。
「また、魔王様が独り言を」
「おいたわしや……私どもがいくらでもお話ならお伺いするというのに」
「それにしても、まるでそこに誰かがおるような独り言ですな」
牛の1頭の言葉に、バルログともう1頭が顔を見合わせる。
「「本当に、重症だ」」
1人と1頭がガックリと項垂れている。
あー……まあ、いいや。
マルコも寝ただろうし、久しぶりにミスリルさんのところにでも。
「あっ! マサキちゃんね!」
すぐにトクマに発見されて、捕獲された。
「いま、ここはおっきな蟻がいっぱいいるね。危ないね」
「大丈夫だよ。蟻なんかに負けないし」
「むむむ、マサキちゃん油断は駄目ね」
蟻が居るから危ないと言われたけど、全員顔見知りなんだけどね。
顔の区別つかないけど。
ケラケラと笑いながら大丈夫だと手を振って応えると、トクマが顔を近づけて俺の顔の前に人差し指を立ててチッチと左右に振る。
「マサキちゃんが思ってるよりずっと大きいね! マサキちゃんみたいなちっちゃい子頭からガブリと食べられちゃうね!」
俺を脅すように微妙な抑揚をつけて喋って来るトクマに思わず笑ってしまった。
「そんなに恐ろしい蟻なら、僕と一緒に居るといいよ。守ってあげるから」
「んもう! マサキちゃんは人のくせに可愛い事言うね! うちの子になるね」
「いやあ、両親共に健在だから、もし万が一孤児になったら宜しくね」
「駄目ね! 孝行したいときに親は無しね! 万が一なんて考えるもんじゃないね」
話に乗ってあげたら、叱られた。
解せぬ。
相変わらず顔が前髪で隠れてるけど、鬱陶しいのかたまに髪を掻き上げた時に覗く顔がイケメン過ぎてイラッとする。
仕草込みでイケメンだ。
喋り方変だけど。
プラマイ0にはならない。
「じゃあ、今日はウチの上司に合わせてあげるね」
「良いの?」
「勿論ね! あいつに顔を覚えて貰ったら、この塔で自由にしても誰も何も言わないね」
あいつて……
上司じゃ無かったのか?
いまいち、トクマの立ち位置が分からない。
只者じゃ無い雰囲気は感じるが。
いまいち、実力が分からない。
今日は手にはたきを持ってるし。
高い所の埃を落としていたのか、口を覆っていたであろうハンカチを首に巻いているし。
清掃員?
にしては、底知れない実力がありそうな雰囲気も。
「カイン! 友達連れて来たね」
「ん? いま忙しいのだが……低階層を守らせてる悪魔から出された20階層の修繕費の稟議書の数字がちょっとおかしいから、これだけ再計算したら話を聞かせて貰おう。すまんが、そこに座ってお茶でも飲んでてくれ」
こちらも見ずに、カインと呼ばれた男が書類を前に算盤を弾いている。
衝撃の事実。
ミスリルさんの名前が判明。
カインと言うのか。
『誰か手の空いているものは、お茶を2つ持ってきてくれ』
それから、テレパシーを飛ばすのを感じる。
【連絡】か……
カインさんったら、意外と器用。
「あー、そこ材料費の内訳がおかしいよ。加工費がそれぞれに掛かってるけど、見積もりだと一律になってる」
「そうか、すまんな」
後ろからカインが処理してる書類を後ろから覗き込む。
壁材の加工費が見積だと全ての材料を加工した金額が提示されているのに対して、稟議書の方は壁1枚あたりにその加工費が加算されている。
そりゃ、総工費がおかしなことになる訳だ。
にしても良く気付いたな。
リフォーム代金の市場価格を、いちいち押さえてる人なんて居ないと思うけど。
数字を見ただけで違和感を感じる程には、情報を集めてるのか。
ミスリルさん、優秀。
「ん? 君は……お前は!」
「えへっ、来ちゃった」
そしていきなり声を掛けられた事にようやく疑問を持ったミスリルさんが振り返って、俺の顔を指さして口をパクパクとさせている。
あー、鎧を取った時は後ろ姿しか見られていないと思ったけど、これバレてるね。
「なんで分かったの?」
「脱衣所の鏡にバッチリ顔が映っていたからな! っていうか、鎧返せ!」
「ごめん、売っちゃった」
「きさま!」
いきなり俺を掴もうとしたミスリルさんの手を、誰かが掴む。
「駄目ね、子供に酷い事しちゃ」
「邪魔をするなトクマ! こいつが、俺の鎧を取った盗人だ!」
トクマだ。
そしてミスリルさんに言い聞かせるように優しく諭すが、ミスリルさんがミスリルの鎧をカチャカチャ言わせながら喚きちらしている。
やかましい。
「お茶をお持ちしました」
「わーい、ありがとう」
タイミング良く? お茶を持ってきてくれたサキュバスっぽい魔族の女性からお茶を受け取る。
ええ香りや……
お茶じゃないよ?
お姉ちゃんから仄かに香る、濃厚で甘美な鼻孔をくすぐる甘い香りの事だよ?
「まあ、可愛い子」
「えへへ」
お礼を言ってお茶を受け取ったら、お姉さんが微笑みながら頭を撫でてくれる。
胸元が大胆に開いていて、目が引き寄せられそうになるのを鋼の精神で押しとどめる。
男性諸君!
どんなに上手にチラ見したつもりでも、見られてる方は意外と気付いているからね?
そしてそんな目先の欲望を耐える方が、良い事があるんだぜ?
「あら、おませさんね。そんなにお姉さんのおっぱいに興味あるのかなー? えいっ!」
「うわっ! 苦しいよ」
すいません……
本能にあがらえませんでした。
チラ見どころかガン見してたら、お姉さんが悪戯っぽく笑って胸に抱きしめてくれた。
柔らかいし、良い匂い……
もう、死んでも良いかも……
口で精一杯の抵抗をしつつ、しっかりと堪能する。
「おまっ! そいつは、俺の鎧を取った奴だー!」
「あのお兄さんの言ってる意味が分からない。怖いよー!」
ミスリルさんがドシドシと近づいて来て、俺の襟元を掴んで引きはがす。
チッ!
余計な事を!
「もう! 黒騎士様! こんな小さな子に乱暴しちゃ駄目です! メッ!」
「メッって……」
「そうねカイン! 大人げないね!」
「トクマ……」
お姉さんが無理矢理ミスリルさんから俺を引きはがして、抱きしめて庇ってくれる。
それからトクマが近付いて来て、ミスリルさんの頭をポカリと叩く。
上司じゃなかったのか?
それより……
「お姉さん、あの人黒騎士っていうの? でも、あの鎧ってミスリルだよね? わざわざ黒く塗ったの?」
「おまえっ」
「また! 黒騎士様、この子になんの恨みがあるんですか!」
「いや、鎧を盗られ……」
「盗られる方が悪いんです! それにこんな子供がどうやって盗ったって言うんですか?」
「そうね! 子供に鎧を盗られるとかありえないね! 管理が悪いね!」
ニヤニヤと偽黒い鎧の事を指摘したら、ミスリルさんがまた掴みかかって来てお姉さんとトクマに止められる。
確かに恨みはあるよね。
あと、虫達が俺の配下ってしったらたぶん、血管ブチ切れると思う。
「まあ、さっきの書類の間違いを教えたってことで、許してくれませんか?」
ウルウルとした瞳で、ミスリルさんを見上げる。
「出来るか!」
「痛い!」
「カイン!」
「黒騎士様!」
「いてー!」
思いっきり頭に拳骨くらったけど、倍以上の威力の攻撃をお姉さんとトクマから受けていた。
本当にこいつって、可哀想なやつ。
「返せ」
「えっ?」
「俺の鎧を返せ!」
「えへへ……売っちゃったって!」
「いくらだ!」
「ん?」
「いくらで売った!」
「金貨2枚」
「っ……」
金貨2枚って答えた瞬間に、ミスリルさんが真っ白になってしまった。
冗談だったんだけど……
「本当にマサキちゃんが盗ったね?」
「うん……籠に入ってたから、宝箱かと思って……ダンジョンドロップ品って見つけた人の物になるって聞いてたから」
「うーん……宝箱に入ってるってことは大事な物ってことだから、盗っちゃ駄目ね! でも、冒険者としてきたんだったら、そう思っても仕方ないね」
おお!
俺の事を疑ってきたトクマに適当に言ってみたけど、なんとなくスッと理解された。
素直だ。
「ごめんなさい……」
「良いね……本当は、売って無いって顔してるね」
「本当か?」
えっ?
「いきなりカインが怒鳴ったから、意地悪してやるって顔ね。でも、マサキちゃんは良い子だから、そんな事しちゃ駄目ね」
「うん……」
「いや、トクマ! この子が鎧を売ってないってのは、本当か?」
「五月蠅いね。いま、マサキちゃんと話してるね」
「いや、大事な「う・る・さ・い! と私は言ったね?」
「はい……」
いやいやいや、トクマって部下じゃ無いの?
なんでそんな叱られた子犬みたいに、ちっちゃく凹んでるの?
「籠に入れて置いてあったね?」
「うん! 綺麗な部屋に籠に入れてあったから、てっきり宝物だと思って……盗っちゃ駄目だった?」
「いいね」
いいんかい!
「でも、出来ればカインに返してあげて欲しいね」
「うーん……どこに放ったか覚えてないけど、一応帰ったら探してみる」
「それは本当っぽいね」
「おいっ! 今すぐ帰れ! そして家中をひっくり返して見つけて来……」
売ってないことが分かったからか、ミスリルさんが急にはしゃぎだした。
そして、トクマに裏拳で気絶させられていた。
「でしたら私がこの子をお送りします」
「駄目ね! それは私の仕事ね」
「いえ、トクマ様はお忙しいでしょうし」
「暇ね」
暇って言っちゃった。
本当に、この人何してる人なんだろう。
そして、ここは僕の為に喧嘩は辞めてっていうべきなのか?
「なんか、この子の手凄くゾクゾクする。聖気を常に流し込まれてるみたいです」
「そんな事無いね。物凄く邪気に溢れていて身体中から気力が満ちてくるね」
どうしてこうなった?
右手をサキュバスのお姉さんに繋がれ、左手をトクマに繋がれ、ロズウェルの宇宙人みたいな状態で階段を下りている。
右手は善神様の贈り物だから生気じゃなくて、精気でもなくて、正真正銘の聖気だからそりゃそうだろう。
結局どっちも譲らず2人で送ってくれることになった。
っていうか、ミスリルさんあんなに働いているのに、あんたらはそれで良いのか?
「ちょっと変わってみるね……うわっ、この子聖属性も半端ないね」
「やぁ……なにこれ……凄い……」
2人の立ち位置が変わる。
トクマが顔を顰めているのに対して、お姉さんは頬を上気させて身体をくねらせている。
うん、危険だ。
それから1階層毎に2人が立ち位置を変わることで、折り合いがついたらしい。
正直1階層降りる毎にちょこまかと移動する2人が鬱陶しい。
ミスリルさん?
トクマに部屋に押し込められて、扉を板で打ち付けられていたよ。
本当に、この人何者なんだろうね……