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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第90話:スレイズブートキャンプ

「大丈夫?」

「う……うむ」


 次の日の朝、寝不足のせいか目を真っ赤に腫らして頬を倍以上に赤く膨らませたじじいを見上げる。

 流石に少し申し訳なく感じる。

 感じるだけ。


 頭の中では、昨日はお楽しみでしたねという質問が浮かんでいる。

 おそらく止めを刺すことになりそうなので、言わない。


「それではラーハットの王都宅に向かうか」

「はい!」


 元気よく返事をして、手を繋いで馬車へと向かう。

 しきりに頬をさする祖父。

 そして背後から鬼のオーラを放つ祖母。


 正直振り返るのが怖い。

 ヘンリーの狂った笑顔なんて比にならないほどの、恐怖を纏った笑顔。

 これ状態異常ついてるんじゃないか?

 

 そんな事を思いつつも、笑顔でエリーゼにも手を振る。


「頑張ってくるのですよ!」

「はいっ! おばあさま」

「スレイズ!」

「ああ!」

「分かってますね?」

「……あぁ」


 おばあさまに呼びかけられたじじいが勢いよく返事して、軽く身震いしたあと弱々しい声で答えていた。

 これ、ヘンリーはエリーゼさんに任せた方が良かったかも……


 そう思いつつも、ヘンリーの家に着く。


「ヘンリー! 迎えに来たよー!」

「おいっ、マルコ! はしたない!」


 精一杯元気よく門のところで声をあげる。

 両脇の門兵さんと、庭に居た庭師っぽい人が笑顔で会釈をしてくれる。


 それから俺とじじいが来たことを、屋敷の中に伝えに行く。

 しばらくして執事っぽい人が戻ってくる。


「あの……ヘンリーお坊ちゃまは体調がすぐれないらしく」

「ふーん」

「あっ!」


 しどろもどろとそんな事を言い出した執事の脇を抜けて、一気に屋敷の中に入る。

 入り口でこちらを怯えた様子で見ていたヘンリーが、見えたからだ。


「ヘンリー! 行こうよ!」

「えっ? いや……」


 そしてヘンリーが扉を閉める前に手を差し込んで、その腕を掴むと一気に引っ張りだす。

 前のめりになりつつ屋敷から出て来たヘンリーが、顔を反らして俯いて小さくボソボソと何か言っている。


「えっ? 体調悪かったけど、少ししたら良くなった? 大丈夫だってー!」

「そっ! そんなこと言ってない!」


 勝手に話を作って、入り口に大声で叫ぶ。

 ヘンリーが慌てて俺を止めようと腕を引っ張る。

 その腕をサッと振りほどいて、睨み付ける。


「逃げんなつったろ」

「ひっ……」


 表情を消して思いっきり低い声で、小さく呟く。

 ヘンリーが顔を青くして、俯く。


「行くよな? あっ?」

「う……うん」


 他の人達に気付かれないような小さな声で囁くと、ヘンリーがようやく首を縦に振る。


「そっかー! ヘンリーも楽しみにしてたんだ! 良かった」

 

 そしてヘンリーと肩を組んで逃げられないようにして、おじいさまの元に向かう。

 それから、ベルモントの馬車で王都を離れ、王都からちょっと離れた場所にある森に向かった。


――――――

訓練初日


「さてと、まずは基礎からだな。2人同時に見てやろう」

「うん!」

「えっ?」


 じじいの言葉にマルコが剣を構えるのを見る。

 訓練が始まったので、取りあえずマルコに任せてみた。


 スレイズの言葉に、マルコがすぐに剣を構えたがヘンリーが良く分からずにオロオロしている。


「何してるの? 早く剣を構えないと?」

「えっ?」

「まずは気構えが出来取らん!」

「ヘンリー! 早く構えろって!」


 マルコの言葉にヘンリーが意味が分からないと目を白黒させていると、その頭上にじじいの剣が振るわれる。

 それをマルコが横から木剣を差し込んで防ぐ。


「人の心配が出来るほどの腕前かお主は!」

「痛い!」

「はっ?」

  

 すぐに剣が軌道を変えてマルコの顔面を捉える。


「何やってるのさ! 基礎訓練始めるって言ってるだろ?」

「う……うん」


 訳も分からずヘンリーが剣を握る。

 そして、じじいの剣がその剣を弾き飛ばし、脇腹を叩かれる。


「ぐっ……ぐう……」

「握りが甘い! 一回死んだぞ! 分かったらとっとと取って来い!」

「ええ?」


 ヘンリーが脇腹を押さえて涙目で見上げると、すでにじじいがマルコに無数の連打を浴びせてそれをマルコが一生懸命防いでいるところだった。


「き……基礎訓練って……」

「実践に決まってんじゃん?」

「そ……それって、基礎って言わない……」

「まだ取って来てないのか! 気合を入れろ!」

「ぎゃっ!」


 助けを求めるような目をマルコに向けるヘンリー。

 そこに容赦なくスレイズの攻撃が放たれ、首筋を打たれてその場に蹲る。


 30分ほど経って、ようやく基礎が終わる。


「なんなんだよ……なんで、僕がこんな事を……エマ……エマのとこに行かないと……僕が守らないと……」

「なんじゃ、余裕じゃな?」

「ウルサイ! こんな暇無いんだよ!」

「時間ならいっぱいあるじゃん! 謹慎中なんだから学校に行けないし、今頃エマなら授業中だし」

「だから、学校の外で……」

「そうか、ここから王都の学校に行くほどに体力が有り余っているのか……」


 じじいがそう言ってヘンリーを担ぐ。


「マルコ、ブースト使って付いて来い」

「うん!」

 

 そして、じじいが凄い速さで森の中を走り抜ける。

 マルコが一生懸命、強化を使って追いかける。

 本当に元気なじじいだ。


「さてと、ここからさっきのキャンプまでの距離が、キャンプから学校までの距離じゃ」

「……」

「聞いておるのか?」


 凄い速さで森を連れまわされたヘンリーは、気を失っていた。

 

「起きろ!」

「はいっ!」

「よしっ、キャンプまで戻るぞ!」

「えっ?」

「はいっ!」

「遅れたら、置いて行くからな? 獣の餌にでもなってしまうぞ?」

「ええっ?」

「ヘンリー、ほらっ! 走って!」

「えええええ!」


 一応それなりに手加減した速度で、じじいが走るのを追いかける。


「ひいっ……待って! 待ってって」

「ふんっ! 行軍で遅れるような奴を待ってくれる仲間などおらん! 付いて来られぬなら死ぬだけだ!」

「無理……無理だから」

「喋ってるという事は、その口から発せられているのはまだ余裕ですという言葉の裏返しじゃ!」

「マッ! マルコォォォ!」


 マルコに必死に助けを求めるヘンリー。

 それを見て、マルコが速度を落としそうになったので、マルコに代わるように言う。

 かなり渋ったが、身体を明け渡してもらう。


「なんだよ、僕の真似してたくせに全然じゃん! この程度で音をあげるなんて」

「むっ……無理だってぇ……こんなの、狂ってるよ」

「だから、ベルモントは強いんだよ。ヘンリー如きが真似出来る訳無いし」

「なんでっ、そんな……」

「喋ってる体力が勿体ないから、黙ってついてこいよ」

「ひっ……酷い……」


 途中で倒れ込んで足を痙攣させているヘンリーを見て、じじいが笑みを浮かべる。

 

「マルコ待っておれ」


 そう言ってその場から消えたじじいが、しばらくして戻ってくる。

 ただ後ろからもう一つ足音が。


 獣っぽい。


「ほれっ、マルコは先に行ってろ!」


 先に行ってろって……

 言われた通りに、少し進んでからマルコに身体を戻す。


「マサキ、酷い」

『良いんだって。甘やかしても、あいつにとって良い事なんて無いし』


 暫く進むと、背後からギャーーーーーーという悲鳴が聞こえて来た。

 そして続いて、グアアアアアという悲鳴。


 すぐに重そうな足音を響かせて、じじいがマルコに追いつく。


「なんじゃ、思った程進んでないのう。サボってたのか?」

「いや、心配してたに決まってるじゃん」

「ふんっ……ヘンリーはわしが預かったんじゃ! 今更、お主が何を気にする?」

「はい……で、ヘンリーは?」


 マルコの言葉に、じじいが肩に担いだそれを指差す。

 そこには大きな熊が担がれていて、その背中にヘンリーが括りつけられていた。

 

「ちょっと熊に頭を齧らせる直前まで追い込んだが、本当に限界だったらしい。悲鳴をあげるだけで逃げようとせなんだから、仕方なく牙が当たる瞬間に助けたが」

「ぎ……ギリギリだね」

「この程度の体力で、あそこからどうやって学校に戻るつもりだったんじゃろうのう?」


 ヘンリーの言葉を額面通りに受け取っていたらしい。

 

「起きろ! 次はマルコと打ち合え! ほれっ」


 地面に落とされたヘンリーは、じじいに強引に立たされてマルコと打ち合わせられる。


「おいっ、手加減するな!」

「えっ?」

「強化を使え!」

「ええっ?」

「やれっ!」

「はいっ!」


 本気の手合わせ。

 ヘンリーが、ボッコボコに叩かれる。

 手加減した瞬間に、スレイズが物凄い速度でマルコを木の剣で吹き飛ばす。

 3回ほどそのやり取りをしたあと、マルコは手を抜くのをやめた。


「本気でお前を目指しておった者を前に、手を抜くとか……この阿呆が!」

「ごめんなさーい!」

 

 マルコが物凄く怒られてる。

 でも、最初に自重するように言ったの俺だから、ちょっと申し訳ない。


 昼食を食べる。

 さっきの熊が御馳走だ。

 ベルモントの人がでっかい鞄を背負って来た。

 そして、簡単にテントを張って、簡単な竈も用意してくれた。

 でもって、すぐに帰っていった。


 調理はじじい……

 普通に野菜と肉と調味料を適当にぶちこんだスープ。

 それとパン。

 

 熊肉下ごしらえ殆どしてないけど、臭いんじゃないか?

 まあ、良いか……

 ヘンリーはそれどころじゃ無さそうだし。


「うぷっ」

「食え!」

「無理」

「食え!」

「ごめんなさい!」

「食え!」

「もう……もう許して……」

「食え!」


 こんなやり取りを暫く繰り返したあと、無理やり口に突っ込まれていた。


「オエー」

「吐くな!」


 戻そうとして、背中を叩かれて直立させられたあと口を押えられる。


「飲み込め!」

「おじいさま、喉に詰まらせちゃう」

「そしたら、腕を持ち上げて振って下に落とすだけじゃから、大丈夫だ」

「ひいいいい……」


 そして午後……


「じゃあ、基礎をもう一度」

「うん!」

「……」


 ヘンリーが生気を失った目で剣を構える。


「気力が足りん! おっ!」

「……」


 フラフラとしているが、ヘンリーが初めてガンバトールさんが得意とする受けの剣でじじいの攻撃を受け止めた。

 目覚めたか?


「やる気になったか。じゃあ、軽く打ち込むからな」

「ぎゃっ!」


 じじいがそう言って振るった一撃は、ヘンリーが剣を合わせようとした瞬間に軌道を変えて側頭部に叩きこまれた。

 どうやら気のせい……

 いや、折角自信を取り戻すチャンスだったのに。

 じじいの容赦ない訓練方針に、苦笑いが……

 

 土蜘蛛はハラハラとしているようだが、何故かカブトが感心したように頷いている。

 カブト?


 あとジョウオウ……昨日からテンション高すぎる。

 羽音がウザいから、ちょっと離れてて。


 えっ? 

 主はイケず?

 分かったから……


 そして、画面に目を戻す。

 

 相変わらず基礎じゃない基礎訓練が続いている。


 たまに防いでいるが、基本的に叩かれるヘンリー。

 マルコはどうにか防いでいるが、手が痺れているのか剣を取り落として叩かれる回数が増えている。


「僕も……もう無理」

「ほう、ようやく訓練が始められるのう」

「えっ?」

「この子に合わせておったから、お前はかなり楽が出来ておったしのう。ヘンリーは少し休んでおれ」


 それからじじいの怒涛の連撃が繰り出される。


「……」

「……」


 午前の倍の1時間行われた基礎訓練の後、2人とも燃え尽きたように無言で座り込んでいた。


「よしっ! 走るぞ!」

「ええ?」

「……」


 そんなじじいの言葉に不満を示すマルコとは裏腹に、ヘンリーは座ったまま首を横に振る。


「なんじゃ、また熊に襲われたいのか?」

「うう……もうやだ……帰りたい……」


 とうとう、ヘンリーが静かにメソメソと泣き出す。


「おお! まだ泣けるほど元気か! よしっ、それなら走れる」

「もうやだよー……なに、この人……」


 ちょっとじじいに任せたのは失敗だったかもしれない。


「……」

「おじいさま? ヘンリーが動かないんだけど?」

「ふむ、使い果たしたか。丁度いい」


 何が丁度いいのかが分からない。

 そして、じじいが剣を半円上に振るうと綺麗な更地が出来上がる。


「丁度、精神を鍛える修行を予定しておったからのう。空っぽの方が、育ちやすいからのう」

「そうなの?」

「ここに正座しろ」

「う……うん」

「……」


 マルコが言われるままに、じじいが指した場所に座る。

 ヘンリーも無言でもぞもぞと動いて、どうにかそこに正座する。


「揺れるな!」

「ギャッ」

 

 座った状態で身体がふらつくと、じじいに小枝でバチンとありえない音を立てて叩かれる。

 主にヘンリー……


 横から聞こえてくるバチンという音に怯えつつ、必死に正座を維持するマルコ。

 とはいえたまにフラつき叩かれていたが。


 そのまま2時間。

 途中で、獣の息遣いが聞こえてくる。

 

 2人の後ろには一足飛びで襲い掛かれる距離に熊。


 それに気づいたヘンリーがビクッと身体を振るわせて、バチンという音が2つ。

 1つはヘンリーに。

 もう1つは身体を振るわせた際に、襲い掛かって来た熊の鼻っ柱に。


 熊がオズオズと後ろに下がる。

 

 後ろにはいつでも襲い掛かれる距離に熊。

 目の前には木の枝を手に打ち付けているじじい。

 かなりのプレッシャー。


「ビビるな」

「ギャッ!」


 思わず身体を小刻みに震わせたヘンリーに、またも小枝が振るわれる。

 ……任す相手を間違えた。


 そして、夕飯。

 昼に殺した熊肉は傷んでいるかもしれないとのことで、遠くに捨てて来られた。

 そして目の前には新鮮な熊肉。

 さっきまで、マルコとヘンリーを食べようとしていた彼だ。


「うぐっ……ゴクン」


 ヘンリーが吐きそうになったのを、両手で口を押えて無理矢理飲み込む。

 食べた後は、本当に軽い運動をして寝るらしい。


 ヘンリーと2人きりでベッドに。

 じじいが朝まで見張ってくれるらしい。


「うう……」

「ヘンリー、五月蠅い」

 

 布団に入ってシクシクなくヘンリーに注意する。

 マルコは今頃管理者の空間で、柔らかい布団で寝ている頃か。


「なんでマルコはこんな事を……」

「ヘンリーが情けないから」

「そうじゃなくて、なんでマルコは耐えられるの? 毎日こんな事をしてたの?」


 なんで僕がこんな目にって意味じゃなかったらしい。

 なんでか……


「そんなのおじいさまにキツイ一撃をぶつけて、おじいさまを越えるために決まってるじゃん」

「あの化け物を?」

「はは、僕に追いつく程度を目標にしてるヘンリーには分からないか。そもそもの志が低いんだよお前は」

「……」

「男だったら、僕よりも強くなるくらいの……いや、せめて世界で一番強くなるくらいの目標は持てよ」

「そんなものになって何の意味が……」

「ん? おじいさまの事を良く知っている人は、絶対にあの人の身内には手を出さないよ?」

「っ!」

「ってことは、その場に居ないのに守ってるって事になるよね?」

「……うん」


 言わんとしていることがなんとなく理解出来たのか、黙って頷くヘンリーを見る。


「ちなみに……それが癪だから、僕はおじいさまを越える! おじいさまに護って貰うなんてごめんだ。マルコの周りには手を出すと危険って思わせるには、おじいさまを越えるのが一番分かり易い」

「そっか……」

「早く寝なよ……あと8日も残ってるんだから」

「……」


 ヘンリーの顔が真っ青だ。

 頑張れ。


――――――

訓練2日目


「体が軽い」

「まあ、ポーションやら薬草が大量にぶちこまれた夕飯だったからね」


 朝起きて背伸びするヘンリーに、なんでもないようにマルコが答える。

 朝食は既に用意してある。


「お前らが食ってる間、少し寝る」


 飯をよそってテントに入って行ったじじいを見て、ヘンリーが目を丸くしている。


「どうしたの?」

「いや、スレイズ様でも疲れるんだね」

「そりゃそうだよ! もう結構な歳だしね」

「そっか……」


 じじいが眠ることにビックリしただけだったようだ。

 そりゃ、じじいも人間だ。

 一睡もせずに9日間も乗り越えられる訳がない。


「さてと、訓練の再開だ」

「化け物……」


 1時間後に、すっかり元気になったじじいを見てヘンリーが頭を押さえる。


 前日より、さらに厳しくなった基礎訓練。

 距離の伸びたランニング。

 熊に蛇、狼に囲まれた瞑想。


 心折れるような訓練を、どうにか乗り越える。


「エマ……」

「まだ、そんな事を言ってるの?」

「マルコに……」

「僕が一度でも、アシュリーの名前を口にした?」

「……」

「寝なよ!」

「……」


――――――

訓練3日目


「王都に帰る! エマが! エマに変な男が近寄ったら!」

「一番変なのは、君だけどね……」

「うるさいっ!」

「おっ!」


 寝起きにいきなり服を着替えて、外に出ようとしたヘンリー。

 慌ててマルコと入れ替わる。

 そしてヘンリーに何をするのか聞いたら、エマが心配だから王都に戻ると駄々を捏ねだした。

 

 揶揄うように茶々を入れたら、手に持った木剣で攻撃された。

 これまでで一番重い一撃。


「シッ!」

「……」


 そして、テントの外から飛んで来た木剣がヘンリーの額に直撃。

 ヘンリーが、その場に倒れ込む。


「朝から元気じゃのう。それに余計な事を考える余裕がまだあると……」


 ヘンリーを引きずって外まででるじじい。

 そして、水を掛けて叩き起こす。


「お前……マルコよりまだまだ弱いのに、何様じゃ?」

「はっ?」

「マルコ、正直に言ってやれ! こないだお主らを襲った連中とヘンリーどっちが強い?」

「こないだの野盗」

「……」


 ヘンリーが睨み付けてくる。

 睨み返す。


「ヘンリーが居ても、エマは攫われてたよ」

「……うわああああああああ! なんなんだよお前……らっ?」


 我を忘れて襲いかかって来たヘンリーの剣を防御もせず頭で受け止めつつ、足を払って優しく地面に寝かせる。


「ひっ!」


 それから、顔面に打ち下ろし正拳を寸止めで叩き込む。

 

「軽いんだって……何もかも……」


 右手を引いて、左手でもう一度。

 何度も、何度も。


 しばらく続けたあとで、引き起こす。


「黙って訓練を受けよ?」

「……はい」


 少し優しい声を意識して、話しかける。

 素直に、ヘンリーが頷いてくれた。


「お主……意外と元気じゃのう……もう少し、ペース上げるか」


 ごめん、マルコ。


――――――

訓練9日目


 それから、ヘンリーは他の事を考える暇も無く、ひたすらじじいの特訓を受け続けた。

 身体が引き締まって、ちょっと顔も凛々しい。


 髪もバッサリ切った。

 なんとなく僕に似せた、おかっぱみたいな髪だったが。

 いまは短髪にして、ツンツンに立っている。


 生傷や痣は、最後に全部ポーションで治した。

 訓練中は、体力回復と疲労回復のポーションのみ。

 それも、夕飯に混ぜられただけ。


 やり切ったヘンリーは、どこか清々しい顔をしている。


「おじいさまの訓練は、どうだった?」

「ふんっ、結局マルコには一度も勝てなかったけどな」

「……」


 僕の言葉にぶっきらぼうに答えるヘンリー。

 言葉遣いが大分悪くなってしまった。


「俺も、いつかはマルコを……いや、スレイズ様を超えて世界一になる」

「いや、べつにわし世界一ってわけじゃないけどのう」


 ヘンリーの言葉に、おじいさまが苦笑いを浮かべている。

 まあ、良いけどさ。

 結局、僕の目標を真似してるような。

 いや、余計な事を考えちゃ駄目だ。


「エマの事は?」

「謝らねーとな……でも、まあ今となっちゃ恥ずかしくて顔も見せられねーわ」

「その喋り方……なに?」

「別に良いだろ……」

「良いけどさ」


 うん、ある意味で別人だ。

 元に戻してという僕の願いは叶わなかったけど、ここに来る前のヘンリーよりは全然……マシかな?


「シッ!」

「ひいいっ……」


 おじいさまが攻撃を仕掛ける時の掛け声を口にすると、蹲って頭を抱えるヘンリー。

 トラウマになってしまったらしい。

 これは、とてつもない弱点だ。

 

 今後、攻撃の時に「シッ!」という相手と対峙したら、ボコボコにやられる未来しか見えない。


「おじいさま……これ、治らないの?」

「強くなったら治るさ」


 ガタガタと震えるヘンリーを指さすと、おじいさまが困ったように頬を掻く。


「まあ、2人とも世話になったわ。いやあ、マルコはやっぱすげーな! こんな、ダチを持って俺も鼻がたけーよ」

「なんか、友達やめたくなってきた」

「なに言ってんだ? ずっと、友達なんだろ?」


 そう言って、肩をポンポンと叩くヘンリーに溜息を吐く。

 今年は10年後のヘンリーにとって、黒い歴史が量産された年になりそうだ。


 この言葉遣い含めて。


「なにやってんだよ! 早く帰ろ―ぜ!」

「うん」

「スレイズ様も! とっとと、行きましょう」

「うむ……」


――――――

 ラーハットの別邸に戻る前に、エメリア家に居るエマに会いに行く。

 エマの後ろでソフィアが心配そうに見てる。


「誰?」

「俺だよ! ヘンリーだよ!」

「ヘンリー?」


 短髪で妙にワイルドな表情になってしまったヘンリーに、エマが思わず二度見する。

 それから両肩を抱いて、少し後ろに下がる。

 

「すまねーなエマ。俺、どうかしてたわ」

「う……うん」


 そして、腰を直角に曲げて頭を下げるヘンリー。

 エマの表情は、まだヘンリーを警戒しているのが分かる。

 少し震えていることから、きっとよほどヘンリーに恐怖を抱いていたのだろう。


「今は、エマとは付き合えねーけどさ! いつか、世界一になったときは、横で笑ってくれるかな?」

「はっ?」

「やっぱ、世界一の女に釣り合うには、そんぐらいじゃねーとな!」

「ええっ?」

「はっはっは。世界一になったときに、エマがまだ一人だったら貰ってやるよ!」


 そう言ってエマの肩をポンポンと叩いて踵を返したヘンリーを、エマが唖然とした表情で見送る。

 

 しばらく呆然としていたが、徐々にプルプルと小刻みに震え始める。

 たぶん、これ恐怖じゃない。


「はあああ!」


 エマの叫び声が、エメリア家の玄関で響き渡る。


「ちょっと、マルコなんなのあいつ!」

「えっ?」

「なんであんな偉そうなの? っていうか、なんであんな上から目線?」

「うん……おじいさまが鍛えたら、なんかおかしくなっちゃった」

「おかしいっていうか……貰ってやるってなんなの? あいつんち子爵家だよね? うち辺境伯家なんだけど?」

「うん、ごめん。僕も子爵家」

「いや、マルコは……って、そうじゃなくて、うわぁ……前のヘンリーは怖かったけど、今のヘンリーは同じくらい嫌い」

「ごめん……」

「マルコは悪くない……かな?」

「そこははっきりと言い切ってよ」


 そう言ってため息を吐く。


「私は、今のヘンリーの方が良いですけど」

「ソフィア正気?」

「えっ? ソフィアってああいうのが良いの?」

「いや、そうじゃないですけど」


 ポツリと呟いたソフィアに、エマと僕が驚いて詰め寄るとアタフタと否定する。


「なんか、おかしくなる前からヘンリーって自分が無いっていうか。ヘンリーってどんな子って言われたら、普通の子としか答えられない子だったっていうか」

「うーん」

「まあ、確かに」

「全てが作り物みたいな子だなって思ってたけど、今の彼は自分があるように見えるかなって……」

「おじいさまに染まっただけだけどね……」

「ふふ……」


 ソフィアの感想が意外と的を射ていたような気がするけど、結局いまも彼が自分を持っているのかは謎だ。

 おじいさまの影響を受けてるっぽいし。


 でも、自分の道を歩き始めているのは、僕も感じたし。

 いつか、あの変な言葉遣いも卒業して、ヘンリーという1人の人間になってくれると良いな……


――――――

「なんとかなっただろ?」

『……思ってたのと違う』

「そうか? でも、元気になって良かっただろ」

『まあ、そうだけどさ……有難うマサキ』


 マルコとの通信が切れたので、取りあえず手元にあったコーヒーを飲み干す。

 

 やっぱりメンヘラには規則正しい生活と、身体を鍛えるのが有効って本当だったんだな。


 栄養価だけは抜群に高くて、殆どの栄養素を過剰摂取できるスレイズ飯。

 強制的な早寝、早起きで生活のリズムを整え。

 サボらずに適度な運動も行えるスレイズブートキャンプ。


 うん、なかなかに良かった気がする。

 しかも大森林という環境が、開放感と自然の大きさを気付かさせてくれて、人間のちっぽけさも実感できるし……

 熊や狼、毒蛇も居るけど。


 ただ……性格までワイルドになるとは……

 終盤は蛇とか、自分でさばいてたし。


 立派になったな……ヘンリー。


 お前らも、そう思わないか?


 虫達が一斉に目を逸らす……

 

 スレイズの訓練が始まって時折カブトが訓練している、クロウニさんの悲鳴の数が減った気がする。

 訓練前半の頃は、悲鳴の数が激増してただけに少し心配。


 あとジョウオウ?

 その木の枝は捨てなさい?

 

 それで誰を?

 クロウニとマハトール?


 やめてあげなさい……


 今度、マルコからヘンリーに何か送らせるか。

 熊の毛皮のベスト?

ヘンリー回終了です……

ヘンリーに対する愚痴は、活動報告で行いますかw

物凄く長くなりそうですしw


おう良かったぞと思われた方は評価を是非お願いします( ノД`)

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