第89話:後悔処刑
誤爆ではありません
ヘンリーの事が完全に分からなくなってしまった。
あの日から、いつものように馴れ馴れしく話しかけてくるヘンリー。
「おはようマルコ、昨日はちゃんと寝れた?」
「えっ、あっ、うん」
前のヘンリーのように見えるのが、余計に気味が悪い。
「おはよう、ベントレー」
「ああ」
ヘンリーの挨拶に、そっけなく返すベントレー。
それに、エマやソフィアもギリギリまで登校してこなくなったし。
ジョシュアも、ベントレーと話す事が多くなった。
「ヘンリー、元気か?」
「ええ、殿下ほどじゃないですが」
「そ……そうか」
セリシオは、最近ヘンリーに冷たい視線を向けられる事が多く、積極的に近づいて来る事が多いが。
ヘンリーが物凄く迷惑そうにしている。
いつもと変わらないヘンリーと、今までと違う周囲の反応。
他のあまりヘンリーと仲良くない子達も、なおさらヘンリーに近づかなくなっている。
僕が話しかけないと、完全にクラスで孤立したヘンリー。
だけど、1人で居るときもニヤニヤと張り付けた笑みを浮かべていることが多い。
そんな日が、何日か続いたあと唐突に事件が起きる。
「マルコ! ヘンリーが!」
「えっ?」
休憩時間になってエマと外に出ていたソフィアが血相を変えて、教室まで僕を呼びに来る。
「何があったの?」
「来て!」
「マルコ!」
訳も分からずソフィアに手を引かれていく。
ベントレーが、ただ事じゃない様子に慌てて追いかけてくる。
階段の踊り場に人だかりが出来ているのが見える。
だが、妙に静まり返っている。
そんな中で、ヘンリーの声だけが聞こえてくる。
「ねえ……その程度でエマの騎士気どり? ていうかさあ……なんなの」
「うっ……ぐっ」
「許して……許してください」
穏やかじゃない雰囲気に慌てて集団に飛び込んで、人込みを掻き分けて中に入る。
「エマッ!」
「マルコ! ヘンリーが!」
数人の女の子に囲まれて庇われるように怯えていたエマが、僕を見つけて縋るような視線を向けてくる。
唇が真っ青で小刻みに震えているのが分かる。
そして周囲の女の子達が見ている場所に、目を向ける。
そこには顔に血を付けたヘンリーが薄ら笑いを張り付けて、見た事もない子達を何度も蹴っている。
「ヘンリー! 何してるんだよ!」
「やあ、マルコ!」
僕に気付いたヘンリーが蹴るのをやめて、あの気持ち悪い笑顔で手をあげてくる。
「おいっ! 大丈夫か?」
「うう……」
「痛い……痛いよー」
「グスッ……」
ヘンリーに痛めつけられていた子の元に向かう。
みんな口や鼻から血を出していて、1人はお腹を押さえて蹲って呻いている。
不味い。
「すぐに、衛生課の先生を呼んで!」
「えっ?」
「チッ! ベントレー!」
「あっ、ああ!」
誰も動こうとしないのを見て舌打ちすると、唖然とした表情を浮かべているベントレーを走らせる。
「なにそれ……」
「はっ?」
酷く冷めた声で呟くヘンリーを睨み付ける。
「何があったの?」
「いやあ、エマに話しかけただけなのにさ……そいつらが、僕に詰め寄って来てエマに近づくなとかって言ってきたんだよ。酷いと思わない? ねえ、エマ? 僕たち、友達なのに」
そう言って首を傾げて、ニヤリと笑いながらゆっくりとエマの方に振り返るヘンリー。
「ひっ……もう、いや……」
そんなヘンリーを見て、エマが小さく悲鳴をあげて頭を押さえて蹲る。
「なんで? なんでそんな事言うの? ねえ、なんで?」
ゆっくりとエマに近づいて行くヘンリー。
「大体さー、2年生か3年生か知らないけど、関係無いのに口挟まないでよねっ」
「やめろって!」
途中で立ち止まって振り返ると、未だにお腹を押さえている子を蹴ろうとしたので慌てて間に入って受け止める。
「なんで邪魔するの? 僕たち友達だよね? ねえ、マルコ?」
「……誰だ? お前、誰だよ! ヘンリーは……僕の友達は、お前みたいな奴じゃない!」
「酷い事言うねー……僕は、僕だよ? 友達だよね?」
「ラーハット! やめるんだ!」
そこに担任のマーク先生と、衛生課の先生が駆けつけて来てヘンリーを羽交い絞めにする。
「ふふふ……みんな、最初に僕を疑う……なんでかなー? はいはい、抵抗なんてしませんよ……ただ、最初に手を出してきたのはそいつらだから」
マーク先生に捕まった途端に両手をあげて降参のポーズを取ると、僕とエマに笑みを向けたあと下で寝転がる子供達を睨み付ける。
「学年2位が、弱い訳ないだろう。雑魚が」
「ラーハット!」
そして、ヘンリーを怯えた表情で見ている子に向かって唾を吐きかける。
マーク先生にそのまま職員室に引っ張られていった。
「あいつ……あいつ、狂ってるよ」
「おかしい、ここまでするなんてどうかしてる……」
「ヘンリー……」
エマとソフィアが恐ろしい物を見るような視線をヘンリーの背中に向ける中で、ベントレーだけが不安そうに名前を呼んでいた。
――――――
「マサキ……僕、もうヘンリーが分からないよ。彼が……怖い」
「そうか……」
結局その日ヘンリーは教室に戻ってこなかった。
暴力行為で自宅謹慎を言い渡されたらしい。
その後の処分はこれから、話し合いが行われるとのこと。
貴族科の生徒達にも最近のヘンリーの様子が聴取され、多くの生徒がヘンリーの異常行動を証言した。
夜になって、管理者の空間でマサキに相談する。
彼は、そっけなくそう答えたっきり黙ってしまった。
「何も言わないの?」
「何を言って欲しいんだ?」
マサキの言葉に思わず俯く。
確かに求めた答えは無い。
無いけど……
彼なら何か示してくれると思っていた。
駄目だ……
本当なら僕がなんとかしないとと思っていたけど、僕じゃもうどうにもできない。
「そもそも、なんでマルコがそこまでヘンリーの事を気にしてるんだ?」
「だって……友達だし」
「でも、ああなったのはお前のせいじゃないだろ?」
僕のせいだよ。
僕がエマを助けたりしなければ……
でも、僕があそこで動かなければエマもソフィアも……
「だったら、エマを見捨てたら良かった」
「そんなこと! そんなこと、出来るわけないじゃん!」
「普通はな。助けられるのに、周りの目を気にして助けないとか最低だもんな」
「だったら!」
「だから、マルコは悪くないって言ってるじゃないか」
そうかもしれないけど……
「もう、放っておけば良いじゃないか。どうせ、退学にでもなるだろうし。ガンバトールさんにバレたら、領地からも出して貰えないだろうし……」
「無理だよ……」
そんなことになったら、彼が二度と立ち直れない。
それに、もうヘンリーと会えなくなるかもしれないし……
「でも、何もしてやれないんだろ?」
「だから……だから、こうしてマサキに相談に来てるんじゃん!」
「なんだ、相談に来てたのか?」
「っ! そうだよ……」
「そうか……分かった。マルコは相談に乗って欲しいんだな。じゃあ、ヘンリーはマルコに助けてくれって言ったか?」
「……言って無いけど」
「じゃあ、余計なお節介だな。やりたいように、やらせてやれよ」
マサキの言葉に唖然とする。
今までだったら、こんなとき勝手に口出ししてくるのに。
今日の彼は、態度が物凄く冷たい。
「お願いだよ! そんな事言わないで、助けてよ!」
「なんだ、助けて欲しいのか……」
「うん」
「そうか。でもヘンリーは本当にマルコに助けて欲しいのかな?」
「分からないよ……分からないけど、昔のヘンリーに戻って欲しい」
そう言ってマサキの方をジッと見つめる。
そんな僕の頭をマサキが優しく撫でてくる。
「駄目だな」
「えっ?」
そして、笑顔で断られる。
「なんで!」
「昔のヘンリーに戻ったら、また同じことを繰り返すだけだ……無駄骨だな」
「じゃあ、どうしろって言うのさ!」
思わず声を上げると、落ち着いた声で意味が無いと言われた。
そんなこと、やってみないと分からないのに。
「根本的な部分から変えていかないと、大きくなった時にきっと手遅れになる。でも、もしヘンリーの今の状況をガンバトールさんが知ったら、彼がなんとかしてくれるだろう?」
「でも……そしたら、ヘンリーはもう学校に戻って来られないし」
「まあ、手伝ってやっても良いけどさ……」
「良いけど?」
「お前も、覚悟しろよ?」
「えっ?」
「お前も付き合えって事さ」
「う……うん」
妙に真剣な表情でこちらに迫るマサキに、思わず頷くと彼がニヤリと笑うのが見えた。
ヘンリーが元に戻るなら、頑張る。
――――――
「チャド学園長、少し宜しいですか?」
「ふむ、マルコ君……じゃないね?」
取り敢えずマルコも付き合ってくれるとのことで、やれるだけの事はやろうと思う。
ということで、すぐに学長室に向かった。
転移でこっそりと屋敷を抜け出して。
「ちょっと、相談が」
「ラーハット君の事かね?」
「ええ」
流石学園長、話が早い。
「まずは、彼の処分はどうなりますか?」
「本当なら生徒に言うべきことじゃないが、君なら仕方がなかろう。取りあえずは10日間の謹慎。その間の態度次第では退学……じゃが、復帰しても貴族科から、普通上級科への転級は免れんだろう」
「そうですか……」
てことは、10日以内にヘンリーを変えないといけない訳だ。
正直、物凄く面倒くさい。
メンヘラ化した子供の対応とか……
なまじ立場と実力もあってこじらせてるから、余計に性質が悪い。
「じゃあ、私も10日間の課外授業のための休暇を申請します」
「許可出来るわけないだろう!」
まあ、普通はそうだろうね。
「痛い……」
「嘘を吐くな!」
入学試験の時に匙をぶつけられたおでこを摩ってみる。
怒鳴られた。
「スレイズの許可を取って、家族から申請させたら?」
「まあ、であれば検討はするが……というか、全く隠す気が無くなったなお主も」
「それだけ、信用してるって事ですよ」
「あまり嬉しくない評価じゃ」
敢えて意地の悪い笑みを浮かべて、チャド学園長の肩を叩いて学長室を後にする。
それから寝室に転移で戻ると、すぐにじじいの元に向かう。
「おじいさま……いま、宜しいですか?」
「なんじゃ、マルコか?」
私室に居るということだったので、扉をノックして中に入る。
じじいは丁度剣の手入れをしているところだった。
「明日から、僕と友達のヘンリーを9日間ほど本気で鍛えて欲しい」
「ヘンリー……ラーハットのとこの子供か? で鍛えるというのは登校前と下校後にか?」
「いえ……学校を休んで」
「ほう?」
真剣な表情で頼み込むと、剣呑な視線を向けられる。
怯むことなく、じじいの言葉に返す。
学校を休んででも鍛えてくれといった俺の言葉に、じじいが獰猛な笑みを浮かべる。
「学校を休んでか……何があった?」
「ヘンリーが……色々とあって精神的に危ない状態なんです」
「その腐れ切った根性を叩き直すためと? 何故、お前がそれに付き合う? それに、何故お前がそれを気にする?」
「私のせいだからです。何かと私の真似ばかりしてきた結果、彼には自分というものがない……だから、周囲の評価に踊らされ、周囲の状況に狂わされ、おかしくなったと考えてます」
「それは、その子供が弱いからだろう。ラーハットの教育が悪いだけじゃ……なんで、その尻拭いをわしとお主がせねばならんのだ?」
ほぼほぼ俺がマルコに言ったような言葉が返ってくる。
まあ、当然だ。
人の子がどうなろうが、そこまで興味は無いだろう。
「友達を助けるのに、理由が要りますか?」
「要らんな……友達であるという理由以外が無いと手を出さないような関係など、友とは言えんな……じゃが、わしには関係ない」
「孫の友達です」
「ふっ……」
はっきりと強い意志を持ってスレイズの目をジッと見つめる。
そんな俺の目を見て、スレイズがふっと双眸を崩して笑みを浮かべる。
そして……
「わしの本気の訓練を受けるといったが……そんな甘ったれた友達ごっこで乗り切れると思うなよ!」
「本気です」
「嘗めるな! 小童が!」
「おじいさまこそ、剣鬼スレイズの孫の覚悟を侮らないでもらいたい!」
こちらに鬼気迫るような殺気を飛ばしてくるじじいに、正面から睨み付けて応える。
身体が振動で小刻みに震える程の気迫に負けないよう、威圧をしつつ。
「ふっ、いつの間にかお前も成長したんだな」
不意に体に掛かっていた圧が無くなる。
じじいが、嬉しそうに笑って俺の頭を優しく撫でてくる。
「じゃあ!」
「うむ、後はわしに任せておけ! 2人で友達を救ってやろうじゃないか!」
「有難う!」
一応感謝の気持ちを込めて、じじいに抱き着いておく。
孫馬鹿だから、こういった不意打ちには弱いし。
そして耳元で囁く。
「じゃあ、おばあさまの説得と、学校への休暇の申請、ラーハットの家の人への説明も宜しくお願いします!」
「えっ? 待て! 待つのじゃ!」
それだけ言うと、じじいから離れて部屋から出ようとする。
そんな俺に対して、慌てた様子でじじいが引き留めてくる。
声が、若干上ずっている。
「いや、エリーゼへの説明はお主が……」
「えっ? そんなの無理に決まってるでしょ? おじいさま、後はわしに任せておけって」
「そっ……それは、訓練の話であって……」
いつまでもグチグチと男らしくない祖父に、詰め寄ると目の前に指を突きつける。
「おじいさま?」
そして、胡乱気な視線を投げかける。
じじいが一瞬怯んだあとで、勢い込んでその指を掴んでくる。
痛いんだけど?
「さっ! さっきの覚悟はどこに行ったのじゃ!」
「ええ? おじいさまの訓練に臨む覚悟はあっても、おばあさまを怒らせる覚悟はちょっと……」
「そ……そうか……」
「では、宜しくお願いします」
それだけ言うと、じじいの部屋を後にする。
寝室に戻って、マルコに話しかける。
「というわけだ。じじいの訓練、頑張れよ!」
『えっ? 僕が一緒に受けるの?』
「この際だ、お前の甘ったれた根性も叩き直して貰え!」
『え……ええ……』
「ヘンリーの為だ。俺よりも、お前と一緒に訓練を受けた方が為になる」
『うん!』
「時々、交代するけどな」
『本当?』
「ああ……」
マルコがちょっとホッとした様子で聞き返してきたので、笑顔で頷く。
時々な……
その結果、訓練がより厳しい物になったとしても、俺を恨むなよ?
――――――
「ヘンリー? こぉんな夜中に何してるのかなぁ?」
「……マルコ?」
夜遅く、完全に周囲も寝静まった頃、エメリア家の前をうろつく子供らしき人影に声を掛ける。
ビクッと肩を震わせたあと、こっちをゆっくりと振り返る。
「マルコこそ……」
「いやぁ……僕は良いんだよ。でも、君……自宅謹慎中でしょ?」
「そもそも、なんでここに……」
ヘンリーが訝し気にこっちを見てくる。
いやあ、怪しさ満点の恰好だ。
黒いローブって、皮肉かな?
先の襲撃の犯人が身に纏ってたのと、似たような物を使うなんて。
もしかして、犯人の一味だったりして。
んなわけないか。
マルコだって、夜に行動するときは黒のローブだしな。
「なんでマルコがエマの家の近くに居るのかな?」
「ここ、ソフィアの家だよ?」
ニヤニヤと笑いながら近づいて来るヘンリーを睨み付ける。
ヘンリーが、一瞬怯んだ様子を浮かべる。
「まあ、正直に言うと……ヘンリーが来ると思ったからかな?」
「なんで―?」
「友達だから……さ!」
そう言って、思いっきり人差し指を突きつけてドヤ顔を決める。
「そういうのいま良いから……本当にウザい」
「そうか? 最近のヘンリーの方がよっぽどウザいけどな? エマにとっては」
「あっ?」
俺の言葉に一瞬ヘンリーの笑顔が凍り付いたかと思うと、思いっきり睨み付けてきて野太い声で威嚇してくる。
「あー怖い。僕の猿真似しか出来ない子ザルでも、怒るとそれなりに迫力あるじゃん?」
「こないだ、ビビッてたくせに……」
ヘンリーがそれだけ言うと、無表情になる。
「もう良いよ……正直、マルコなんて今はどうでも」
「そう言うなよ。寂しいじゃん」
「どの口が……マルコなんてアシュリーと宜しくしてたら良いじゃん」
また睨みつけてくる。
本当に情緒不安定だ。
こないだマルコとベルモントで寝てた時も、いきなり怒り出したと思ったら、急に泣きだして、勝手に凹んで。
あれが、マルコがヘンリーの異変に気付ける最後のチャンスだったんだけど。
やっぱり子供には、人の機微の変化に気付くのは難しいか。
感情の変化を素直に受け止める純粋さは大事だけど……結果が、これだもんな。
ヘンリーだけは、マルコにどうにかしてもらいたかったけど。
正直、俺もどうして良いか分からないし。
分からないから……ありきたりな対処法で対応するだけだけどな。
「そういうヘンリーはエマにも怯えられて、いまは僕以外の誰とも話せないボッチだもんね。良いの? 僕にそんな口聞いて」
「なんか、今日のマルコって妙に嫌な奴だね」
「君には言われたくないかな? いや、君の場合は不気味な奴か」
「くそがっ!」
「そんな大声出して良いの? 人が集まっちゃうよ?」
ヘンリーが周囲を気にしたあと、溜息を吐いて腰から剣を抜く。
「友達にそんなもの向けるもんじゃないよ?」
「もう良い……マルコなんて……お前なんて要らない! お前のせいで! お前のせいで!」
「うわぁ……酷い奴だな? 勝手に慕って来ておいて、その言い様はないだろう」
「五月蠅い!」
ヘンリーが手に持った剣で斬りかかってくるのを、ヒラリと横に躱す。
「抜けよ……正直、こないだ手を合わせてみて思ったけどさ? たぶん僕の方が強いし」
「そう? その割には全然勝ってないよね?」
「ふふ……本気出したら勝てそうだったからさ。手を抜いてただけだよ!」
確かに次に振るわれた剣は、前に見たものよりもかなり速い。
速いしなによりこの剣筋。
「それ、ガンバトールさんの剣じゃないよね?」
「分かる? 当然僕だって、ベルモントの剣の訓練もしてるに決まってるじゃん」
「ふーん」
「父上の剣、ベルモントの剣、両方を鍛えた僕に、マルコが勝てると思う?」
手首を回しながら剣を振り回して、こちらを挑発するようににやけた笑みを浮かべるヘンリーに溜息しか出ない。
「そもそも学校での順位も僕の方が上なんだよ? なんで、未だに自分の方が強いと思ってるのかな?」
素早い突きを、紙一重で躱す。
「いまのは危なかったでしょ? 今日の奴等も、僕を見た目で判断して弱いと思ったのか、最初は威勢が良くってねっ」
薙ぎ払いを、後ろに身体を反らしてギリギリで躱す。
「少し本気出したら、泣いて謝ってきたからさ……楽しくなっちゃって」
足元を狙って来た剣を、一歩下がってすれすれを避ける。
「本当にギリギリって感じだね? でも、まだ速くなるよっ!」
さらに速度があがった剣が目の前を横切る。
風圧で前髪が跳ね上がる。
「大分無理してるようぐっ!」
一方的に攻撃を繰り出し防戦一方の俺に、ヘンリーが調子に乗って袈裟斬りを放とうと剣を振り上げた瞬間、左の掌底で柄頭をはじいて右手で腹を殴る。
「ペチャクチャと五月蠅いなー……そういうのは当たってから言いなよ」
「ぐっ、まだだ! うっ!」
立ち上がって、剣を腹の辺りで構えて切っ先をこっちに向けて突っ込んで来たので、蹴りを放って爪先で剣先を反らして、その足でそのまま顎を蹴り上げる。
「ごめんね……僕もヘンリーが絶望しないように、ずっと手加減してたんだ」
「そ……そんな……、出鱈目だ!」
ヘンリーが虚ろな目で口の端から血を流し、無茶苦茶に剣を振るってくる。
その全てを掌底を剣の側面に当てて、反らしながら距離を詰め……
「っ!」
半身の状態で右足を思いっきり踏み込み、拳を作った右手を左手で包み込み押し込むように鳩尾に肘打ちを叩き込む。
ヘンリーが、そのままそこに蹲る。
「明日から、徹底的に鍛え直してもらうから……おじいさまに」
「な……なんで?」
そのなんでは、俺の方が強い事に対してなのか……それとも、何故じじいの訓練を受けることになったのかに対してなのか判断に困る。
「君が……あまりにも、僕の友達としてみっともないからだよ」
「……もう、友達じゃない」
「連れないこと言うなよ……僕たち、ずっと友達だよ? ねっ?」
「ひっ!」
最近ヘンリーが良く見せていた目が笑っていない状態で口角を無理矢理上げた無表情の笑顔を向けて、心の底から嬉しそうに声を掛ける。
目があったヘンリーが、怯えを見せる。
「だからさ……僕に相応しい友達になってもらわないと……」
「あ……ああ……」
「あはははは、明日から毎日ヘンリーと一緒に修行……楽しみだねー?」
そう言ってヘンリーを下から覗き込むと、困ったような、怯えたような、気味の悪いものを見るような様々な感情を浮かべている。
「それ! その表情!」
「なっ! なに?」
「それさあ……最近、皆が君に対して向けてる表情だよ?」
「な……何が言いたいの?」
一生懸命後ずさるのを、同じ速度で追いかけてニヤニヤと笑顔で顔を凝視し続ける。
そして表情を消して、興味を失ったような眼でヘンリーを無言で見つめる。
「マ……マルコ?」
「明日朝から迎えに行くから」
「マルコ?」
「逃げんなよ」
それだけ言うと、後ろを振り返ってゆっくりと家に戻る。
フリをして、エメリア邸に。
裏口に回ると、エメリア家の執事の人が家に入れてくれる。
それから、応接間に。
ソフィアとエマが、白い眼を俺に向けて何か言いたそうにしている。
「明日から、10日ほどヘンリーを鍛え直してもらうから……おじいさまに」
「だ……大丈夫なのですか?」
「マ……マルコ。あんた、意外とエグイわね」
流石にソフィアの家の前で騒ぐわけだから、あらかじめ了承は得ておいた。
ソフィアが心配そうに声を掛けてきたので、思わず頭を撫でそうになって自分がいまマルコだということを思い出して、踏みとどまる。
うん、危なかった……
多方面から批難を受けることになる。
そして、一応のやりとりを見守っていた家人の報告を受けたエマが、引き攣った笑みを浮かべている。
「おっ? 一番の被害者のエマがそれを言うの?」
「いや、私の気持ちも少しは考えて欲しいわね。話に聞いたけど、あの笑顔本当に気持ち悪くて怖いんだから! 話を聞いただけで、ヘンリーの顔を思い出してゾワゾワしたし」
「なら、聞かなきゃ良いのに……」
「当事者として、一応知る義務はあるかなって」
「えらいじゃん!」
「あっ!」
ソフィアが小さく声をあげたことで初めて気づいたが、エマの頭の上に誰かの手が乗っている。
誰のだ?
俺のだ!
俯いて唇を噛みしめて、身体を振るわせつつも声を絞り出したエマの頭をうっかり撫でてしまった。
えっ?
これ、俺のせい?
あっちで、マルコが物凄い勢いで抗議してくる。
「ごめん、つい欲しいものを我慢してるテトラを思い出して」
「そ……それじゃあ仕方ないですね……」
「テ……テトラね、テトラ……はは……そんな子供っぽいかな私」
ソフィアが慌てて俺を庇ってくれる。
ただ、テトラと同列扱いされたエマが割とマジで凹んでしまった。
ごめんね。
誤字の多い小生ですが、タイトルは誤字ではありません。
今話で終わりたかったのですが、すでに文字数が1万近いのでやむなく続きは明日投稿……てきたらします(-_-;)
次回、リハビリ回にてヘンリー編終了です……





