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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第87話:クロウニ・フォン・ベニスと虫達

「うっ……有難うございます、マサキ様」


 クロウニの後ろに隠れていた俺は、彼を吸収して同時に管理者の空間に戻った。

 膝から崩れ落ち、俺の手を握って下を向いてひたすら頭を下げ続ける彼を立ち上がらせる。


 クロウニ男爵、26歳だって……

 俺より年下だった。

 ずっと大人びた彼を見て、ちょっと複雑な気持ちになる。


「これからだ……これから、何を成すかで貴方の価値は変わる」

「はいっ」

「まあ、頑張って手伝ってくれ」

「はい……」


 暫く落ち着くのを待つ。

 

「それで、マサキ様は一体どのようなお仕事を?」

「あー……数億年後に滅びる世界から、救済する者と見捨てる者を選別する仕事……かな?」

「はっ?」

「まあ、神の執行代理という立場だな」

「はあ……」


 良く分かっていないといった表情だ。


「神様ってのは実在するのですか?」

「ああ、この世界には2柱の神が居る。まあ、そのうち会えるだろう」

「……」


 固まってしまった。

 まあ、仕方がないか。

 しばらく、ここで暮らして慣れて貰おう。


 早速、土蜘蛛が歓迎会の準備に張り切っている。

 ……のを止める。


「いや、今の彼の状況で歓迎会的なお祝い的行事なんて無理だろ?」

「こういう時だからこそ、楽しい事をして気分を変えないと」

「……」


 虫の感覚がたまに分からない。

 いや、1秒後には死ぬかもしれない人生……虫生を生きている彼等だ。

 今を大事にする気持ちは分かる。


 辛い事より、楽しい事を多く経験する。

 良いじゃないか。

 上等だ。


 でも、人間はそんなに単純じゃない。


「取りあえず、彼はそんな立場じゃない。そっとしておいてやれ」

「はいっ……」


 不満そうな土蜘蛛の頭を優しく撫でる。

 それだけで、少し機嫌が良くなる虫達が可愛いと思ってしまうのは、仕方ないことだろう。


 その日は彼を住居に案内し、ここで暮らすよう指示する。

 食事は柔らかいパンと、小さめの肉、野菜の入った味の薄いスープを用意した。

 それなりに普通で、貴族にとっては苦痛ともいえる質素な食事。

 

 夜にお皿を回収に行った土蜘蛛の部下の話だと、手を付けていなかったらしい。

 まあこの空間に関しては食べなくても、問題無いだろう。

 だが、それは駄目だ。


 そういう気分じゃないことは分かる。


 分かるが、注意をしに向かう。


「何故食べない?」

「領民に満足の行く食料が配布されたとはいえ、いままで彼等にはひもじい思いをさせてきました。それなのに、私がここで何もなしていない状態で、肉や野菜の入ったスープを頂くなど……」

「その野菜や肉、パンに使われた小麦粉に苦労してきたのではないのか? そんなお前が、その食料を無駄にするのか?」

「!」


 俺の言葉に、自分の行いに気付いたクロウニが俯いて、暫く固まる。

 それから恐る恐るといった様子で手を伸ばして、そっとパンを手に取る。


「私が食べても……良いのでしょうか?」

「お前の為の食事だ。食べなければ、捨てるだけだ」

「はい……」


 そう言って、パンを齧り固まる。


「柔らかい……」


 ……はっ?


「こんな柔らかいパンを食べたのはいつぶりだろうか……」

「そ……そうか」

「それに、野菜がこんなにも……」

 

 その野菜スープ、普通にここで食べられるものよりかなり具が少ないんだけど。


「お肉も……」


 そんなに上等じゃない、この世界の肉なんだけど。

 俺は、ポイントで地球から食用の肉を取り寄せてるけど。

 それに比べたら、固く筋張った肉。

 年老いた農耕用の家畜の成れの果て。


 そんなお肉を力強く噛み千切り、天を仰ぐと頬を涙が伝っているのが見えた。


「私は……皆が苦しんでいるというのに、こんな上等な食事を頂いても良いのだろうか……干ばつ2年目から、こんな充実した食事は初めてです」

「そ……それは、良かったな。普段は何を……」


 そこまで言いかけてやめる。

 相当に生活を切り詰めていたのが、今の一連の行動だけで分かる。


 落ち着いたら、良い物を食わせてやろう。

 いや、それは違う気が……

 まあ、様子見ながら……


――――――

「私は何をすれば」

「この子達に、この世界の言葉や文字、常識を教えてやって欲しい」


 クロウニをトト達に紹介する。

 まず彼にやってもらうのは、子供達の教師役。

 

 トトを見て物悲しそうな、それでいて微笑ましいものを見るような視線を向けている。

 思わず、トトが警戒する。


「パドラ……」


 見た目歳が娘と同じくらいの女の子の教師役は、ちょっと酷だったかな。


 昼前から1時間ほど授業を行い、昼食を挟んでそれから2時間授業だ。

 その後は、クロウニにも訓練に参加してもらう。


 クロウニの足が震えている。


「あの時は色々な事で頭が混乱していましたが、改めて見るとその……」


 ラダマンティスと土蜘蛛に囲まれて、怯えているらしい。

 さらに周囲にはありえないサイズの蜂達が飛び交っている。


「ひっ」


 気にするなといった様子で、土蜘蛛がクロウニの肩を叩いている。

 クロウニの顔が青ざめる。


 緊張をほぐすためか、ラダマンティスが笑顔で肩を組む。

 刃を消した鎌で。


 反応が無い。


 目の前で手を振る。

 ……


「おいっ!」

「はっ! すいません! すいません」


 思いっきり大声で、声を掛けるとビクッと震えて謝り出した。

 ちょっと、土蜘蛛とラダマンティスが悲しそうな表情を浮かべている。

 

 蜂達が、あんたらは顔が怖いのよと言いながら、笑顔でクロウニの周囲でワルツを踊る。

 一緒に、踊ろうと1匹がクロウニに手を差し出す。


 クロウニがパタンと泡を吹いて、後ろに倒れる。


 蜂達が、地面に手をついて項垂れている。

 まあ、仕方がない。


 俺も、知り合いじゃなかったこんな集団に輪になって囲まれたら、死を覚悟するし。


「起きろ」

「ひっ! なんだ、悪魔か……」


 マハトールに声を掛けさせたら、マハトールの顔を見て一瞬怯えたあとで、ホッとした表情を浮かべていた。

 なんだ、悪魔かって……

 巨大な虫よりはマシらしい。


「お前らは散れ。仕方がない、俺が面倒を見る」

「カブトムシ?」


 カブトは流石に、あっさりと受け入れられた。

 というか、若干目が輝いている。

 

 やはりクロウニも男。

 巨大な角を持つカブト虫のロマンは、分かってくれたらしい。


 他の虫達が不満そうだが。


「まずは、剣からだな。お前も貴族なら、剣くらい使えるんだろ?」

「はいっ!」


 剣を構えさせて、乱取りをする。

 うーん……


 悪くない。

 けど、良くも無い。

 光るものも無い。


 普通。


 普通に数年、剣を習っただけ。

 才能も感じない。


 まあ、良いか。


 才能なんて、気休めみたいなものだし。

 剣鬼や剣神なんて称号を持つ者を目指す程の訓練の過程で、最終的に才能よりも体が頑丈な方がよほど役に立つ。


 ということで……


「全然駄目だな」

「そうですか……」


 クロウニの振るった剣を、全て手の甲で弾く。

 剣を持つまでも無い。


 その程度。

 剣を振る形を知っているだけ程度。


 これは、ジャッカスよりも苦労しそうだ。

 実践で剣を使った経験が皆無だろうから。


 ただ、貴族の剣としてはそれなりに形になっているので、一応それはそれとしてマコに教えてもらう事にした。


 クロウニの将来の役割は、一応俺の補佐としてそれなりに鍛えようと考えている。

 単独であちこちに行ってもらうかもしれないし。


 となると、最低でも自分の身を護るどころか、時と場合によっては人を庇いながら戦えるレベルにしないと。


「そんなにやせ細っているから、力が入らないのか?」

「そんな事……」


 着替える時にチラリと見たが、肋骨が浮き出ているくらいにガリガリ。

 まあ、食料事情が良く無かったわけだろうし。

 食べさせてみて、太らなかったらその時考えよう。


「土蜘蛛、クロウニに普通の飯を出せ」

「いいので?」

「あんな青瓢箪じゃ、使えん」


 一応打ち合おうと思って手にした剣を放り投げると、その場を立ち去る。


「当面は筋力を付けることだな。カブトや蟻達に手伝って貰え」


 翌日から蟻とカブトの猛特訓が始まった。


 最初は……


「こんな豪華な食事、頂くわけには行きません! せめて味付けは無しでお願いします。私だけこのような食事を貰うなんて領民に見せる顔が無い」


 などと殊勝なことを言って固辞していたのを無理矢理食わせていたが、今じゃ……


「うぷっ……ちょっと、いま食べたら、全部出してしまいます……本当に勘弁してください」


 というのを、無理やり食わせるようになった。


 お陰で、体つきも大分がっしりしてきた。


 虫達の訓練内容は……


「ひいいいっ」


 木に足を蜘蛛の糸で括りつけられて、頭が下にある状態で2秒経過すると蟻が顔に噛み付くというものだった。

 横にはポーションが並べられている。

 本気で耳や目を抉る勢いで、噛んでいるらしい。


 ちなみに腹筋と背筋交互にしないと、凄い勢いで噛み付かれる。


「落ちっ! 落ちる!」


 あとはカブトの角にクロウニをぶらさがらせて上空に飛び上がり、2秒以上ぶら下がっていると蜂に爪先を引っ張られるというもの。

 強制的に懸垂をやらされる。


「頭が! 頭が吹き飛ぶ! 顔が! 顔が無くなる!」


 他にも定期的に頭上を振り抜かれるカブトの角を、スクワットで躱す訓練とか。

 しゃがみっぱなしだと、顔に蟻が飛びついてくる。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ひたすら、蟻に追いかけまわされるランニングとか。


 本当に容赦ない。

 訓練が終わると、生まれたての小鹿みたいになっていた。


 そして、どうにか身体がそれなりになってきたところで、再度剣の訓練。


「うーん……」


 剣速も上がったし、威力も増したけどいまいち。


 基本的な才能が無いらしい。

 こればっかりは、実践あるのみか。


―――――


「最近では、あのまま王都で首を斬られた方が幸せだったのではないかと」

「分かりますよ……私も、みっともなく命乞いなどせずに、そのまま消滅してしまえば良かったと思った時期もありました。でも、皆さん厳しいですけど、本当に優しい方ばかりですし」

「それは、分かるのですが……特にカブト様はとても面倒見もよく、特訓以外では物凄く優しくし色々な事をお話してくれます。ただ、特訓になると」

「そうなんですよね……合理的なのは分かるのですが、そこに感情というものが欠如しているんですよね。人の気持ちが分からないというか……」


 そんなクロウニがマハトールと仲良くなるのは、必然とも言えることだろう。


「ふん、人型が脆弱なのだ。我らは痛みなど感じない、死ぬまで主の為に働くのに無駄なものだからな。それに疲労など邪魔でしかない。各器官に限界が来たら勝手に動かなくなるのだから、限界まで動かせば良いだろう? なまじ疲れなんて感覚があるから、お前らはすぐにサボるのだ」


 カブトに身も蓋も無い言い方をされて、2人が微妙な表情を浮かべる。

 虫はその寿命の短さ故、痛みで学ぶ必要が無く痛覚というものが無い。

 また、疲労を感じているのかは明らかになっていないが、大した状況でも無いのに、全力で過労死まで羽を動かし続ける虫も居る。


 ただ、人族は長寿なのだ。

 少しでも寿命を全うするために、必要な感覚だというのに。


 遠くで3人の様子を見ながら、溜息を吐く。

 

 そんなクロウニの楽しみは、数日に一度訪れる雨雲召喚の日に緑と活気を取り戻していく領地を見る事と、週に1度、タブレットで見せて貰える愛する妻と娘の様子だけだ。


 それだけで、この地獄のような環境でも文句1つ言わずに耐えている。


 マハトールに愚痴をこぼすことはあるが。

 愚痴というか、弱音を吐いているだけだが。


 ただ、諦めない根性はある。

 それに、何かを成す為に必要だと理解してくれているのも分かる。


 ジャッカスにはベルモントの事を任せているが、クロウニには領地など関係なく幅広い地域で活動してもらう予定だ。


 まだまだ、頑張ってもらわないと。



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