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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第86話:左手で吸収したものを強化して右手で出す能力の片鱗

 2日後の昼、ベニス領に俺は居る。

 身体はマルコに借りた。


 ベルモントに戻ってすぐ、ジャッカスに連れ出して貰った。

 救命者(ライフセイバー)としてベルモントでも多少は有名になったお陰か、マイケルもマリアも笑顔で送り出してくれた。

 ファーマさんには休暇を与えてある。


 本人は渋ったがジャッカスと模擬戦をした結果、任せるに値すると判断したらしい。

 ほぼほぼ、虫達を使ったイカサマ試合だったが。

 

 気付いているのか、気付いていないのか。

 はたまたそれこみで、ジャッカスの力と判断したのか。

 まあ、結果としては自由を勝ち得たのだからよしとしよう。


 ちなみにベルモントについてすぐに、セリシオがマイケルとマリアに深々と頭を下げた時は周囲が騒然とした。

 ジェンダーの裏切りでマルコがあわや怪我をするところだったのだ。

 物凄く凹んでいたが、それでも筋はしっかりと通していた。


 全員無事だったことで、マイケルもマリアもそこまで怒っていなかった。

 むしろファーマさんからマルコの三面六臂の活躍を聞かされた時の、マリアの顔の方が怖かった。

 マイケルは豪快に笑ってマルコを撫でまわしていたが、すぐにマリアに連れていかれた。


 まあ、その辺のやりとりは機会があれば詳しく語るとして、今は目の前の惨状だ。


 まだ王都から、お達しが来ていないため良くも悪くも平和なベニス領。


 クロウニ男爵が領民に向けて大事な話があると、広場に集めていた。

 

 広場に集まった民衆の表情は様々だ。

 どこか期待した眼差しを向けるもの、不安そうに周囲の者とひそひそと話をするもの。

 

「注目せよ!」


 クロウニ男爵家の執事の男性の良く通る声に、ざわめきも徐々に収まり民衆がクロウニ男爵に耳を傾ける。


「まずは、不甲斐ない領主で申し訳ない」


 そう言って深々と頭を下げる。

 ちなみに婦人と、パドラはここには居ない。

 屋敷に軟禁してある。


 色々と混乱を招きそうだから。


 クロウニ男爵夫人もまた、幸の薄そうな線の細い美人だった。

 儚げな笑みが良く似合う、透明感のある女性といった印象。


「なにをなさるおつもりですか?」

「後で話す……申し訳ない」


 部屋に押し込める際に不安そうに問いかけて来た夫人に、クロウニ男爵が苦しそうな表情を浮かべて頭を下げるのみ。

 夫人も、それ以上は追及することは無かった。

 何か薄々感じるものがあったのかもしれない。


 そして広場の壇上に、クロウニ男爵を挟むように立つ俺とロナウド・マホッド。

 一段高いところにいるため、周囲の民衆の顔が良く見える。

 皆、困惑した表情だ。


「私は……王家に牙を剥いた。いずれ、王都の衛兵が来て連れていかれるだろう」


 途端に、周囲からざわめきが起こる。


「何故、そのような事を!」

「何かの間違いですよね?」


 だが、そんな中にも領主を心配する声が、多く上がる。

 中には、


「なにやってるんだ!」

「ただでさえ苦しいのに、これ以上俺達を苦しめるのか?」

「私達の生活はどうなるんですか!」


 といった、責める声も上がっている。

 

 ざわめきが収まるまで、ひたすら無言で頭を下げ続ける男爵。


「まずは、話を聞きましょう」

「何も説明が無ければ、判断できませんし」


 民衆の中に混じったマホッド商会のサクラ達が上手く先導して、民衆を落ち着かせる。

 それから、クロウニ男爵が涙ながらに経緯を話す。

 一部、嘘を交えながら。


「昨今の干ばつのせいで、我が領内の収穫はガタガタだ。それこそ、何もしなければ人間すらも干上がるほどに」


 全員が苦しそうな表情を浮かべる。


「だから王都に……補助金の申請を出した。だが、下りたのは私の生活が立ちいく程度の僅かな小金」

「えっ?」

「そんなっ!」


 民衆の反応を伺いながら、言葉を選びつつ続ける。


「そのお金も僅かばかりの配給に回し、申し訳ないが残りは娘の学費へと回すだけで精いっぱいだった」

「領主様が自身の生活を切り詰めていることなんて、とっくに知ってます」

「そもそも領主様の為に王都から出されたお金ですよね? 私達の為に使って貰えただけでも十分です」

「でも、なんでそれで王家に……」


 時折サクラの誘導が入りつつ、仕方なく色々な所から融資を受けたこと。

 その中で王都で声を掛けてきた商会が、一番魅力のある融資を持ち掛けてきたことを話す。

 これは嘘だ。

 実際にはマホッド商会からしか受けていない。

 ただ、マホッド商会はこの地に必要だから、敢えて誤魔化す。


 そして王都で声を掛けてきた商会が、実際には悪徳業者でいつの間にか書き換えられた借用書をたてにゆすられていたことを話す。

 

「横に居るマホッド商会の会長に相談したが、契約書に不備はなく膨大な利息によって大きく負債が膨れ上がってしまい、どうにもならなかった……そこで、王子の誘拐を持ち掛けられたのだ」


 ロナウドにはこれからこの領地の為に動いて貰う為、スケープゴートを用意することにした。

 隣国クエール王国の商会の1つだ。

 元々あくどい事で有名で、叩けばいくらでも埃が出るような奴等らしい。


 それをお前が言うなと、俺もクロウニも虫達も目で訴えたら、ロナウドは困ったように笑みを浮かべ……


「全て終わったら誰にも見つからない場所で、なるべく苦しみながら死にますのでご安心を」


 と返された。

 死ぬ死ぬ詐欺じゃないから、性質が悪い。


 いや、とっとと死んでしまえと思う程に、色々と酷い人間だったが。

 なので、容赦なく使い潰せる。

 どうせ使い潰すなら無駄に自殺させてスッキリするよりも、滅私奉公の人生を送ってもらったほうが建設的だ。


 今が絶対服従の良い人間だからと情が湧きそうになったら、子供達を誘拐しようとして危害まで加えたことを思い出して誤魔化す。

 たまに、ちょっと怒りの方が上回って意味も無く、後頭部を思いっきり叩いたりするが。


「ありがとうございます」


 と言われたら、どう返したらいいものやら。


 とりあえず、死ぬ最後の瞬間まで善行を積めと言っておいた。


 その商会はすでに計画が失敗した時点で、母国に逃亡を図ったと発表。

 代わりに、元々この地でマホッド商会が商売を一手に担っていたため、自分亡きあとこの地の為に粉骨砕身尽くしてくれる約束を取り付けたと話す。


「でも、所詮は商売人でしょ?」

「自分の利益を優先するに決まっているわ」


 民衆からは今回の食料値上げの背後にマホッド商会が居る事は、かなり確信的に疑われていた。

 

「発言しても?」

「うむ」

「皆さん、私は今回のクロウニ男爵の立場に酷く同情を覚えております。今までは確かに商売人としてこの地で生計を立てて参りましたが、今の私はベニス領最後の領民の1人としてここに居ます」


 懐疑的な視線が突き刺さる中聖人君子もかくやというような、無邪気な菩薩のような微笑みを民衆に向けるロナウド。


「まずはこちらを」


 そう言ってロナウドが手を叩くと彼の商会のものたちが、幌のない馬車を10台広場に連れてくる。

 外から丸見えのその荷台には多くの食料や、生活用品、そして種籾などが積まれている。


「まずはこちらを、無料で全員に均等に配布します。大人1人あたり、30kgの麻袋に小麦を用意しております。子供は1人あたりその半分を配布します」


 民衆から歓声に近いどよめきがあがる。

 

「それ以外にも、定期的に野菜や水も持ってくるつもりです。その契約書は……こちらです」


 そう言ってロナウドが手にした契約書には、ベニス家の家印がつかれている。

 その文面で注目すべき部分は、たとえクロウニ男爵が犯罪者として家名を奪われようとも、3年間効力を発揮するというものだった。


「これは、3部用意させてもらってます。1部は我がマホッド商会のロビーに、もう1部はベニス家の夫人に、そしてもう1部は王立シビリアディア商業組合本部にお送りさせてもらいます」


 そこまでの覚悟を示して、ようやく民衆の疑いの目が多少和らぐ。


「皆様の生活の補助に私が手を上げたのは、ひとえにクロウニ男爵のお人柄……クロウニ・フォン・ベニスといういち個人の力です! そこのところを、くれぐれも胸に置いておいて貰いたい」


 ロナウドの涙ながらの演説に、民衆から尊敬の眼差しがクロウニ男爵に向けられる。

 ちょっと困った表情を浮かべているが、すぐにそれは仮面の奥に隠して厳しい表情を浮かべる。


「それと、こちらの子供は今回我が領地の救世主となる方だ」

「えっ?」

「はっ?」


 クロウニ男爵の言葉に、民衆の表情が先ほどロナウドに向けられたものより厳しい物になる。

 なんだか、居た堪れない。

 今の俺の姿は、物々しい意匠のローブに狐のお面。

 どっからどうみても、胡散臭いのは自覚している。

 肌なんて少しも露出していないし。


「王家が当てにならない以上、私個人としても八方手を尽くしてようやく見つけた有名な雨乞い師の秘蔵っ子らしい」


 この世界、実際に雨乞いというか雨を降らせる事が出来る人材は居るらしい。

 といっても、魔法を使ったもので大した効果は期待できない。

 それこそ支障のない程度に魔力を使った、その場しのぎ。

 

「領主様……」


 その後に続く言葉はなんだろう?

 騙されてますか?

 そんなペテン師にとかか?


 民衆の表情が、痛々しいものを見るようなものになっている。


「どうかお言葉を」


 そんな中で、振られる。

 なんの罰ゲームだろう。

 でも、自分で考えたことだし、仕方ない。


 恥ずかしいけど。


「言葉で語れば語る程、力ってのは軽くなる。まずは証拠を……の前に、そこのむき出しの荷馬車は濡れないようにしておいて」


 俺の言葉に、ロナウドが合図を送ると従業員たちが慌てて水を通さない布を荷台に被せていく。

 全ての荷台に布が掛かったのを見て、合図を送る。 


「まずは、水を呼ぶ」


 そう言って両手を広げると、上空からポツリポツリと雨が降り始める。

 全員が空を見上げる。


「なんだあれ?」

「雲じゃないのか?」


 そこには、空を漂う無数の水球が。

 あらかじめ待機させておいた、協力者たち。


「水を呼ぶことから始めて、これから雨雲を呼ぶからもう少し待って」


 きちんと雨雲も用意してある。

 ただ雨雲を用意したからといって、条件次第では雨が降らない可能性も。

 確か低気圧で巻き上げられた空気が、雲を形成してそれが上空で冷やされて雨がとかなんとか。

 ただ、ここまで空気が乾燥していたらどうなるか分からない。 

 そもそも雨が降る仕組みに、そこまで詳しい訳じゃないし。


 なので失敗しても良いように、ある程度の水量は用意した。


 今回協力してもらったのは、湖に新たに呼んだ魚たち。

 例の海水魚じゃなくて、この世界の普通の湖に住んでいた魚たち。


 クエール王国の王都よりの水源地のいくつかから、根こそぎ水ごと吸収して管理者の空間で改造した魚たち。

 水の魔石を砕いて、ちょっとずつ分け与えたのはかなり苦労した。

 本当に、当分魚は見たくない。


 その数3000匹。


 それぞれが管理者の空間から、湖の水を纏って空中に現れたのだ。

 まあ彼等が住む湖は俺が用意したから、純粋にクエール王国にあった貴重な水源。

 

 水魔法って水球にしてもなんにしても、空中に水を留められるんだよね。

 だから、空で水魔法を使ってもらっている。

 そこから、物凄く威力を落とした【水球(ウォーターショット)】を散開させながらばらまいた。


 凄い根本的な思い付き。

 水魔法を使える魚は、空が飛べる。


「とはいっても、こんなものじゃ納得できないでしょうから」


 取りあえず転移で、上空に移動する。

 俺が居た場所では、スライムが俺の着ていた服を着て待機。


 水球の影になるように移動すると、右手で雨雲を大量に召喚する。


 やはり地球と一緒で、年がら年中雨が降っている場所もあるわけで。

 ひたすらそこと、ベニス領で転移を繰り返して、雨雲を集めてくる。

 幸い日照りのお陰で温度差がかなりあったので、雨雲は召喚する端から豪雨が降らせてくれる。

 冷えた空気が凍って落ちて行ったものが途中で温められて溶けると、雨が降るって聞いた気がしたけどどうやら正解だったようだ。

 

 ホッと胸を撫で下ろす。


「凄い!」

「本当に雨が降った!」

「これなら!」


 急な土砂降りにも関わらず、民衆は雨に濡れるのも構わずはしゃいでいる。

 領内の干上がった川や、大分水かさが減った湖も十分な水量を確保できるだろう。

 枯れた井戸も復活するだろう。


 幸い土砂災害を起こすような、高い山とかも無いし。


 ジャンジャン降らせる。


 翌日何人か風邪ひきそうだなとは思いつつ。

 全身で雨を浴びてはしゃぐ人達を見て、こっちもテンションが上がる。


「今日は力を見せるためにきたけど、これから定期的に雨を降らせる……その時私はここに居ないと思うけど、私の力を疑ったら雨を降らせるのをやめるから」


 毎日は無理だけどたまに来て、雨雲を置いてくくらいなら出来るし。

 

「「「「有難うございます」」」」


 目の前に居た人達が、地面に膝を付いて頭を下げる。

 なんか、かなり気恥ずかしい。


「彼の死刑は免れないかもしれないけど……せめて、ベニス家が残れるように皆で手助けしてあげて欲しい。ベニス領と私の縁を繋いだのは彼だから」


 そう言って、クロウニ男爵をチラリと見て転移で逃げるようにその場を去る。

 

「消えた……」

「あれは、本当に人だったのか?」

「もしや、神の使いか何かでは?」

 

 管理者の空間で、タブレットを見ながら人々の反応を見る。

 皆、呆けたような表情だ。


 あとはロナウドが上手い事やってくれるだろう。

 何をやっても、ここでクロウニ男爵を許す事は国家の沽券に関るだろうし。

 嘆願書ないし集めて、家督を夫人あたりに譲らせて。

 後見人として、ロナウドに尽力させよう。

 もう、財産全部使わせてしまおう。


 ただ、パドラの手に渡らないようにしないと。

 あの子は、どこか頭が緩いように見える。

 すぐに、無駄遣いしそうだな。


 そしてこっちはクロウニ男爵の死刑に乗じて、彼を助ける事だけだ。

 勿論、表面上は刑を執行してもらう事になるけど。


 その後は名前を捨てて、この空間で俺の補佐にする予定。

 命を捨てて最後まで、領民の為に尽くした心意気もあるし。

 貴族としては、ちゃんと教育を受けて来ただろうし。


 大顎とマハトールがどこかそわそわしているが。

 まあ、彼等にとってはライバルになる……マハトールは違うだろ!


 それから2日後に、クロウニ男爵は連行された。

 多くの住人が、王家の衛兵の邪魔をしようと集まったが、クロウニ男爵は笑顔でお礼を言って皆を窘めた。


 余りの人望の厚さに、同行した事務官が何かの間違いだったのではと自信を無くすほどに。

 そして男爵の刑が確定するまで不当な扱いはしないと公言するほどに。


 やはりというべきか、残念ながらというべきかクロウニ男爵の死刑は確定した。

 斬首刑だ。


 王族に危害を加えようとした以上、例外は認められなかった。

 それでも、領民たちの訴えもあって家族の連座は回避できた。


 また、ベニス家は準男爵に降格されたが、夫人であるハリアー・フォン・ベニスが一時的にその身分を預かる事になった。

 後見人には夫人の実家であり彼女の父でもあるボンド男爵家当主が、準後見人にロナウドが付いた。

 王家に害を及ぼした家としては、破格の処分だ。

 流石に子供を含む全領民に近い人数の、罪の軽減の嘆願書を前に死刑を執行せざるを得なかった王家としても、これ以上領民の感情を逆なでにすることは気が引けたらしい。


 そこまで慕われた領主が居た場所に、他の人間を送っても上手く纏められないことなど分かり切ったことだ。

 それなら、家族に継がせて恩を売った方がマシだという結論になったらしい。


 そもそも、行き違いがあったことも事実だったわけだ。

 まさか、ベニス領がそこまで壊滅的な状況になっていることに、気付かなかった負い目もある。


 色々な事が重なって、当主の処刑。

 家は降格ながら、ベニス領の代官として領地運営を続行という形になった。

 一応は、領地はシビリア王国が接収した形だ。

 

 ただ様子を見て問題が無いと判断されれば、ベニス準男爵家が領主としてまた納める形になる。


 クロウニ男爵の遺骸はさらし首にはされず、そのままベニス領に持ち帰られた。

 

 その首を抱いて静かに涙を流す妻に対して、なんとも居た堪れない表情を浮かべるクロウニ男爵が俺の横に居る。


 あれ……かなり精巧に擬態したスライムだったりするんだよね。

 一応、盗賊の死体とかを見せて、首の断面とかも理解させて擬態を徹底的に叩き込んだけど。


 あまりにリアル過ぎて……

 血しぶきとか、やばかった。

 体液だけど。

 質感もかなり寄せてあるから、触っても分からないだろうし。


 死刑決行の日に、直前で入れ替えた。

 

「最後に、何か言う事はないか?」

 

 と言われた時も、黙って微笑みを浮かべさせただけ。

 そして目を閉じて深く頭を1度下げると、首を差し出すように頭を前に出すという演技。

 この潔さも、ある種の好意的に映ったようだ。


「罪悪感で、押しつぶされそうです」

「気にするな……」


――――――

 父親が最後に演説を行った広場で、パドラは1人泣いていた。


 大好きだった父親が、まさかセリシオ殿下を襲ったなど何かの間違いだと思いたかった。

 でも、実際に父親は物言わぬ躯となって帰ってきた。


 首だけになった父に会う事も出来ず、別れも告げられないまま。

 突如訪れた、絶望。


 学校にも、もう通えない事は分かっていた。

 何故なら、セリシオ殿下は同じ学年だ。


 しかも、他にも貴族科の生徒が数人……


 死ぬ直前に行われた演説の内容は、きちんと伝えられていた。

 

 王都に連行される直前に、父から直接の謝罪も受けた。


「苦労を掛ける事になるな」

「なんで……なんで言ってくれなかったの? 別に、王都の学校なんか通わなくても良かった」


 言ってしまって、彼女は後悔する。

 ここまでの事をしてまで、送り出してくれた父。

 そんな彼の想いを、踏みにじるような言葉だ。


 でも、あふれ出した言葉は止まらない。


「私は、王都の学校で煌びやかな生活を送るより……お父様とずっと一緒に居たかった」


 自分の正直な想いを口にして、涙が止めどなく溢れて来る。

 そんな彼女を、父親は困ったような表情で、遠慮がちに背中を撫でるだけだった。


「領民の為、お前の為と頑張ってきたのに……どこで、間違えたんだろうな……」


 そう力なく口にした弱々しい父親の姿を直視することが出来ずに、視線の行先を誤魔化すようにその胸に顔を埋めてパドラは嗚咽を漏らし続けた。


 父親との最後の会話。

 酷い思い出だ。

 

 何故あの時、父をしっかりと見なかったのか。

 父親の姿を胸に留める、最後の瞬間だったのに。


 今も残る父の温かく、大きな胸の感触を思い出す。

 でも、顔が上手く思い出せない……


 あんなにも大好きだったのに。


 小さな時から、よく膝に乗せてくれる父親だった。

 学校の夏休みに入って、ベニス領に戻った時は毎日、学校の思い出話に付き合ってくれた。


 子爵のグループに入ってるって話した時は、物凄く喜んでくれた。

 その顔を見て、でも失敗して今じゃ殆ど話てくれる人が居ない事は言えなかった。


 本当は肩身の狭い思いをして、辛くてずっとここに居たいって事も。


 私が悪い子だったって事にも、気付いていたかもしれない。

 私がそのせいで、辛い思いをしていることも気付いていたかもしれない。

 だって、私の事ならなんでも分かってくれる優しい父。


 それら全てを飲み込んで暖かな手と柔らかい笑みで、安心をくれた父……


 でも、もう二度と会えない。


 最後に一瞬だけ見えたのは、初めて見る悲しそうな表情。

 それすらも、涙で霞んでぼんやりとしたもの。


 そのぼんやりとした父の悲しげな表情が、最後の記憶……


 そして連れ去られた3日後に王都で父が斬首されたと聞いて、大好きだった笑顔が思い出せなくなってしまった……


 あまりに打ちひしがれた様子に、家の者も心配しつつ声が掛けられず。

 気が付けば1人で父が最後に領民の心を掴み取り、母を自分を助けてくれた場所に来ていた。


「お父様は、どんな思いで話したのだろう……」


 ここに来てまた溢れ出してしまった涙を拭う事もせず、震える声で呟く。

 

 ふと、目の前に人が立つのが見える。

 大人の足。

 

 そして、頭に置かれる手。


「パドラ……すまんな」

「えっ?」


 聞き覚えのある、大好きな声。

 不意にそんな声が頭上から聞こえて来て、勢いよく顔を上げる。


 そっと頬を伝う涙を拭ってくれる、節くれだった指。


「お……父様?」

「私は間違えてしまったが、お前は真っすぐ生きるんだぞ?」


 顔を上げるとそこには大好きな父が、笑顔を向けていた。

 父は死んだはず。

 あり得ない。


 あり得る訳がないと思いつつも、目の前の男性に抱き着いて声をあげて泣く。


「私は……もう、お前達と会えないかもしれない。最後にチャンスを頂いたんだ」

「いっ、いかないでっ」

「それは無理な相談なんだ……時間もあまりない」

「いやっ! いやだ! ずっと一緒に居て!」


 胸にしがみついて、イヤイヤと駄々を捏ねる私の頭を父が、優しく撫でてくれる。


「お前が良い子で居て……私が、精一杯頑張ればまた会えるかもしれない」

「良い子になるぅ……わだじ、いいごになるがらぁ……だからぁ……」

「じゃあ、父も頑張らないとな……最後に顔を見せておくれ、愛しい娘よ」

「おどっ……おどうっ……」

 

 それ以上言葉にならない。

 そんな私の涙をもう一度拭って、父が困ったような嬉しそうな笑みを向けてくる。


「また……会えると良いなぁ……」

「うぅぅ……あっ!」


 そして、目の前から父がフワリと消えてしまった。

 幻覚……

 頬を触ってみて、それが現実だった事が分かる。

 

 なんだろう……

 お父様は死んだのに……

 もう会えないかもしれないのに……


 何故かまた会えそうな気がして、少しだけ身体に力が入る。


 良い子にならないと……

 

 もしかしたら、お父様が頑張ったら天国に行けるということなのかもしれない。

 私が良い子だったら、天国に行けるだろうし。

 そしたら、そこでまた会えるって事かな?


 いや、そうじゃない気がする。


 また、この世界で会えそうな……


 いや、会いたいという希望が、そう思わせているのかもしれない。

 でも、希望がある。


 今なら、立ち上がれる気がする。


 だから……だから、もう少しだけ、ここでこのまま泣かせてください……

 

トータル100話だったんですね……


これからも、宜しくお願いしますm(__)m

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