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第10話:初めての従者とマックイーン伯爵

 黒シャツに向かう前に、横で倒れている食事を運んでくれた男に近寄る。


「ひっ!」


 目の前の男が急に消えた事で、黒シャツの男が怯える。

 邪神の左手の力で管理者の空間に送っただけだ。

 まあ彼からしたら、俺が左手で男を消し飛ばしたように見えたかもしれないが。

 

 そんな物騒な消え方はしてなかったと思うが。


「け……消し飛んだ……、お前! いったい何者なんだよ!」


 このまま尋問してもいいが、こいつらが正直に話しているかどうかという確認のしようがない。

 となれば管理者の空間に送って俺の部下にした方が、確実な情報が得られるというものだ。

 とはいえ……


「ひっ!」


 俺が左手を翳すと、黒シャツが恐怖に顔を引きつらせて身をよじらせる。

 いまだ蜘蛛の糸が絡まっているため、逃げる事もできないわけだが。


「無理か……」


 癪だが、基本的な能力としてこの男の方が俺よりも強いらしい。

 分かっていたことだが。


「両腕を切ってみるか?」

「そ……そんな! 話を聞くだけじゃないのか? なんでも話すから、助けてくれっ!」


 おいおい、俺を殺しにきといて自分は殺されないとでも思っているのか?

 まあ、マルコの精神衛生的にも殺す気は無いが。

 両腕を切るというのも、穏やかな話じゃないけどな。


「【鉄の鎌(アイアン・サイズ)】!」

「ひいっ、ぎゃああああああ!」


 背後に蟷螂の残影が現れるとともに、ヒュッという音が鳴る。

 そして、右手から鉄の鎌が現れて男の右腕を切り落とす。


「うっ、くっ!」


 必死で声を押さえているようだが、無駄な事だ。


「左腕一本でも俺より強いのか? さすがに凹むわ……【鉄の鎌(アイアン・サイズ)】」


 次に左腕を切り落とすと、ようやく黒シャツを飛ばす事ができた。

 続いて……


「ぎゃあああああ! なっ! 腕! 俺の腕!」


 帽子男の方に向き直り、容赦なく両腕を切り落とす。

 激痛に気を失っていた男が目を覚まし、叫び声をあげる。

 それもそうか。

 眠っているところに、急に両腕を落とされたんだ。

 大人しくしろって言う方が無理か。


 そのまま帽子男も管理者の空間に送り込む。

 が抵抗を感じる。

 それも一瞬、すぐに転送される。

 

 そのまま3人を追って、俺も管理者の空間に戻る。

 マルコには身体に戻ってもらって、取りあえず大人しくしておいてもらう。


「この家からだ!」

「ここに、坊っちゃんが?」

「分からん……が、男の叫び声が立て続けに聞こえたんだ。何かしらの事件が起こっているのは間違い無いだろう」


 ……

 騒ぎ過ぎたようだ。

 優秀な誰かが、この家の様子を窺いに来たらしい。


「なっ! 人が死んでるぞ!」

「こいつら、最近街をウロウロしてたゴロツキどもじゃねーか」

「どうした!」

「あっ、ヒューイ殿! この家から男の叫び声が聞こえ様子を見に入ったところ……」


 ヒューイまで来た。

 どうしよう……

 マルコが誤魔化せるかな?

 ああ、もう!

 ついでにマルコの身体も、管理者の空間に送る。


 とりあえず、場当たり的な対応になってしまったことを不安に思いつつも、虫たちにマルコの相手をさせる。


 さてと……


「ようこそとでも言うべきか?」

「いえ、滅相もございません。お見苦しい姿で、申し訳ございません」

「我が君に働いた無礼、どのような罰もお受けいたします」


 ……

 おーい!

 俺の従者になるって話だけど、いきなりこの忠誠心振り切った感じは頂けない。

 邪神様、聞こえてるかな?

 貴方は、もっと常識的な方だと思ってましたが?


 おっと……背筋に寒気が。

 この威圧感は、善神様の方かな?

 まあ、いっか。


「あと、一人寝てるのが起きない件」

「はっ?」

「この無礼者が!」

「ひっ! いって! あっ、お坊ちゃま、どうもです」


 黒シャツに蹴り飛ばされた男が、頭を振って起き上がるとこっちを見て深く頭を下げる。

 うん、ならず者はならず者っぽくてちょっと安心。

 この二人が良いとこの人間過ぎただけかな。

 

 一応両腕の血は止まってるみたいだけど、傷口が痛々しい。

 一人は足の裏がグチャグチャなはずなのに、片膝ついてるし。


「取り敢えず、怪我を治さないと……」


 ポーション類は普通のならあるけど。

 部位欠損だけど、腕はあるから引っ付けてポーション振ったらくっつかないかな?

 異世界の不思議傷薬だけど、どこの異世界産でも地球じゃ考えられない効果を発揮するし。


「もったいのう……」


 うん、もったいなくは無いかな?

 折角の部下が、腕が無くて戦闘力皆無とか頂けないし。


「痛くなかったの?」

「はっはっは、痛いですよ? ですが至高の御身を前にすればその程度の些事、騒ぐほどのことではありませんから」


 なるほど……

 なるほど、なるほど……


 こわっ!

 この能力、こわっ!


 両腕が切り落とされた状況が些いな事なら、この世の殆どの事が気にする程のことじゃないって事だよ?

 従属解除ができるのが、いまとなっては何よりも幸いなことだと分かる。


 うっかり知り合いをここに招いて、急にこんなにへりくだられたら困るわ。

 ていうか気は許せる相手になるかもしれないけど、仲間にはならないわな。


 土蜘蛛が普通の糸で二人の腕を固定してくれたので、ポーションを振ってみる。

 おお……痛々しい感じだけど、かろうじて繋がったか。


 ポーション数本振りかけたら、ようやく完璧に腕が繋がったらしい。

 帽子男の方は、タライにポーションを入れてそこに足を付けさせといた。


「部下思いの主を持って、俺たちは幸せだな!」


 なんてことを黒シャツに言ってるが、それやったの俺なんだけどね。

 そこんとこは、気にしないらしい。

 いや、気にしろ。


 これ、独裁者になれるよね?

 従者には何しても、許されるって事だよね?

 頂けない。


 まあ、間違った方向に進みそうになったら神様がなんとかしてくれるでしょう。

 というかこの能力は人相手には封印だね。

 異世界チートライフで縛りプレイをするつもりは無いけど、人間相手にこれ使うと色々と壊れそうだし。

 人に対する価値観とか、価値観とか、あと価値観とか。


「とりあえず名前は?」

「はっ、私はマーカスと申します」


 帽子男がマーカスと。


「私は、ルーカスと申します」


 黒シャツがルーカス……ややこしい。


「こいつは、私の弟でして……」


 兄弟か……

 安易な名付けをする親も居たもんだ。


「俺は、ジャッカスです」


 うん、なんか名前負けしてる感が。

 いや、もういいや。

 良い人っぽいけど、名前が悪人っぽくて、でもって大して強くないとか。

 ブレブレの人生を歩んできたんだろうね。


「まあ良いや、それで、なんで俺を狙ったの?」

「それは、この二人に命じられて」

「お前じゃねー!」

「すいやせん……死にましょうか?」

「いや、死ななくていいから」


 ジャッカスが急に割り込んできたので、怒鳴ったら神妙な面持ちで自刃をほのめかしてきた。

 いや、忠誠度合いがおかしいから。

 逆に打たれ弱すぎて、心配になるレベルなんだけど?

 あとで、この辺りも神様に要相談だ。


 あっ、最後に自己紹介したのジャッカスだから、そのまま自分に聞かれたと思ったのかな?

 いやその辺りの空気を察する力を伸ばす方向に、従属できなかったのか?

 こう、俺の望むことに応える的な。

 まあ、いいや。


 溜息を一つ。

 それから、マーカスの方に答えるよう視線で促す。


「はっ、それはマックィーン伯爵家当主、ドルア・フォン・マックィーンの命令です」

「うん、そうだろうね。その理由が知りたいんだけど」

「目的としましては、そこなジャッカスたちにマルコ様を攫わせて救出することで、ベルモント家に大きな恩を売る事です」

「続けて」

「きゃつめは、マイケル卿からスレイズ卿に渡りをつけてもらい、第一王子のセリシオ殿下の剣術指南役に息子のエランドを推挙してもらおうと画策しておりました」


 王族指南役に自分の息子をねじ込むために、うちに恩を売ろうとしたわけか。

 ベルモント領とマックィーン領があるのは、シビリア王国と呼ばれるこの世界でも有数の国家だ。


 現国王は、エヴァン・マスケル・フォン・シビリア。

 彼の剣術指南役は俺の祖父である、スレイズだ。

 王族のみ、国王に即位する際に新たな洗礼名を貰えるから名前が二つになる。

 どうでも良い事だとは思うが、割と重要らしい。

 王と王子には大きな隔たりがあり、王になるということは個人から国の象徴に変わるという意味で名前を授かるとか。


 閑話休題。

 確かに、王族の剣術指南役ともなれば、国内でも大きな発言力を得る事になるだろう。

 ただ、そこまでの効果は期待できるのかと言われると、いささか疑問もある。

 子爵領の領主に過ぎなかった祖父が、侯爵と同等の地位まで上り詰めたのは王族の剣術指南役だからではない。

 侯爵と同等の地位にまで剣一つでのし上がったからの、王族の剣術指南役なのだ。


 その辺りを理解しているかは別として、実に下らない理由で狙われたものだ。

 元をただせば、祖父のせいともとれるな。

 これは、後々祖父に対しておねだりをする際の、切り札にしておこう。


 というかだ……逆に計画が露呈したいま、これをスレイズに報告したらマックィーン家はどうなるのだろう?

 その辺りの危険性を考えたりはしなかったのだろうか。


 まあ良い、必要な情報は全てで揃ったわけだし。

 こいつらの処遇をどうしようか……

 なんていうか、ここまで妄信的な配下とか要らないんだけど?


 いまもキラキラとした目でこっちを見てるし。


「ご命令とあらば計画が成功したふりをして近づき、ドルアを消しましょうか?」 

「そんな事したら、マーカスも只じゃすまないよね?」

「はっ! マルコ様を害しようとした私の身を案じてくれるとは……感激の極みです。ですが心配ご無用! マルコ様の栄光の道への礎となれるならば、それに勝る慶福はありませぬ」


 お……おう。

 鉄砲玉に喜んでなってくれると。

 いや、それには及ばない。

 むしろ、そんな事で罪悪感を覚えたくもないし。


 でも何気に良い事言った。


「よしっ、マーカスとルーカスはこのまま何も無かったことにして、ドルア卿のもとに戻って。で、何かあった時のために情報を集めつつ、いざとなったらこっちに寄ればいいから」

「はっ!」

「御意に!」


 堅苦しいから。

 もういいや。

 普通に話してても疲れるし。


 あとはジャッカスの処分だけど。


「坊っちゃん! 俺はどうしやしょう?」


 こいつはこいつで、使い道がありそうだし。

 一応手元に置いておくか。


 純粋な部下は一人もいないわけだし、裏の道に明るい部下が居るのって色々と便利そうだしね。


「お前は……家にはもう帰れないか。他に拠点とか無いのか?」

「えっと、実家があるにはあるのですが……なんせ箸にも棒にも掛からぬものだったので、疾うに勘当されております」


 なんだ。

 領内に家があるのか。


「それは、ベルモントの街の中か?」

「いえ、ビールスの村でさ」


 あー、どこだっけ?

 山間の方の村だったと思うけど。

 となると、街に潜ませるのはちょっと事か。


「マーカスとルーカスって、お金持ってる?」

「はっ、申し訳ありません金貨で2枚ほどしか……」

「私も、手持ちは金貨3枚程度しか持ち合わせておりません……至高の御身への捧げものとしては、塵芥かと愚考いたしますが」


 十分過ぎる……

 金貨1枚でも俺の小遣い1年分だ。

 羨ましい。

 と思ったら二人の答えに、ジャッカスが言葉を失っている。

 どうした?


「えっ? 依頼料は? 金貨500枚……」

「申し訳ない。元から口封じのために殺すつもりだったからな」

「そんな大金、俺たちに持たせてもらえるわけないだろう」


 そうか……

 鼻っから騙す気だったと。

 ちょっと、ジャッカスが可哀想に思えてきた。


 まあいいや。

 

「じゃあ、金貨1枚ずつジャッカスにあげて。で、ジャッカスはそれで家を借りて、当面の生活ができるようまともな仕事を探せ」

「「はっ!」」

「へいっ」


 あー、ジャッカスの喋り方が、気安くて落ち着く。

 

「で、色々と裏の住人と繋がりもあるだろうから、そっちの繋がりは維持しておいてくれ」

「へい」


 よしよし、スパイ二人と犬が一人手に入ったと思ったら、今回の誘拐騒ぎも悪くなかったな。

 俺にとってはだけど。

 

 問題は、どうやって戻るかだけど……

 というか、魔王の脅威にさらされてるって割には、権力争いとか国同士で戦争とかって呑気な人たちが多いよね。

 その辺り、どうなんだろう?


「そういえば魔王とかって、いま何してるの?」

「えっ? ああ、あの居るか居ないか分からない北の引きこもりですか?」

「引きこもり?」

「ええ、数百年前はそれなりに勢いがあったみたいですが、4つの塔型のダンジョンも今じゃ周辺に大きな街ができて、毎日冒険者がひっきりなしに攻略に勤しんでますからね」

「それでも攻略されないのは凄いですが、攻め入ってくるほどの余裕も無いみたいですよ」

「そうか……」


 さすが世代を跨いでも良い、攻略対象。

 というか、この世界の人間が優秀なのか?

 でも、着実に力は付けている様子。

 付けているはず。

 付けているよね?


 まあ、魔王のことは後回しにしよう。

 とりあえず、最初の困難は回避できたと信じよう。


――――――

「良かった! 本当に良かった! もう、これからは屋敷から一歩も出さないようにしましょう!」

「マリア、それは……」

「もう、決めましたから!」

「お母さま?」

「なんですか?」


 家に帰ってからが修羅場だった。

 ちなみに、アジトだった家の家探しは終わった後だったので、そこから帰るのも不自然かと思い家の近くに転移して普通に戻った。


 捕まったところに襲撃があって、バタバタしてる隙に逃げ出したという苦しい言い訳が通用するはずもなく。

 マリアにしつこく根掘り葉掘り聞かれた。

 とりあえず世話役っぽい人が襲撃された際に、縄を切って逃がしてくれたという事を何度も訴え、訝し気ながらも納得してくれた。

 してないっぽいけど。

 挙句にその人を探して礼を言いましょうとかって言い出したから焦った。


 とりあえず俺を庇って背中を斬られたから、生きてるか分からないとは伝えておいた。

 諦めてないっぽいけど。

 そして冒頭。


 外出時の護衛を三人+マリアにすることで手を打つと言い出したけど、マイケルが凄く頑張った。

 マリアが居ても役に立たないし、足手纏い。

 護衛がどっちを守ったらいいか迷うということを、懇切丁寧に伝えてた。

 対するマリアは。


「マルコは私が守ります! ですから、護衛は私を守ったら良いのです」


 本末転倒だ。

 その守りを俺に向けてくれ。

 護衛が倒された時点で、詰むという点では一緒じゃないか。

 思っても口は挟まない。

 マイケルに任せる。


 彼の頑張りのお陰で、護衛四人ならということに。

 新たに護衛を二人、緊急で募集掛けてた。

 そんな事しなくても、冒険者ギルドに依頼すれば?

 と言ったら、もしかしたら冒険者の中に、買われた人が紛れてるかもとか。

 それ言い出したら、これから面接に来る人たちにも当てはまるんじゃと言いかけて黙る。


 藪蛇だ。

 自分で自分の首を絞めるような真似はしない。






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― 新着の感想 ―
[一言] これで終わり!?まぁここで敵を残した方が話を作りやすそうではあるけども
[一言] その人に惚れ込んだとか、親兄弟先祖に恩があるとかならともかく金や力で寝返る輩は裏切られる前提で考えなきゃ寝首搔かれる
2021/09/04 07:37 退会済み
管理
[気になる点] せめて犯人の犯行の動機ぐらい親に伝えろよ
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