悪役令嬢は攻略対象に入りますか? ならないなら一目惚れをどうすればいいですか?
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ありがとうございます。
段落が変わる文章の前にスペースが入っていないとのご指摘があったのですが機器の関係でこの小説には入れられなさそうです。
読みづらいと感じた方には申し訳ありません。
桜舞う春の日。
私、小鳥遊萌は一目惚れした。
桜の花びらとともに風に流れる金髪、伏せがちに道路の先を見つめる海色の瞳、白い肌の頬はほのかに赤く染まって少女の若々しさ、みずみずしさを象徴している。
彼女の名前は白鳥美玲。古くから続く良家の長女にして日本屈指の大企業、白鳥グループの社長令嬢。
そして、乙女向け恋愛ゲーム『ときめき学園の恋愛事情』の憎むべき悪役。主人公である小鳥遊萌をいじめたおしたあと大抵のルートで落ちぶれてなしまう典型的な悪役令嬢。
そして、小鳥遊萌は私だ。
何を言っているがわからねーと思うが、要はそういうこと。
16年前の六月某日、産声をあげて生まれた3000kgの赤子には前世の記憶があった。
友達に勧められて始めた『ときめき学園の恋愛事情』にどっぷりとはまってしまっていること以外はどこにでもいる平凡な少女が私の前世。
しかし、高校の卒業式のその日、明日への希望を胸に携えた平凡な少女はトラックに轢かれて死んでしまった。
長い間くらいどこかをさまよっていた私はいきなり息ができなくなりもがき苦しんだ。そして私の目の前に一筋の光が見え、息絶え絶えに光めがけて走るとおぎゃあおぎゃあ、なんて声が遠くから聞こえて来た気がした。いや、自分の声帯がそれを発しっているだと気がついたのはそのあとすぐ。
そしてそれを認識した途端、目の前が淡い光に包まれた。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
上から女性の声がして軽々と持ち上げられた私の体は移動させられる。声を出そうとしてもあ、とかうお、とかの母音以外出てこない。
ここでやっと私は気づいたのだ。
最近、よくある転生とやらをしてしまったのだと。
私が自分を乙女ゲーの主人公だと認識したのはそのあとすぐだった。
『ときめき学園の恋愛事情』、略して『とき学』のルートの一つ、攻略相手のイケメン幼馴染蓮二と幼稚園で出会った。それまでは、偶然『とき学』の主人公と名前がおんなじでラッキーくらいにしか思っていなかったが、その時に『あれ、もしかしたら自分とき学の主人公?』と馬鹿みたいなことを考えしまった。
そして、私が主人公であることを裏付ける最大の出来事が中学の時に発生した。
通称『玉の輿ルート』と呼ばれるルートの攻略対象、中学時代のヒロインに初対面でプロポーズ、以後強烈なインパクトを残しながら高校で再会したヒロインに嫌味と減らず口を叩きつつも実は国の王子の座を捨ててまで初恋の主人公を探しに極東まで来た褐色系男子のジータ。
そんな彼に例に習ってプロポーズされた。
ゲームプレイ時も頭おかしいと思ったが実際にされると中々こいつはやばいと認識させられる。
何せ会ってすぐにファーストキスを奪ってしかもプロポーズまでするなんて自分がイケメンだと思ってないとできないと思うな。
『とき学』のジータルートは高校一年生の一年間の話。よって高校入学前は『どうせなら一番金持ちと付き合って玉の輿じゃい!』などと意気込んでいた。
狙うは王家の出にして金持ちのジータただ一人。散々やりこんだゲームなのでどこでどの選択をすれば玉の輿に乗れるかは把握している。
などと思っていたのだ。
入学式のその日、白鳥美玲に一目惚れするまでは。これが恋なのか。彼女が何かするたびに心臓がどくりと大きく波立つ。彼女を見ると、頬が赤くなら幸せな気分になる。
こんな感情知らない。
初めは否定し続けた。同性同士の恋愛なんてとか私には乙女ゲーの主人公として対象を攻略しないといけないとか。しかし、どれだけ悩んでも心の中のほのかな甘酸っぱさは消えなかった。
そして、思考することをやめた。『とき学』には様々なルートがある。つまり私が誰を攻略しようと勝手なんだろう。それなら、正規の攻略対象は他の『小鳥遊萌』に任せよう。
今、私が好きなのは蓮二でもジータでもない、豊かに育った小麦のような金髪を持つ白鳥美玲なのだから。
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「美玲ちゃーん! いたいた。ねえ、一緒にご飯食べようよ」
息を切らして私に近づいてくるのは同じクラスの中でも地味な少女、小鳥遊萌。飾り気のない髪色や化粧気のない顔は私の周りを囲う人物の中でも彼女だけだった。
白鳥グループの社長令嬢、白鳥美玲の名を知らぬ生徒はこの学園にはいない。金持ちの集まりやすいこの私立高校の中でも特に、私は小等部からいる数少ない内部生。この学園に在籍するには時間に比例するほどに莫大な金がかかる。そのことを知っている人間はそんな私に媚びへつらうのだ。実際自身もそのことを嘆きつつ優越に浸っていた部分もあったほどだ。
しかし、小鳥遊萌はそんな人間たちとは違うまで自分を見る。
初めて声をかけられたのは入学式の日。幼馴染だというイケメンに制止されながらも私と友達になってください、と食い気味に言う彼女に気後れしてイエスと言ってしまったのだ。
「あら、小鳥遊さん。
今日は先生に呼ばれているので先に食べて置いてくださいと言いませんでしたか?」
「えっ、そうだったの? やだ私ずっと探してた!」
顔を真っ赤にした彼女はまるで妹のようでとても愛らしい。自然と頬を緩むのに気づいてそれを隠すように小鳥遊萌の前を大股気味に歩くと、その後をカルガモのようにトコトコついてくる小鳥遊萌。
この後は一緒にお昼ご飯を食べて、色々なことを話し合うのだと思うとなんとない日常のことなのにたまにあるダンスパーティーより心踊った。
こんな日々が長く続かないことを私は知らなかったから。
「親の事情により日本にやってきました。
ジータ・ホゥタフです。 今まで日本に来たことはありませんが日本語は話せます。
どうかお手柔らかに」
腰を90度に曲げて丁寧な挨拶をした褐色肌に人離れした銀髪を持つクールビューティな好少年。彼の顔をじっと見つめると目があい、ついその美しい顔に赤面した。
彼がこの学校に転校してきたのは梅雨入り直前の晴天の日。
私はその日、見てしまった。
「全く、『新しいクレープ屋さんができたから行きましょう!』などと誘っておきながら私に探させるなんてなんたることかしら」
はあ、やたらと広い校内を歩き回り、ため息をつきながら小鳥遊萌を探す。先ほど教室でジータ・ホゥタフに話しかけられていたのを最後に見ていない。いつも私にべったりな彼女が私をほったらかして彼と二人っきりで校舎案内をしているとは考えづらい。
図書館に入り、小鳥遊萌がよく読む歴史小説の本が並んである本棚へと向かう。
ガタンッ!
大きな音がしたかと思うと目の前の本棚が揺れる。なんだなんだと思い本棚の向こうをそっと覗く。
するとそこには本棚に手を押し付けられジータ・ホゥタフに唇を塞がれている小鳥遊萌の姿が、
「何してるんですの、小鳥遊さん」
「!?
美玲ちゃん。ち、違います。これはその。」
心の底が煮えたつ。
こんなところで二人でこっそり密会、しかもキスまで。
そもそも小鳥遊萌とどう言う関係なのか。
どうしてキスなんてしているのか。
聞きたいことはたくさんあるのにうまく頭の中でまとまらない。心臓は早鐘のように脈打ち、口から出て行く一言一言に制止をかけるが全くそれは意味をなさない。
気がつくと目に涙を膨らませた小鳥遊萌が顔を真っ青にしていた。
「ごめんなさい、美玲ちゃん。裏切るつもりはなかったんです」
____
ジータが転校してきたから全てが変わった。いや何も変わっていないのかもしれない。なぜなら美玲はゲームの展開通り、悪役令嬢になって私をいじめているのだから。澄んだ海色の瞳を見つめることもできず、私の隣にはいつしか金ではなく銀の髪を持った人間がいることが多くなった。
「あら、失礼。 見えなかったですわ」
ピシャリと冷たく言いきった美玲。
美玲と二人で落書きしあった(主犯は私だけど)教科書はいじめによってボロボロになってしまった。
梅雨が明けたのに、雨が降っている憂鬱な午後、私が唯一安心できる屋上に座り込んで私は制服を濡らしながら天を仰いで考えていた。
ここが安心できるのは、きっと美玲と二人でご飯を食べたり、一番彼女といるのが長かった場所だからだろう。
(どうしてこんなことになってしまったのか…)
桜舞うあの日、美玲に一目惚れした時から運命を変えたかった。
二人が分かり合えない運命を、美玲が不幸になる運命を、私の報われない恋の運命を。
もうここまでくれば修復は不可能だろう。
あの日、図書館に行ったときに気付くべきだった。ジータルートの第1章の序盤、地味で平凡な私と目があった時一目惚れしたジータがキスしているところを白鳥美玲は影から見て嫉妬心を抱く。
ジータから小鳥遊萌を引き離そうと企む白鳥美玲は翌日からいじめを開始。もともと有名だった名前を一気に悪名に変えてしまう。
今、美玲はそこまで来ている。
『嫉妬で友人を陥れた最低の人間』
それが今の全校生徒の美玲に対する認識だ。
ジータは美玲とよくいる。というか美玲がやたらとジータに絡んでいる。別の何かを打ち消したいかのように一人の男にのめり込むその姿に私は悲しくなった。
私ができることはなんなのだろう。
美玲、美玲、愛してる。
先に裏切ったのは私なのだ。
図書館でのイベントを忘れ去ってしまっていた。浮かれすぎていた。
全部変えることなんてできなかった。
「こんなところにいると風邪をひくぞ?」
「ジータくん……よくここがわかったね」
「まあな。ここに向かっているのを見かけたんだ」
ジータから差し出された傘の中に入り、考える。
傘の中で聞く声はこの世で一番美しいらしい。
そっと目を閉じてジータの声に聞き入った。まるで繊細な弦楽器のような声だ。
でもここで聞きたいのはもっと高い、フルートの旋律のような美しい声。彼女の声が聞きたかった。また、優しい言葉をかけて欲しい。
『ほら、行きますわよ。小鳥遊さん』
「なんでこうなったのか自分でもわからない」
「だろうな。
毎日この世の終わりみたいな顔してるぜ、おまえ」
「だって、世界一嫌われたくない人に嫌われてるかもしれないんだもん」
「俺はおまえのことが好きだぜ? だっておまえは優しいからな」
「優しくないんだよ。
裏切ったし、傷つけた。自分の勝手な気持ちで相手を振り回した」
「……」
「無言になんないでよ、普段見たく皮肉なことは言えないの?」
から笑いして立ち上がる。
目の前にいる銀髪の端正な男に一切好意は湧いてこなかった。
_____
十一月中旬、文化祭のその日。
ジータの腕にわざと胸を押し付けるよう絡みついて離れない。したいことをしているはずなのに吐き気がする。
クラスの出し物は漫画のテンプレ展開のようにメイド喫茶。私は我儘を言って一人だけ際どいメイド服を着ている。こう言うのが男は好きだと聞いたから、ジータ・ホゥタフもどうせこんなのがいいのだろうと失礼ながら決めつけた。
「ジータ様、私と一緒にお店を回りましょう?」
「でも俺は萌とともに回ると約束を……」
「んもうっ、ジータ様ったら照れちゃって可愛い!」
そういうことでは決してないと言いたげな目線を無視して甘ったるい声を出し、引きずられるようジータの歩幅に合わせて歩く。遠目からしたらバカップルにしか見えないんだろうな、なんて内側の冷めた自分が思っている。
図書館での心臓が煮えたぎるような気持ちは嫉妬だと気付いた。あの時、ジータと初めて目があったときに私はきっと恋に落ちたのだ。
揺れる銀髪、燃える火のようなオレンジ色の瞳、日本人ではありえない褐色の肌。
彼に恋している。
そう思うとずいぶん心が軽くなった。
私が醜い焔に焼かれるのも恋のせい。かつての友人を虐めるのも恋のせい。その友人の絶望する顔を見て心がじくじくと痛むのも、全部恋のせいだ。
「あっ」
目の前に小鳥遊萌がいる。制服はかすかに汚れている。先ほど体育館裏に連れていかれているのを無視した記憶があるので、おおよそ取り巻きの連中にやられたのだろう。
そう思うと心が大きく跳ねた。ドギマギしながら小鳥遊萌に話しかける。
「あらぁ?
そんな汚い姿をジータ様の前に見せないでくださるかしら。
将来の白鳥グループのトップですのよ?」
顔、熱くなるな。
心、踊るな。
脈動、早くなるな。
念じながら、それでも長く持たないだろうと小鳥遊萌の前から去ろうと先ほどとは逆にジータを引きずって早足で歩く。
「待って、美玲ちゃん」
「白鳥『様』でしょう、小鳥遊さん?」
「一言だけ言いたくて」
ドキン。
ああ、拒絶されてしまう。なんと言われても地獄だ。こんなに心が痛むのなら、他人同士でよかった。こんなに彼女をボロボロにしているのに、自分は拒絶されたくないなんてエゴだ。でも望まずにいられない。
全てやり直したい。
あの日、少しでも長い間小鳥遊萌と一緒にいたいと思ってしまったことがダメだったのだ。
いじめに対する報復だ。言われてしまう。
「ごめんなさい」
停止した。
だって、なんで。目頭が熱くなり、瞳から水滴が流れ落ちた。それはぽたぽた廊下に落ち床のシミになる。謝らなきゃ置けないのは自分だろう。
一言、ごめんなさいと言えればどれだけ楽だろう。
「それだけ、で許されると、思って、いますの?」
床のシミを塗りつぶすように靴で踏みにじりながら途切れ途切れに紡いだ言葉を残して脱兎のごとく走る。後ろから待って、と言う制止の声が聞こえるが私は聞こえないふりをして逃げ続ける。気づけば今日は雲ひとつない晴天が天井の代わりをしている屋上へとたどり着いた。
ここは、小鳥遊萌と一緒にいた場所だ。
あそこのベンチでご飯を交換しあって、たまに好物を取られた小鳥遊萌が私を追いかけて鬼ごっこになった。
懐かしい。それももう半年ほど前のことだ。
いつまで恋に苦しませられなきゃいけないのだろうか。
「お前もここに来るんだな」
「ジータ様、もしかして私を追いかけてきてくださったんですか?」
「ああ。
俺も、お前に言いたいことがあるから」
後ろからの声に振り返る。ジータが息切れしながらこちらを見ている。
愛の告白なんてこんなときにしないで。今はあなたを愛せない状態なのだ。媚びるような甘い声も出せないし先ほどまで押し付けていた胸も痛くて誰にも触れて欲しくない。
「自分に素直になれよ。
俺がお前を好いていないように、お前も俺を……」
「黙れ!」
何がわかるの。
私はあなたを愛している。愛しているから、彼女を虐げている。あなたの気持ちなんてどうでもいい。大事なのは私、ただ一人。
あの子のことなんて好きじゃない。
小鳥遊萌なんて、私の恋路を邪魔するただのお邪魔虫なんだから。
「ごめんなさい」
口から出た言葉にハッと息を飲んだ。こんな言葉を告げるつもりはなかった。本来なら主人公はここで白鳥美玲に宣戦布告するのだ。ジータは渡さない、と。
なのに、そんなことできない。
当たり前だ。私が好きなのは白鳥美玲なんだから。
「美玲の心が、ずっと欲しかったの」
……なんて言ったら怒られるだろうか。
自室のベッドの上でそんな臭いセリフを吐いて美玲と逃避行する未来を想像した。
文化祭はルートの中ではややこしいが終盤の前半部分に当たる。そして、文化祭が終わると今度は最終章の、つまりは最後のイベントがやって来る。
学園のクリスマスパーティー。挑発されてそこにやってきた主人公に見せつけるよう、保護者も集まる学校最大のイベントで白鳥美玲はジータと付き合っていると公言しようとする。しかし、それを聞きつけていたジータは白鳥美玲が小鳥遊萌にしていた仕打ち数々を暴露。白鳥美玲はそのことで学校を退学させられ、家をも勘当される。
その時、ジータは小鳥遊萌に告白、ついでに自分が留学中の王子だと告げる。
そしてハッピーエンドへ。
(私からしたらハッピーどころかアンハッピーエンドなんだけどね!)
文化祭が終わった今、クリスマスパーティーまであと数週間しかない。私も美玲も幸せになれる未来なんてないのだろうかとなんども思案したが、実際美玲は私をいじめ、ジータと私の仲は着実に近づいている。ジータから向けられる生暖かい目線は私を焦らせていく。彼からの好意だってどうにかしなければならないのだ。
いっそのこと彼が私ではなく美玲のことを好きだったなら楽だった。
二人は相思相愛。美玲が幸せなら私も幸せだ、多分。
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クリスマスパーティーの一週間前、登校するといつも書かれている悪口の代わりに机の上に小綺麗な手紙が乗っていた。誰にも見られないように屋上へ行って白鳥美玲から小鳥遊萌へと書かれた封筒を開けると高価そうな羊皮紙には
『12月24日のクリスマスパーティーに小鳥遊萌、あなたを招待いたします』
と書いてある。
12月24日の日にちに四月からの季節の移り変わりを感じて網フェンス越しに窓の外を見た。校門前の美玲と初めて出会った桜並木の枝先にはピンク色の花びらではなく真っ白な雪が積もっており白い花が咲いているように見える。
その中に一輪だけ咲く金色の太陽、白鳥美玲が取り巻きに囲まれながら歩いている。ピンクの中でも映えた金髪はやはり白の中でも映える。そういえば私はてっきり染めているのだと思っていた彼女の金髪は実はフランス人のお婆さんからの遺伝だったらしい。
なんとなく彼女の日本人離れした雰囲気に納得したのも半年前だ。
「なーに恋する乙女みたいな顔したんだよ」
「うわ、なんだジータ君かぁ。超びっくりした」
低い声は彼女のことを思い出していた私を驚かせた。手紙をさっと隠して彼の顔を見つめる。
彼と、私と、美玲で話はできている。
彼は私が好きで私は美玲が好きで、美玲は彼が好き。ならこの悪循環を断ち切れば美玲はジータと一緒になることはできなくても破滅を免れるのではないか。私は悪い女だ。乙女ゲーの主人公失格、ていうか私はそもそも平凡な少女なんだった。美玲のことを考えると自然と流れる涙を利用しよう。涙を流す私はジータの胸に顔を押し付けて懇願する。
「私、もうつらいよ。
美玲はもう友達じゃなくなっちゃった。
ねえ、ジータ君。私と一緒に逃げて? あなたのことが私は好きだから、あなたとならどんなことも、」
できるよ。
言い切る前に彼は私を突き放して頬を叩いた。手加減はしていたのだろうけどそれでもジンジンと熱くなった頬は痛みを帯びる。
「男として、女を殴るなんて最低な行為だよ。そのことは謝る。
でもな、お前らもういい加減にしろよ!
なんでわざわざお前らの恋愛は俺を挟んでややこしくならないと気が済まないんだ。
俺が俺のことを好きでもない女と一緒になれるか。
お前の気持ちはどうなるんだよ?
目の前の好きな奴が俺と一緒になって不幸なら、俺はお前とは一緒に居たくない。
なあ、一番幸せだったのはいつだ?
誰のそばにいた時だ?
お前は、誰が大事なんだ」
たった一人の、大事な人。
それは愛する人。
「ダメだよ。神様は許してくれない。
だって……」
「だってどうした?
神様なんて第三者だろ。それならただの他人だ。他人が人様の恋愛につべこべいう筋合いはねーよ」
だろ?
普段は見せないようなへらりとした軽い笑いかたをしてジータは屋上から去った。
『お前ら』
それはつまり。美玲も自分が好きなのだろうか。分からない。
神様、私は白鳥美玲に恋していいんですか?
恋しちゃダメなら、この気持ちを一体どうすればいいんですか?
自問自答を繰り返しているうちに、一週間はあっという間に過ぎた。
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ジータとの婚約を学校関係者及び保護者の前で発表する手はずは整っていた。しかし、来ると思っていたのに小鳥遊萌はこなかった。それだけが唯一の誤算の予定だった。
しかし、全ては今失われた。
ジータが用意した映像が大画面で流れる。私が小鳥遊萌にしてきた数々の侮辱。きっと本人がここにいれば今の私を見て嘲っただろう。
これがお前の結末だ。よくも裏切ったな、と。
ジータが何かを私に叫んで、両親が私に駆け寄って頬を叩いたところで気持ちが戻ってくる。
この日のために選んだドレスもボロボロ。
しかし心は晴れていた。
全部終わった。
私のことではない。
小鳥遊萌はこれでまた普通の生活に戻れる。ジータと付き合って幸せになれる。私という悪役がいなくなる。
結局、煮えたぎる熱の理由は分からなかったがどうせここで私の人生は終わるのだ。心底どうでもよくなる。
短かった。
令嬢として生まれ、周りには自分に諛う人物ばかり。唯一できた愛すべき人間も、嫉妬によって無くしてしまった。
ああ、そうか。
私は嫉妬したのだ。小鳥遊萌が好きなジータにではなく、ジータを好く小鳥遊萌に嫉妬したのだ。私だって、小鳥遊萌が好きなのに。後から現れたこんな男に振り回される自分や、そんな男を好く小鳥遊萌に嫉妬したのだ。
私は、小鳥遊萌を恋愛対象として愛していた。
やっと気づいた。
しかしその時にはもう全て無くなっていた。激昂した父が私に勘当を言い渡そうとしたその時だ。
バンッ!
講堂の大戸を開ける大きな音が聞こえたかと思えば、そこには冬らしい厚着をした小鳥遊萌がボストンバッグをかけた肩で息をしていた。彼女は私の腕を掴むと、講堂から走る。ドレスに合わせた高いヒールはなんども転びそうになったので学校の階段を降りる途中で脱ぎ捨てた。その様子を走り去る時にシンデレラのようだと思った。ただし、私のことを探してくれる王子様はいないし私の腕を引っ張る少女こそがシンデレラなのだろう。
走って走って、学校から遥か遠い丘の上で小鳥遊萌は立ち止まった。無理に走ったせいで体は一時的に熱いがさすが12月の風はすぐにドレス一つしか着ていない私の体を冷やした。それに気づいた小鳥遊萌はボストンバッグから安っぽいコートを取り出し、それを私に羽織らせた。
「へっくち。さ、寒い……。
一体なんなのですの、小鳥遊さん?!」
「単刀直入に言うね、美玲ちゃん。私と駆け落ちしてくださいっ」
「はい!?」
「ありがとう、美玲ちゃんならOKしてくれるって信じてた!」
「今のは肯定の『はい』ではなくて疑問の『はい』ですわ。いったいどういうことですの?
私があなたに半年間してきたことを忘れたんですか?」
「忘れてませんよ。
でも私も悪いんです。あなたに伝えていなかったことが多過ぎた。
あなたは私をいじめて苦しめた。私はあなたに想いを伝えなかったからそれが結局あなたを苦しめて追い詰めた。
だからお互い様だって笑って、チャラには出来ないかな」
彼女が私を許して愛そうとしてくれている。それだけで涙が溢れた。黒かった心内も一気に晴れた。大粒の涙が凍りそうな空気に触れるが、それは熱を帯びているせいかとかある気配を感じさせない。
「許してくれるの……?
あんなにひどいことをしたのに。あなたを傷つけたのに」
「もちろん。
その上で言いますね。
白鳥美玲さん、私と結婚を前提にお付き合いしてください。
受け入れてくれたって断ってくれたっていいよ。決めるのは美玲だから。
でも、私は美玲が欲しい。
美玲しかいらない」
私は、私は____。
「喜んで、お受けいたしますわ。
こんな私でよければ、あなたを愛させてください。
でも駆け落ちはしませんわ。色々なことをほったらかしにしたまま逃げることはダメですから」
すれ違いほつれた糸が解けた。
先ほど気づいたばかりの恋心に、その愛情の炎が消えないようずっと隠されていた恋心は同じように溶け合ったのだ。
___________
結果として、白鳥美玲の『いじめがバレて学校を退学、家からも勘当される』運命を変えることはできなかった。
正確にいうと、白鳥美玲は自身が私にしてしまったこととそれを実行するにあたって周りにかけた多大な迷惑なことを反省して自主退学した。
父親は美玲が『白鳥』の名を汚したことに怒り、美玲を勘当した。ただしこれにはゲームをするだけでは知り得なかったことだが一応金銭上の工面を申し出てくれているらしい。美玲は断ったのだが。
私はいきなりパーティーに乱入したことで教師に怒られる羽目になったが私に近しい教師はいじめを見抜けなかったダメ教師というレッテルを貼られたのできつく怒ることはなかった。
ジータはその後、私と美玲が付き合い始めたことを知って『もっとさっさと付き合え、お前ら遅過ぎんだよ』と笑い、もともと日本に来た目的である私への恋が叶わなかったためか国へと帰った。もし二人で籍を入れるたいのなら俺の国は同性同士の結婚が許されているから来い、とまで言ってくれた彼はやはり優しい。
桜舞う季節が何回も何回もやって来て私は高校を、そして大学を卒業した。
今日、私は日本を発ち、ジータの治る国へと向かう。
紫色のキャリーバッグを引きずりながら待ち合わせ場所である学校前の桜並木を目指す。
遠くに見える太陽の金髪は落ちて来た桜の花びらだらけで、私は笑いをこらえながら彼女を後ろから抱きしめた。
悪役令嬢にしては少し白鳥美玲はクリーンすぎたかな、と思います。
ともあれ長い小説を読んでくださりありがとうございました。