第4話
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何階層にも及ぶ巨大な構造物が所狭しと建ち並ぶ中、倒壊した建物や瓦礫を避けながら一台のステーションワゴンタイプの車が走っている。
その一帯の建築物はどれも継ぎ足し継ぎ足しで増築されていったかのように歪で様々な形状をしていた。
廃墟と化した建物群は、所々自然の草木に侵食されている。
人の気配の無い無機質な人工物と、生命の息吹を感じさせる緑によるコントラストは、まるで文明の衰退を表しているかのようで、どこかもの悲しさが漂っていた。
そんな景観の中で車はゆっくりとスピードを落とし、芝生が広がる開けた場所で停まった。
車から降りて来たのは身長192㎝ほどの筋骨隆々で、髪は6mmほどの長さの坊主頭の大男だ。白い無地のTシャツの上に濃紺のMA-1ジャケットを羽織り、ジーンズにマウンテンブーツという出で立ちが、その男の厳つさをより一層際立たせている。
彼の名は後藤剛。
この世界において今はゴート・マゴンテスという名で登録されてしまっているのだが。
剛は車から大きめのリュックサックを取り出して背負い、左手首に嵌めた携帯端末から空中に表示される電子地図を見ながら、何かを探すように廃墟が建ち並ぶ中へと足を踏み入れて行った。
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謎の怪物と遭遇した次の日地下室を探索した剛は、そこで鎌田長政という人物が記した手記を発見した。
鎌田長政はどうやら剛と同じ境遇だったようで、いつの間にかこの世界に居たということだった。
鎌田手記には、彼がこの世界に来てから経験したことや、様々なことに対する考察が詳細に記されていた。
一冊のハードカバーの分厚いノートが地下階の一室に、メモ書きと共に目立つように置かれていた。それはおそらくオリジナルのコピーを製本したものだった。
剛が発見したもの以外にも、数ヵ所に同じものや、電子データに入れられた同じ内容のものが目立つように置かれていた。半数は英語で、中には中国語で記されているものもあった。
横に置かれていたメモ書きには、「私と同じ漂流者達へ」と日本語と英語、中国語でそれぞれ記されていた。どうやら鎌田はもし自分以外に同じような境遇の者がいるのなら、その者達の手助けをしようとしてくれたようだった。
鎌田のノートにまず始めに書かれていたことは、夜は外に出ないでどこか屋内に身を隠すこと、という注意であった。そして剛が先日遭遇したあの怪物について説明されていた。
あの怪物はナイトウォーカーと呼ばれているらしく、日中は出現せず夜だけ現れるようだった。案の定人を襲うらしく、普通の人間では太刀打ちできないようなので、戦力が整うまでは大人しくしているように、とのことだった。
そう、戦力が整えば倒す手段は存在するらしい。
対抗する手段があることがわかり剛は少し安堵した。
鎌田は広範囲にこの世界を探検してかなりの情報を得たようで、ナイトウォーカーの倒し方からこの世界の成り立ちについてまで言及されていた。この世界に残された資料から得た正確な情報もあれば、そこから彼が推測したものなど混ざってはいたが。
この世界が仮にゲームの世界で剛がプレイヤーなのだとしたら、初期の段階でそのゲームの攻略本を手に入れたようなものだと思った。実際のゲームだとしたらネタバレ感満載で萎える者もいるだろうが、実際のところ己の生き死にがかかっているので、鎌田手記は剛にとっては大変ありがたいものだった。
剛は鎌田手記を手に入れてから2週間ほど、無言のメイドの世話になりつつ鎌田手記を読み込んだり自分でも色々調べてみたりして過ごした。盲目的に鎌田を信じたわけでもなかったので書かれていることで検証できることはしてみたが、やってみたことは書かれている通りであったし、日中も気を付けながら外を探ってみたがナイトウォーカーとは実際に遭遇しなかった。その合間に筋トレしたり走ったり、空手の鍛練をしたり、夜さえ気を付けていれば割と平和な日々を過ごした。
そうして遠出の準備が整ったので現在、ナイトウォーカーを倒すために必要なことをするために、滞在している研究施設から少し離れた、鎌田手記に指示されたとある場所へとやって来たのである。
最初に居た研究施設の地下の探索も気になったが(鎌田手記にはそこに言及された記述はなかった)、まずは身を守る術が必要だと考え後回しにすることにした。
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剛がいるこの世界はそもそも地球ではなかった。
剛も薄々気付いてはいたが、鎌田手記にそうあった。夜に空を見上げてみるとわかると書かれていたので、ナイトウォーカーを警戒して夜いつもの部屋に立て籠りながら、窓から夜空に視線を上げてみると、月が二つ、巨大な何かの生き物の両目のように、闇に浮かび爛々と輝いていた。
この星は何か超上的な存在に監視されているかのような錯覚を覚えて、剛は身震いした。
鎌田は、月以外にも夜空に見える星々が地球から見えるものと全く違うなどと詳しく書いていたが、剛は天文学に明るいわけでもなかったのでよくわからなかったのだが、自分も研究所や近場の図書館、歴史資料館のような所で裏付けを取ってみたところ、確かにここは地球ではない別の星であるようだった。それがわかった時、根城にしている研究施設に、宇宙開発事業を扱う祖父の会社BFカンパニーのロゴがあったことを思い出し、納得した。
2117年の時点では、一般に公開されている情報に限っては、地球人が移住できる星や生物が存在する星は見つかっていなかったはずだ。しかし仮にそういった星が見つかったとしたら、移住のための技術の面においては不可能ではない水準には達しつつあったように思う。
地球人が移住できるこの星が見つかって、それにBF カンパニーも関与したということだろうか。
だとしたら自分が地球に居た時からどのくらいの時間が経過しているのだろう。寝て起きてすぐ別の星に移動していたなどということもないだろう。地球から別の星に移住して、地球と同じレベルの生活環境を築くにも結構な時間を要することだろう。
鏡に映った自分は今まで通りの外見だった。特に歳を取っているようにも見えない。坊主にしている髪はこちらで気付いた時はいつも剃る時の長さの3mmほどであったが、今はこの世界に来てからの時間経過で少し伸びているだけだ。筋肉もいつもより萎縮しているということもない。ということは長期間筋力トレーニングができない状態にいたというわけでもなさそうだ。
コールドスリープ的な人間を仮死状態にして後に目覚めさせる技術も、2117年当時は確立されていなかったはずだ。剛も特に研究所のような所で眠りについた記憶もない。ただ普段通り生活していたはずが、知らぬ間にいきなり別の星に来てしまっていただけだ。
しかし何らかの方法で時間経過のない状態になって何年もどこかで眠っていたのだろう。
鎌田も謎の星間移動については色々予想は書いていたが、結局わからないようだった。
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剛が今いるのは、街外れにある違法居住者達の大規模集落だったとされる場所だ。ある反政府組織の本拠地がここにあり、そこにナイトウォーカーを倒す手段を得るために必要なものがあるらしい。
車を降りて電子地図に従いながら建造物の隙間を縫ってしばらく歩くと、崖に覆い被さるように様々な建物がある場所に出た。地図はさらにその下を指し示している。目的の場所はこのさらに下にあるようだ。
目の前には巨大なゲートがあり、そこかしこに破壊された防衛用の設備が転がっている。銃器や警備用ロボットなどだ。反政府組織にとってここら辺がより重要な一帯であったことがわかる。
ちなみに元から壊されていたものもあるが、いくつかは鎌田によって無力化されたものだ。人がいなくても防衛システムは生きているようで、鎌田手記に注意書きがあった。
鎌田は後続が安全に目的地まで辿り着けるように可能な限りのセキュリティは破壊したようだが、見落としがあるかもしれないので注意するようにと書かれていた。
剛は鎌田長政が何者なのか気になった。
ぱっと見ただけでもここら一帯の警備はかなり厳重なものだとわかる。生身で乗り込んだということもないだろうが、武装していても単身でここまでのことをやってのけたとは、にわかには信じ難かった。それほどの惨状が広がっていた。
まあおかげでこちらとしては侵入しやすいので、深く考えずありがたくその恩恵に与ることにする。
剛は気を引き締めて、半開きのゲートを潜っていった。