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冥王  作者: 裏三
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第3話


 それは人の形をした、黒いナニカだった。

 人間のように頭、腕、脚らしきものがあり、身長は3メートルほど、横幅も広く全体的にかなり大きい。

 全身が黒くドロドロとしたヘドロのような半透明の何かで構成されている。

 施設の前の道路をのっそりとした足取りで歩いているのが割れた窓ガラスから見える。

 施設のロビーはここもまた外に面したところは全面ガラス張りだったので、全くありがたくないことにそのナニカの姿はよく見えた。

 剛は見ているだけで、腹の底から沸き上がる恐怖で叫び出しながら逃げ出したい衝動に駆られたが、必死に思い止まる。そんなことをしたら確実にあいつに見つかってしまうだろう。剛は空手をベースとして格闘技をかなりの強さで体得しており、たいていの人間には負けることはないのだが、その謎のナニカはそんな次元にはいない気がした。

 見つかったら最期だと思い息を殺してじっと潜む。


 そのナニカはゆっくりとした歩調で歩いていたが、急に止まった。しばらく全身を脈動させた後、頭にあたる部分から苦悶の表情を浮かべた人の顔がいくつも浮かび上がり、それらが全てドロドロに溶け落ち、さらにその下から人間の頭蓋骨が一つ現れた。

 しゃれこうべは急な動作でカクンと上を向くと、下顎をカタカタと震わせた。

「ギイイイアアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!!!!」

 耳をつんざくような絶叫が辺りに響き渡る。それは人間を根源から恐怖で震え上がらせる、幾重にも重なる断末魔の叫びのようであった。

 剛の全身から冷や汗が吹き出る。全身がガタガタと震えるが、その震えでさえも奴に気付かれてしまうのではないかと気がきではなかった。


 叫び終わった後でその骸骨さえもまた溶け落ち、怪物は再びのっそりとした足取りでどこかへと歩み去って行った。


 その怪物の姿が見えなくなってもしばらく、剛は身動き一つ取ることができずにじっとしていた。



 チュンチュンという小鳥のさえずりと窓から差し込む日の光で目覚めた。

 人はいないが鳥はいるようだ。

 剛は寝惚けた頭でそんなことを考え、ハッとして跳び起きた。

 周りを見回すと昨日訪れた施設の7階の一室に居た。

 思い返すと昨日怪物が去った後すぐさま脱兎のごとく最上階へと駆けて逃げ(心細くて逃げながら途中でメイドを探したが見つからなかった)、7階の奥の一室に立て籠り、机や椅子やらで扉の前に即席のバリケードを築いて部屋の隅でガタガタと震えていたはずだった。

 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 立ち上がり窓から外の景色を窺う。昨日のことがまるで悪夢であったかのように、窓から見える森は小鳥が元気に飛び回り穏やかそのものであった。

 どうやら無事に朝を迎えることができたようだ。


 風呂に入りたかったので、部屋にある風呂でシャワーを浴びた。完全に予想になるが、出る水もきれいな感じがした。変な臭いなどはせず濁ってもいなかったので、まあ大丈夫だろう。

 

 昨日夕食を摂った食堂へ行くとメイドがおり、朝食を用意してくれた。昨日見た怪物のことを尋ねたが、案の定メイドは無言だった。


 さっぱりして腹も満たされたことで、思考もクリアになった。

 昨日夕食を摂った時点では、よくわからない世界に居るがしばらくはなんとかなりそうだなどと考え始めていたが、悪夢から抜け出してきたようなあんな怪物がいるのなら、身の安全は保障されない。昨日日中外を出歩いている時に遭遇せず、夜も気付かれずにやり過ごせたのは僥倖であったと言えるだろう。どうにかして対処法を見つけなければこれからはずっとこの施設に引きこもることになり、夜おちおち眠ることもできなくなる。


 この施設に来るまでに見てきた壊れた建物、誰一人として見当たらない人間、そして昨夜の怪物。

 剛の脳裏に嫌な考えがよぎった。


 街並みから窺える文明レベルは剛のいた2117年とさして変わりないように思えた。治安に関しても恐らくそうだったのではないか。そんな平和な生活にふいにあんな怪物が現れたらどうだろう。あの怪物が人を襲うとするなら、人々は成す術もなく蹂躙されてしまったのではないか。そうだとするなら中途半端に生活感を残したまま荒廃しているこの街も腑に落ちる。全くもって望ましい想像ではないが。


 ふと、最初に剛がいた施設の地下階の通路が、火事などの緊急時のように厳重なシャッターで塞がれていたことを思い出した。あれはそういうことではないだろうか。つまりは、あの怪物の侵入を防いでいたのではないだろうか・・・。

 エレベータで行くことができなかった下の階層。もしそこがシェルターのようなものだとしたら・・・。この施設には何故か食料がある。建物の電気がついているようにエネルギー供給もある。もしかすると、未だに最初の施設に立て籠り、ここと同じように生活できている人間がいるのではないか。

 剛は最初に居た施設に再び向かうことを決めた。


 とりあえず昨日怪物と遭遇して断念せざるを得なかった、この施設の地下階の探索をすることにした。気が急いて慌ただしく下へと降りる。

 一階では外から日の光が差し込んでいる。昨日は夜に怪物に遭遇したが、だからといって奴が日中現れないとも限らない。剛は急いでいたが、しかし慎重に柱などに隠れながら外から見えにくい位置を素早く移動して、地下への階段を駆け降りた。



 地下を探索した剛は、あるものを見つけた。


 それは、鎌田長政という人物が記した手記であった。


 その手記には、この世界のことについて記してあった。

 剛は、この世界のことについて少し詳しくなったことについて喜びもあったが、同時に驚愕、恐怖も感じた。様々な感情がない交ぜになって少し混乱した。



 その手記によると、案の定、


この世界の人間は奴らに蹂躙されてしまったとのことだった。

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