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冥王  作者: 裏三
2/5

第1話


後藤剛ごとう ごうは、気付いたら見知らぬ場所にいた。

建物や雰囲気は、彼が生活していた2117年の日本のそれと、ほぼ同じように感じた。

しかし決定的に違うところがあった。


それは、人の気配がなく、建物が荒廃していたことだ。


何かに破壊されたかのように、ビル群が壊れていた。



始め剛は何らかの地下施設らしきところに全裸でいた。

彼は自分が何故こんなところにこんな格好でいるのか定かではなかった。

記憶が曖昧になっている。

とりあえず彼は棚を漁ってすぐに見つけた、新品らしくビニールに梱包された、トランクスとスウェットの上下を着込み、そこら辺にあったスリッパを履いた。

服が見つかってよかった。


剛がいる地下施設は、何らかの研究所であったようだ。

服を着た後散策してみたところ、手術台のようなものや、彼には理解不能な謎の機械がたくさんあった。


彼はどうやら地下3階にいたらしい。エレベータを見つけたので階数を見てみるとそうわかった。

階数表示でわかる限りにおいては、地下30階まであるようだったが、何かの認証が必要なようで、3階より下には行くことができなかった。

ちなみにエレベータは動いた。電気が来ているのだろう。


剛は地下3階から散策を始めたが、緊急時に上から降りてくる壁のようなものが所々を塞いでいて、行ける範囲は限られていた。

地下2階と地下1階も似たような感じだった。


エレベータは地下1階までしか上がらないようになっていた。剛は地下1階で上に続く階段を見つけたので、それで1階まで上った。

1階と地下1階には結構な距離があるのか、階段は異様に長く感じられた。


防火扉のような扉を空けると、彼の頬を生暖かい風が撫でていった。彼にはそれが春の風のように感じられた。


1階は研究所というよりは、小綺麗なホテルかオフィスビルのロビーのように開けており、ガラス張りの壁から日の光が差し込んでいた。

ガラスは半分ほどが割れていたが。


外に出てみると、都会的に所狭しと立ち並ぶ建物群は、剛が生活していた2117年のそれと大して変わらないように感じられた。

しかし決定的に違うのは、多くの建物が半壊しており、廃墟と化していたことだ。


そして、

人の気配が、


全くといっていいほど感じられなかった。



「どうなってんだ…」

思わず呟きが漏れた。

自分はこんな、人の気配が感じられない荒廃した世界で生きていた覚えはない。


何がなんだかわからなくなってきた。

数日前までは日本で生活していたはずで、そこには多くの人々がいた。

何がどうなってこうなったのか、昨日の記憶を思い出そうにも、数日前からのことを思い出せない。飲み会で酔い潰れたということにしろ数日も記憶が飛ぶものだろうか。

ちなみに剛は酒を飲んで酔い潰れたということはないのだが。


まず剛は散策がてら服屋を探した。

気候は春のように暖かいため、研究所で見つけたスウェットの上下で寒暖の問題はなかったのだが、いかんせん彼は身体が大きかったので、サイズに問題があった。

彼は身長がだいたい192㎝で、筋骨隆々であったので、着ているスウェットはつんつるてんであったのだ。


それに靴も欲しかった。

そこら中に瓦礫やガラスの破片が飛び散っているので、室内履きのようなスリッパのみではいささか不安であった。


しばらく歩いて繁華街らしき場所に出るとすぐに服の量販店を見つけ、幸いその内部は壊れておらずきれいだったので、そこでなんとか一番大きいサイズのものを一式拝借した。

トランクス、Tシャツ、ジーンズを着て、その上から薄手のMA‐1ジャケットを羽織った。

こういった量販店では彼のサイズに合う服があっただけでも珍しいのに、さらに稀有なことには靴までその店で揃った。足を守ることを考えてマウンテンブーツを選んだ。


タグに表示されたブランド名は知らないものであったが、



値札の通貨単位は円であった。



「飯をどうするかだなぁ…」

剛はどうせだからと大通りのど真ん中で立ち小便をした後(謎の解放感があった)、出るものがあるんだから入れるものも必要だと、唐突に天啓を得た。

つまり食料をどうするかということだ。


服飾はある程度時間が経っても腐らないため残っていたが、食料に関してはそうもいかない。缶詰やらの非常食を探すにしろ、それらにも消費可能な期限はある。

さてどうしたものか。

幸いにして今のところは空腹を感じていないが、だからといって先伸ばしにできる問題でもない。割と喫緊の課題であった。


(もう少し探険がてら見て回りながら、食料も探すか)

後藤剛という男はその大きな図体から想像できる通り、あまり動じないようであった。何事に関しても、まあどうにかなるだろうと思って生きているような男だった。



結局めぼしい食料は手に入らなかった。

コンビニらしきものもあり、状態も良く食料品も残ってはいたが、明らかに2年かそこらの年月では済まないほどの月日の流れを感じた。


缶詰に記載されている消費期限も、表記は日本語であるが、暦が知らないものであった。


そこには、


新歴~年~月~日と、記載されていた。


(新歴、ねぇ…)

さすがの剛も、何か言い知れぬ不気味さを感じた。

明らかに自分の知る日本とは異なる環境であることを意識させられたからだ。


新聞もあった。

そこに報じられているニュースは、政治やスポーツ、芸能など、ジャンルとしては日本のそれと似たものであったが、しかし内容はやはり違っていた。

何がなんだかよく理解しきれそうにない記事が並んでいたが、この世界の情報を得るにはこういった新聞や書物などが役立ちそうだと気付いたことは収穫であったが。


剛は、ある程度自給の目処が立ったら、図書館を探そうと決めた。

とりあえず今は食料を探すことが先決だ。



しばらく散策した後、郊外まで出て、目覚めた場所とは別の大きな研究施設を発見した。

それは街外れの山の麓にあった。

先程までいた場所は都会的な街中だったが、外れまで来ると山や森が広がっており、緑のある自然が感じられた。

小鳥の囀りが聞こえてきたとき、剛は少しの安心感を得た。

地面を見ると蟻が列を成して歩いていた。


人の気配は感じられないが、どうやら動物はいるようだ。

生命の存在を感じて、心細さが弱冠薄らいだ気がした。


人工物が並んだ街の端までは進んできたようなので、目の前の大規模な研究施設を調べて何もなければ引き返して、今度は街の別の方向へ進んでみるつもりだ。


目覚めた施設に食料はなかったが、何故か室内の電気がついていたりエレベータが動いていたりで、動力は来ていたようなので、ここもその可能性はある。

街中を見た範囲では目覚めた場所以外電気はきておらず、コンビニなどの食料も駄目になっていたので、剛はこの施設に一縷の望みをかけていた。

まあ仮に施設が生きていたとして食料があるかは怪しいが…。

しかし何かしら役立ちそうなものはあるだろう。

そう思って入ってみることにした。

そしてまた街で何も見つからなければ、最悪ここいらの山で狩猟をするのもありだ。その時は獲物になる動物がいることを願う。



やけに厳重なゲートであったが電子ロックなど壊れていたのでそのまま通り抜けロビーに出た。

ここも最初に居た施設と似た作りであった。


そして剛は、入口正面の壁に大きく記されたマークが視界に入った瞬間言葉を失った。


そこには見知った会社のロゴが記されていたのだ。



BFカンパニー。


それは、


剛の祖父が創始した会社であったのだ。



「マジかよ…」


BFカンパニーとは、後藤剛の祖父、後藤源ごとう げんが一代で築きあげた、主に宇宙事業を扱う会社であった。


剛も小さい頃から何度も祖父や父に連れられて会社や工場に出入りしたことがあった。

会社のマークを見てしまえばなるほど施設の作りに既視感を覚えないこともない。

今まで見てきた会社などの内装と、どことなく雰囲気が似ているような気がしてきた。


しかし剛の混乱はますます強まったといってよい。

人も見当たらず街も壊れているという理解不能な状況の中に、よく知る要素が紛れ込んでいたのだ。

今いる世界は、自分が元々生活していた世界とは別物である、という結論に落ち着こうとしていた思考に水を差された気分だ。


ますます混乱してきた剛の頭を、さらにこんがらがらせる出来事が起こる。


ガタン。


背後から何かが倒れる音が聞こえた。


慌てて振り向く。

自然と体は左半身の戦闘体勢に構える。

剛は格闘技の経験者であった。


コツ、コツン、コツ、コツン。


誰かが足を引きずりながら歩くような音が聞こえてくる。


ここにきて初めて人に出会えるのか、はたまた別の何かか。


剛は期待と恐れがない交ぜになった心持ちで、足音が響いて来る通路の入口を凝視していた。


やがて、


姿を現したのは、


見覚えのあるメイドであった。

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