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旅人物語─神の居ない神国  作者: 痲時
第1章 生死彷徨う大陸
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第6話:差し伸べられた手


 後方の憂いはひとまず忘れ、先発した一隊は真っ直ぐ王宮へと乗り込んで行った。当然敵だらけのその場はすぐに混乱状態に陥ってしまう。

 ──戦争って本当に、わけがわからないんですよ。

 ルリエールの言葉が生々しく思い起こされたが、すぐに頭の端に追いやる。忘れるわけではない、この光景を、俺は忘れはしないだろう。 だけど今は、考えている場合でもない。

 俺は戦いを繰り広げる人々を横目に、さっさと隊を離れる。命のやり取りが簡単に行われている場を自分だけ離れるのは良いものではなかったが、それも仕方ないと割り切る他ない。だいたい俺は、ここの大陸の人間ではなく、 リヴァーシンがどうなろうと天帝の思惑がどうであろうと、正直どうでも良い。だから俺も、俺の目的のために行動するのは悪いことではない。そう割り切るしかないのだ。


 女神の居る場所を、将軍は知らなかった。ただ天帝の予測によると、王宮敷地内の小塔だろうと云うことだった。女神と云うぐらいだから中央棟にどっしりと構えていそうなもんだが、天帝が云うには女神は自由な立場になく、且つ人とは一線を引いた場所に居るべきらしい。なんともおかしな国だ。




 見せてもらった地図を思い返しながら、先へ先へと進む。云われていた通り、例の小塔とやらには人がほとんど居なかった。居るのは塔の前にぽつりと立つ、二人も番人らしい兵のみ。さっきまで居るだけで命の安全がないような戦場だったと云うのに、ここはまるで別世界かのように平和なものだ。立っている番人ですら、閑そうにしている。だが俺が目の前に立った途端、流石に職務には真面目らしく、手に持った槍の鋭い切っ先を向けて来た。

「adonominan!」

 ──いや、あの、早過ぎて何云ってんだかさっぱりなんですが。容姿見て異国の奴だってわかるなら、共通語で話すぐらいの優しさぐらい持てよ。

「女神ってのは何所に居るんだ」

「erasemahsnati!」

 はぁ、埒が明かねぇ。

「悪いけどもう一度ゆっくり……」

 云った途端に槍を捨てて剣を抜かれたら、俺もあんまり穏やかでは居られないんですが。 どうしてこう優しく穏やかにしてやろうとしてんのに、突っ走る奴が出て来るんだろうな。


 面倒くせぇ。

 俺は鞘ごと腰から剣を取ると、向かって来た男の剣を彼の腕を掴み止め、左手にある剣で腹を打つ。自由になった右手で、今度はもう一人の腹に思い切り剣を押し込む。もちろん出血も一ミリもない、間の抜けた斬り合いだった。

 ──おまえは剣術に向かないな。

 当たり前だ、と思う。

 鞘から抜きもしないで嘗めているのかと将来が騎士の座と決まっている従兄には怒られたが、長従兄はなぜか笑ってそう云った。あいつだけは、なんかやっぱり、人と違うところがある。




 あっという間に意識不明の門番が二人となる。しかしこの程度で気絶してしまうのは、女神の国としてどうなんだろうか。小塔に人の気配はまるでない、まさか一人も監視が居ないわけでもないだろうに。俺は倒れた二人の間を縫って中に入る。暗く外観よりも狭いようだ。入った途端ドーム状の空間が広がり、その奥に階段が見えた。俺の足で十歩ほどしかない小さな空間を歩き、階段を上る。案の定、短い階段だった。上がると柵が張り巡らされ、その奥に、それは居た。

「──神官?」

 その声は単なる女のものだった。近付いてみれば本当に、妹と大差ない女が座っていて、それを見た途端なんか知らないけど、溜め息が漏れた。気分も悪くなった。

 ──駄目よ、流されちゃあ。

 わかってる。

 薄暗い中に照らされたのは、一人の少女。

 全体的に小さくて髪は黒く、淡藤色の目は大きい、西国らしくない風貌だった。どちらかと云えば南っぽい、東に居てもおかしくはない。だからこそ、ここでの女神なのかもしれない。身体をかがめるように手を合わせて、俺を見ると怯えたように少し後ずさる。

「誰……?」

「……あんたは?」

「──私はロウリーンリンク、女神リヴァーシンの化身であり、この身を捧げるもの」

 俺を見てビビっていたくせに、訊かれると慣れたように一丁前に答える。

 嘘だろうと云いたくなった。こんなちんまい餓鬼が。妹とさして変わらないような年端も行かない子どもが。

「何やってんだよ、おまえ……」

「だからリヴァーシン女神に……」

「だから、その女神ってのに何を祈ってんだ」

「──この地の、平穏を」

 何所に平穏があるのだ。この戦争ばかりの大地の、いったい何所に平穏が。外で大きな爆発音がすると、目の前の餓鬼はびくりと肩を震わせた。餓鬼の奥に見える、小さな外の風景。ここから見える風景は、平穏そのものだった。だが音までは隠せない、その水面下で起きているのは、誰かの血の上に立った平穏だ。

「おまえ、見えてんだろ」

「え……」

「おまえがそこでどんだけ幸せを祈ったところで、人はそれを崇めながら同じ手で人を殺す」

「やめて……」

「ただ祈ってるだけで、この戦争が終わるわけない」

「やめて!」

 何所からそんな大きな声が出せたのか、叫びながら餓鬼は立ち上がった。

「わかってる、わかってるから……! わかってるよ、何も変わってないって!」

 肩を震わせて、精いっぱい俺に対抗しようとしているのか。既に謎の闖入者への怯えより、戦乱のことが気になって仕方がないらしい。


「声が……」

「え?」

「女神の声が聞こえるの。──天帝に従いなさいと云う声が」

 声が、聞こえる。

 俺はその重大なことを、間の抜けた顔をして聞いた。たぶん餓鬼は信じてもらえていないと思ったのだろう。たどたどしいながら、一所懸命に話し始める。

「子どものころから聞こえた、女神の声の内容が違うの。特にこういう戦争が起きると。だけど王はそれを否定される。リヴァーシンの土地を殺すつもりかって怒るから進言もできない」

 直接響いて来る声を、俺は否定することができない。煩いとは思っても、見捨てられない。こいつはここで長いこと王とか神官とかに従っていながら、聞こえた声を信じた。信じて告げても、何もできない。


 剣を掴む手に、思わず力がこもる。

「王ってのは何所に居る、王宮の本殿か」

「だと、思うけど……本当に居るのかわからない。たまに神官と様子を見に来る。でも進言しても否定さっる。神官が止めるの。王の言だからと」

「わかった。俺は行く」

「え?」

「とりあえずその王っての、ぶっ飛ばしてやりたいけどな」

 なんとなく腹立たしかった。これが個人的感情から来ていることはわかっている。だがそれでも、止められなかった。この餓鬼を信じず、リヴァーシンを崇めている王とやらが気に喰わなかった。無関係な俺だが、一発殴るくらいは許してもらえないだろうか。無理か。少し冷静にならないとまずいかもしれない。とりあえずは女神とやらが王に従う気がないことはわかった。


 将軍のところに戻ろうと結論を出したところで、餓鬼がおずおずと柵の近くまでやって来る。

「行っちゃうの?」

「そりゃ行くよ。──ああそうだ、おまえも来るか?」

 思いついたままに訊いただけだったのに、餓鬼は目を見開いてかぶりを振る。

「で、出たくても出られないよ……!」

「いや、だから、出るかって訊いてるんだけど」

「へ……?」

「出られるか、じゃない。おまえは出たいのか、出たくないのか、そのどっちかだ」

 連れて来られたら連れて来いと云われた。だがそれを決めるのは俺ではなく、こいつだ。いったいどういう生活を強いられて来たのだろうか。話し方もたどたどしく、鍵もついていないそこから、自分で出ることも思いつかないのだ。ここに居ることが普通であり、自分を否定する王に逆らえない。でも自分で、どうすることもできずに祈るしかない。自分の道を自分で決めることすら、助けを求めることさえできない。



 唇を噛み締めていた餓鬼は、突然足下から崩れ落ちた。

「ねぇ、……助けて」

 ──ねぇ、ビル。ならわがままを云っても良いかな。

 ちくりと、胸の奥で声が聞こえた。

 ──私、外に出たいの。自然の風景が見たいの。

「レイヴン!」

 呼んだ瞬間に、突然奴は飛んで来た。ずっと俺を監視していることは知っていたから嫌な気はしない。むしろ助けてくれることがありがたい。拗ねる時間は、もう過ぎたようだ。

「おまえが熱くなるなんて珍しいな」

「減らず口を叩いてないでさっさと手伝え」

「はいはい、俺も珍しく、おまえと意見が一緒だからな」

 レイヴンは云うなり、鋭い嘴で柵を突ついた。 頑強な柵はすぐに壊れて、餓鬼が一人通れそうな道はでき上がる。聖域とか呼ばれる場所にこんなことをして良いのかはわからないが、それ自体が許せないから仕方ない。ぽかんとしてレイヴンが柵を取り壊す様子を見ていた餓鬼に、俺は手を出す。

「行くぞ」

「あ……」

「なんだ、出ないのか。なら俺は行くけど」

「い、行く……!」

 慌てたようにがしっと手を掴まれた。冷ややかで小さな手は、体温を知らないみたいだった。決して子どもらしくはない手を、ぎゅっと握りしめて熱を送る。来た通りの大したことのない道を、歩くのに不慣れな子どもを連れてどうにか外に出る。さっきの門番はまだ倒れていたし(役に立たなさすぎ)、戦火はまるでこちらに届いていない。 時間が止まっていたかのように、さっきまでと違うのはただ、子どもが居るか居ないかだけ。


「あ……」

 外に出た途端、子どもが怯えたように立ち止まった。

「どうした」

「ううん、その──外、なんだ。本当に」

 子どもはただ、眩しそうに空を仰いでいた。

「戻りたいのか?」

 さっさと行かないとそこで寝転んでいる番人が起きてしまうんだけど、と責め立てるのも悪いぐらいに、彼女は一心に空を見上げている。

「嫌なら戻るけど」

「嫌じゃない、嫌じゃないよ!」

 弾かれたように子どもは俺を見る。さっきから、思ったよりも主張が激しい。女神だなんだっていろいろ云われていたが、よく見ればただの餓鬼だ。

「ただ、久しぶりだから、外」

「おまえ、どんだけあの中に居たんだ?」

「えっと……いつからだろう?」

 デヴィットが嘘を吐いたとは思っていないが、まさか本当にそんな昔から入ってるのか。三歳とかそこらって云ってただろ、あいつ。

「人として機能し始めたら、もう入るから、あそこで何日時が経ったのか、中に居るとよくわかんない」

「ろくな宗教じゃねぇな」

「でも実際、女神代理はそう云うものだから」

 まだちんまい餓鬼が一丁前の顔をして云う。

「入って自然を統率しないといけないから」

「実際におまえが自然を統率したのか?」

「そう、だよ」

 戸惑いながらも、しっかりと答えている。リヴァーシンの天候を恵ませたのは自分であり、他の土地に恵みを与えなかったのも自分であると認めている。

「ならここの奴らが天候に怯えてんのも、全部おまえの所為か」

「──そう、全部私の所為。私が神官に逆らえないから」

 思わず、溜め息が漏れた。

 まさか本当に、責任を感じていたとは思わなかった。物心つく前に入れさせられてしまえば、そこが絶対の領域であり正しい道だ。それをまさか、疑って自分に責任を持っているなど思いもしなかった。


「逆らうぞ」

「え?」

「これから、その神官って奴に逆らう」

 いろいろぶっ飛ばしたい気持ちはやまやまだが、勝手な行動も許されないだろう。俺は取り敢えず、女神とやらに会った。それだけで充分だ。

「おまえも来たければ、来れば良い」

 女神は少し悩んで空を仰ぐと、また俺を見て、弱々しい力で俺の手を握りしめた。



・・・・・


 

 少し考えてから、例の地下道を通ろうかと思ったが、様子を見るにそっちのほうが酷い戦場になっていそうだった。さっき突入した王宮の入口は閑散としていたから、もう城内へ移動したのだろうか。王が捕まるのもどうやら時間の問題である。結局歩いてさっきの拠点に戻ると、大勢の人々がわらわらと俺に近寄って来た。

「おお、ロウリーンリンクの御子!」

 そう云って迎えてくれたのは将軍たちではなく、リヴァーシン政府に対抗するヴァッカレー町の自治組織だった。神の存在を否定し、まず自分たちで立ち上がることを目標にしている、現実的な組織だと聞いている。首都から離れた彼らはいわゆる神の加護というやつを受けることがなく、女神の存在に疑問を投げかけていた。女神代理を式典で見る度に、幼い少女が本当に女神として立っているのか、不思議に思っていたらしい。幼い少女の一生をそうして無下にして良いものか、と声をあげたが最後、天災に遭うようになったというから恐ろしいものだ。

 餓鬼の無事に安堵し切った代表者ベン(だったと思う)は、深々と頭を下げる。

「連れて来てくださったのですね、ありがとうございます!」

「いや、成り行きだし。──あ、じゃあ俺はこれで」

 ひとまずリヴァーシンのやつに預けとけば良いだろうとそのまま去ろうとすれば、問題の餓鬼がえっと声を上げた。思わず振り返るとベンと目が合って、微笑みかけられる。

「でもこれでリヴァーシン派は弱まったも同然ですよ。天帝の軍も奮闘してくださっているし、貴方もぜひ共に戦ってくれませんか」

「いやでも、俺は無関係だから」

「リヴァーシン派から神子を取り上げたなら、それは立派な敵宣言になりますが?」

 好き好んで助けたわけではない。ちょっと会うだけのつもりだったのに、そこに妹ぐらいの女の子に助けてって云われたら、やっぱりそのまま通り過ぎるのは難しくて。


「取り敢えず、将軍のところに戻る」

「かしこまりました。本当にありがとうございます、御礼はまた」

帰ろうとしたのだがくいと外套を引っ張られてつんのめりそうになる。餓鬼の悪戯かと思って振り返ると、案の定奴は不安そうな顔をしてこっちを見て来る。

 いったいなんなんだよ。

 その様子を、ベンは楽しそうに見て来る。

「随分と懐かれたようだ」

「こいつ連れて来てどうすんだ」

 どうにもおもしろくない展開になりそうなので、俺はベンの揶揄を無視する。すると思ったより真剣に安堵したような顔して、

「お身体が無事ならそれで。この方は大事な、ロウリーンリンクの御子なのだから……」

 ベンは云いながら女神を見て、目を細めた。そういえば家はロウリーンリンクとか云ってたか。代々女神に選ばれる家系ともなれば、女神を崇めてる手前でかいのだろうが、だとしたら他にもロウリーンリンクの当主とか出て来るはずなのに、奴らはまるで姿が見えない。



 女神をぼんやりと見つめていたベンは、人の良さそうな顔をそのまま俺に向ける。

「女神はどうやら、貴方を気に入られたようだ」

 確かに外套を手放してくれそうにはない。

「戦も終盤に近付いていますし、どうでしょう、彼女の護衛をお願いできませんか」

「──いや、俺はだって、これから戻るし」

「将軍のお傍なら平気でしょう、むしろ我々はこれから町に入らねばならない。こっちと一緒に居た方が危ないかもしれない」

 最初からそのつもりだったのかと思えるほど、自然な流れにむしろ感心してしまう。いろいろ云い訳をしたいものの、お願いできませんかと云われると実のところ弱い。そして何よりも、切実に俺を見上げて来る餓鬼の目が痛い。あー、だから、年下ってのは嫌なんだ。つるんでた従兄姉では自分が一番年下だったからか、最初はよく扱いがわからなかったものの、そのうちに守らないといけないんだろうという気持ちになっていった。国に残して来た妹は、こんなか弱い性格をしていなかったからかぶりもしないが、同じような年齢なのに、明らかに女神と崇められているこいつは子どもだ。



 町に戻ると云うベンはひらひらと手を振って、戦いの収まりつつある中心部に駆けて行く。ぞろぞろと動く人々を見ても、餓鬼は追いかけることすらせず、またリヴァーシンに興味を向けることもなく、ただじっとその光景を見ていた。

「おまえ、こっち来て良かったのか?」

 疑問に思って尋ねれば、餓鬼は不思議そうな顔をして俺を見る。

「──おまえは、声に従うのか」

「……した、がう」

「そっか」

 こいつには聞こえるのか、本物の声が。

 ──優しいわね、ビル。

 煩ぇな。

 ──ビルは優しいわ、優し過ぎる。

 その優しさは時に残酷だと、ウェイアレイは云った。

 ──あの娘は貴方のことが大好きだから。

 好きなのに、云うのか。

 ──駄目よ、ビル。素直に自分のしたいことを云わないと。

 かぶりを振る。声に惑わされていてはいけない。俺は声に翻弄されて今でも迷って、こんな場所にまで来ている。俺の紐の先なんて、途中でぷっつり切れてそうだ。






 ぼけっとしていても仕方ない。さて戻るかと思ったところで、またぐいと外套に力が入ってつんのめりそうになる。

「おまえね……」

「あ、ごめんなさい!」

「──掴むならこっちにしてくれ」

 云って手を出すと不思議そうに俺を見た後、ゆっくりと手を握る。摩訶不思議な生き物を手懐けているようで、どうにも落ち着かない気分になるのだが。

「あー、おまえさ、名前、何」

「え?」

 ずっと手を見ていた顔がぴょんっと勢い良く俺のほうに向けられる。そんな純粋な目で見られると、非常にやりづらい。想像よりずっと小さな手と、純粋な目、そして強い意思。これがリヴァーシンの誇る女神か。

「あー、だから、おまえの名前」

 ないと呼ぶのに面倒だ。女神と呼ぶのは気に喰わないし、流石に餓鬼餓鬼云ってられない。しかしその餓鬼は一瞬間きょとんとして、それから当たり前のように答える。

「私はだから、リヴァーシン……」

「違う、女神の名前じゃなくて、おまえの、おまえ自身の名前」

「私……?」

 不思議そうに小首を傾げる。

「忘れたのか?」

「ロウリーンリンクに名前なんてないよ。リヴァーシン・ロウリーンリンク三世とか、そういうのだから」

 リヴァーシンが名前なのかよ、結局。

 それは呼びたくねぇなぁと思ってしまう。たぶんこれから、リヴァーシンと云う名前も消えていくだろう。天帝の勝利で終わったのだから、リヴァーシンも天帝配下の場所になる。そのままで呼んでいたら、旧政権の残り者として嫌な扱いを受けそうだ。なんとかしてやったほうが良いだろう。


 ぼんやりと考えていたら、くいと手を引かれる。

「貴方は?」

「え?」

「貴方の名前」

「ビルスケッタ」

「え?」

 あ、つい癖で本名云っちまった。異国の発音らしいそれに、餓鬼の頭はやはりついていけない。

「ビリュータ?」

「……あー、やっぱそんなのになるわけ」

 まあ呼び難いのは認めるけど、と続ける。

「俺が間違えた、ビルで良いから……」

「リュース」

「え?」

「リュースね」

 そう云われた途端、ずんっと心臓が重たくなって足が少しよろける。ああ、これはまずいかもしれない。

「大丈夫?!」

「……大丈夫」

 レイヴンが居ないと、俺は本気で死ぬと思った。なんでよりによってそんな名前なのか、嫌がらせなのか、なんかここに来てからそういうこと多いんだけど。親父が何所かで仕組んでいるんじゃないかと思うぐらいの嫌がらせだ。

「その呼び方はかなり嫌なんだけど」

 本当に嫌そうに云えば、少女は一所懸命に考え始めたが、ビリューとかスタとか云われて、どうやら最初のが一番ましらしいとわかった。今さらビルだと主張するのも面倒くさい。

「好きにしろ」

 なんでこんなこと云ってしまうのか。やはり年下には甘いに違いない。まぁほんの少しの間だ、と俺は楽観視する。


 ──俺はリュークみたいになれねぇのに。

 リュース。そう呼ばれることに複雑な気持ちを感じながら、帰り道を歩いた。



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