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旅人物語─神の居ない神国  作者: 痲時
第1章 生死彷徨う大陸
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第2話:羽休めの宿


 少し遠回りをして地形を見ていたら、すっかり遅くなってしまった。整備されている道がないから、歩き難いのも関係あるだろう。だから宿に帰るなり、

「おかえりなさい、父がお世話になったそうで」

と女に頭を下げられた時には、疲れていたのに加えて今まで周りの女には叱られることが多かったので、つい動揺してしまう。 顔を上げた彼女は、にこにこと実に良い顔をしている。

「港で貴方と話をしたと聞きました。父は船乗りなんです」

「ああ……」

 ようやく話がわかったものの、どう返すべきかもわからない。お世話になった覚えはあってもした覚えはない、そんなへ理屈を云ったところで仕方ない。ついでに辺りを見回すが、居ないようだ。

「先ほど帰って来たのですが、お客様の話をしたら夕ご飯張り切ると買い出しに行きました」

 わざわざ解説ありがとう。どうやら俺がぶらぶらとほっつき歩きながら帰っていたから、船員のが先に帰り着いたようだ。


 どうしたものかと思っていたところで、彼女が急にくすっと笑った。いや、本気でくすって云ったぞ、こいつ。こんな自然に、笑える奴だったのかと思う。云い形は悪いが、第一印象は少し欠陥のある自動人形のような、そんな雰囲気だったから。

「子どもにお説教されたとか」

「説教なんて偉そうなことしてねぇよ……」

「ここらへんの子どもって、自立が早くないと、生きて行けないんですよ。 だからそうするように仕向けた貴方は正しかったと思います」

「当たり前だろ、あれぐらいの年齢なら」

 詳しく幾つだかは知らないが、たぶん七歳ぐらいだと思う。あと二、三年もしたら、大人と子どもの狭間に立たされるわけで、だから別に、成長が早いとかそういうわけではないように思う。


 しかしこの国では少々考えが違うようで、彼女は小首を傾げてみせる。

「そう、ですか? まだ八歳だと伺っていますが」

「もう大人の手前だろ」

 あれで八歳だったのかと、逆に俺が驚きたいぐらいだったのに、彼女の方が息を吸って目を丸くしてと、わかり易く驚いてくれた。案外素直な奴のようだ。俺の短い言葉の何所にそんな要素があったのかはまったくわからない。使える身体があるのなら、甘えてはいけない。俺も甘えることはしなかった。金銭面では甘えたかもしれないが、助けを求めることはしなかった。それは自分の役目ではないと、何所かで意識していたのかもしれない。甘えるとつけあがるからな、うちの親たちは。


 宿に客は居ない。俺と一緒に足止めを喰らった奴など居ないらしい。宿に人が居ないことに慣れているのか、彼女はすっかり俺だけの相手になっている。

「そういえば、何所からいらしたのですか?」

「……東の方」

「東、そうですか。平穏な国だと聞きました」

「俺の故郷は特に平和ぼけしてる国だ。ローキアもあそこまで平和じゃあなかった」

 実のところ、現在国王が不在でごたついている故郷だが、別に話す必要もないだろう。大体国王が居ないのにこうして抜けでることができるし、戦争だのときな臭い話ではない。実家から国王の容態が良くないからと呼び戻されて流石にしばらくは滞在したものの、崩御後も面倒くさい奴らが面倒くさい口上を使って王位を狙っているだけだから、あまりにも閑過ぎて出て来てしまった。その後実家から帰って来いコールはない。

 要するに、それだけ平和なのだと本気で思っている。──或いは、それだけ切迫しているのか。


「ローキアは今、落ち着いて居るのですか?」

「ん、手前側の国しか歩いてないけど、ここよりはずっと落ち着いていた」

「最初ここに居る子どもたちを預かってくれるよう頼んだ時は、そんな余裕などないって突っぱねられてしまったのですけど、ヴェスナルタの女王陛下が協力してくれて」

「ヴェスナルタって随分遠くねぇか?」

「ええ、遠いです。だから海岸沿いの国に呼びかけてくれたのですよ。ありがたい話です」

 確かに、懐深い国だ。呼びかけてしかも、答えている国があるところがまたすごい。他の国に呼びかけられたからと云って、国庫が豊富であっても余所の大陸の世話なんてしたくないだろう。それに答えたと云うことは、ローキアの中でヴェスナルタは相当な力を持っていることになる。ローキア大陸の北端にあると云うヴェスナルタ王国。時間的にも、体力的にも行けなかった。行く気はあったのだが、極寒の土地に俺が行くことを口煩い鳥にがーがー止められ、 仕舞いには実家に連絡を取ると脅して来る。結局、俺が折れた。忌々しい鳥だ。


 今回自国から出て真っ直ぐローキア大陸は西側、 大陸一とされるクレイルース大国に向かった理由は特にない。強いて云うのなら、実家から呼び出しがかかる前も相変わらずローキアに居て、その際にクレイルースを回り切れなかったからだ。今回も大して歩くことはできなかったが、こうして西国に来れたし、北国はあまりに寒いからちょうど良かったかもしれない。


 少し歩いただけでも、クレイルースが大陸一と云われる大国だと云うのは理解できた。大して広い土地を有しているわけではないのだが、全体的に豊かなのである。町を歩いただけでその裕福さはわかったし、領土より規模的な話の大陸一なのだろう。 あの町に戦争孤児が流されていたのなら、あのままそこで暮らした方が幸せそうだが。


 何せここは、あまりにも枯渇している。


「あのっ」

 いきなり現実に戻された。ああ、そう云えば、話の途中だったか。

「明日、孤児院に行くのですが、よろしければ一緒に参りませんか」

 そんな話もあったなぁ、と思い出す。船が出ないなら出ないで俺には帰る方法があるのだが、実のところあまりしたくない。ただでさえこの時期に珍しい客人扱いで目立っていると云うのに、これ以上目立ったら面倒くさい。

 とすると、しばらくはここで足止め、と云うことになる。レイヴン辺りは喜ぶだろう。あいつは俺が一所に落ち着いていることが好ましいらしい。

「ああ、まぁ閑だし、行っても良いけど」

「ありがとうございます、きっとみんな喜びますよ。貴方が……」

 と満面の笑みでそこまで云いかけて、わかり易いぐらいに恐縮する。

「失礼ですが、あの、お名前を伺っても、よろしいですか」

 帳簿を見たらしいが、汚かったのか読めなかったらしい。そもそも俺、西国の字で書いたっけ。もしかしたら自国の字で書いているかもしれない。発音がし難いのだろうと学習しているから、俺もあまり気にならない。

「あー……、ビルで良いよ」

「ビルさん、ですか?」

「ローキアでは散々な発音されたから、略式のビルで良い。本国でもそう呼ばれてる」

「はい、よろしくお願いします」

「あんたは?」

「え、あ、失礼しました。私ルリエール・ラジュールと申します」

にっこりと笑って頭を下げるその姿は、本物の令嬢よりそれらしかった。


・・・・・


 ルリエールの父である、やたら元気の良い船員はダグと云った。 父娘二人で宿に住んでいて、明らかに年下だと思っていたルリエールは、 一つしか違わない十七だった。別に童顔なわけではないのだが、なんだろう、おしとやかな美人で儚げな顔をしているくせに、笑うと妙に幼く見えるのだ。そして挙動がたまに天然である。

 あくまでこの宿はルリエールに任せており、宿の主は娘で俺はただの船員だと豪語したものの、ちゃっかり自信のある料理には手を貸していた。ダグが獲って来たと云う魚から、例の町で買って来たものもうまかった。別段高級志向ではないのだが、一応育ちは良いので味はわかる方だ。多分。


 当たり前のように食前酒を持って来たルリエールを見て、まずいなぁと思う。

「悪い、水が良い」

「お酒は飲めませんか?」

「ん、あんまり」

「そうですか、少々お待ちくださいね」

 ぱたぱたと去って行くルリエールは、真剣そのものだ。

「なんだぁ、酒飲めないのかぁ。ルリも飲めないんだよなぁ」

「嫌いじゃないけど」

 飲むと後々煩いから飲まない。こんな危ない土地で身体が云うことを聞かなくなるのを防ぐためだ。ルリエールが常温の水を持って来てくれて、夕食が始まった。


「戦争? 終わったのはだいたい三、四年前じゃないか?」

 みんなこんな適当なのかと思ったが、ダグが豪快過ぎるらしい。ルリエールが呆れたように溜め息を吐きながら、補足説明してくれる。

「三年と六箇月前です。──ここ、港の国だったのですけど、既に国とは云えない状態でした。クレアバール天帝がどんどん平定していって、それに逃げようとした人たちといろいろあって、 国王はそれをうまく統治できないまま、国は朽ち果てていたのです」

 そう云えばここは、戦地にはならなかったんだったか。要するに戦争被害国だ。本来なら巻き込まれることもなかったはずなのに、海があると云うだけで大陸の出口だと云うだけでみんなが殺到して崩壊した、被害の国。

「結果、天帝との話し合いで天帝領に譲られた国なんですよ、ここは。元の領土もそんなに広くはなかったので、あっさりと入れましたね」

 平和的な話だ。

 西国がまさか、こんな平和な状況だとは思っていなかったから気が抜けたものの、平和なことが嫌なわけでもない、戦になったところで、俺の剣など役には立たないだろう。できれば目立たず平穏にここから出て行くことを考えるが、何せ既に目立ってしまっている気がする。まずい時に来てしまったようだ。



 聞きたいわけでもないが聞きたくないわけでもない、この国の話や雑談をあれこれ聞いていると、からんと音が鳴って扉が開いた。客かと立ち上がったルリエールが出迎えたのは、一羽の鳥。 面倒くさいことになりそうだったので、俺も一緒に席を立った。ハタハタと目の前で羽ばたく鳥は、若干得意気な顔をしている。

「悪い、悪い。遅くなっちまった」

「いや、早過ぎる」

「あのなぁ、早めに陸を離れるに越したことはないだろー、だいたいおまえ不安定に寒い土地歩いて次に船だろ? 身体持つと思ってんのか?」

「一度帰ったばっかりだし平気」

「何かあったら俺が怒られるんだぜ、しっかりしてくれよ」

「そう云うおまえこそしっかりしろ。食事は終わったが食卓なんだ、大人しくそれ以上入るな」

 レイヴンは大人しく羽を休めた。いつもは云うことを利かないのに珍しい。加えて人の前で話した辺りも珍しい。前に何所かの国で口を開いたら珍獣扱いされ、売り飛ばされそうになったからそれ以来話すことはしていなかったのだが。


 案の定、ルリエールが目を丸くして驚いている。

「えっと、さっきおしゃっていたのって、この鳥、ですか?」

「鳥じゃないよ」

 レイヴンは即答する。どう見ても鳥だろうと思いながらも、誇り高き魂はそれ以上補足しようとしない。こいつの性格は俺よりも問題だと思う。

「俺の連れなんだけど、生き物まずかった?」

「いえ、大丈夫ですが……」

「あんま深いこと突っ込まないで、ただの煩い鳥だから。邪魔だったら外放りだすし」

「人がせっかく探しに行ってやったのにそれはないだろ」

「結果は?」

「ま、駄目だったね」

「じゃあ大した労力でもないな」

「調子乗ってると強制で帰らせるぞおまえ」

「俺が悪かったです済みません」

「軽いなぁ」

 呆れたようにぱたぱたと羽を動かす。まあこいつのいい加減さに俺が慣れているように、 俺の適当さにこいつも流石に慣れている。


 それで、と俺は話を進める。

「どんな感じだった?」

「あ、船が出るとかそう云うレベルじゃなかった。その前に道が道だからおまえの場合、体力足りない」

「あ、そ」

 西側はさらに酷いと聞いていたが、その通りらしいと云うのがわかっただけで収穫だ。しばらくはここで足止め、そうするしかない。落ち着いたレイヴンが、さも当たり前のように口にする。

「俺もここに置いてもらえる?」

「え、あ、はい。もちろん」

「良かった、野宿は嫌なんだよなぁ。野性に狙われるんだよ」

「その姿じゃあ鳥にしか見えないからな……」

「俺は鳥じゃない」

「知ってる」

「えっと、なんの動物なんですか?」

「動物って云うか……獣? 珍獣?」

 どっちも一緒だとは思うが、レイヴンは動物ではない。だからと云って何かと問われると、国外の人にはどう説明すれば良いのかわからない。

「はぁ……」

 ルリエールも反応に困っているが、簡単に鳥だと思ってくれれば良いんだ。話すからいけない。ただの動物として入れるつもりだったのだが、こいつが黙っていられない性格であることを忘れていた。まあでも、この調子なら口を開いたところで大丈夫だと思ったのだろう。レイヴンの判断はレイヴンの判断に任せる。

「鳥に近い獣だと思ってくれれば良いよ。俺はレイヴン。ビルのまぁ、子守り役」

「誰が」

「本当のことだろ。俺が全部、おまえの世話してやってんの」

 この鳥に話させるとろくなことにならない。面倒くさいので放ったら、ルリエールが小さく笑った。笑うところでもないんだけどね、そこ。

「お客さんは歓迎しますよ、いつかもっと、たくさんのお客さんが来てくれるまで」

 令嬢らしい静かな笑顔、板についているのだろうか。 何はともあれ、俺はこの宿に、しばらくは厄介になることになりそうだ。


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