第15話:異文化コミュニケーション
「ではビルさんは、後からネイシャとゆっくり来てくださいね!」
そう云って嬉しそうに宿を出て行くルリエールを、俺は寝ぼけた頭で見送った。
──なら、祭りとかどうだ?
そう云われてからたった数日の後に、俺の金は祭りの準備資金へとつぎ込まれ、カーヴレイクではアーケード街を中心にあちこち飾り付けが行われ、広場では夜に行われる祭りの準備をしていると云う。起き抜けに「お祭りの準備に行って来ますね!」とルリエールに云われ、何がなんだかわからないうちにそんな説明をされた。ビルさんは休んでいてくださいと一方的に決められてしまっていて、そうして今、ここでぼんやりと出て行くルリエールを見送った。
まぁとりあえず、金を使おう大作戦は成功したと云うことか。
「リュース、お祭りって何?」
置いて行かれはしたが俺よりも朝早く起きて目が覚めているらしいネイシャは、何やら目を輝かせてそんなことを訊いて来る。リヴァーシンには祭りもないののだろうか。
「みんなで食って飲んで騒ぐだけだ」
「お食事会?」
「ちょっと違うけど……まぁそんなもん」
説明するのが面倒くさくて放棄した俺に、ネイシャは変わらず目を輝かせる。
「ダグがお料理作るって云ってたからきっと豪華でおいしいものが出るね」
ああ、てっきりもう港へ行ったのかと思っていたが、祭りの準備にあいつも入るのか。というか、金を提供しただけで実際準備するのがルリエールたちってどうなんだろう。まぁ祭りの準備なんてしたこともない俺は、行っても邪魔だと追い払われるのは目に見えている。正直祭りというものもあまり好きではないが、一応戦争が終わったのだ。俺があれこれ云うことではない。
それに、とネイシャを思わず見る。あの時の祝勝会は非常に後味の悪いものになってしまった。あんなことがもう起こらないよう、平和な祭りとやらが開かれるのなら、それもまぁ良いのかと思えた。
・・・・・
祭りなんて出る気はなかったのだが、当たり前のように将軍から呼び出され、広場で俺による祭りだと発表され歓声を浴び、既に居心地の悪い中で祭りは始まった。
将軍から解放された俺は、シーバルトや町の連中の輪に入れられる。準備の段階で既にできあがっているようにしか見えないジョーが、酒をばしばし注いでくる。俺飲まない方が良いんですけどと、遠慮すると面倒くさいことになりそうなので大人しくもらって置いた。飲みはしない。
「ビルも本当、不思議な奴だよなぁ」
ジョーにだけは云われたくない。手にある杯を思わず飲んでしまったが、アルコールではなくなぜか水だった。まさか俺の病弱が知れ渡ってるわけでもないだろうに、少し訝しみながらも水だったことに感謝する。たぶんルリエールだろうな、と納得する。
「そういや、ビルって東から来たんだよな?」
「ん、そっちの方」
一応訂正は入れて置くが、誰もそれ以上突っ込みはない。
そういえばと、何所かの店の親爺が思い出したように云う。
「ティディエリア大陸のどっかの国の王子だか王女だかが行方不明って聞いたぜ」
「ああ、そんな話もあったわね。なんか大変だったんでしょう、平和なことで有名の東大陸だって云うのに」
「そんなこと云ったら南だって今じゃあ大騒ぎじゃねぇか」
「もしかしてビル、おまえその王子か」
あんまりにも飛躍した話に、思わず咽に水を詰まらせる。しかしなぜだか一緒に隣でジョーもむせて、俺を一瞥した後、いつもの騒がしい笑顔を見せる。
「おっもしろいこと云うなよ、バーンのおっさん! 吹いちまったぜ」
「いやでも貴族で、東から来た、長男だろ。王子としてはぴったりじゃねぇか」
俺を見て王子だと思う人間が居たら、俺は真っ先にそいつの見る目を疑う。貴族だと云ったところで、信用してくれる人間がどれだけ居るものか。
「でも王子失踪の話って三年ぐらい前の話でしょう」
「東からこっちまで来るのに、足掛け三年かかったんだ。そうだろ?」
「その東の王子ってのがかわいそうだから、そろそろ止めてあげてくれ」
いや、そんな楽しそうな目して俺に振られても困るんですけど、酒の席の話とは云え、あまりにも居たたまれない。東の大陸ティディエリアは、南の大陸から移住して来た民が、戦のない「平和」をかかげて作り上げた国だと云う。身分制度が厳しく、気品とやらが一番、らしい。そんな国に俺が一秒たりとも居られたものではないと思う。屋敷でも勝手に起きて着替えて出かけて、侍従に追いかけられてって、身分らしくない生活をしていた。
ほぼ空気のように黙って杯を傾けていたデヴィットが、突然否と声を上げる。
「王子と云うのは、誇張だろう。実際に居なくなったのはティディエリア大陸は東に位置する平安国、帝の懐刀である武家の嫡子で……」
「おーおー、流石デヴィット、俺様の相棒だ、そんな細かな情報を既に持っていたとは」
ジョーが笑顔で相棒に語りかけるが、心なしかその笑顔が若干引き攣って見える。
「だが、もしビルが本当にそうだった場合、余計に詳しい話をわざわざする必要はないだろう」
「あ……、済まない」
居心地悪そうにデヴィットが謝るものの、それは明らかにジョーに対してであった。別に俺に対して謝られても困るから良いんだが、不思議な光景だ。
「ていうかジョー、おまえが一番に心配しろよ! 自国の王子だろ!」
「そんなん知るかよ! だいたい東ってのはすっげー面倒くさいところでな……」
講釈を垂れ始めるジョーは、いつも以上に煩い。ああ、そういえばちゃんと確認していなかったが、ジョーって本当に東の人間だったのか。シーバルトの連中は確かに東や南っぽいやつらが多い。ポールとかは完璧西の人間だろうが、千鶴もそういえば南大陸だと云っていた。
少し離れた調理場で料理を作っていた千鶴が、お待たせしましたとやって来た時には既に、誰もジョーの話を聞いていなかった。相変わらず動き難そうな服装のまま、トレイいっぱいに並べられた皿を差し出す。
「お待たせしました、スエルパイです!」
「おー、うまそうだな。千鶴が作ったのか?」
「ダグさんがメインになって、ルリさんと一緒に手伝っています」
「そりゃあうめぇや」
千鶴が持ってきたのは魚介がすり込んであるパイだ。ダグの作ったものなので、うまいのは知っている。くるくると慌ただしいほどに動き回ってみんなに配る様子は、なんだか見ていて危なっかしい。最後にデヴィットへと配りに来た千鶴に、彼は相変わらずの無表情で云う。
「千鶴、そろそろ休め。先ほどから動き過ぎだ」
「もうダグさんだけのメインディッシュだから終わりですよ。あとちょっと待っていてくださいね、どうしても渡したいものがあるんです」
デヴィットの無表情にもひるまず千鶴はにこにこと微笑んで、そそくさと戻って行く。かけて行く千鶴をデヴィットは見えなくなるまで見送ると、ようやく残されたパイに視線を落とす。そんなデヴィットを見てジョーが、あーあと小さく溜め息と共に言葉を吐き出す。
「おまえ本当に、それでも自分が変わったと思わないわけ?」
「少しは変わったと思うと、以前云ったはずだが」
「少しどころじゃねぇって、そこをずっと論争してるんだろー」
「絡むな、おまえは酒が絡むと余計煩い」
ジョーは何が気に喰わないのかデヴィットに絡んでいる。酒が入っている所為もあるのだろうが、いつもより話題が深くなっているような気がして、俺はそっと目を逸らす。ここまで深く入り込むつもりなどなかった。過ぎ去って行く風のように、そう云えばそんなものがあったと思い出される程度で良かった。良かったと云うのに、馴染み過ぎている。
あーだこーだと論争する二人を放って、俺は食べる。腹は減った気がする。
「リュースは王子なの?」
そこへ今まで黙りこんでぼんやりしていたネイシャが、あまりにも遅れた話題を口にする。頼むからそのいい加減設定をやめて欲しいのだが、こいつに文句を云ったところで仕方ない。
「絶対違うだろ」
「じゃあリュースはどっちに帰るの?」
「だから東のほう」
「東って何があるの? 楽しい?」
楽しいかと訊かれても、俺は楽しくないから出て来たが、母国の連中は愛国心が非常に強い。もう少し誇りを持てとか自覚を持てとか、いろいろ云われたのは覚えているが、俺にはその欠片も持てなかった。別に嫌いではない。ただ突然、今まで綺麗だった景色が、突然色褪せてすべて灰色に見える。
──私だってビルが居ない世界なんて、考えたことなかった。
考えたことのない世界に一人取り残されて、俺はどうすれば良かったのか。
「でもリュースが生まれたところだから、きっと良いところだよね」
ぼんやりし始めた俺の思考に、遠のいていた喧騒と共にそんな声が落ちる。今のは誰だと思って隣を見れば、そういえばさっきまで話していたネイシャが居て目が合うと笑った。
「だってリュースは良い人だもの」
疑いようもなく云われて、俺は返事に窮する。良い人と称されても、俺の何所が良い人なのか。むしろ云われたことのない賛辞など嘘だと云い切れたら良いのだが、明らかにこいつは本気で云っている。
ネイシャによる勝手な印象を否定することもできず、かと云って肯定などできるわけもなく、そうこうしているうちに千鶴が早速戻って来た。相変わらずにこにこと笑いながら、ほとんどジョーに絡まれている状態のデヴィットの隣へと行く。デヴィットはと云えば、既に背景と化しており、ジョーを無視し静かに盃を傾けているだけだった。
「今度はなんのお話ですか?」
「あ、千鶴! おまえもなんとか云えって、おまえならわかるだろ、こいつの変化!」
ほとんど酔っ払いの絡みに近しいジョーの叫びを、千鶴は苦笑して聞いている。
「またそのお話ですか、どうしてお酒が入るといつもそうなるんでしょうね」
「重要な話だろー、こいつ絶対認めないんだ!」
「だから少しは変わったと認めているだろう」
「そこじゃないんだって!」
堂々巡りのやりとりは、もしかして酒が入ると毎度のことなのだろうか。千鶴は慣れたようにまぁまぁと二人の間に入って、場を収めようとしている。俺だったら逃げるのに偉い。
「ジョーさんの仰るとおり、確かに変わったと思いますよ。お会いした頃とは今では、随分違いますから。──でも根本は変わっていないんだと思います」
「根本?」
云われたデヴィットが逆に意外な言葉を聞いたとでも云うように、少し首を傾げる。
「今の忠之助さんも昔の忠之助さんにあったもので、今だって昔の忠之助さんは消えてませんし。──あ、でもそれってジョーさんも同じのような気が……」
「おっと千鶴、俺の話はなしなし!」
酔っては居るが自分の都合の悪い話になると出て来る辺り、酔っ払いの真似をしているのではないかとさえ思える。そういえばたまに酒を取りに行く足はしっかり立っている。
「千鶴の云うことが正しい」
「なんだよ、おまえは結局千鶴至上主義だな」
「こいつは昔から今まで俺を見て来た第三者だ、客観的に見て確実だ」
「それって俺もそう当て嵌まるのに!」
また騒ぎ始めたジョーに千鶴は苦笑しながら、デヴィットに視線を合わせるため屈みこんだ。
「忠之助さん、驚いてくださいね」
「なんだ、いきなり」
煩いジョーを気にも止めず、デヴィットの興味は千鶴へとずれている。千鶴はくすくす笑いながら、じゃーんと効果音付きで、背中に隠していた皿を出した。乗っているのは……、なんだろう。
「──これ、どうしたんだ」
デヴィットは律儀に千鶴の云うことを守ったわけではないだろうが、珍しく驚いて目を少し見開いた。
「お米が手に入ったので作ってみたんです。済みません、流石に三色やあんは作れなくて、みたらしになってしまいましたけど……」
「おー、団子だ、団子!」
伸びたジョーの手を、デヴィットは素早く弾く。居合並みの速さだった。
「うわぁ、ケチ。千鶴ー、俺のはー?」
「今作ってますからもう少しで来ますよ、あんまり数も多く作れなくて少ないんですが……」
「俺五個刺しが良い!」
「少ないと云っているだろう、わがままを云うな」
「だって東は五個なんだよ、なんで四つになっちまったんだろうな?」
そこでようやく、団子が南大陸の菓子だと思い出す。米の粉を固め丸めて茹で、串刺しにする。味はいろいろとバリエーションがあるらしい。たまに見かけるが、本当にたまにだ。餓鬼の頃、何度か食べた気がする。主に従弟の家限定で。
「すみません、今回でほとんど使い切ってしまったのでしばらくは作れませんけど」
デヴィットは千鶴から大事そうに皿を受け取り、信じられないぐらいの微笑みを見せる。
「懐かしいな。──ありがとう、千鶴」
「次はよもぎも入れてもらいますから、三色待っていてくださいね」
「無理はしなくて良い、これで充分だ。ありがとう、千鶴。──この癖は抜けないな」
「忠之助さんにはやっぱり自国のものが似合いますよ、縁側で桜を見ている忠之助さんは錦絵みたいで……」
云っていた千鶴がはっとしてデヴィットから顔を背けているが、真っ赤になったものは隠し切れない。しかしデヴィットはまるで愛娘でも見るような優しい顔のまま、千鶴の話を受ける。
「縁側から見るおまえはとてつもなく危なっかしかったが」
「み、見てたんですか?!」
「おまえはしょっちゅう歩き回っていた、あそこに居れば意識せずとも見える」
そこへぬっとジョーが出て来て、何所からもらって来たのやら団子片手に、にやにや笑いながら云う。
「千鶴が見えるから意識して縁側に居たって、俺は前田に聞いたけど?」
「……あいつの云うことを信用してどうする」
「いや、これは本当だぜ、千鶴。こいつは……」
「そいつに足蹴にされていたおまえにあれこれ云われたくない」
「あー、そう云うこと云っちゃう?!」
「今さらだろう、ぼんくら刀」
「云いやがったな、浅葱裏が」
「もう忠之助さん……、ジョーさんも! 落ち着いてください!」
盛り上がる中を、俺はぼんやりと見ている。明らかに止めなければならないぐらい発展しているが、この喧嘩には不思議と確たる信頼関係が見える。喧嘩に信頼関係などわけがわからないが、ただそこにあるものは、喧嘩したところで絶対に壊れないと確約できるほど大きかった。
ぼんやりしていると、目の前に茶色いものが差し出された。
「ビルさんもどうぞ」
ルリエールが云いながら自然と隣に座る。そう云えばずっと調理場を手伝っていたとかで、今日会うのはあの慌ただしい朝ぶりだ。座ったということは本当にもうだいたい終わったのだろうか。
「ああ、ありがと……」
これが団子か。甘いんだがしょっぱいんだかわからない、不思議な味だがうまかった。
「うん、うまい」
「良かった、千鶴さんに教えてもらって見よう見真似だったので……」
二本あるうちの一本だけ食べて、皿ごとルリエールに渡す。
「やる」
「いえ、私は良いですよ、これはビルさんの分で……」
「うまいけど、喉に詰まり易いもん食べ過ぎるとまずいから」
「──わかりました、戴きます」
ルリエールは深く聞いてこなかった。そういえばネイシャにもやったほうがと思ったが、とっくに一皿もらっていたらしく、満足そうに食べては商店と話している。いつの間に馴染んでるよなぁ。
「──仲が良いですよねぇ、いつもお酒が入るとあんな感じなんです」
目の前の海賊の喧嘩をを見ながら、ぼんやりとルリエールが云う。それは大迷惑だろう。こんなところで余所者に昔話を語られても、部外者はどうしたら良いものやら。そう云えばジョーは東から来たっぽいこと云ってたけど、千鶴は南だったよな。ということはデヴィットも南なのだろうか。っていうか、なんでわざわざ西に来て海賊なんてやらないといけないのか。そこまで考えて、俺はかぶりを振る。余計なことに足を突っ込んではいけないのに、どうしてこう多くの情報がどんどん入って来てしまうのか。
俺の動揺など気付いた風もなく、ルリエールは笑う。
「千鶴さんのことになると、いつも冷静なデヴィットさんも目の色が変わって」
「あいつら何、夫婦?」
「あ、知らなかったんですね、そうです、デヴィットさんと千鶴さんはご夫婦です」
そいつは知らなかった。ポールが云っていた千鶴に何かしたら怖いと云うのは、デヴィットのことだったのか。必要最低限しか話さず、空気に溶け込んでいるようなところがあるデヴィットは、ジョーが動だとすれば正しく静だった。しかし千鶴のことになると目の色が変わると云うのは本当だと、目の前の光景を見て納得した。さっきまでは無愛想に見えていたのだが、千鶴と話す時はまとっている空気が変わるような……気がする。たぶん。
「あんな仲の良いご夫婦、良いですよねぇ」
ぼんやりと夢見るように云われても、俺は素直に頷けない。
仲の良い、夫婦か。
デヴィットと千鶴は見ているだけで暑苦しいが、嫌な感じはしない。あいつもそうだった。きっとあのままだったら、あいつも結婚して仲の良い夫婦とやらになれていたのではないだろうか。
──ねぇ、ビル。私ほど幸せな女は居ないわ。
それもこれもすべて、俺が潰した。俺が生きているから、潰れたあいつの夢だ。
俺には失うものなど何もなかったのに、どうして失うもののあるあいつだったのだろう。何度も何度もして来た疑問が、また頭の中を回り出す。答えなどではしないのに、考えずには居られない。




