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旅人物語─神の居ない神国  作者: 痲時
第2章 戦の裏舞台
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13/37

第12話:貴族の役割


 12、13、14……。

「ビル!」

「ビルだ!」

 一人でカーヴレイクをうろうろしていたら、わらわらと寄って来たのはあのリヴァーシン近くの村で会った双子だった。思ったより元気そうだった。名前なんだっけ。ってか、どっちがどっちだか忘れちまった。たぶん右が姉だと思う。

「買い物に来てたの?」

「ねぇねぇ、何買うの?」

「ちょっとだけ紙を。──それよりおまえら、なんでここに居るんだ?」

「だって家、焼けちゃったもの」

「一番近くて安全な町がカーヴレイクで、昨日ようやく辿りついたの」

 あっさりと云われて、俺は絶句する。こいつらがあの村の住人であることなど、可能性の中からすっかり抜け落ちていた。そうだ、母親はあの劇団員だった。劇を見せてくれたのはあの村の劇団員の厚意で、村を貸したのも彼らがリヴァーシンの中から救われると思ったからだろう。それがなぜ、あんな結末になってしまったのか。

 俺が平和ボケしている間に、この二人はあの村から遥々カーヴレイクまでやって来た。道の整備などほとんどされていない悪路ばかりなのに、あの襲撃のあとすぐ来たにしては時間がかかりすぎていた。

「……今は何所に居るんだ?」

「今? 今は特にないよー」

「昨日はひとまず向こうの埠頭に居たし、今は場所探してるとこ」

「国を出る前にお父さんも見つけられなかったね」

「お母さんと一緒に居るから大丈夫だよ」

「……そうか」

 案外重たい話を軽くされているのは気の所為だろうか。ダグと云いこの双子と云い、ここの奴らは何所かおかしい。それがわけのわからないという戦争のなせる技なのかもしれないが、所詮俺にはわからない。



 そう云えば子どもが大勢居るところがあったと思い出したのは、俺にしては珍しく頭が回っていた。

「なぁ、孤児院は?」

 戦争孤児が続々と集まっているらしい孤児院は、何かと忙しそうだ。ネイシャが一時預けられる可能性を持っているが、彼女自身が望まない限りあの忙しい場所に置くのは難しい。おそらくネイシャは、天帝のもとに行くだろう。忙しくとも子どもを集める場所なのだからと提案した俺は珍しく良いことを云ったと思ったが、 双子は違ったようだ。今まで無邪気に笑って重たい話をしていたくせに、一人は唇を噛み締め、一人はしんみりと顔を下げた。

「──ううん、町の方に居たいの」

「向こうは、……嫌なの。ごめんなさい」

 残念そうなのは自分たちが悲しいからと云うわけではなく、俺の提案を無碍にすることらしい。だが俺も、そこでようやく気が付いた。彼女たちの住んでいた村はリヴァーシンに近く、孤児院もこのカーヴレイクより南、リヴァーシン側になる。近付きたくないのは当然だ。


 しかし感傷に沈む子どもたちよりも現実的な俺は、双子の現状が気になってしまう。

「でもまさか、毎日野宿ってわけにはいかないだろ」

「そうだけど、でもどうしようもないもん」

「しょうがないよ」

「そう、戦争があったんだから」

 そんな簡単に云われても、と俺が今度は絶句する。なんだろう。戦争の一言で十にも満たない子どもに「しょうがない」と云われると、結構な衝撃を受ける。違和感と云うか不自然と云うか、これはなんなんだろう。どう評して良いのかわからない、とにかく苛立ちがある。そんな簡単に納得してんじゃねぇよ。たぶんそれこそ、戦争を知らない愚か者の考えなのだろうとわかってはいても、俺を見る同じ顔を見るとじっとしていられなかった。



「──ここらへんなら、良いんだな」

 いきなりそんなことを云う俺に、双子は不思議そうな顔をして見て来る。でっかく同じ色の目を四つ向けられると、流石の俺も歯向かえないなと思う。

「不動産……あー、家を貸してくれる人、知ってるか?」

「え、うん。向こうの通りにあるよ」

「なら行くぞ」

「ビルおうち買うの?」

「ビルここに住むの?」

「住まねぇよ」

 俺は住まないっていうより住めない。俺は何所か、別の場所へ行く。ここへ永住することはない。本当は通り過ぎる程度だったのにこれだけ長居してしまったんだ、自己満足でも良い、何かやれることをやっておかないといけない気がした。孤児院の手伝いでも、双子の手伝いでも、なんでも良いからやらなければならない気がしたのだ。






 おそるおそると案内されたアーケード街の端っこにある不動産屋は、結構立派に年季の建っている建物だった。戦禍は無事免れたのだろうか。こんなものがちゃんと機能している辺りに驚く。この大陸には、住むところがなくなったのにそこらへんで寝ることに抵抗を持たない奴らが居れば、新しい豪邸を買おうとする奴も居るのだろう。そして俺は間違いなく、故郷で後者に当て嵌まる。躊躇いなく入ると一人の男が閑そうに椅子へ腰掛けていた。来店した俺たちを見ることもなかったが、

「空家、あるか」

 俺がカウンターまで行き声をかけると、ようやく顔を上げて俺を見た。本でも読んでいたのか、なんとも優雅な午後をお過ごしですこと。身なりを見て金持ちではないと思われるが、男は俺を見て驚いたように少し目を見開いた。

「家、ですか……?」

「別に一軒家じゃあなくても良い。こいつら二人が住めそうなの」

 そこでようやく不動産屋はカウンターに隠れてしまっている双子に気付いて、またぽかんとした顔をする。慌てていたのは双子も同じらしく、今まで一歩下がって黙っていたところを、わらわらと前面へ進んで俺の服を引っ張る。ネイシャと云いちびっこと云い、そんなに俺の服は引っ張り易いのか。

「だからビル、ロアたちお金ないよ」

「良いんだよ、今は暖かい季節だから我慢できるもの」

 そんなのはどうでも良い。

 ──寒さを知らない子どもには、わからないだろう。

 初めて会った頃のハヴァーズに云われた言葉を思い出す。本当にわからない。俺はそんな状況に陥ったことなどないから。住む場所を失い寒さに震え、人の家の軒先で一晩を明かしたことなどない。寒さの北国でも金だけは有り余っていたから、行く場所に困ることはなかった。少々不便なのはこのガタが来ている身体だけだ。


 俺がほんの少し困ると云えば、云うことを利かない身体。それぐらい。


「金額は相場で良いんだけど、ある?」

 流石に金がないとなれば、不動産屋も渋るだろう。俺の身なりは決して金持ち風ではない。戦争地域からすれば上等な服を着ているが、だからと云って貴族には見えないだろう。家からそのまま持って来ているから、たぶん生地はシルクとかビロードとか良いものばっかりだろうが、派手で重いのが嫌いだから、日常着るものは楽な服を頼んでいる。

 そんなのを見破ったのはジョーだけだ。あいつはたぶん、いろいろな奴を見ているからわかっただけで、普段歩いている分には別段金持ちの雰囲気などまったくない俺は、命知らずの閑人にしか見えないだろう。


 しかし俺の少し古くなった服を見ても、不動産屋は気にもしなかった。

「場所は何所が?」

 態度は優雅な読書のまんまだが、仕事をしようとはしているらしい。

「何所らへんが良いの?」

「だからビル! ミアたちお金ないんだよ」

「そういうのどうでも良いから、何所に住みたいか選べよ。ほら」

 無理矢理二人を不動産屋のほうにずいと差し出して、絵と図面が並ぶのを見せてやる。案外見せてやると目を輝かせて物件を探すから不思議だ。子どもはこういうところ単純で良い。

「ここ便利だね、ミア」

「本当だ! すぐそこだね、ロア!」

 なんだかんだ云いつつ目的の家を見つけたらしい二人に、俺は待つのも面倒で不動産屋に顔を向ける。彼は物件書類を見ながら、少しだけ苦笑する。

「南門近くの表通りですね、少し高額になりますが、えー、お取引はどうしましょうか?」

「あ……」

 現金持ってねぇ。勢いで来たは良いものの、まさかのオチだ。ジョーに替えてもらった分は生活費程度だし、そういえばレイヴンにも頼んだ換金だったが、流石に家を一軒購入できるだけの生の現金はない。

「──うわ悪い、換金すんの忘れてた」

「えっと、どちらの……」

「換金して来るけど……あー……」

 母国の貨幣はここらでは換金してくれない。だからいつもレイヴンに頼むのだが、そのレイヴンもそういえば将軍にくっ付いて行ったりしていて、ここしばらく見ていない。物欲がないからすっかり忘れていた。

「あー、悪い。じゃあこれ担保で」

 適当に指輪とか腕輪とか手に付いてるもんを置くと、不動産屋は目を丸くする。俺も俺で結構めちゃくちゃなことをしているとは思っていたが、あのわけのわからない苛立ちを清算したくて溜まらず云い捨てて出て行こうとする。

「後で取りに来るから待っててくれるか。あー、ついでにすぐ戻るから」

「待ってください!」

 あれ、珍しく俺が早く行動してんのに。

 扉に手をかけた俺を大声で呼び止めた不動産屋は、呆れたように溜め息を吐く。今までの優雅な態度からは想像できない大声だった。

「いくらシーバルトとは云え、突然そんな大金、換金できると思えません」

「──あ、そう」

 あんまり現金持ち歩かないからわかんねぇ。ってこういうこと云うと、結構批難轟々なんだよな。厭味ったらしいやつになってしまう辺り、貴族という人種は本当に面倒くさい。



 黙り込んだ俺に、不動産屋は担保として置いて行ったいろいろを差す。

「こちらで結構です」

「え?」

「そうか、ビルさんは外から来た人なので知らないのですね」

なんで知ってんだ、俺のこと。突っ込みたいが話を折るのも面倒だからとりあえず流す。

「カーヴレイクは物品でも買い取りを行っております。正当に価値が見合えばですが」

「でも俺、渡せるもんとか……」

「こちらは大切なものですか?」と、俺が担保に適当に置いた指輪とかを指す。

「そんなもんで良いのか?」

 だいぶ痛んでいる、と思う。俺の扱い悪いし。ハヴァーズによく怒られるのだが、あいつもあいつでもともと貴重品の扱いになれていないから、手入れを失敗する。 要するに主従そろって、あんまり高価なものは得意ではない。

「磨けばすぐ直りそうですし、とても高価な品物とお見受けします」

「良いもの……かもしれないけど、正確な価値はわかんない」

 たぶん誕生日にどっかの家から送られてきたもんだと思うが、記憶はない。思い入れがあるわけでもない。まぁ、あったら担保になんかしないんだけど。

「物件は先にお渡しします。こちらの指輪と腕輪一点ずつお預かりして、明日にでも鑑定を出します。鑑定結果次第で、また戴いたり返したりと云うことでどうでしょう」

「そんな手間をかけても良いなら」

 換金する手間が省けて楽だ。不動産屋は頷いた。

「ご購入ありがとうございます」

「そんなもんが売れるのか」

「戦争中ならともかく、戦は終わりました。帝都に居る貴族の方々に、重要が多いんですよ」

 ああ、なるほど。町が国と密接になると、そういう利点があるのか。貴族ってのは金に糸目をつけない汚らしい面もあるが、経済を回すのに意外と必要な人間だったりする。まぁその汚いのは、もちろん俺も入っている。現にこんな行動をするのは、金持ちだけなんだろう。でも久しぶりに、金を持っていることに感謝をした。

「面倒で済まない」

「高額な家が売れることは、喜ぶべきことです。ではこちら鍵をお渡し致します」

「え、もう良いのか?」

「ええ、将軍のお墨付きがある方ですし」

「……もしかして俺って、かなり目立ってる?」

 それはものすごく困るのだが、不動産屋は苦笑して云い難そうにする。そのリアクションだけで充分先がわかってしまう。

「いえ、その、目立つと云うか……、町の人はほとんど知っていますよ。 ダグさんやルカさん、シーバルトのみなさんからも聞いています」

 ああ、そう。そうなの。まぁ確かに目立つの嫌だから吹聴するなとは云ってないんだけどさ。町の狭さを考えてなかった自分を莫迦だと思いつつ、今さら仕方がないと諦める気持ちも高い。


 案内しましょうかと云われたが、地図を見ればだいたいの場所はわかった。ヨアン・イエイツと名前を聞いて、不動産屋を出る。





 わけのわからないうちに終わった家の売買を見ていた双子は、黙って俺に付いて来た。既に引き返せないところまで来ているから今から騒がれても仕方ないのだが、いきなり黙られると今度の扱いに困ってしまう。不動産屋から出て、アーケード街を南へと進んで行く。街の外れの大きな通りに出て、右折すれば目的の物件はあった。ここらへんは新しい家も多いのか、人がまばらに居るので安心する。例の家に着いて鍵を開けるまで異様な空気だったが、部屋に入り込んだ途端、双子は目を丸くして中を見回している。

「ビル!」

「ビル!」

 大きなお部屋! と騒ぐが、騒ぐほどでかくはない。キッチン、リビング、ベッドルーム、バスルーム、そんぐらい。一つひとつはそこまででかくないから、平均の暮らしだと思う。こんなちび二人にはでかかったかもしれないけどまぁ良い。 そこまで建物も古くはない。誰かが住んでいたのか、戦時中どっかのおエライさんの中継地として建てられたのか、いまいち用途はわからない。少なくともルカの家がある辺りよりは何倍もマシだと思う。そういえばルカは、なんであんな怪しいところに住んでいるのだろう、と今さらながら思う。

「後は自分たちでどうにかしろよ、家の金は払った」

「ありがとうビル!」

「ありがとうビル!」

「一回で良い」

 二人居るから仕方ないが、交互に云われたので一応は文句をつけておく。

「あとこれ、細かいのがないから最初は使い勝手悪いけど」

 さっき文房具屋で余ったここの新貨幣を、二人に一枚ずつ渡す。金貨を初めて見るのか、きょとんとされる。

「住があっても衣食は困るだろ。衣はともかく、これで働けるまでは暮らせ」

「──ビル」

 ものすごく申し訳なさそうな顔をされる。戦地で暮らしていた割には純粋な子どもたちだ。スラム街では盗られた方が悪いと盗った奴が開き直るらしいから、俺がこんなことをしたら、感謝どころかそのまま俺の財布まで盗って何所かへ行ってしまうだろう。


 だが俺は、それでも良いと思う。俺には使い道のない金だ。

「金は使うためにあるんだよ。で、金はある奴が使えば良い。俺は俺で、一応これでも稼いでるから」

 俺は特に薬代とか医者代とか無駄にかさむものが多いから、自然早く金稼がないとなぁなんて漠然と思っていたが、貴族はそんなことをしなくても勝手に助けてもらえてしまう。たぶんそれは、そういう家に生まれたから甘んじて受けておくしかない。ただその分、単純に死ぬのはやっぱり許されないかなとも考える。でも人生の大半がいい加減で終わっている俺は、最早ただのごく潰しでしかないのだが、必要最低限の金は自分でやっぱり稼ぎたかった。

「だけど今回だけだ。この先、金がないって云っても渡さねぇから」

「──でも」

「それでも気になるなら、いつかこの家なんて余裕で買えるぐらいになったら返しに来い」

「……うん!」

 永遠に渋りそうだったので、別に返して欲しいわけでもないのにそう云えば、二人は見事にはもった。一回で良いと云った効果ではないだろうが、成長している気がする。

「ミア、働かないとね! 働いてビルに返さないと」

「うん、ロア。がんばろう!」

 そう云って顔を見合わせて笑う双子を見ていたら、俺は何をしているんだろうと現実に戻ってしまった 一時の感情でこれだけ突っ走ったのは久々だろう。やっぱり似た顔が二つと云うのは、心臓に悪い。



 早々にここを出たくなった俺は、はしゃぐ二人を置いて出口へ向かう。

「ビル、ありがとう!」

 最初反対していたくせに案外あっさりと受け取ってくれたものだ。余計な迷惑だと断られなくて良かった。こういうことをすると、あまり好かれないのが現実だ。

「足りないもんあったら買ってくるけど」

「ううん、寒くないだけで充分!」

「ビルありがとう!」

 いやだから、お礼じゃなくて欲しいもん聞いてんのに。まぁ良いか。




・・・・・




 とりあえず換金は大事だろうと思ってシーバルトに行こうとしたが、換金すると云うことはあいつらに俺の持っている金を見られると云うことであって、それはそれなりに問題である。仕方なく諦めて帰って来たらレイヴンに換金を頼むことにした。 まぁなくても困らないから、明後日にでもできれば良い。

 のんびり宿に戻って来れば、ルリエールが詰め寄って来た。

「ビルさん、大丈夫なんですか!?」

 いきなり何事だよ。

「先ほどミアとロアが来ました」

 誰だ。

「とても喜んでいましたけど、でも家を貸し与えるなんてとても……」

「……ああ、あいつらね」

 ようやく話が通じた。名前も覚える気がない俺は、随分な手をかけてしまった。せいぜい名前ぐらい覚えてやろう。名前って大事らしいから。

「やり過ぎだとは思うけど」

「そう云うことではなくて、ビルさん、お金は」

「え、ああ。それは問題ない……けど足りねぇだろうなぁ。換金が間に合えば良いけど」

 問題は換金だ。正直あの腕輪と指輪では足りる気がしていない。装飾品など気が向いたときにしか変えないし、付けてるもん以外は持ち歩いていない。腕輪と指輪を外した俺に残ったのはせいぜいレーイがくれたアンクレットだけだが、これだけは手放せないし、俺が付けている装飾品でおそらく一番金銭的価値がない。足りなければ現金を用意しなければならないわけで、それはちょっと面倒くさい。レイヴン頼むから早く帰って来い。

「俺にできることなんて、それぐらいだろ」

「そんなこと……」

「正直やりすぎだと俺も思った。でも……俺あいつらに弱い。だからそれぐらいやらせろ、他に何もできないんだから」

 ──しょうがないよ。

 あの双子が云った時、俺の中に流れて来た何かは、あれだけしないと気が済まなかったのだろう。たぶん納得されることが嫌だった。戦争だったからと云って野宿することを当たり前に受け入れてしまう二人が嫌だった。

 ──仕方ないのよ。

 たぶん、何度も云われていたからだと思う。

 ──仕方ないのよ、私たち、一生治らないんだから。

 諦めているようなのにそれでも、何所か捨てきれない未練。この身体の弱さは生まれつきだから、一生治らない。そんなことはわかっていた。だからせいぜい、自分の身体を理解してうまく付き合っていくしかない。戦争に比べたらちっぽけ話かもしれない、だけどそうやって諦めて来たことを思い出させる。



 あ、そう云えば、と思う。

「今さ、換金頼んでて現金がないんだけど、日用品って物品交換できる?」

「日用品? どんなものですか?」

「あいつらに家をあげたは良いけど何もないから、必要最低限のもの」

「お布団とか料理道具でしたら、余っていますけど」

「あ、じゃあそれを俺が買えば良い?」

「お金は要りません。古い物ですし、それに、私も何かしてあげたいのは同じですから」

 関係ないとか云いながら家を渡して金も与えて、本当なら怒られるところだ。ルリエールが怒らないのは、俺のあのなんとも云えない苛立ちをきっと彼女も感じてくれているからだ、と思う。金で解決できる問題は俺が唯一何かできることだから、あの苛立ちを抑えるにはそれをするしかない。だが金で解決できる問題は、ルリエールにはできない。本当は何かしたくて溜まらないはずなのに、人を養うだけの金がないルリエールにはできない。だから彼女の役割を俺が取ったらいけない。

「悪い」

「ビルさんが謝られるようなことではないでしょう?」

「でも俺が勝手に突っ込んでることだから」

 双子を助けて戦争孤児が全員助かるわけではない。ではなぜティーガには家をやらなかったのかという話になり、俺がやったのは所詮貴族のチャリティーと一緒だ。胸糞悪い偽善者ぶっている。そんなことはわかっていながら、あの双子からしょうがないと云われたら、どうしても何かしたくて堪らなくなった。

 ──仕方ないよ。そう、仕方ないのよ。弱いんだから。

 諦めたようなあいつの顔が浮かんで、気分が悪くなる。どうしてみんな、そう諦めるんだろう。あの平和ボケした国でも仕方ないと諦めたあいつは、こいつらの生命力を見習ったほうが良い。


 そうしたら俺はまだ、あの平和ボケした国に居ただろうか。





「ビルさん」

 ルリエールはふと思い出したかのように、唐突に俺を呼んで不安そうにする。

「出て、行かれるのですよね」

「……そりゃ、いつかは」

「あの……」

「約束してくれ」

 悪いとは思いつつ、遮って云う。

「俺がここを出たら、おまえたちは俺のことは何も知らない、ただの宿泊客だと」

「──はい」

「そう、それで良い」

 こいつらが余計なことに巻き込まれるのは、ごめんだ。俺はただあちこち行きたいだけだと云うのに、いろいろなところで面倒くさい存在の母国に阻止されている気がする。やはり俺の帰る場所はあそこだと、そう云いたいのだろうか。


 帰ってもすること、ないんだけど。

 ルリエールが物品を探しに踵を返した瞬間、どぉーんと音が聞こえ、少し宿が震えた。



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