オオカミ王子と急接近する 02
次の舞踏会にはイザークと出席するように、と父テオドールから言いつけられたクラウディアは、これまでまともに舞踏会に顔を出したことのないイザークが本当に出席するのかどうか、心配でならなかった。
そもそもがイザークとは、新しい婚約者になったと紹介されたあの日から、もう一週間も顔を会わせていない。
(会いにもこないって何なのよ!)
しびれを切らしてクラウディアは、ランペルツ家へ馬車を走らせていた。
会いたかったというよりは、二日後に迫った舞踏会には出席する気があるのかと、問い詰めるためだった。
さほど時間をかけるまでもなく到着すれば、ランペルツ家の家令が驚いた様子で出迎えてくれた。
「これはクラウディア様。ようこそお越しくださいました」
「突然ごめんなさい。イザークはいるかしら?」
「イザーク様は、まだお戻りになっておりません」
「……まだ? 随分遅いのね」
「はい。先の遠征から戻られてから、ほぼ連日のように遅くまで騎士団にお詰めになられています」
騎士団の中でもイザークは、異大陸への遠征を主な仕事とする外征専門部隊に所属している。イザークやラルフ、かつてはアレクシスもそこに所属していた。
「……そうだったの。それは大変ね」
(会いにこないんじゃなくて、これなかったのね……)
クラウディアは、顔を会わせて不満をぶつける前に知って良かったと安堵した。
「イザークが帰るまで、待たせてもらえるかしら」
「もちろんです。騎士団に知らせを送りましょうか?」
「いいわ。邪魔しちゃ悪いから」
そうして応接室に通されて、何杯目かの紅茶を飲み終えた頃だった。
ノックとともに家令が開けた扉の向こうにいたのは、目を小さく見開いたイザークだった。
「おかえりなさい」
「…………」
「どうしてそんなに驚いているの」
「……いきなりいれば、普通驚くだろ」
「とりあえず、座ったら?」
そう促せば、イザークは一息ついてクラウディアの前のソファに腰を下ろす。
目の前にきてクラウディアは気が付く。イザークの顔色は良くない。一目で疲れているのがわかる。
「そんなに忙しいの?」
「まあ、それなり」
「もしかして、アレクシス様がいなくなったから?」
「……まあ」
「そうだったのね」
つまりアレクシスの抜けた穴を、イザークがフォローしていたということだ。そういうことに全く考えが至らなかったことに、クラウディアは内心で後悔する。
「それだけじゃねーけどな」
「どういうこと?」
「オレの都合で、明後日は休みをもらう予定になってる」
「明後日?」
クラウディアは思い出す。そういえば、二日後の舞踏会の件でイザークに会いにきたのだった。
「じゃあ行くつもり、あったのね。良かった」
「……何に?」
「え? 舞踏会、でしょ。二日後の」
「…………」
「……違うの?」
「あー……」
イザークは眉を寄せて目を閉じると、前髪に乱暴にかきあげて、そこをぐしゃっと握りしめた。
この様子では、どうやら舞踏会に行くための休暇ではなかったらしい。
「もしかして、聞いてなかったの? お父様はディートハルト様と話をしてあるって言っていたけれど……」
「……いや、言われた。言われたけど、疲れてたから頭に入ってなかった」
疲れていた理由を知っているから、クラウディアとしては強く非難することもできない。クラウディアは諦めたようにため息をついた。
「何の予定があるの?」
尋ねれば、目を開けたイザークが、何ともいえない表情でこちらを見かえしてくる。クラウディアのため息を聞いて、怒っていると思ったのだろうか。
「夜には帰ってくる。少し、遅れるかもしれねーけど」
「そうじゃなくて、何の予定があるのか聞いてるの」
「……イレーに行く」
イレーとは、王都から随分離れた田舎の町だ。確か、イザークが以前住んでいた場所だ。
「イレー? それじゃ、夜に戻ってくるなんて無理よ。とんぼ返りになってしまうわ」
「別にいい。とにかく、できるだけ早く戻る」
「……何しに行くの?」
どうしても気になって聞けば、イザークは言いにくそうに答えた。
「……命日なんだ。イレーには、叔父の墓がある」
クラウディアは驚き、イザークが舞踏会のことを忘れていたことよりもずっと腹を立てた。
「そんなに大切な用事があるのなら、どうしてすぐに言ってくれないの。無理に戻らなくていいわよ。あちらでちゃんと過ごしてきて」
「……そう言うと思ったから、言わなかったんだよ」
(……何それ。イザーク、もしかして私に気をつかって、言わなかったの?)
この間、慰めてくれたことといい、今までとは何か違うイザークを、ついまじまじと見つめてしまう。
「何だその顔」
「……てっきり、お前には関係ないからだろ、とか言うと思ってたから」
「言って欲しかったのかよ」
「そうじゃないけど……」
(なんか、調子くるう……)
そう思っていると、イザークが何かを言いたげな様子でいるのに気がついた。
「どうしたの?」
「いや……」
「言ってよ。もう隠さないで」
強い口調で促すと、これまでのイザークからは到底考えられないような言葉を口にした。
「……一緒に行くか?」