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オオカミ王子は過去を振り返る 03

 喧嘩はよくした。イザークはもともと感情を素直に表現するのが極端に下手な性格であったし、逆にクラウディアは裏表のない素直な性格ではあったが、単純で気が強いところがあった。

 そういうところを可愛いと思っていても、つい裏腹な態度をとってしまうイザークのせいで、ぶつかり合うのが常だった。

 ただし根っこの部分では、嫌われてはいなかったように思う。あの時までは。


 クラウディアのおかげで、ラルフやアレクシスとも親しくなり、いつしかイザークは一人でいることが少なくなった。

 そうして穏やかに時が過ぎてゆき、イザークが十四歳、クラウディアが十二歳の時だった。


「私、今度アレクと婚約するの」


 さらりと言われて、イザークは動きを止める。


「……は?」

「ずうっと前から、決まっていたんですって。亡くなったお母さまが、アレクのお母さまと仲が良くて、そういう約束をしていたんですって」


 イザークは、自分の体が足元からすうっと冷えていくのを感じた。


(なんだ、それ。そんなの。……絶対、どうしようもねーじゃねえか)


「……良かった、な」


 かすれた声でようやくそう答えたのだが、クラウディアはイザークの変化には気がつかない。


「うん。アレクは優しいし。結婚するのなら、優しい人がいいなってずっと思ってたの。兄様みたいに意地悪じゃなくて」

「…………」

「婚約したら、アレクじゃなくてアレクシス様って呼びなさいって、お父様が。夫となる人には、敬意を払いなさいって。でもなんだか、他人行儀じゃない?」


 普段と何も変わらない様子のクラウディア。まだあまり、実感が湧かない様子だ。それでも婚約については、何の抵抗感もなく受け入れているようだ。この国の王族なのだから、当たり前なのかもしれない。


 イザークは、そうではなかった。何も考えられなくなって、目の前をぼんやり見つめていると、クラウディアが覗きこんできた。


「イザークは?」

「…………」

「ねえ、イザーク」

「……何だよ」

「イザークは、まだ婚約しないの?」


 無邪気に尋ねられ、イザークは思い切り眉間に皺を寄せていた。


「……しねーよ」

「でも、イザークだってランペルツ家の跡取りだもの。そのうちにそういう話になるわ」

「跡取りなんかじゃねえし」

「どうして? 長男でしょう?」

「王位は弟が継ぐんだよ」

「どうして?」

「……いらねーからだよ。オレなんて」


 クラウディアはきょとんとしている。


「いらないなんてこと、ないと思うわ。イザークはとっても優秀だし」

「いらねーし、邪魔なんだ」


(いらねーだろ。お前には、アレクがいる)


「だから王位も継がねえし、結婚もしない。オレは一人でいい」

「でも――」

「だいたいお前には関係ないだろ!」


 我慢できずに、声を荒げた。さすがに表情を曇らせたクラウディアの瞳に、困惑と怒りの光が見てとれた。


「何で怒るの?」

「……うるさい」

「イザークのそういうとこ、良くないわ。どうしてそんな意地悪な言い方をするの?」


(ああ、どうせ俺は意地悪で、優しくねーよ。アレクみたいに)


「きちんと話さないと、何もわからないじゃない。何に怒ってるのか、ちゃんと言って!」

「お前みたいに、甘やかされた苦労知らずのお嬢様にはわからねーよ!」

「何それ。私のこと、そんな風に思っていたの?」


 違う。母親がいなくて寂しい思いをしてきたことも、友達が出来なくて悩んでいたことも、一生懸命に魔力をコントロールしようと努力していることも、全部知ってる。それなのに。


「ああ、そーだよ。だから俺には、やっぱり無理だ。お前に教えるのはもうやめる」


 クラウディアの顔色が蒼白になった。怒っている。いや、ショックを受けているのだ。


「何で!? 約束したじゃない! コントロールの仕方、教えてくれるって言ったのに!」

「アレクに教えてもらえよ。アレクは、優しいんだから」

「どうしてそんな風にいうの? 私、そんなつもりで言ったんじゃない!」


 わなわなと震えたクラウディアの瞳に、うっすらと光るものが見えた。イザークは慌てて目を逸らしてうつむいた。とても正視していられなかった。


「……ひどいわ。そんなこというイザークなんて、嫌いよ!」


 瞬間、イザークは目を見開く。胸の奥底が、ズキンときしんだ音を立てた。

 すぐにぎゅっと目をつむり、自分に言い聞かせた。


(どうせ叶うことなんかない。だったら、嫌われたままでいい)


 イザークは顔を上げぬまま、震える声を絞り出した。


「……ああ、オレだって、お前のことなんて大嫌いだ」


 最後までうつむいたままだったので、クラウディアがどんな顔をして走り去ったのか、イザークにはわからなかった。

 ひとり取り残されて、だらりと下げた両の拳を、力まかせに握りしめていた。

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