表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

オオカミ王子は過去を振り返る 02

 イザークが四歳の時、母が亡くなった。魔力は抜群に高かったが、体の弱い人であったという。


 母の死後から一年後、父は新しい妻を迎える。五歳のイザークは、彼女に懐かなかった。彼女もまた、懐かぬ子を可愛がるほど懐が大きい人ではなかった。


 結局、イザークは生家を離れて母方の叔父のもとへと身を寄せることになった。

 叔父であるヴェルナー・ジーベルは独身であり、非常に風変わりな人物であると有名であったが、仲の良かった姉の子であるイザークのことは以前から良く面倒を見て可愛がっていた。


 ヴェルナーの家は王族貴族が住まう都から遠く離れた田舎に位置しており、お世辞にも立派だとはいえなかった。もともとジーベル家も王族に次ぐ高位貴族のひとつであるが、ヴェルナーは何かと制約のある貴族の暮しを嫌い、生家を出て自由に暮らしていた。


 金銭的には決して恵まれた生活ではなかったが、イザークはヴェルナーとの生活を愛していた。それが突然終わったのが、イザークが十二歳の時だった。


『イザーク。すまん、しくじった……』


 異大陸に向かっていたヴェルナーは、大怪我をして大聖堂に運び込まれていた。そしてその怪我は、ここまでもったのが不思議である程の、致命傷であった。


『誰か、誰か! 回復魔法を! 早く!』


 血だらけの体にすがって、必死に見まわしても、周囲の大人たちは首を横にふるだけだった。


『既に回復魔法すら及ばぬ状態だ。残念だが……』

『嘘だ! 早く――』

『……イザーク。回復ならもう十分にしてもらったよ。だからこうしてお前に会えたんじゃねえか。これ以上は神様だって無理なのさ』

『いやだ、ヴェルナー。オレを一人にしないで……』

『バカ。お前はひとりじゃねえ。立派な父親だっているだろーが』


 ヴェルナーは傷ついた腕をのばし、イザークの頭を乱暴に撫でると、歯を見せて笑った。


『お前がいてくれて、楽しかったぜ。お前もこれからめいっぱい楽しめよ。約束だ』


 その、底抜けに明るい笑顔が、永遠の別れとなった。


 七年ぶりにランペルツ家にもどったイザークは、残念ながらヴェルナーの最期の望みを叶えることなどできぬまま、欝々と過ごすことになる。


 父や継母はは、腹違いの弟たちには疎まれたりはしないながらも、遠慮がちに接せられ、心休まるのは一人のときだけだった。

 王族貴族の子弟たちが皆通うという王立学院に通うことになっても、相変わらずだった。


 周りは六歳の頃から学院に通っている貴族ばかりだ。十二歳まで田舎で自由に暮らしていたイザークが、今更馴染めるはずもなかった。


 いつしか自分につけられた綽名あだなを知って、イザークは口を歪めた。


「……オオカミ王子、ねえ。だっせえ」


 いつものように授業をさぼって学院のはずれにある芝生の上で寝ころんでいた。


 眠ろうとしていたが、何か気配を感じて、イザークは目を開ける。辺りを見渡せば、イザークより少し年下と見える少女がひとり、森の中へと入っていくところだった。


「何だ、あいつ」


 気になって、つけていったところで、イザークはハッとする。突然、すさまじい衝撃波があたりを襲っていた。


 咄嗟に防御魔法で自身の身を守ったイザークは、衝撃が去った瞬間、慌てて少女を探す。

 だが探すまでもなく、少女はすぐに見つかった。先ほどの衝撃波で周辺の木々がきれいに消滅していたからだ。


「っ、おい! 大丈夫か!」


 少女を心配して駆け寄れば、きょとんとした顔でこちらを見上げてくる。


「あなた、誰?」

「……いや、お前、大丈夫か? ってかお前か!」

「今の? そう。私、コントロールが下手だから」

「あー……」


(焦って、損した……)


 イザークががっくりと肩を落として頭を垂れれば、少女は下からイザークの顔を覗きこんできた。

 くりっと大きく、ちょっとだけつりあがった猫のような瞳。まともに目が合って、イザークは後方に飛び退いた。


「ち、ちけーよ!」

「今、近くにいたの?」


 イザークの言葉を無視して、少女はイザークを良く見ようと、ぐいぐいと近づいてくる。


「だから、近いっつってんだろ!」

「近くにいたのね。誰もいないと思ったのに、全然気づかなかったわ。ごめんなさい」

「いや、ごめんなさいって顔してねーだろ。てゆうかお前が近い!」

「髪が、少し焦げてるだけね」


 少女は手を伸ばし、イザークの前髪を触る。


「ちょ、さわんな!」


 唐突な接触にイザークは驚いて、目の前にある手首を掴んでしまう。それからその細さにはっとして、慌てて手離した。思わず乱暴に扱ってしまったことに、一瞬背筋が冷える。


(やべえ!)


「ごめ――」


 しかし少女は、イザークの内心などまったく気にしていない様子で、何故かきらきらと顔を輝かせている。


「あなた、強いのね。防御魔法で防いだんでしょう?」

「はっ!?」

「今の、結構全力だったの。それをほぼ完ぺきに防がれるって、はじめて」

「はぁ? いやどうでもいいから離れろ!」


 イザークは少女の両肩を押して、自分から距離を取らせた。

 少女は何を気にする様子もなく、相変わらず嬉しそうな表情でイザークをまっすぐに見つめてくる。


「私はクラウディア。クラウディア・ローゼンハイムよ。ねえ、あなたお名前は?」

「……イザーク」

「イザーク? もしかして、ランペルツ家のオオカミ王子?」

「直接言うのかそれを」

「どうして? かっこいいからでしょ?」

「はあ!?」

「オオカミって、勇ましくてかっこいいわ」

「か――」


 思わず言葉を失う。きょとんとした顔で不思議そうに小首をかしげているクラウディアに、イザークは慌てて答えた。


「ち、違うだろ! オオカミっていうのは、育ちがわるいとか、人と慣れることができないとか、そーいうことだろ!」


 それを聞いて、クラウディアは申し訳なさそうな顔をした。


「嫌だったのね、ごめんなさい」

「あー……。ていうか、オレのことはもういいから」

「でも、人と慣れることができないっていうのは、私も同じ」


 思いもよらない言葉に、イザークは驚く。


「私、魔力のコントロールが下手だから、みんな怯えてしまって。だからお友達、いないの」

「……それで、こんなところに一人で来たのか」

「そう。練習しようと思って」


 今までと違って、少し寂しそうな顔になった。それでイザークは思わず、口に出してしまっていた。


「……付き合ってやろうか、練習」

「え!?」

「教えてやるよ、コントロールの仕方」

「……本当?」

「お前の魔法、まともに防げるの、オレくらいなんだろ」


 少し視線を逸らしながら答えたのに、クラウディアは飛びつくようにイザークに近づいて、再びぎょっとするイザークの手を両手で握り絞めた。


「嬉しい! 仲良くしてね、イザーク!」


 ぱあっと光がはじけるような笑顔をまっすぐに向けられて。大きなサファイアの瞳が本当に宝石みたいで。


 惚れるなというのが無理な話だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ