オオカミ王子は過去を振り返る 01
「なんだ、お前か」
訪問を受けてイザークは、挨拶代わりにさも面倒な様子で答えた。
「なんだとはご挨拶だな。クラウディアじゃなくてそんなに残念か?」
「……そういう意味で言ったんじゃねーよ」
にやにやと笑みを浮かべたラルフを、イザークは不愉快な表情で睨んだ。
「で、体は大丈夫か?」
つい数時間前、クラウディアの起こした爆発をまともに受けたことに対しての言葉だろう。イザークは何ともないとばかりに、肩をすくめる。
「見てのとおり」
ラルフは嬉しそうににこにこと笑っている。
「丈夫で何よりだ。やはりクラウディアをまかせられるのは、お前しかいないと思っていたぞ。推薦したかいがあったというものだ」
推薦。その言葉に、イザークは動きを止めた。
「……つーか、やっぱりお前か」
三日前、遠征から戻ったイザークは、アレクシスの失踪を各方面に報告した。
そして昨日、ローゼンハイム公がランペルツ家を訪ねてきたのだ。イザークをクラウディアの婚約者に、との話だった。
『長子であるイザークを我が娘の婿に、というのはやはり難しいだろうか?』
『いや、そういうわけではないが。ただやはり、本人の意志に反しては――』
『父上』
『イザーク、わかっている。お前に結婚の意志がないことは理解している』
『いえ。父上さえよろしければ、お受けしていただければ』
『……何!?』
そうやって話がまとまった上で、イザークはクラウディアに会いに行ったのだ。
それにしても、他にも候補はいただろうに何故。と、思わないではなかった。ラルフが一枚噛んでいるとなると、納得だ。
「感謝しても良いぞ」
「……何でだよ」
得意げな顔をするラルフを、何となく殴りたい気持ちになる。
「お前はずっと、クラウディアのことを想っていただろう。男として」
「はぁ!?」
「わかりやすかったぞ。アレクの手前、言えなかったが」
「ちょ、ちょっと待――」
「だから父上と兄上達に推薦してやったんだ」
「待て!」
声を荒げてラルフを制したものの、イザークの頭の中は真っ白になってそれから先が続かなかった。
「どうした、イザーク」
「あー……」
「まあ落ち着け。うろたえるな」
「う、うろたえてねえ!」
「ちなみにアレクも気づいていたと思うぞ。何も言わなかったが」
「なっ……」
「お前と別れるとき、アレクは何と言っていた?」
「…………」
イザークは息を呑んだ。友との別れを思い出す。
「……クラウディアのことは、頼むって」
「そうだろうな」
「……オレは、止めた。婚約者がいるのにふざけるなって。なのに、あの馬鹿――」
「アレクは穏やかそうに見えて、一度決めたら引かんからな。他にやり方があっただろうとは思ったが。まあ、アレクらしいといえばアレクらしいな」
「…………」
「クラウディアのことは、お前になら安心して任せられると思ったんだろう」
「……俺のせいなのか?」
「は?」
「俺のせいで、アレクは――」
「何を言っている。馬鹿なのか?」
はぁ!? と言い返す前に、ラルフは真顔で言葉を続ける。
「アレクは聖女と出会った。だからクラウディアとは別れを選んだ。決してお前に遠慮したからではない」
「……そーかよ」
イザークはため息をついて、がしがしと頭を掻いた。
その様子を見て再びにやりと笑ってラルフは、クラウディアと同じサファイアの瞳を輝かせた。
「それで、俺は知りたい」
「……何をだよ」
「クラウディアがお前を許さないと言う理由だ」
「お前それ、その顔で聞くか普通?」
「心配してやっているんじゃないか。俺はお前の、義兄になるんだからな」
「……お前が義兄って、真剣に腹立つな」
言いながら、イザークは過去を振り返る。クラウディアが許さないと言う理由は、すぐに思いついた。
その思い出は苦く、イザークはいつも頭を抱えたくなるのだ。