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オオカミ王子とは犬猿の仲 03

「クラウディア、大丈夫か」


 自室に戻ったクラウディアを訪ねてきたのは、三番目の兄、ラルフだった。


 クラウディアには三人の兄がいる。その中でもラルフは、年が近いこともあって一番仲が良い。

 そしてラルフは、同年齢であるアレクシスやイザークと親しかった。


「大丈夫よ。もう落ち着いたから」


 一人になってひとしきり泣いて、クラウディアは冷静さを取り戻していた。長椅子に腰かけ、使用人のいれてくれたカモミールティーを飲み終えたところだ。


「どうせ兄様は、何もかも知っているんでしょう? 私の知らないことも」

「まあ、そうかもしれん」


 笑いながら、ラルフはクラウディアの正面にある椅子に座った。


「応接室がすごいことになっていたが、イザークは無事か」

「無事に決まっているじゃない。髪が少し焦げたくらいよ」


 きまりの悪さを隠そうと、つん、とそっぽを向いたクラウディアに、ラルフは顔を輝かせた。


「さすがイザークだな。お前の魔力を受け止められる男はそうはいまいよ」

「ふざけないで」


 じろりと睨んでも、ラルフはまったく動じない。


「お前にはイザークはぴったりだと思うよ」

「……アレクシス様には、あわなかったとでもいいたいの?」


 クラウディアが恨みがましく言うと、ラルフは苦笑した。


「そうではないが。アレクは、お前を妹のように思っていたからなあ。一緒にいる時間が長すぎたんだ」


 クラウディアは視線を逸らして、ため息をついた。


「私はアレクシス様が、兄様と同じだなんて思ったことなかった。アレクシス様は兄様みたいに意地悪じゃなかったし、いつも私に優しくしてくれた」

「何を言う。俺はいつも優しいではないか」

「大切な本を隠したり、魔法で驚かせたり、仲間外れにしたり、しつこくからかったり、そんな幼稚なことを、アレクシス様はしなかった」

「……記憶力が良すぎるのも問題だぞ、妹よ」

「泣いてる私を慰めてくれるのは、いつもアレクシス様だった」


 クラウディアは、目を閉じてもう一度アレクシスを想った。


 それからゆっくりと深呼吸をする。涙はもう、十分に流したはずだ。自分にそう言い聞かせた。

 それに、イザークだって言ってくれた。自分は自分でいればいいと。


「でも、もういいの」


 クラウディアは目を開け、幾分すっきりした表情で、ラルフを見る。


「人の気持ちだもの。仕方がないわ」


 ラルフは驚いたように小さく目をみはっていたが、やがてにっこりと人懐こい笑顔を見せた。


「偉いぞ、クラウディア。さすが俺の妹だ」

「……もう会えないのは、本当に悲しいけれど。兄様だってそうでしょう?」

「そうだな。だが、死んだわけではない。縁があれば、きっとまた会えるだろう」

「……そうね」

「困難も多いだろうが、アレクの選んだ道だ。遠くから応援してやりたい。お前を泣かせたことは、許し難いといえば許し難いが。お前には、俺もイザークもいる。だから、大丈夫だ」


 そう言われてクラウディアも、まだ少しぎこちなさが残るが、口元を小さく綻ばせる。大丈夫。心の中でもう一度繰り返した。


 それからクラウディアは、気になっていたことを尋ねることにした。


「……それにしても。アレクシス様のこと、本当はいつ分かったの? 帰還予定は今日のはずだけれど、まさか今日その日に、新しい婚約までまとめたわけじゃないでしょう?」


 ああ、とラルフは苦笑いをした。


「三日前だ。お前には隠していたが、実は大騒ぎだった。我が家だけじゃなく、王家全体がな」


 このローエンベルグ王国には、九人の王がいる。クラウディアとラルフの父であるローゼンハイム公、またアレクシスの父であるキルシュ公、イザークの父であるランペルツ公も、その一人である。


「……まったく気がついていなかったわ。うまく隠されたものね。私、普通に学院に行っていたのよ。誰もそんなこと教えてくれなかった」

「お前に友達が少なくて良かった」


 ははは、と明るく笑うラルフに氷のような視線を返してから、クラウディアは一番の疑問を投げつける。


「それで、どうしてイザークなの? 他のかたではなく」

「もちろん他からも話はあった。当たり前だが、どこの家もお前の魔力を欲しがる」


 この国において、魔力を持つ人間は、そのほとんどが貴族である。そして王家は、貴族の中でも特にその力が優れた一族である。王家が王家としてこの国で安定した地位を保っているのは、その魔力により国に多くの利益をもたらしているからだ。

 だから、普通は王家同士の結婚か、王家に次ぐ高位貴族との結婚が普通である。血統により高い魔力を保つことが、その家の力に直結するからだ。


 それでも時折、アレクシスのような人間が現れる。それにより平民の間にも魔力を持つ人間が産まれるのであるが、そういう人間の多くは貴族に仕えたり、大聖堂に務めたりする。その力によっては、時に聖女と呼ばれたりもする。


「しかし我が家としては、お前を他家に嫁がせる気はない」


 クラウディアは七歳のころに母を亡くしていた。それからというもの、男家族の中で唯一の女子であるクラウディアは、それはそれは大切にされた。普通なら他家に嫁に行くのが当たり前のところではあるが、父も兄たちも婿を望んだ。結婚後もクラウディアがこのローゼンハイムの屋敷で暮らせるように。


「我が家に婿入りすること。その条件を満たすのが、イザークだけだったの?」

「いいや、候補は何人もいた。それこそキルシュ公はアレクシスの弟を、と言って頭を下げにきたよ」


 アレクシスに良く似た弟を思い出して、クラウディアは顔をしかめた。


「まだ六歳でしょう? 十以上も年上の婚約者なんて、さすがに不憫だわ……」

「もちろん、父上は断ったよ。気持ちは十分わかったからと言ってね。今回のことで一番参っているのはキルシュ公だからな。婚約はこちらから破棄させてもらうとして、それ以上は責める気にはならなかったらしい」


 アレクシスは長子ではないが、大切な息子を一人失ったのだ。キルシュ家のショックはクラウディア以上だろう。


「ではどうするかと、父上と兄上達が思案していたので、俺がイザークを推薦した」

「どうしてなの? イザークは長男でしょう」

「ランペルツ家はイザークの弟が王位を継ぐと決まっている。あいつの複雑な事情は、お前も知っているだろう?」

「……うん」


 容貌や振舞いから、オオカミのような印象であると評されるイザークは、実際に「オオカミ王子」と呼ばれることも多かった。

 その言葉にはかつて侮蔑の意も込められていたことをクラウディアは知っている。イザークの抱える背景に起因してのことだった。


「あいつは粗野なところもあるし、素直じゃないからわかりにくいが、良い人間だ。きっとお前を大切にしてくれる」

「でも、イザークは結婚しないってずっと言っていたのに。だから今まで婚約者もいなかったんでしょう? 無理強いをしたのではないの?」

「あいつは嫌なら断るよ、今までのように。そうじゃないから受けた。良かったじゃないか」

「…………」


 ラルフの言葉は、クラウディアにとっては意外なものだった。


(それって、私のことは嫌じゃなかった、ってこと?)


 驚くと同時に、頭の中にいくつものクエスチョンマークが浮かぶ。


「どうした? そんな顔をして」

「……だって。兄様も知っているでしょう? 私とイザークは犬猿の仲だって」

「お前たちの場合、喧嘩するほど仲がいいということだろう」

「どこをどう見たらそうなるの!? イザークったら、いつもいつも冷たい態度だったし、たまに話したかと思えば、意地悪で腹の立つことばかり言って」

「お前は負けずに言い返していたじゃないか」

「そうよ。そのせいで、私は周りの人から怖いとか気が強いとか言われて……」

「間違ってはないな」


 愉快そうに答えたラルフをじろりと睨んでから、クラウディアは不機嫌に眉根をぎゅっと寄せる。


「だいいち私、イザークのこと許してないんだから」

「許す? 何かあったのか?」

「……言いたくない。人に言うほどのことじゃないの」


 しかめつらをしたまま、クラウディアは昔のことを思い出す。


(あんな昔のことにこだわるなんて。我ながらくだらないけど。でも、あー何か……)


「思い出したら、腹が立ってきた」


 心の声と同時に魔力まで漏れ出てしまったらしい。クラウディアの髪がぴりっと逆立ったのを見て、ラルフは慌てて部屋を去っていった。

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