私のオオカミ王子
長引いた熱も一週間後には全快して、クラウディアはイザークとともに再びイレーを訪れていた。
またあのパンケーキが食べたいとねだれば、イザークは休みを調整して連れてきてくれた。
かごいっぱいに取り寄せた苺で、ジャムをつくるというのでクラウディアは張り切った。
イザークに教えてもらって、クラウディアはナイフで苺のヘタを落としていく。ナイフを入れるたびにダン、ダン、と木のまな板が大きな音を出す。イザークはそれを青い顔をして見ていた。
「……もういいから、代われ」
「どうして? 上手にできてるでしょ?」
「ヘタだけ落とせっつったのに、何で半分に切るんだよ」
「こんなに沢山あるんだから、いいじゃない」
「いいから代われ。そのうち指落としそうで見てる方がこえーよ」
「あ、もう!」
イザークにナイフを取り上げられて、クラウディアは頬を膨らませる。イザークは代わりに大きな木のスプーンを手渡してくれた。
「切ったやつ、細かく潰してくれ」
「わかったわ」
ぱっと顔を明るくして取り掛かる。今度はイザークも安心して任せてくれたようだ。
潰した苺をたくさんの砂糖と一緒に煮詰め、甘酸っぱい香りが部屋だけでなく屋敷中に広がった。
イザークが手早く焼いてくれたパンケーキを皿にのせ、ジャムをかける。出来上がったものをイザークは両手に持って応接室まで運んでくれた。
一緒にそれを食べて、他愛のない話をして、それからクラウディアは思い出したように言った。
「あのね、言い忘れてたんだけど」
「何だよ」
「イザークのこと、私も好きよ」
「…………」
正面のソファにいたイザークは、何故か固まってしまった。それから片手で顔を隠すように覆ってしまう。
「イザーク?」
「……ちょっとこい」
顔を隠してないもう一方の手で呼ばれて、素直に従った。と思ったら、近くにいったところでぐいっと腕を引っ張られて、クラウディアは次の瞬間、イザークの腕の中だった。
「世間話みたいにさらっと言うな」
「……だって言ってなかったの、今思い出して」
息が触れるくらい近づいて、クラウディアはイザークの瞳にとらわれてしまう。
見つめていると、どうしようもなく触れたくなった。触れてほしくなった。
「キ、キ――」
「キキ?」
「キ、キスしてもいいわよ」
「……は?」
「キスは、していいって。ヒルデ様が。だから、その。……こ、今度は突き飛ばさないから!」
自分で言っておいて、クラウディアはポッと音が出そうなくらい顔を赤くした。
「お前なー……」
困ったように言いながら、イザークの顔もほんのりと赤くなっているのに気がついた。
(照れてるの? かわい――)
そう思った時には、もうクラウディアは抱き寄せられて唇を塞がれていた。
一瞬大きく見開いた瞳を、クラウディアはゆっくりと閉じる。そっと触れるような優しいキスは、何度か繰り返された後、息もできないくらい情熱的なものに変わっていた。
少し冷たいイザークの唇が、口づけを交わすたびに熱を帯びていく。二人の吐息が交わって、クラウディアは全身がとろけてしまいそうだった。
キスの終わりに名残惜し気にまぶたを持ち上げる。クラウディアを見つめる、オオカミのように鋭かった眼光はすっかり優しい。この眼差しさえも、独り占めしたかった。
クラウディアは腕を回してイザークに抱きつくと、彼のぬくもりを存分に感じようと広い胸に顔をうずめた。
「ずっと一緒にいて。私だけのイザークでいて」
ぎゅっと、強い力で抱きしめられる。
耳元で聞こえたイザークの言葉に、クラウディアは心の底から満たされた。
「バーカ。嫌だっつっても、一生離さねーよ」
(THE END)




