オオカミ王子は思いを伝える 01
遠征は、予定の二週間を四日ほど過ぎて終了した。
第三ゲートを抜け隣国オレニアに入国し、オレニアだけにある希少鉱物の採掘についての外交交渉への同行が、今回の任だった。この希少鉱物は、上質なものは魔力を閉じ込めることができるもので、魔法具の開発のために必要なものだった。オレニアには魔力を持つ人間がほとんど存在せず、鉱物の採掘を許可するかわりに、ローエンベルグから魔法具の提供を受けていた。
少々の揉め事があったため、多少予定は遅れてしまったが、交渉結果はおおむねこちらの要求通りとなった。
「四日も遅れたのだから、ヒルデに宝石でも用意しなくてはいけないな」
ローエンベルグ国内に入り、二十数名の隊列の中で、馬の首を並べて隣を進むラルフが言った。
「このままなら、昼には王都に着くだろう。お前はどうする?」
イザークは少し考えてから答えた。
「一回戻って、着替えてからすぐに行く。そう言っといてくれ」
もちろん、クラウディアにである。何気なくイザークは答えたのだが、ラルフは嬉しそうな顔をしてこちらを覗きこんでくる。
「すぐに、か」
「……何だよ」
「お前、随分素直になったじゃないか」
「…………」
「最近評判だぞ。オオカミ王子の目つきが優しくなったって」
「うるせーな。ほっとけ」
「かわいい義弟ができて俺は嬉しい」
「……お前、ほんっと口が減らないよな」
騎士団に戻って遠征の報告をし、諸々の仕事を片付けてからイザークはランペルツ家に戻った。
手早く身なりを整えて、父や継母への挨拶もそこそこに、すぐにローゼンハイム邸に向かう。
応接室に通されソファに座る。だが出迎えてくれたのは、クラウディアではなく再びラルフだった。
ラルフの表情がいつものように明るくないのに気がついて、イザークは眉をひそめる。
「クラウディアは、二日前から高熱を出して寝込んでいたらしい。ひどい咳が続いて、食事も喉を通らず、眠りも浅かったらしい。今はようやく落ち着いて眠っているから、起こすなと医師に言われた」
イザークは思わずソファから立ちあがった。
「大丈夫なのか?」
「一番ひどい状態から比べると落ち着いたようだが、まだ熱も高いしぐったりしている。快方に向かうには、もう数日はかかると言っていた」
そこまで言ってラルフは、まあ座れとイザークをソファに戻るように促した。
自身も腰を下ろすと、ラルフは大きなため息をついた。
「どうもクラウディアは、俺たちの帰りが遅いので、眠れぬ夜を過ごしていたようだ。遅くまで何度もベランダに出ては、俺たちの戻りがないか確かめていたらしい。それで夜風で体を冷やして、体調を崩したんだ」
イザークは言葉を出すことができなかった。クラウディアがそんなことをするなんて、正直想像もしていなかった。
ラルフは顔を青くしているイザークを見て、ゆるく笑った。
「クラウディアが待っていたのは、正確には俺たち、ではなく、お前だろうな」
「……アレクの件があるからか」
「そうだろう」
イザークは片手を額にあてて頭を抱えた。どうしてもっと気をきかせることができなかったのかと後悔する。
婚約者が聖女とともに失踪した。という、普通ではない出来事を経験したクラウディアだ。予定よりも帰りの遅いイザークが、アレクシスのようにいなくなったのではないかと、心配しても不思議ではない。
きっと彼女は気が気ではなかったはずだ。それもこれも、イザークがきちんと自分の思いを伝えていなかったせいだ。クラウディアを残して、他の誰かと失踪するなんてありえないと、何よりもまずそのことを伝えるべきだったのだ。
イザークは強く唇を噛んで、それから頭を上げた。
「少しだけでも、顔見れないか? 起こさないようにする」
そう頼むと、ラルフはほほえんで頷いた。
「そういうと思っていたよ。少しの間、医師は下がらせるから見舞ってきてやってくれ」




