オオカミ王子に恋をする 03
一人きりになって、クラウディアはテラスにあったベンチによろよろと腰を下ろす。
(嫉妬? 私、だからあんなに胸がざわついていたの?)
突然突きつけられた現実に、クラウディアは必死で自分を落ち着かせようとする。
おかしい。だってイザークとは、ほんの数週間前まで犬猿の仲といわれる間柄だったはずだ。
イザークは意地悪なことばかり言うし、態度も冷たくて、クラウディアの方もいつも喧嘩腰になっていた。
(……でも出会ったばかりのころは、そうじゃなかった)
クラウディアの魔法の練習につきあってくれていたイザークは、口は悪いしぶっきらぼうだけど優しかったはずだ。それがいつの日か、急に態度を変えてしまった。
なのに婚約者になった後のイザークは、また優しさを見せるのだ。出会った時のように。
だからクラウディアは戸惑った。どうしていいのかわからなくて。
自分をかばって傷ついたイザークが、それでもクラウディアを気づかってくれた。あんまり優しいから、胸が苦しくなって、どうしようもなく困ったのだ。
(それに、イレーでのこと……)
キスをされた。思わず突き飛ばしてしまったのだが、本当のことをいうと嫌じゃなかった。
でも、イザークが長い遠征に行くと聞いて嫌だった。他の女性と話す姿がもっと嫌だった。
(私って、イザークのこと。……好きなの?)
途端に体中が熱くなる。顔がほてって湯気が出ている風にすら感じる。
(ど、どうしよう。イザークにこんな顔見せられない)
そう思っていたのに。
「お前、こんなとこいたのかよ。いきなり消えるな」
「…………」
びくっと肩をゆらして、恐る恐る視線だけを上げる。目の前には、少し不機嫌そうなイザークが立っていた。
正装を身にまとい、いつもと違ってイザークは前髪をあげている。切れ長の瞳も、すっと通った鼻筋もはっきりとあらわになっていて、人目をひいていた。
「……どうした?」
ここが屋外で良かった。室内だったら、顔が赤いのがきっとイザークにもわかってしまう。クラウディアは逃げるように視線を落とし、小さな声で答えた。
「わ、私、なんだか気分があまり……」
「は? 風邪でもひいたのか? だったらすぐ帰るぞ」
と言うやいなや、イザークは上着を脱ぎ、クラウディアの肩にかける。
(……!! だから、こういうことされると私……)
ますます顔を上げられなくなって、クラウディアは身を縮めさせた。
「立てねーのか?」
「立てる、ます」
「……立てますって言ったつもりか?」
顔を上げない返事もしない立ち上がりもしないクラウディアに、イザークはひとつ息をついた。
そして次の瞬間。
「……っ、きゃあ!!」
クラウディアの体は宙に浮いていた。ではなく、イザークに横向きに抱きかかえられていた。
「ちょ、イザーク、やだ! おろして!」
「暴れんな。具合悪いんだろーが。静かにしてろ」
「恥ずかしい!」
「室内を通らなければ誰も見ねーよ」
イザークはそのまますたすたと庭園に向かう。確かに少し遠回りにはなるが、今宵は月も明るいし、問題なく馬車の待機場所まで行けるはずだ。
(……誰にも見られないなら、少しくらい)
クラウディアは抵抗をやめて、それからおそるおそるイザークの首に腕をまわした。
いつものイザークの匂いと違う。珍しく香水をまとっているのだ。爽やかな甘さの中に、ほんのりスパイシーさが香る。
「大丈夫か?」
クラウディアが急に大人しくなって、いつもと違う様子だから、イザークは本気で心配しているようだった。
「大丈夫。だから何か話して」
静かにしていると、うるさいくらいドキドキしている心臓の音が、イザークに聞かれてしまうのではないかと心配になった。
「何かって……」
一瞬イザークは沈黙し、それからおもむろに口を開いた。
「あのさ……」
「うん」
「昔のこと」
「うん」
「……約束破って、悪かったよ」
「…………」
クラウディアはぱっと顔をあげた。それにあわせるように立ち止まったイザークと、思い切り目が合う。いつも眼光鋭い金色の瞳が、今日はなんだか弱々しい。
クラウディアは信じられないというように首を小さく振った。
「やっと言ったわね」
「……ごめん」
「突然冷たくされて悲しかったんだから」
「ごめん」
「……私、本当はずっと仲直りしたかったのよ」
「ごめん」
長い間抱えていた思いが言葉になって、クラウディアはやっと理解した。
(そっか……。私、仲直りしたかったんだ。本当はあの時から、ずっと)
うっすらこみあげる涙を見られたくなくて、クラウディアは再び両腕をまわして、イザークの首元に顔をうずめた。
「許してあげる。だけど今度の遠征、ちゃんと無事に戻ってきて。失踪なんかしたら許さない。絶対絶対許さない」
「……そんなことしねーよ。当たり前だろ」
クラウディアはイザークに抱きついた腕に、ぎゅっと力をこめた。




