表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

オオカミ王子は負傷する 04

 イザークはそのまま、丸一日死んだように眠っていた。

 ようやく目を覚ました時、イザークの視界に飛び込んできたのは、鮮やかな金色の世界だった。


「……なんだ、これ」


 見慣れた部屋の至るところに、ミモザが飾られていた。ほんのりと甘い香り。イザークの好きな、イレーに春を連れてくる匂いだった。


 眠る前に何が起こったのだったか、記憶を整理する。最後に見たのは、クラウディアの涙だ。

 ぽろぽろと涙を落としながら、クラウディアは何かを言っていたような気がするが、内容までは思い出せなかった。


(ちゃんと泣きやんだのか? あいつ……)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、部屋の扉が開く。視線だけを動かしてそちらを見れば、手に大きな花瓶を抱えた使用人だった。


「イザーク様! お目覚めになられたのですね」

「……それ、どした」


 彼女がテーブルに置いたミモザを見てたずねると、笑顔で教えてくれた。


「お見舞いにと、クラウディア様が。まだまだ沢山ございますよ。これでもまだ半分くらいですので」


 すでに部屋は金色で埋め尽くされている。イザークは呆れたように言った。


「これ以上、置くとこあるか?」

「では別のお部屋に飾りましょうか」

「……いや、全部ここでいい」

「かしこまりました」


 笑顔で答えて、彼女はあっと思い出したように付け加えた。


「お目覚めになったのをお知らせしてまいります。ちょうど今、いらっしゃっていて」


 思わずイザークは体を起こそうとする。


「クラウディア様のお兄様の、ラルフ様が」

「…………」


 頭を枕に戻して、イザークはため息をついた。


 彼女が部屋を出て、そう時間をあけずにラルフは明るい顔でイザークの前にやってきた。仕方がなくイザークは、ベッドの上で背を起こした。


「無事で何よりだ。丸一日眠っていると聞いて、心配したのだからな」

「そりゃどうも」


 背中の痛みはまったくなかった。寝ている間に回復魔法をほどこしてもらったのだろう。だが、魔力を使い切ったせいで、体力が底をついていたのだ。


「で、結局何だった? もうわかってんだろ」


 イザークが問うと、ラルフは頷いてからベッドサイドの椅子に座って足を組んだ。


「異大陸側の結界に、綻びがあったということが判明した。今回の定期点検で発見されるべきものだったが……」


 それを聞いて、イザークはチッと舌打ちをする。


王国こっち側から取りかかった」

「ああ。だが手順としては間違ってはいないぞ。だからお前を含めた全員に、責任はないと判断された。あの獣を、水際でくい止めたことも評価されてのことだ」

「……止めたのは、クラウディアだ」

「そのことで、父からの伝言だ」


 イザークは非難の言葉を覚悟した。本意ではなかったとはいえ、クラウディアを戦わせて危ない目にあわせてしまったのだから。


「クラウディアを、守ってくれたことに感謝していると」

「……お怒りではないのか?」

「何故だ?」

「あいつを戦わせたんだぞ」

「クラウディアが自らあの場所に行ったことくらい、わかっているさ。しかもあの妹が素直に避難するとは思えんしな」


 言いながらラルフは笑う。


「クラウディアも、父に何度も念押ししていたぞ。絶対に、お前を責めることはしないでほしいと」

「…………」

「このミモザもそうだ。お前に怪我をさせてしまったことを、あいつは申し訳なく思っているのさ。ちなみに、さっきまでいたんだが、俺と入れ替わりに家に戻った。起きるタイミングが悪かったな」

「……ほんとにな」

「ところでミモザの花言葉を、知っているか?」


 突然話の方向を変えたラルフに、イザークは眉根を寄せた。


「知らねーよ」

「教えてほしいか?」

「別に」

「よしそうか、教えてやろう」


 にやりと笑ってラルフは言った。


「秘密の愛だ」

「…………」

「残念なのは、クラウディアもこの花言葉を知らなかったことだ」


 それを聞いて、やっぱりそうかとイザークは変にほっとした一方で、もしも知っていたら彼女はどうしただろうかと考えてしまう。


「だが、どちらかといえばお前の方にふさわしい言葉だな。長い長い片思いなのだから」

「ラルフ」

「うん?」

「お前を蹴り飛ばしたいが、今オレはここから動きたくない」

「それは良かった」


 にこりとするラルフに向って、イザークは右手を差し出すと、てのひらの上に小さな風の渦をつくりあげる。


「いますぐ帰らないと、これでぶっとばす」

「わかったわかった。そう恥ずかしがるな」


 ラルフは愉快そうに言ってから立ちあがると、気取って片手で挨拶をする。


「では退散するとしよう。今度はお前がクラウディアにミモザを贈ってやるといい。花に込められた意味を伝えるのを忘れずにな」


 と、余計なことを言うのを忘れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ