オオカミ王子は負傷する 04
イザークはそのまま、丸一日死んだように眠っていた。
ようやく目を覚ました時、イザークの視界に飛び込んできたのは、鮮やかな金色の世界だった。
「……なんだ、これ」
見慣れた部屋の至るところに、ミモザが飾られていた。ほんのりと甘い香り。イザークの好きな、イレーに春を連れてくる匂いだった。
眠る前に何が起こったのだったか、記憶を整理する。最後に見たのは、クラウディアの涙だ。
ぽろぽろと涙を落としながら、クラウディアは何かを言っていたような気がするが、内容までは思い出せなかった。
(ちゃんと泣きやんだのか? あいつ……)
ぼんやりとそんなことを考えていると、部屋の扉が開く。視線だけを動かしてそちらを見れば、手に大きな花瓶を抱えた使用人だった。
「イザーク様! お目覚めになられたのですね」
「……それ、どした」
彼女がテーブルに置いたミモザを見てたずねると、笑顔で教えてくれた。
「お見舞いにと、クラウディア様が。まだまだ沢山ございますよ。これでもまだ半分くらいですので」
すでに部屋は金色で埋め尽くされている。イザークは呆れたように言った。
「これ以上、置くとこあるか?」
「では別のお部屋に飾りましょうか」
「……いや、全部ここでいい」
「かしこまりました」
笑顔で答えて、彼女はあっと思い出したように付け加えた。
「お目覚めになったのをお知らせしてまいります。ちょうど今、いらっしゃっていて」
思わずイザークは体を起こそうとする。
「クラウディア様のお兄様の、ラルフ様が」
「…………」
頭を枕に戻して、イザークはため息をついた。
彼女が部屋を出て、そう時間をあけずにラルフは明るい顔でイザークの前にやってきた。仕方がなくイザークは、ベッドの上で背を起こした。
「無事で何よりだ。丸一日眠っていると聞いて、心配したのだからな」
「そりゃどうも」
背中の痛みはまったくなかった。寝ている間に回復魔法をほどこしてもらったのだろう。だが、魔力を使い切ったせいで、体力が底をついていたのだ。
「で、結局何だった? もうわかってんだろ」
イザークが問うと、ラルフは頷いてからベッドサイドの椅子に座って足を組んだ。
「異大陸側の結界に、綻びがあったということが判明した。今回の定期点検で発見されるべきものだったが……」
それを聞いて、イザークはチッと舌打ちをする。
「王国側から取りかかった」
「ああ。だが手順としては間違ってはいないぞ。だからお前を含めた全員に、責任はないと判断された。あの獣を、水際でくい止めたことも評価されてのことだ」
「……止めたのは、クラウディアだ」
「そのことで、父からの伝言だ」
イザークは非難の言葉を覚悟した。本意ではなかったとはいえ、クラウディアを戦わせて危ない目にあわせてしまったのだから。
「クラウディアを、守ってくれたことに感謝していると」
「……お怒りではないのか?」
「何故だ?」
「あいつを戦わせたんだぞ」
「クラウディアが自らあの場所に行ったことくらい、わかっているさ。しかもあの妹が素直に避難するとは思えんしな」
言いながらラルフは笑う。
「クラウディアも、父に何度も念押ししていたぞ。絶対に、お前を責めることはしないでほしいと」
「…………」
「このミモザもそうだ。お前に怪我をさせてしまったことを、あいつは申し訳なく思っているのさ。ちなみに、さっきまでいたんだが、俺と入れ替わりに家に戻った。起きるタイミングが悪かったな」
「……ほんとにな」
「ところでミモザの花言葉を、知っているか?」
突然話の方向を変えたラルフに、イザークは眉根を寄せた。
「知らねーよ」
「教えてほしいか?」
「別に」
「よしそうか、教えてやろう」
にやりと笑ってラルフは言った。
「秘密の愛だ」
「…………」
「残念なのは、クラウディアもこの花言葉を知らなかったことだ」
それを聞いて、やっぱりそうかとイザークは変にほっとした一方で、もしも知っていたら彼女はどうしただろうかと考えてしまう。
「だが、どちらかといえばお前の方にふさわしい言葉だな。長い長い片思いなのだから」
「ラルフ」
「うん?」
「お前を蹴り飛ばしたいが、今オレはここから動きたくない」
「それは良かった」
にこりとするラルフに向って、イザークは右手を差し出すと、てのひらの上に小さな風の渦をつくりあげる。
「いますぐ帰らないと、これでぶっとばす」
「わかったわかった。そう恥ずかしがるな」
ラルフは愉快そうに言ってから立ちあがると、気取って片手で挨拶をする。
「では退散するとしよう。今度はお前がクラウディアにミモザを贈ってやるといい。花に込められた意味を伝えるのを忘れずにな」
と、余計なことを言うのを忘れなかった。




