オオカミ王子は負傷する 03
頬に何か温かいものが落ちてきて、イザークは目を覚ました。
意識が戻った瞬間、目もくらむような痛みが背中からどっと押し寄せる。思わず叫びだしたくなるほどだったが、喉がはりついて声にならず、イザークはかすれた声を出すのが精一杯だった。
「い、てぇ……」
「イザーク!」
聞きなれた声が頭上から降ってきて、イザークはわずかに身をよじって視線を上げる。
片側を下にして横たわっているイザークの視界に、クラウディアの顔がいっぱいにひろがった。
「イザーク、大丈夫!?」
「…………」
(……近い。つかどういう状況だこれ)
停止していた思考が、めまぐるしく動きだす。横たわる自分が、クラウディアの膝の上にいると理解して、イザークは飛び起きようとした。が、無理だった。意識に反して、体はぴくりとも動かない。
「……とりあえず、おろしてくれ」
普段より力のない声で言うのだが、クラウディアはふるふると首を横に振るばかりだった。
「駄目よ。ひどい怪我なの」
その時ぽたりと温かいものが落ちてきた。さっきも感じたこれは、クラウディアの大きな青い瞳からこぼれている。
「……泣いてんのか?」
「だって、死んじゃうかもって……」
「バーカ。これくらいで死ぬかよ。疲れただけだ」
「私が加減できなかったから……」
「出し惜しむなって言ったのはオレだろ」
「イザーク……」
クラウディアは手の甲でそっと目もとを拭うと、イザークを励ますように声に力を込めた。
「もう少ししたら人が来てくれるから。それまでがんばって」
「ああ……。中の人間は?」
「大丈夫。みんな無事よ。一番ひどいのがイザークなの」
「……なさけね」
「そんなことない。私を守るために、背中を向けたせいよ」
せっかく拭ったのに、クラウディアの瞳がまたうるんだ。
「……ごめんなさい。私、イザークの怪我を癒してやることもできないの」
唇を噛んで涙をこらえるクラウディアに、イザークは言葉を選んだ。
「回復なら他のやつでもできる。けどあいつを一撃で倒せるのなんか、お前くらいだ」
「イザーク……」
「お前がいなかったら、王都にまで被害が広がったかもしれない。もっと自分を誇れよ」
次の瞬間、ぼろぼろっとクラウディアは大粒の涙をこぼしていた。
イザークはゆるゆると手を伸ばす。なめらかな白い頬に、指先だけが触れる。
「泣くなよ……」
途方に暮れてイザークは、しかしそろそろ自分にも限界が近づいていることを感じる。クラウディアが泣き止むような言葉をかけてあげられればいいのに、意識ごと体が泥の中に沈んでいくような感覚にとらわれる。
伸ばしていたイザークの手が力なく落ちていく。しかしそれが地面に届くまえに、クラウディアが受け止め、両手でしっかりと握りしめた。
「どうしてそんなに優しいの?」
いくつもの涙を落としながら、クラウディアは呟くように言った。
「……そんなに優しくしないで。これ以上、困るの」
「なんだそりゃ。わけわかんねー……」
クラウディアの言葉の意味をはかりかねたまま、イザークはもう一度眠りに落ちた。




